【書籍化】自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
「たとえばこのお部屋」
と。首を傾げる俺のことを、クラウがある部屋の前まで誘導してくれた。
ここラヴィナーレの屋敷は大きく東西に長く、俺の部屋は東側二階のほぼ端っこにある。クラウとアビ子の個室*1もだいたい近くにあるため、基本的にほとんど東側しか使っていないわけだ。
今やって来たのは、そのちょうど逆サイドにあたる西側二階部分。
俺がアロルドになってから今まで、屋敷の西側部分にはほとんど近づいたことすらなかったが……。
「見た目には、ほかと変わらないように見えるんだけど」
屋敷はほぼ左右対称の形で、特に二階部分は東西でほとんど違いがない。
一階部分は居間や応接間、食堂や厨房やなど役割に応じた部屋があるため、部屋の並びが東西で割と別だから見分けがつくのだが、二階は無理だ。
扉は意匠に多少の誤差こそあれ、どれも似たようなもの。
廊下がまっすぐだから迷う心配こそないが、どれがどの部屋かをパッと見で見分けることは難しい。
「この部屋に何があるんだ?」
「結界です。この感じはまあ
「結界、と来たか……」
穏やかではない表現だった。しかもクラウ曰く、
「俺の気配がする、と?」
「まあ、はい。てっきり術者は先輩かと思っていましたが」
「……いやあ……」
肯定も否定もできず曖昧に濁す俺だった。
結界とひと口に言っても、それが四大術のいずれであるかを見抜くのは、必ずしも容易ではない。
基本的には
また、珍しいタイプだが《結界を張る》機能を持ったアイテムを用いれば
それでもクラウが容易に見抜いたこと、そして『俺の気配がする』という言葉から察するに、……おそらくこの部屋には
結界であることを思えば、見られたくないものを隠していた、ということだろう。
命術には《命力《ライフ》》を消費する。
そして命力《ライフ》は、
だからクラウは、残された
それでも残された気配だけで、感覚的に術者を見抜けるだけ鋭い*2のだが。
「クラウ的には、どういう効果の結界だと思う?」
「どうですかね。割と我流っぽいんですが、まあ見たトコ侵入者への撃退用ですね。結界を解除せずに中へ入ったり、あるいは下手に解除しようとすると牙を剥くものと思われますー」
「……なるほど」
「術者の腕は悪くなさそうですが……正直、結界としては二流ですね。侵入者を想定する結界であれば、何よりまず
「それは……術者の性格だろうな」
クラウの言う通りだ。屋敷の中のある一点に張る結界としては微妙な効果だろう。
隠すものがあるのなら伏せるべきだし、そもそもここは自分の屋敷だ。警戒するなら部屋ではなく屋敷そのものへの侵入であるはず。位置が自室から無駄に遠い位置であるのも効率的ではない。
隠しておきたいものはあるが、こそこそするのは嫌がるような。そこにアロルド=ラヴィナーレという男の、虚栄心と猜疑心、敵愾心の発露を俺は感じた。
「……結界の解除、クラウならできる?」
「できますよ。――それはつまりしてもよろしいと?」
「ああ、よろしく頼む」
なんだか微妙な気分になりながらも、中を確かめるため結界を解いてもらう。
……ヤミはこの部屋の中を知っているのだろうか?
人間不信の元のアロルドのことだ、ヤミに『入るな』と命じていた可能性は高く、おそらく彼女も中は知らない。
実際、爻印教の幹部――大司教フォルロム=ルヴンとの繋がりを隠していた。
「はい入れますよー」
数秒後、あっさりとクラウは言った。
「……さすが早いな。結界破りって楽なものなのか?」
原作でも結界術の出番は多かったが、毎度それなりに苦労する描写が多かった気がする。
やはり命術の分野ではクラウも抜きん出ているのかと感心する俺だが、彼女は首を横に振った。
「いえいえ。結界破りは普通もっと難しいですよ」
「……じゃあこの結界のレベルが低い、ってことか?」
「じゃないですね。ここの結界術自体はむしろレベル高かったです。結界があること自体を隠していない反面、機能を偽装してますから。ただの感知結界だと思って中に入ったり、下手に解除しようとすると危ない目に遭うっていう感じで。いわば釣りの結界ってトコですかー」
「……なるほど」
「まあ侵入者を想定してのものなら、そもそも誘い込むことが目的なので、そういう意味では理に適ってると言えなくもないですがー。タネが割れちゃうと脆いのは弱点ですけど、それも自分の陣地だと思えば立地でカバーできますしね。ただ《隠す》ための結界だと思うと奇妙だな、ってだけです」
「隠すための……」
「いかにも怪しいものがあります、って感じですからね。ほかの部屋にも結界はありますが、明らかに意図が違う。あくまで結界術としては意図が妙だなというだけで、トラップとして見るなら示威の効果はあるかもです」
「…………」
確かに、冷静に探ってみれば、扉から漂う
クラウのように結界の効果や術者まではわからないが、そういう意味ではトラップとしては成立しているのか。重要なものがある、ということは察知できる。
俺ならその上でブラフにするくらいは考えそうだけれど、確かに元のアロルドなら――ここがそのまま本命と見てよさそうだ*3。
そんなことを考えながら、俺は扉を開けて中へ入った。
暗い部屋だ。窓が塞がれており外からは見えない。とはいえ窓の奥は裏庭だし、そもそも近くには誰も来ないから、外から見て違和感は与えないだろう。
「……書斎、いや研究室……か?」
「そうみたいですね。なかなか面白そうですっ」
クラウの声が少し跳ねていた。テンションの高低があまり態度に出ない奴だけど、専門だけあって命術のことになるとやっぱり楽しげだ。
中は、俺の自室ともそう変わらない間取りだった。
違いは置かれているもので、正面奥にデスクがあり、その周囲を囲うように書棚がいくつも並べられている。ただし埋まっているのは一部だけだ。
「確か一階に書斎があったし、置かれてるのは持ってきた本だけっぽいな」
「主に命術の資料みたいですね。割と有名どころが多そうですが……」
とか言いながら、それでも本に目が眩んだか棚のほうに吸い寄せられていくクラウをひとまず放置して、俺は奥のデスクに向かう。
その上には何ごとか書き込まれた何束かの書類の山と、そしてインク。部屋の主が何か書き物をして、それがそのまま残っているといった風情だ。
言うまでもないが文字は王国語。
目を凝らして、俺はそれを日本語に翻訳するように自らの視界に映した。
――果たしてそこに、記されていた文字に目を見開く。
「……
そう。そこに記されていたのは、術によって
「ふむ、どれ」
と、隣からクラウも覗き込む。……そしてしばらく押し黙った。
「……禁術ですねえ。アロルド先輩、これは……」
「わかんねえ。でもたぶん、読んだ通りなんだとは思う」
それ以上は説明のしようがなかった。
これは、どこかのタイミングで折を見てクラウやアビ子たちにも俺の正体について教えておく必要があるかもしれない。でなければこの研究が説明不能だ。
ともあれ、そこにはアロルドが研究していたと思しき《召喚》の混術に関する研究結果が纏められている。
――もっとも、あまり成果が出ていたとは言い難いようで。
「召喚って、確か
「今のところはそうですね。何かを呼び出す、あるいは離れた場所へ自分が向かう、とった空間を超える類いの術は、通常の方法では不可能というのが通説です」
「だから
「それなら可能かもしれない、とは言われてますね。実際、旧い時代には契約による別種族の召喚などが行われていたと、まさに乂印教の神話にも遺ってますし。今でも一般人が知らない最高位の
リソースの問題で不可能な術は、
これは理屈としては、誰でも知っていることだ。だからこそ教会は、少数の例外を除いたほとんどの
いい、と言われていない
問題は四大術の中で、混術だけ系統というより技法であることだろう。
他者を使って、あるいは協力して、通常より術の性能を底上げする技術の総称を、混術と呼ぶと思ってもそこまで差し支えはない。
ひとりでは為し得ないことを、別のものの力を借りて達成すること――。
「……要はつまり、この研究は《呼ぶ側》だけの力じゃなく、《呼び出される》側の力も使うことで召喚術を成立させる研究――ってとこか」
「ふむふむ。パッと見たトコそんな感じですね。方法論としてはかねてから囁かれていたものですが……面白いですね。これは、それを一方的にやろうとしている、ってワケですか。いわば遠隔での強制召喚術に関する研究資料ですね」
「…………」
「目的は旧い神話にある精霊種を呼び出すことでしょうか? 確かに神話では、古の時代の聖者はヒトならざる上位種と交流があったとされていますが。しかし、どこにあるかも――実在するかもわからない別の世界から何かを呼ぶ研究とは驚きです」
クラウは淡々と語ったが、俺が気にしていたのはもちろん別のことだ。
召喚。――もっと言えば
つまり俺は、アロルドによって術で召喚されたということなのだろうか?
どういうことなのかさっぱりわからない。
いや、この残された資料から推測できることは割と明白だが、問題は俺が知る限り原作でのアロルドが、そんな召喚術に手を出していた設定がまるでないことだ。
だいたいなぜそれで俺の魂がアロルドに入ることになる? 少なくともアロルドがそれを望んでいたとはとても思えない。
しかも、
「あまり上手くはいかなかったようですね。というか、ほぼ不可能と結論したという感じですか」
「……そうだよな……」
「そもそも異世界? なんてモノがあるのかもわかりませんからね。ちょっと空想が過ぎるという気がするのが個人的感想ですが……少なくともこの資料の筆者は、この世界と繋がる何か別の世界があると信じて疑わなかったようです。問題は、どうしてそう確信しているのかですけど」
「クラウは……つまり、これは無理だと思うわけか」
「どうでしょう。結論を出せるほど詳しくない、と答えるのが正確な気がしますが、少なくともこの資料の中では仮説の域を出ない感じですね。……ああ、ちょうどこの辺りの記述です。魂だけが交信できる高次元の世界との接続……んー何言ってんのかわっかんねーですね。研究資料っていうか、ほとんど日記じゃないですか、これ?」
クラウと顔を突き合わせながら、紙の束をめくって目ぼしい記述を追っていく。
異世界。高次元世界。こことは別の世界があり、それと接続する、あるいはそちら側に在るモノを呼び出すことで、強い力を手に入れる方法。
どこか妄想めいた記述の最後に、俺たちはひとつ、興味深い走り書きを見つけた。
『やはりルヴンの言う異世界などあるとは思えない』
聞き覚えのある名前。俺は目を細めて、その名前を口にした。
「フォルロム=ルヴン……爻印教の《失墜》の大司教」
「なるほど。どうやら、爻印教から情報提供を受けて研究に協力していたようで」
――だとすれば、やはりこれを書いたのはアロルドで間違いなさそうだ。
ヤミから受け取った記憶のお陰で、元のアロルドが、フォルロム=ルヴンと何かの契約関係にあったことは残念ながら判明している。
同じ記憶から、向こう側はそれを水に流したような空気を出していたが、どうあれアロルドが爻印教と繋がっていたという事実は今の俺にとって致命的だ。
うーん。これ、丸ごと証拠隠滅するべき事案じゃない?*4
と、そのときだ。
別の紙束を手に取ったクラウが、少し驚きながら言った。
「先輩。これ見てください」
「ん、なんかあったのか」
「はい。こっちは……ちょっと凄いですよ」
言われて、俺はクラウが持ち上げた別の紙へと目を落とす。
そこに書かれている文字を読む俺。クラウはそれと同時に口を開いて――。
「――《空間転移》の術。その詠唱と命術陣の記録です」
「え?」
おいおいおい。
あっさりと原作を超えていくなよ。