【書籍化】自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
右手でナイフを握り、左手をアビ子と繋ぎ、背中には担いだクラウ。
絵面としては目立つなんてもんじゃない姿のまま、それでも
中央の大階段を裏手へ回ると、屋敷の裏庭に続くドアがある。俺やアビ子が午前の鍛錬によく使う場所だ。
アビ子は木剣をその近くに置いていた。
ここならちょうど一階廊下からも死角になっている。
というか一階も二階もまっすぐな廊下しかない構造だから、死角なんて部屋以外はここしかない。
「俺の部屋まで行ければ、ベルを鳴らしてヤミに伝えられるんだが……」
アレは
「まあ、危機までは伝えられないしな。二回鳴らしたらピンチ、とか符丁を決めとくべきだったか?」
「どっちにしろ共振の圏外かもしれませんよ? たぶん無限には届かないですし」
「あ、そうなの? ……まあ普通に考えればそうか*1」
クラウに言われ、元から無理筋だったかと肩を竦める。なら仕方ない。
それに、どっちにしろヤミには、なるべく戦闘をさせたくないのが本音だ。
消費した
たとえば、渡す側の俺のオドが枯渇してしまえば、それだけで詰む。
「だいじょうぶ。ぼくとクラウがいれば問題ないよ」
俺の表情から気持ちを読み取ったか、あるいは俺を励ますためか、アビ子はそんなふうに言葉を作る。
俺もわずかに深呼吸。それからふたりに向き直って言った。
「……おう。こういうとき、ふたりとも冷静で助かるよ」
フフン――とアビ子は笑ってみせて。
「まあ、修羅場にはそれなりに慣れてるからね」
「まあ、生まれたのが修羅場みたいなトコでしたからね」
「……あの、ぼくに続けてレベルの違うこと言わないでくれない、クラウ?」
「おや?」
「なんか、クラウと比べたら、ぼくとか別に……平和でしたよね正直」
「急に自信を失くすなよ」
どっちの過去が大変だったかで競い合わないでほしい*2。
そんなこと言ったら、覚えてないけどたぶん誰より平穏だぞ、俺。
「そんな話より――頼めるか、クラウ?」
話を畳んで、俺はクラウに探知の
クラウは俺の背中に負ぶさったまま、こくりと頷いて謳い出す。
「では。――《
知識にある詠唱。
「今のは《
「よくご存知でー。空気に
「……どんなもんだ?」
「見えるところにはいませんね。ちょっと待ってください、部屋の中も探ります」
むむん、と目を閉じて意識を集中させるクラウ。
でも背中でやられると見づらい。なんかもったいない気分になってくる。
「……見つけました。が……これは、なんというか……」
「どうした?」
「一階端の物置から続く地下室。――敵がいるのはそこですね。人数は、アビ子同輩の見立て通り三人です」
「おぉ……!」
さすがの技術力。あっさりと位置を特定するクラウに俺は感心した。
そして、その直後に首を傾げる。
「って地下室?」
思わず呟いた俺に、アビ子が訊ねてくる。
「そんな場所があったのかい?」
「いや、さあ? 俺が知るわけないだろう」
「キミが知らないわけないだろう!?」
「そう言われても。俺、この屋敷のほとんどの部屋に入ったことがないもんで」
「なんなんだそれ! これだから貴族は!!」
「お前も一応そのはずでは……?」
「名誉貴族なんて二代目以降は貴族じゃない!」
何やら身につまされることを言うウィンベリーさんであった。
しかしまあ、どうにも地下室に縁のある感じだ。サロスの診療所を思い出してしまうせいで、どうにも面白くない。
思わず俺は真顔になる。そこにクラウは続けて言った。
「たぶん全員、そんなに強くはないですね」
「……そんなことわかるのか? 俺の知る《
「これはただの感覚ですのでー。強い術師はそれだけライフやオドに優れてますが、地下にいる人たちからはあまりそれを感じないってだけです」
「なるほど……」
原作に出てきた術も、クラウが使うと原作より効果が高いワケだ。
なんというか、ちょっと頼りになりすぎるな……。
「それで? なんでその連中、地下からこっちへ出てこないんだ?」
と、話を戻すようにアビ子が疑問を述べた。
言われてみれば確かに。俺たちを害することが目的ならば、いつまでも地下に閉じこもってないで、さっさと襲いに来るはず。
それを想定していたから、俺も急いでいたのだが――。
「地下にいるまま何かをしてますね。出てくるような動きは見られません」
「……そもそも、どこから地下に入ったんだろ。玄関や窓から入ったんならそのとき気づいたはずだし、そのとき気づけなかったような奴らなら地下で気づけるわけないけど。抜け道でもあるのかな?」
「ない、と思いたいけど断言はできんな……」
アビ子の推測は妥当だ。普通ならそう考える。
ただ一方、俺とクラウの脳裏には別の思考がどうしても湧いてくる。
――突如として地下室に現れた何者か。
その連中が地下室から出ることもなく留まっている理由。
そこに、さきほど見つけた資料を合わせれば誰だって発想することがある。
「……クラウ、これ」
「かもしれませんが、ここからではなんとも。もし装置が地下室自体に組み込まれているなら、わたしの《
「まあ、……そうだよな」
転移装置が実在するとして、必要なのは命術陣と
つまり装置本体はなんだっていい。極論、床に
「――――」
どうするか。
俺はアビ子とクラウを信頼している。
今回の件だって、アビ子の鋭い気配察知感覚がなければ、たぶん俺たちは侵入者の存在に気づけてすらいない。そこにクラウがいれば、こうして遠隔から位置も人数も完璧に把握できるし、戦闘になったってそうそう負けるとは思えなかった。
極論、敵はふたりに任せて俺は上で待っている――というのが方針としては正解の可能性もある。
が――それはできない。したくない。
「クラウ。連中が転移で来た可能性はどのくらいあると思う?」
「高い、と思いますよ。どこかに地下通路が続いていると考えるよりは、まだ」
「……だよな」
普通なら荒唐無稽な話だが、あの資料の存在が前提にあれば話は別だ。
連中は、どこかから転移によって地下室に現れた。
そしてそのまま地下室に留まっている。その理由として最も考えらえるのは――。
「――
「同感ですー。放ったままにしておくには希少すぎますからねー」
「なら、……やって来たのは爻印教の連中か。そりゃそうだよなって話だけど」
「下っ端っぽいですけどねー。それはそれで不思議な話ですが、まあ回収して出てくだけなら、下手に強い人のほうが見つかりやすいと踏んだのかもです」
命力《ライフ》とは、体力や生命力、運命力までを含めた《存在の力》だ。強い人間ほど存在感が大きく隠密には向かない。
だから下っ端だけで回収に来た。……その可能性はかりり高いと思う。
言い換えれば、連中の目的は
「今回、たぶん正解は、こっちからわざわざ向かわず出てくるのを待つことだよな」
「罠を張っておくってこと?」
アビ子の言葉に俺は頷く。
彼女は資料を見ていないから話にわからない部分も多かったろうが、それでも今は訊かないでくれるのでありがたい。
「ああ。もし装置を回収しに来たんなら、それは
「出てくるところを待ち構えておけば、労せず制圧できそうってことだぁね?」
「そういうこと……だけど、あえて今回は、それをしないでおこうと思う」
「うん? じゃあ、どうする気だい?」
「……俺ひとりで行く」
その言葉に、アビ子は大きく目を見開いた。
だがすぐには反対せず、代わりに首を傾げて静かに問う。
「それは、どうしてだい?」
問われ、俺は返す言葉に少し悩んだ。
実のところ、別に大きな理由があるわけじゃない。ただこの先を考えたとき、俺に戦闘経験が欠けているのはマズいと思っただけだ。
地下室を出るときは連中も待ち伏せを警戒しているだろうから、警戒が薄いだろう今が最もチャンスだ――というそれらしい理屈も考えたが、たぶんこれは嘘だ。
こちらにはクラウがいる。彼女のトラップならたぶん一方的な勝負だ。
それでも。
「……この程度は制圧できる実力がないと話にならないから、かな。今回はこっちのホームだし、せっかくの客だ。俺の経験値になってもらう*5」
そもそも非常に都合のいい展開なのだ。
アビ子とクラウがいるからこそこうなっている。だがこの先、ふたりの実力に頼るだけでは、とてもじゃないが爻印教とは渡り合えない。
「……ヤミがいたら止めそうだけど」
答えを聞いて、アビ子は少し呆れたように溜め息を零す。
「んじゃ、アビ子は止めないでくれるんだな?」
「実戦経験はあるに越したことない。それはぼくもわかるし、実際あの距離からぼくに侵入がバレる時点で大した手合いじゃなさそうだ。何より――」
ひと息。彼女は言った。
「……アロルドが、だいぶ悪い顔してるからね」
「……そんなこと言われるとは思わなかったわ」
しかしまあ。
俺も、それなりに悪役貴族が板についてきたのかもしれない。
※
ティム=グリルにとって、それはあまりにも
なにせ町外れの屋敷に忍び込んで、板切れひとつ盗み出すだけ。それも内部までは不思議な道具で直通だというのだから笑えるほどだ。
盗賊としては、いらない足手纏いを抱えなければならないのは面倒だったが、もし荒事になったらそのときは頼れる。失敗の余地なんてあるはずもない仕事だった。
――問題があるとすれば。
(……そりゃまァ、あんま関わり合いにゃァなりたかねェけどよ)
取引相手が、顔を隠した全身黒尽くめの集団、という点だけだ。
この国で生きていて、それが《爻印教》というカルト集団の装いであることを知らない者はいない。
ケチな盗人に過ぎないティムだが、割合それでも信心深いタチだ。
乂印教会から睨まれるような真似は避けたい。毎朝欠かさず祈るほど熱心な信者でこそないが、それでも仕事の前は瞑目して指で乂印を切るくらいはするのだし。
そう。懸念点があるとすれば。
今回の仕事では、初めて祈りを欠かしてしまったことが気がかりではある。
だが仕方がなかった。
なにせこの黒尽くめの連中が爻印教徒なら、それは乂印教の敵ということなのだ。
そんな連中の前で敵対者を仰ぐような真似はわざわざできない。
連中は自らを爻印教とは名乗らなかった。
無論、だからって『なんだ、じゃあ格好が黒尽くめなだけで無関係なのか!』とはならない。無関係なのにこの格好なら、それはそれで別の意味で怖いし、少なくとも依頼など断っている。
少なくとも体面上は依頼主の素性を知らない。その建前がいる。
ティムの立場としては、まさか本物の爻印教徒だとは思わなかったが、念のために祈りだけはしないでおいたし、依頼も断れなかった――という形だ。
そういう立場でいることで、余計な危険と無縁でいる。
「まだ外せないのか」
背後から、ふと黒尽くめのひとりが言った。
今回の依頼人はふたりだ。その両方が同行を申し出てきた。
盗みの依頼に同行してくる時点で意味不明だが、おそらく盗み出す品がそれだけ希少なものなのだろう。
そんな気はまるでないが、たぶんティムが持ち逃げすることを危惧している。
ともあれティムは、小声で、けれど強く答える。
「急かすな。仕事中は黙ってろっつったろ。仕組みがわからねェもんをバレずに外すんだ、慎重にやったほうがいい」
「……チッ。この家の連中が入ってくる前に終わらせろよ」
「わァってるよ」
喧しい連中だ、とティムは内心で歯噛みする。
そんな危惧があるならもう少し外を警戒していてくれたほうがありがたいし、そもそもバレたらお前らのせいだ。
転移でここへ来たこと自体には確かにティムも驚いた。だが黒尽くめどものほうも驚いている様子なのが始末に負えない。入った瞬間に足音や気配がダダ漏れだった。
貴族の屋敷だ。感知結界の類いは転移による侵入で無効化できても、純粋に気配を悟られたら意味がないとわかっているのだろうか。
慣れた使い手ならそれくらいは当然にする。だから基本的に住人全員が訓練されていることの多い貴族の屋敷は、それだけ盗みの難易度が高いのだ。
――ケチの多い
心の中だけでティムは考える。
仕事のあとに口封じでもされたら堪らないし、でなくとも危ない橋だ。流れが悪いときはねぐらを変える。そういうジンクスをティムは大事にする。
――背後で物音がしたのはそのときだ。
どさ、という何か重いものが落ちる音にティムは振り返った。
嫌な予感がした。
いや違う、嫌な予感なら最初からしていた。できれば請けたくない仕事を、どうしても請けざるを得なかった、その時点で。
「おい、どうした」
見れば背後で、入口の見張りをしていたひとりが倒れている。
それを認めた瞬間に、ティムの全身を怖気が貫く。
一方、残ったもうひとりの黒尽くめは、いきなり倒れた仲間に近寄って、
「――おい、何して――」
「ばっ、お前……!」
信じられない。人ひとり倒れて、なぜこの状況で安易に近づくのか。
だが止める間はなかった。そんなことより、ティムはまず自分の身の安全をどうにか確保するほうを選んでいたし、――何よりすでに手遅れだ。
「がっ――!?」
もうひとりの黒尽くめが、あっさり吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
ティムはその一切を無視して短剣を取り出していた。
出入口はひとつだけ。入ってきた転移装置は初めから一方通行であると教えられているため、まだ外せていないがどうせ使えない。
なんとしてでも、正面を突破して逃げる以外に道はなかった。
「だあッ、最悪の仕事だクソったれ!」
毒づくティムの正面。窓のない地下室の入口に、男がひとり立っている。
金髪に蒼眼。事前に聞かされていた屋敷の主人――アロルド=ラヴィナーレの姿。
以前から評判の悪さは轟いていたが、まさか自ら現れるとは。
「チ――」
とはいえ仕事は仕事。請けた以上は、なんとしてでも果たさなければ。
視線を巡らせる。
攻撃を受けたふたりは――どうやらまだ生きていた。
またしても舌打ちしたい衝動に駆られる。結局、危惧した通り足を引っ張るだけの存在だったが、それでも命があるなら連れ帰ることを含めて仕事だ。
「……あ? お前は爻印教の人間じゃないのか?」
ふと。アロルド=ラヴィナーレがティムに声をかけてきた。
――好機だ、と思った。
余裕か、調査か、単なる好奇心か。いずれにせよ会話の余地があるのは幸運だ。
「バカ言うなよ。好きでこんな連中とつるむか」
「は、道理だ。んじゃなんで嫌々つるんでここへ来た?」
「仕事だよ。ほかに理由があるか。貴族の坊ちゃんにはわからねェか?」
「耳が痛いね」
アロルドは軽く肩を竦める。
その様子に、ティムはますます苦々しい思いを感じた。
――聞いてた噂と違ェじゃねェかよ……。
プライドが高く怒りやすい性格と聞いていたが、ティムの挑発などまるで気にした様子もない。
ただ隙がないわけでもなさそうだ。さすがに油断しているわけじゃないが、即座に距離を詰められれば、意識を奪うくらいはできるだろう。
話に乗ってきただけ幸運である。会話の途中に不意を打てるのだから。
「つーわけでよ。オレァ依頼を請けただけなんだ。その依頼人がこうなっちまった以上は手を引いたって構わねェ。見逃しちゃあくれねェか?」
「ヒトの屋敷に不法侵入しといてそれはないだろ。と言いたいトコだが、そういやつい最近、不法侵入者をひとり許してやったことあったな……」
「おォ、さすが懐が深ェね――」
言いながら、ほんのわずかに身を沈める。
距離はたった数歩分。それさえ詰めてしまえば勝機はある、と判断した――その機先を彼は挫いた。
「その武器、もしかして《レストの短剣》か?」
「っ、な――」
「いい武器だ。気絶の魂術が使えるんだよな。それ狙いってワケだ」
武器の銘を言い当てられた。
なぜわかった? 理解できないまま動きが硬直する。
その隙を、突いたのは相手のほうだった。
「――それ」
「――ッ!?」
突如として眩い光が目の前に生じた。
発生源はわからない。
いや、――見たことも何も、何も見えない。
暗い地下室にいたティムには効果的すぎる目晦ましに視界を潰され、彼はアロルドが距離を詰めてくるのを防げなかった。
ゆえに彼の腕が顔の前まで伸びてくるのも、やはり対処することができず――。
「く、そ……!」
「《
薄れていく意識の中。
初めて、祈らずに仕事をしたことを後悔した。