【書籍化】自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
2-01『イースティアでの日常』
シギナスとの戦いから十日ほどが経過した。
俺たちは、ひとまず学院都市インフィディアから東の町イースティアまで戻って、ラヴィナーレの別邸に今は五人で暮らしている。
ここ最近で別邸での毎日も、ある程度のルーティーンが完成した感じだ。
「――うん、いいんじゃない?」
「っ……はっ、はあ……。あぁ……きっつ」
朝は、まずアビ子に鍛えてもらう形での肉体作りから始まる。
なにせ現状、俺の戦闘時の肉体運用は、武器と同調する《
『なんであれ基本はまずカラダ。いざってときに頼れるのは素の肉体なのです!』
とはアビ子の言だ。ヤミも同感だそうで、そうでもないですけど、みたいなことをぬかしたのは面倒がりの命術師であるクラウだけだった。
実際、彼女の場合は完全な後衛という感じだし、その中でも群を抜いて強いお陰でどうにかなってしまうのだろうが。
そういう例外を除けば、まあアビ子の体育会系思想にも一理ある。
まあ、なんならクラウも、言うて動けないわけじゃないしな。ひきこもりみたいな――というか実際ひきこもりのくせして、その気になれば普通に動ける。
見た目と実際の運動能力が比例しないのは、さすがファンタジー世界ってトコだ。
隠して俺は、朝からの走り込みと、加えてアビ子との模擬戦が日課となった。
「アビ子ってさあ……強くねえ? なんか心折れそうなんだけど」
「たった十日かそこらだろ。音を上げるのが早いぞアロルド、根性ないねえキミ」
「…………」
俺としてはむしろかなり根性が保ったほうだと言いたい。
いや、肉体的には別にそこまでじゃないのだ。
アロルドは結構鍛えている。貴族の嗜みなのかもしれないが、肉体的にはアビ子にボコボコにされる痛み以外のキツさは、実のところそんなにはなかった。
問題は、そもそも病み上がりであることに加えて、アビ子にボコボコにされる痛みが――肉体より精神に来ることである。
「……俺は、弱い……ッ!」
「全てを失ったレベルの落ち込み方するじゃん……」
広い庭の地面に手を突き、己の不甲斐なさに唇を噛み締める俺。
そんな俺を見下ろすアビ子の反応は冷たかった。
これでも、いきなりファンタジー世界に叩き込まれた現代日本人としては、かなりがんばってるほうだと思うんだけどな……。
いや、もちろん恵まれたスタートだってことはわかっている。
何をやっても習得が早い。貴族だけあって器用万能の天才なのだ。貧乏じゃない。
手を抜いてもらっているとはいえ、十日かそこらで本職の剣士であるアビ子と打ち合いが成立する時点で、割と大概おかしいだろう。
ただまあ、なんだ。
アビ子の訓練は実戦形式で行われているため、基本的に《短剣を持って相対する》→《打ち合ってるうちに武器を叩き落とされる》→《魂術のバックアップがなくなり以降ボコボコ》という流れがお決まりなのだ。これが、まあ、キツい。
素の肉体を鍛えるという目的がある以上、理に適っていることはわかるのだが……術が使えない術師の脆さは、この十日で嫌というほど叩き込まれた形である。
「ま、まあまあ。三大術まで含めればアロルドも相当強いし。羨ましい才能だよ!」
「毎朝ボコボコにしといて……」
「そりゃ、魂術の基本的な《同調強化》以外は使わないルールだし。これで負けたらぼくのほうが立ち直れないって」
訓練用の木剣(製作:クラウ)を肩に担いで、アビ子は言った。
さすがに落ち込みを察知したか、少し慰めてくれたらしい。
……うむ。
この光景を見ると、まあ、ボコボコにされている甲斐はある気もしてくる。
原作のアビ子は、基本的に自信が折れているシーンが多い。
聖剣との魂術相性が絶無である彼女は、原作のメインキャラたちに戦闘能力でどんどん水を開けられていく。その焦りが彼女を闇堕ちさせてしまった原因だ。
ただこの世界では、俺という悪役貴族を一方的にボコボコにしまくっているお陰でメンタル面が非常に安定したらしい。
その結果、もともと純粋な剣術には優れている側面が輝き出したわけだ。
「……フッ」
地面に体を投げ出し、腕を広げて仰向けの姿で悪役貴族らしく笑う。
それは本当に悪役貴族らしいのか? そんな問いには俺は答えないお黙りなさい。
いいじゃないか。原作では幸せな描写なんて、ほぼなかったと言っていいあのアビ子が、こうして可憐に笑っているのだ。この姿を見られただけで俺が幸せだ。
俺は『クロスロ』の大ファンなのだから。
一介のファンである俺が、こうして原作キャラを笑顔にしてあげられるなら、今日までのがんばりも報われるというもの――。
「なに気持ち悪い顔で笑ってるんだい? 目覚めた?」
「うるせえな。お前の目は曇ってるよ少なくともバカ」
せっかく演出したいい感じの雰囲気を壊すな。空気を読め。
「たるんでるねえ。せめて木剣のぼくとは互角以上になってくれないと」
「……、わかるけどさ」
実際そこそこショックではある。
この世界の近接戦、武器戦における要訣はほかでもない
トップクラスの技量を持つはずのアビ子があっさり通用しなくなる程度には、物理戦闘における比重が重すぎる。
言い換えれば(扱える前提で)武器のスペック差は戦力に直結する。
作りたての木の剣、なんて武器で戦うことは、この世界では大きなハンデなのだ。
「……マジで、アビ子は聖剣との相性がゼロ過ぎただけで、魂術自体は割と上手いんだよな……」
「ゼロ過ぎてとか言うなよ……」
じとっと俺を睨むアビ子。まだ未練はあるようだ。
ただ続けて、彼女は軽く首を振って言った。
「それに、ぼくの魂術が上手いってコトもないと思うけど。この場合、クラウが作った木剣のクオリティを褒めるべきだろう。術で適当に拵えたとは思えないよ」
「ふぅん……? そうなのか」
「かなりスゴいよ。そりゃ特別な機能はないけど、身体強化の魂術が少しでも発動する時点で驚きだ。もう少し安心できる強度があったら実戦に使えるくらいだね」
魂術による武器への同調は、使った時点で身体能力にバフがかかる。それも単純な筋力といったステータス面と、武器を運用する技量面の両方ともに。
シギナスとの戦いの際、俺が奴に食い下がったり、ナイフの投擲を正確にできた理由もそれだ。
でなければ俺は、狙った場所にナイフを投げることもできなかっただろう。
これは、武器に宿った魂が所有者に影響を与えるためだ。
それは武器本来の起源であり、そして歴代の使い手たちの経験である。
それらと魂を繋げることで、その武器を担うに足る
だがクラウの木剣には魂が育つ積み重ねがない。
ゆえに少なくとも木剣アビ子は技量面のバフは受けておらず(まあアビ子の場合は素でカンストしてそうだが)、ちょっとしたステータス増強の効果しかないのだ。
そんなアビ子に、しっかりした武器である短剣《
本来なら俺は、もう少ししっかり落ち込んだほうがいいくらいだった。
「…………」
とはいえ。ショックもある反面、そりゃそうだろという納得も割と強いのだ。
異世界で無双――とは言わずとも大活躍くらいは期待したい気持ちが、そりゃないって言ったら嘘になる。アビ子にボロ負けの悔しさは、もちろんあるわけだ。
しかしまあ、だからって別に最強とか目指したいワケでもなく。
設定厨とは理屈屋だ。普通に考えて、これまで経験を重ねてきた連中に、ド素人の俺が敵うと思うほうがおかしい。
そういう当然の理屈に、俺は納得してしまう節があった。
というか、なんなら俺なんかが原作キャラにあっさり勝ってしまうほうが、浪漫として面白くないような思いがある。
結構、強火ファンだからさ……。
ぽっと出の俺とかいう奴に負けないでほしい……。
誰目線なの……?
「とにかく! アロルドは、もうちょっとガッツを見せるべきだよね!」
うんうん、と頷きながら話を畳むアビ子に、ともあれ俺はひと言。
これは要するに、アレか。負けん気が足りねえぞ、みたいな話なんだろうか。
※
「お風呂の準備できてますよー」
「お、マジ? サンキュー」
朝の訓練を終えたあと、ラヴィナーレ別邸内に戻ったところでクラウが言った。
「でも普通に自分で入るために沸かしただろ、お前」
「嫌ですね、先輩。先輩のために準備してたに決まってるじゃないですか」
「じゃあなんで髪が濡れてんの?」
「……、おねしょです」
「本当にそうだったらもう風呂に入ったほうを認めろ。むしろお前が今から入れ」
「そうですねー。では遠慮なくお先に貰います」
「待って? え、本当に? そんなワケないよね? 嘘だよね?」
「もちろん嘘ですが」
「――クッソなんか負けた感じになった!」
「ふふん」
勝利の美酒に酔いしれ、ニヤリと笑うクラウさんだった。
チクショウ、嘘に決まってるのに本当かもと思わされてしまった、負けだ……!
――ウチで入浴が好きなのは俺とクラウだけだ。
ここで言う好きとは、毎日のように入りたがる派閥のコトである。
風呂に入る――もっと言えば風呂桶にお湯を張って浸かるということを、この世界の人間はあまり頻繁に行わない。
シャワーを浴びればいいほうで、普段は濡らした布で身体を拭くくらいしかしないのが当たり前の世界である。風呂キャン勢とかそういう話ではなく、ナチュラルな価値観として毎日入るほうが少数派なのだ、この世界では。
使用人であるヤミはまだ気を遣うが、冒険者だったアビ子や一般家庭出身のフィーは、なんなら風呂に入るのがそんなに好きじゃないまである。
というか、正確には無駄遣いみたいに認識しているのだ。
毎日入るとか朝から入るとか。そういう行為は貴族の享楽とか、金持ちの豪遊とかだと思っているらしい。
例外はクラウだけだ。
彼女は純粋に風呂が好きであり、俺たちは互いに「同志……!」と感動し合った。
この世界では、入浴という行為に好きも嫌いもないらしい。
ともあれ、風呂好き仲間のクラウは、こんな風に朝から術でお湯を張って入浴を楽しんでいることが多い。俺はクラウの次に、朝練終わりの汗を流す習慣だった。
浴室へ歩いていく。その後ろをついて来るクラウと、ついでに雑談を交わした。
「風呂に入らないで香水で誤魔化す文化、ホント相容れんわ俺……」
「そうなんです? 貴族こそ気を遣いそうなものですがー」
「なんか苦手なんだよな香水の匂い……。一日、二日なら、入ってなくてもつけないでほしいまである」
「汗のにおいのほうが好き、ですと……!?」
「言ってねえ。存在しない事実で衝撃を受けるな」
ヤミとフィーが使用人、アビ子が護衛兼雑用担当と各自に仕事を持つ中、クラウは風呂を(自分のために)張る以外の仕事をほぼしない当家のニートだ。
ヤミ辺りは言いたいことがありそうだったが、特に何も言っていない。
たぶんそれを言い出したら、最大のニートは当主ヅラだけで何もしていない俺だという事実にも言及しなければならないからだろう。すんませんマジで。
「アビ子はまだ自分の鍛錬してっけど、今日はどうにか入ってもらいたいな……ここはクラウが、ひとつアビ子を説得してみてくれんか?」
「はあ。まあ構いませんがー」
風呂に入ってくれと言っても「もったいない」とか言って謎の遠慮を示すからな、あいつ。
入らないほうがもったいなくないですかね。記憶は失っても、日本人の血は確かに俺に流れていると思われるぜ。
……いやアロルドになったから流れてなかったわ。
「あ、そうだクラウ。あの木剣、どうもアビ子が結構気に入ってたみたいだぞ」
「そですか。適当にその辺の木材を術で形成しただけですがー」
「そうなのか? かなり出来がいい、みたいなこと言ってたんだけど」
「それは単に、アビ子同輩の魂術の適性が高いだけかと」
「あれ?」
アビ子はクラウのお陰と言ってたが、クラウ視点だとアビ子の技量なのか。
どっちが正しい――というよりは両方正しく、単にどちらも優れているのだろう。
「できたての武器なので経験が溜まってませんからね。それを使いこなせるのはアビ子同輩の魂術適性が、おそらくかなり《剣》という概念と相性がよいのかと」
「へえ……。ところで、いつの間にか呼び方は《アビ子同輩》になったんだな……」
「アロルド先輩が先輩なので」
「じゃあヤミは?」
「ヤミ様」
「俺の知らないトコでなんかあった?」
「いえ何も。何もありません。私はヤミ様の忠実な下僕です」
「絶対なんかあったじゃねえかよ」
ともあれアビ子、剣そのものとは基本的に相性がいいのか。
つまり彼女の《魔剣なら使える》という設定は、より厳密には《剣の中で聖剣だけ扱えない》という意味らしい。
この世界には、まだまだ知らない設定がたくさん存在している。
それをひとつずつ知っていけるだけで、設定厨としては充実した日常だった。
「……ところでクラウ」
「なんでしょう」
「もう脱衣所なんだけどいつまでついて来る?」
「嫌ですね、心配いりません。私は先輩の裸が見たいだけです」
「出てけ」
脱衣所からクラウを叩き出して、朝の鍛錬の汗を流しに向かう。
――今のところ、俺の日常はそんな形をしていた。
連載を再開しました。
よろしくお願いします。