自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
「――止まってください。両手を挙げて。これは命令と捉えてください」
淡々と、感情のない声音で少女は告げる。
告げられた側の男は、自身の背後から響く命令に素直に従って両手を挙げた。
インフィディア近郊の森の中。
賑わう街も、少し離れればひと気がなくなり明かりがなくなり、そのままの自然が残っている。後ろ暗い者が隠れる場所など、どこにだって溢れているわけだ。
それは裏を返せば、探す側も見つける方法には長けているということ。
主に冥術による探索である。全知なる主の広き
「――ゆっくりと、こちらに振り返ってください。怪しい動きを見せた場合は即座に処断します」
少女――ミリアステオル=キスリンタスは、静かに告げる。
王都では《聖女の再来》と謳われる、優しく朗らかな少女としての表情など、今はその片鱗すらない。
表情は無であり口調は平坦。色のない態度は戦士というより処刑人を思わせた。
「怖いなあ……。まったく、こんなところをうろつくものじゃありませんでしたね。言っておきますけれど、金目の物なんて僕は持っていませんよ?」
悪党に見つかったのは自分のほうだ、という態度で男は答える。
違和感はない反応だ。教会戦力に追い詰められた悪党のそれではなく、己のほうが悪党に見つかった被害者とでも言わんばかりの態度。
いきなり背後から脅された無辜の市民であるならば自然な反応かもしれない。
無論、その割には恐怖も焦燥もない様子が懸念点だが、この街ならば戦える人間は少なくない。内心を悟らせないよう振る舞うことを、疑わしいとは言えないだろう。
――だがミリアは、そんな細かい観察に意味を見出せなくなっていた。
職務に忠実で怠惰をよしとしない彼女にしては、これは本当に珍しいことだが――目の前の男が敵かそうではないのかなど、考えなくてもいいように思えていた。
ただその顔を目にしただけで、
理屈などない。――こいつは《敵》なのだという直感が拭えない。
「あまり勝手に口を開かないように」
「……それも命令ですか?」
「いいえ。――今回は警告です」
「なるほど」
振り返った男は、貴族アロルド=ラヴィナーレから聞いた容貌そのままだった。
痩せ型だが背の高い金髪に、貼りつけたような笑顔。
慇懃な丁寧語で喋る、――なぜか妙に胡散臭く思える若い男。
唯一、アロルドから聞いた点と違うのは、白い整った装いはしていないこと。
代わりに白のキャソックを纏い、その上から白の外套を羽織っていた。
――それは
白は、金と合わせて乂印教の典礼色とされている。特に白いローブは汚れが目立ちやすいこともあって、一般的な旅人や冒険者が使うことは絶対にない。
つまり着ているだけで乂印教会の人間であると身分を示す装いになる。
違うのは一点。
司祭であれば必ずどこかに身に着ける《乂字》の印章がどこにもないことだけ。
「――――」異常だった。
装いだけで、ほんのわずかながら気圧されたような感覚を得た。
若くして歴戦の猛者であるミリアにとって、それは初めてと言っていい感覚だ。
恐怖や嫌悪とは一線を画す、言うなればそれは《違和感》に近いモノ。
――
何と、とか、誰と、とか、どこと――とか。
そういうことは何もわからないが、とにかく《違う》という印象が立っている。
「……教会の方ですか?」
と、ミリアは訊ねた。そんなわけがない、と確信しながら。
そして男は――ミリアの問いに嘘をつかなかった。
「いいえ。違いますよ」
この王国で《教会》という言葉は乂印教会だけを指す。
爻印《こういん》教に教会はないし、教会とは呼ばれない。
ゆえに、その対抗である爻印教の集団を示す際の呼称は――。
「教団の者です」
「――――」
その言葉を聞いた瞬間、ミリアの行動はひとつに決定された。
主の御名の下、背徳への誅罰を代行し、光なき夜の世界に己が則を布く。
――ゆえに次の瞬間。
夜を舞う少女は、瞬きほどの間もなく敵の目前まで接近していた。
「……ッ!」
「――――」
息を呑む男と、吐息すら漏らさない少女。
振るわれた拳に握られた、色の白い何かを男はわずかに見て取っていた。
――ガギン! と。
何か硬質なもの同士のぶつかる音が暗い森に響く。
片方は、少女が手に握った一丁の
もう一方は緑に光る円状の防壁。それも三層。おそらく《
「――――ッ!」
男は息を呑む。そもそも今の防御反応ですらギリギリだった。
なんならギリギリ間に合っていなかった――それでも防御が発動した辺り、これはあらかじめ術式を組んであったのだろう。複雑な自動防御によって身を守っている。
ただ、それでミリアが思ったのは、
ゆえに彼女は、いつの間にか両手に握った拳銃のトリガーを弾く。
その瞬間に構成されたのは、銃口からまっすぐ伸びる二本の純白の刃だ。
銃器から刀剣に用途を変貌させた兵装。
真白の二挺から伸びる真白の二刀を――真白の少女が振り被る。
そして乂字の形に振り抜かれた斜め一対の斬撃に、男の体が吹き飛ばされる。
ガラスの割れるような音が響き、男の全身を守っていた防御術式は驚くほど簡単に割り砕かれた。そうしてなお殺しきれなかった勢いで、男は背後へ吹き飛ばされる。
森を弾丸のように跳んでいく男は、そのまま背後にある一本の木に叩きつけられるまで止まらなかった。最後の防壁が木との激突によって粉砕され、そのまま森の木は根元から折れた。
ずしり、と音を立てて地に落ちる木の、横に立って男はなんとか立ち上がった。
「――――」
やはり無音のまま、けれど肥大化した違和感に少女はその場で止まったままだ。
その手にはいつの間にか、二丁の
男はその武器のことを知っていたが、知っているものとは少し違った。
真白の銃。
本来であれば鉄色をした死の執行者が、似つかわしくない聖性さえ漂わせる。
およそ近世ヨーロッパめいた世界観には似つかわしくないそれは、主に編纂書院を始めとする異端審問官が愛用する兵装――名を《
オドを込めることで弾丸を放ち、また銃口からオドを伸ばすことで刃を為すこともできる、教会戦力専用の冥術用兵装である。
これに加えて《
一銃一刀。
編纂官の手本のようなそのスタイルを、けれどミリアは独自に発展させていた。
両手に《玄嘴》を持ち、斬撃と射撃をそれぞれ切り替える二挺拳銃戦術。
莫大なオドの保有量を誇るミリアだけが完成させた――銃を用いた近接戦闘技術。
本来であれば金属製の《玄嘴》は、基本的に黒い色の武器である。
だがミリアの持つ二挺は、なぜか金属とはとても思えない美しい純白である。
――果たして、その白の由来を語られた者は信じるだろうか。
特別な白い金属で作られたわけでも、作られたあとで白に塗装されたのでもない。
ただ持ち主が特別だったという理由で勝手に白くなったものだと――。
「――ふ……」
と、男は小さく息をつく。
爻印教徒の間では畏怖と侮蔑を込めて語られてきた――教会暗部で最も恐ろしいとされる少女の本質をその目にできたことは、彼にとっては収穫だった。
「――いやあ、信じられませんね……。今の一撃、いや二撃で、張っておいた防御がいきなり全部オシャカですか……」
「フォルロム=ルヴンですね」
「ああ、名前もバレてるときたか……」
「降伏するのであれば、少しだけ長生きさせてあげますが」
誰にでも公平で優しかった少女の姿など、まるで何かの間違いだったかのように。
異端を容赦なく殲滅する、――教会暗部を象徴する審問官の姿がそこにある。
問いを投げているようで実際には聞いておらず、彼女の言葉は一方的な宣告でしかない。
確かに、フォルロムはミリアの攻撃を今回は防ぎきった。木の幹に叩きつけられはしたが、それでも斬撃自体は彼に傷をつけていない。
だがそれは、フォルロムがあらかじめ施した全ての防御術式と引き換えの生還だ。
ただの一撃で保険の全てを無効化された。
今の自分ではどう足掻いても勝ち目のない実力差を痛感させられたのだ。
その上で、――フォルロムはあくまでも笑顔を見せる。
「さすが
「――……」
折れた大木の根元で、ゆったりと起き上がって笑う不気味な男。
とにかく奇妙なことが多い。
追い詰めているのは自分の側にもかかわらず、なぜか余裕にすら見えることが不可解だったが、それ以上に言っていることの意味もさっぱりわからない。
そして何よりさきほどと
着替える暇などあったわけがないのに、いつの間にか目立たない冒険者風の装いに姿が変わっているのだ。ただし、白いローブだけはそのままになっている。
……特異点とは、なんだ?
聞いたことのない表現をされたことにミリアは目を細める。
しかもフォルロムはミリアをその下位と表現した。つまり序列がある概念なのか。
十三夜戒の中では最も若いミリアが確かに最下位だが――フォルロムは、それとはまた別の何かについて話していた気がする。
「――――」いや、
なんでもいい。ミリアはそこで考えることをやめた。
何かの出任せという可能性もある。爻印教徒の妄言など聞くには値しない。
「降伏はなさらない、ということでしょうか」
「……どっちにしろ殺されるのに、降伏だけしてもでしょう?」
「そうですか。――じゃあ、」
――殺しますね。
どうあれ揺らぐことはない結論を、どうあれ揺らぐことのない意思で実行に移す。
向けられる銃口。そこから吐き出されるオドの弾丸は、乂印の神に従わぬあらゆる背信者の額を、胸を、脚を、肩を、幾度となく抉ってきた裁きの光。
冥術の才能とは二種類が存在する。
ひとつは神を愛すること。強き信仰は己の術の精度と威力を向上させる。
だが結局のところ、最も重要なのはもうひとつの才能だ。
すなわち、――
その意味でミリアは冥術の天才と言っていい。
およそ地上で、最も神の寵愛を受けたと思われる類稀なオドの量。
その天災の如き暴力の化身を前に、フォルロムは――。
「――さて、次はこちらの番ですね」
ただの一度も崩れない、全てを愉しむような笑みを深くする。
対するミリアはあくまでも色なく。
音もなく、そして温度もなく。
ただ一切を捻じ伏せるべく、向けた拳銃のトリガーを容赦なく引いた。
薄暗い森が、白い光に包まれる――。
※
「――ということで、お見舞いに来ましたよ。お約束通り!」
「ひぅん……」
夜になって。
なんかもう友達みたいなテンションでミリアが屋敷を訪ねてきた。
クソ、なんて律儀な奴だ。約束はきっちり守るんですね本当、困ります!
――とかなんとか内心では思う一方。
基本的に好意的に向かってくるミリアを無下にできる理屈もなかった。
無駄に反発して意味もなく目をつけられては馬鹿らしいし、感情的にも心が痛む*1。
結局、
「……いやよく来てくれたね。歓迎しますよぉ」
「そうですか? えへへ、ありがとうございます、アロルドさん! でもすみませんホント、時間が遅くなっちゃって……」
「いやいやいや。昨日の今日でいらっしゃるとは思ってませんでしたから」
にへら、と笑ってゴマをする俺であった。
そんな俺の横で、ふとティーが顔を上げて小声で問う。
「……お兄ちゃん、なんか、ヘン?」
「そうだね。今のお兄ちゃんはちょっとヘンだとも」
現在、俺は屋敷一階の客間にミリアを招いている。
横にいるのはティーだけ。ほかの三人は外してもらっていた。
――ちょっとお話いいですか?*2
と言われ、なんか押し込まれてこの状況になってしまったのである。
まあティーを同席させろと言ってきた辺り、おそらく話の本題は俺のことではなくティーのことなのだろう。
果たしてミリアは、しばらくあってこんな風に口火を切った。
「すみませんね。そろそろわたしも、王都に戻らなくちゃいけませんので」
「あ、そうなんだ?」
「ですです。一応、そこが本部というか……まあ本拠地なので」
なぜかミリアは照れるように頭を掻いて言う。
何に照れているのかよくわからんが、彼女は直後、コホンと咳払いをして。
「そこで、ひとつご相談があるのですが。――近いうちに皆様を王都にお招きしても構いませんか?」
俺は。
その言葉をしばらく頭の中で咀嚼してから。
「――――、え?」
「ああ、もちろんアロルドさんにも事情はあるでしょうからね。今日のところはまず内々での打診と思っていただければ充分なのですが」
「え、っと」
「もちろん費用は全額、
ぽん、と両手を閉じるように叩き、いい考えでしょうとばかりの笑顔なミリア。
よかったですね、一等に当選です! みたいな空気が流れている。
……えぇ?
「な、……なぜに?」
思わずポカンとした口調で訊ねてしまった俺に、ミリアはこくりと頷いて。
そして可憐な笑みを浮かべて、かわいい、じゃなくてなぜか楽しそうに続けた*3。
「もちろん、前に約束した褒賞の件なども含めてですが。――そちらの子、爻印教に狙われているという状態なのですよね? その子を守る方法は考えるべきかと」
「――……」
実際、そこは現状でいちばんの課題ではあった。
おそらくティーのことを知っているのは《失墜》の大司教フォルロム=ルヴンだけだろう。
奴は逃走した人間であり、あの潔さで再びティーを狙ってくるかはわからない。
案外、何もしてこない可能性はあると思う。これは直感だが、あいつはなんとなくそういう性格な気がするのだ。
別に褒めているわけではなく。一度でも興味を失えば――なんの未練もなく執着を捨てられる人格に見えた。
たぶん、シギナスとは正反対に。
「とはいえもちろん、王都は遠いですからね。強制はできませんが、可能ならばぜひいらしてほしい――という内々での打診だと思ってください」
「……打診、すか?」
「ええ。正式な招待はいずれ改めてになりますが。一度わたしの上司と顔を合わせていただければなと思ってまして。上司からも是非にと言われてるんですよ」
「……ミリアの、上司と?」
「ええ。編纂書院統括院長――リュースベイク=ラックファイアです」
「――――――――」
「あ、もちろん王都の観光案内はわたしに任せてくださいね! 向こうにいる間は、責任持ってアロルドさんたちをご案内しますから! きっと楽しいと思います」
「……………………」
「なので、どうでしょう? 同行していただけますか?」
――正直嫌すぎ。
とか、とてもじゃないが言える空気じゃないことは明らかだった。
俺の立場で教会と距離を詰めるのは非常によろしくない。敵対はせず、だが可能な限り距離を取るというのがおそらく最善の方針だ――ってのに今コレなぜコレ?
しかも俺を呼んでいるのは編纂書院のトップと来たもんだ。
編纂書院統括院長。すなわち十三夜戒の序列一位。
リュースベイク=ラックファイア。
教会暗部――異端審問部署における最強の男。
原作ゲームでは名前しか出てこない、一度も会う機会のないキャラクターである。
設定上にしか存在しない最強クラスのキャラクターは結構いるのだが、そのうちの一角が彼なのだ*4。俺が会った中では現状最強だろうミリアよりも、なお上の強者。
そんなビッグネームに呼び出されて、設定厨として会いに行きたいという気持ちを抑え……じゃない喜ぶな。待て。いやでも本当なら俺だって喜びたかった……!*5
何が問題って、あくまでも普通に善意っぽいのが最も困る。
ミリアなんかもう百パーセント純粋な厚意で言ってます感が溢れ出してるレベル。
実際、ティーの安全のためならそれくらいするべきではあるもんな?
そもそも編纂書院の統括院長に呼び出されて、それを断るってことの意味くらいは俺でもわかる。現代日本人感覚で「嫌っス」で済ませていいわけがない。
「……か、考えときます」
結局、俺はそう答える以外の選択肢を見つけられなかった。
ミリアはぱあっと明るい表情を見せ、心から嬉しそうにはにかんで。
「やったあ! えへへ、アロルドさんとはもう少し、お話してみたかったので。そう言ってもらえると、ふふ……なんだか、楽しみになってきちゃいました」
「……ははは……」
もうどうにでもしてくれ、みたいな表情で俺は笑う。
そんな俺を、横に座るティーが『なんだろう?』という表情で見つめていた。
「ところで、アロルドさん」
ふと、そのときミリアが俺に向かって声をかけた
「あ、はい?」
「そのテーブルの上にある手帳、いったいなんですか?」
「ん……? ああ、これ?」
雑談のつもりなのか、そんなことを訊ねてくるミリアだった。
街中で怪しい老婆から買いました、と説明するのも意味不明だろうから、俺はその用途について答えておく。
「……単なる自作の資料集だよ」
「資料集……ですか?」
「もうちょいわかりやすく言うなら研究書を兼ねた日記、かな。調べたことを纏めておいたり、誰かとの話をメモしたり。そういう風に使おうと思って*6」
「そうなんですか。結構マメな性格なんですね、アロルドさん」
まあ、単なる趣味に過ぎない。
――なにせ俺は『Cross Lord』シリーズ非公式wikiの管理人だったのだ。
この世界で改めて知った設定を纏める、いわばオリジナルの設定資料集が欲しいと前から思っていた。安くない手帳を購入したのはそれが理由である。
……そういう意味では、王都に行くのもアリではあるか。
原作ゲームでは完全にマップ外だ。つまり『1』の時系列では王都に行けない。
行けるのは『2』以降だけであるため、この時代の王都を俺は知らない。
――俺だけのオリジナルの世界記録。
これを埋めていくことを、俺の今後の目標にしようと思う。
そのくらいの楽しみがないと、やっぱりちょっと、……怖いっす。