【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
老執事ヴィンセントを伴い、一階の食堂から再び二階へと上がる。
俺が転移してきた物置部屋は二階廊下の途中だ。
イースティアのアロルド屋敷よりさらに巨大な我が実家。とはいえ過ごした記憶はまったくないため、思い入れはなく、ただ物珍しさから辺りを観察して歩いた。
幸い、二階の物音の原因はすぐに判明した。
物置の近くまで辿り着くと同時、扉を開けて三人の人間が飛び出してきたからだ。
「――アロルド様っ」
先頭のひとりが、俺の姿を認めるなりほっとした様子で叫んだ。
彼女には実に珍しい焦った表情。どうやらだいぶ心配をかけてしまったようだと、少し申し訳なく思いながら俺は手を挙げた。
「悪い、迎えに来させちゃったよな?」
ヤミの後ろからは、続けてアビ子とクラウも姿を現す。
ふむ……この分だと転移装置は直ったのか。
いや、直ったというか、壊れていなかったというほうが正確なのか?
……わからん。じゃあなんでさっきは動かなかったんだ……。
ともあれ俺は三人を見て、ひとまずの安堵を覚えながら口を開こうと――、
「ヤミ」
「――ッ!」
――した瞬間、俺の言葉に先んじて、背後から別の人間がヤミを呼んだ。
一歩前に出たヴィンセントが、俺の横に立ってヤミを睨んだのだ。
またしても珍しいことに、奥歯を噛み締めるような苦い表情でヤミが眉を顰める。
「……ヴィンセント、
「ほう、まだ私を師と思っていたか。であれば私の教えもまだ頭に残っているものと期待したかったが」
「――っ」
「アロルド様の唯一の付き人であるお前が、よもや主をひとり放り出すとは。そんなことはあってはならないと、私は教えたと思っていたがな」
「……申し訳、ありません……」
「私に謝ってどうする。そんな対応を教えた記憶はない」
ま、まずい。俺のせいでヤミが責められている……!
廊下の空気は一瞬で重くなっていた。どうすんだよコレ気まずすぎる。
「ま……まあまあ。俺が勝手に来ただけなんで、ヤミは別の仕事があったんですよ」
咄嗟に俺はフォローを入れるべく、ヴィンセントを宥める台詞を言った。
瞬間、視線をずらして老執事がこちらに目を向ける。
「なるほど」
「……」
……なんとなく俺は息を飲んだ。
恐怖や重圧を感じたから、が理由ではない。というかその真逆だった。
つい一瞬前までヤミを叱咤していたはずなのに、こちらを向いたヴィンセントにはさきほどの重い空気や威圧感がまったくと言っていいほどなかったのだ。
別に笑顔というわけじゃなく、むしろ風格ある落ち着いた表情なのだが、あまりに穏やかで凪いでいる。それがむしろ違和感に思えるほど。
「アロルド様がそう仰られるのであれば、私から申し上げることはありませんな。元よりヤミはアロルド様の直参。出過ぎた真似を致しました」
「……あ、はあ。まあ……、はあ」
なんだか気後れしながら頷いたが、要するにヴィンセントは、最初から怒ってなどいなかったわけか。ただそういう空気感を演出しただけと見ていい。
自分の雰囲気を――どう振る舞えばどう見られるのかということを、完全に操っている感じがする。使用人の仮面というより、もはや役者の演技力だ。
ていうか、これ……アレか。
俺の性格が明らかに変わっていることに、探りを入れられたのだと思う。
実際、元のアロルドなら絶対にしない反応だった。たぶんどれだけ変わったのかを見極めるべく、意図してヤミを小突いただけ。
でなければアロルドの直参であるヤミに小言など言わないはず。彼はラヴィナーレ家の使用人のトップだが、唯一アロルド専属のヤミだけは管理下にないからだ。
説教の内容からして、そもそも無理筋だったしな……。
普通の使用人なら通るのかもしれないが、ワンオペのヤミが俺の傍を離れないのは不可能だ。
「ところで、アロルド様。ヤミ以外のお二方は、アロルド様のお客人ですかな?」
さすが油断ならない、と内心構える俺に、ヴィンセントが問う。
「……そう。俺の客だから丁重に頼む」
「畏まりました。――ヤミ、お二方をご案内して差し上げなさい」
「はい」
ヴィンセントに指示を受けたヤミが静かに頷く。
その後ろにいるアビ子とクラウは、あまり気にした様子もなく黙っていた。
そんなふたりに目を向け、ヴィンセントが恭しく頭を下げて告げる。
「お見苦しいところをお見せして失礼を。お詫び申し上げます。改めて、よくお越しくださいました、お客人方」
「はー、どうもー」
「いえ。こちらこそ、急に押しかけてすみません」
「アロルド様のお客人であれば構いません。どうぞごゆるりお過ごしください」
笑みを見せるヴィンセント。
だが実際問題、彼だって玄関ではなく物置から現れた三人に疑問を持っているはずだ。疑問がない場合――つまり転移装置のことを初めから知っていた場合、俺と顔を合わせた最初の反応に矛盾が出てくる。
言動からして、最初に俺を見つけたときの彼は《いつの間にか帰っていたアロルドが知らない間に物置まで入っていた》という認識だったはず。
それは彼の思考に《転移で物置に現れた》という発想がなかったから、だと思う。
じゃなければ、それは俺に対して《転移装置のことを知っている事実》を隠したことになる。
その場合は、彼が敵である可能性は高くなるだろう。あまり考えたくなかった。
「アロルド様。おふたりも、こちらへ」
と、ヤミが俺に向けて告げる。
呼ばれているようなのでヤミのほうへ近づき、ヴィンセントとは別れて四人で廊下を進んだ。
二階建てだったイースティアの屋敷と違い、この屋敷はもっと上があるようだ。ヤミの先導に従い、俺たちはそのまま三階へと上がっていく。
やがてヤミに連れられ、ひとつ大きな扉のある部屋に辿り着いた。
「――アロルド様のお部屋です」
「あ、……なるほど」
説明を受けて納得する。ここは実家なのだから、そりゃ部屋もあるわけだ。
それを俺が知らないと理解しているから、先回りして案内してくれたわけらしい。
というか、
「どうぞ中へ」
「……それは中に入って説明しろやという意味ですね?」
「はい」
こくりと頷くヤミに、俺は苦笑した。
そりゃそうだ。この状況がわからないのはみんないっしょだろう。
俺たち四人で部屋に入って、ひとまず息を落ち着けた。
広い部屋だ。俺が実家を出てから時間は経っているはずだが、今もしっかり綺麗に保たれているのがわかる。ちょっと華美すぎて落ち着かないのだけ玉に瑕か。
ひとまず俺は部屋のベッドに腰を下ろした。
続けてクラウが当然のように、俺の膝の上に座り込む。フィーほどじゃないにせよクラウも割と小さめなので、座るたび膝に乗られることにもそろそろ慣れてきた。
それを見ていたアビ子は、少し迷った様子だったが、やがておずおず俺の隣に腰を下ろした。ちらちらこちらを窺うような瞳が、じとっと俺の視線にぶつかる。
「な、なんだよぉ。何か言いたいことがあるなら聞くぞ、ぼかぁ」
「ないよ別に」
隣に座る程度で恥ずかしがられるとこっちがドギマギする。
とは実際思っていたが、言っても無駄なことを口に出す気はないのだ。
かぶりを振り、最後に立ったままのヤミにも座るように促した。
今回は彼女も素直に聞き入れ、近くに備えてあった椅子をベッドの傍に持ってきて座った。
そして、
「どうですか、クラウ?」
「術で盗聴、監視などされている気配はないですねー。物理的な盗み聞きはアビ子同輩が気づけるかとー」
「わかりました」
短くヤミは言う。彼女も警戒はしているようだ。
それからヤミは俺に向き直って、
「さて。まず確認ですが……なぜ
「それが俺にもわっかんないんだよなあ……」
「……そうでしたか」
かもしれないとは思っていたのか、ヤミは溜息を零しつつも食い下がらない。
こめかみを指で押さえている辺り頭が痛いらしい。ごめんね、役に立たない主で。
でも実際、
「まあ
「……あの部屋ですか。ええ、私は立ち入らぬよう厳命されていた部屋があります」
こくりと肯定するヤミ。部屋の存在はさすがに彼女も知っていたようだ。
一方、内部はヤミですら知らないらしい。元のアロルドは爻印教の連中と個人的な取引をしていたようだから、それ関係なのだろう。予想通りではある。
「みんな、俺がこっちに来てからどうしてたんだ? 確か二十分くらいは間があった*2と思うけど」
「私は、屋敷に戻ったところでアビゲイルから報告を受けました。地下室のアレを、クラウが解析して使えるようにしましたので、お迎えにあがった次第です」
と、そこで膝の上のクラウがもぞもぞと動いて。
「ほふん。いやあ、先輩がいつまで待っても帰ってきませんものでー」
「それは悪かったけど、戻れなかったんだよ。行きは発動したはずの装置が、帰ろうとしたときにはまったく反応しなくてさ。なんかクールタイムでもあったのか?」
「まー、それたぶんわたしたちのせいですねー」
クラウのしれっとした言葉に、思わず俺は目を見開く。
「え、どゆこと?」
「いやまあ単純な話、アレたぶん移動先の座標に
「……いまいちピンと来ないけど」
首を傾げる俺。その膝の上で、クラウが人差し指を立てて解説を始めた。
「まず先輩が転移してしまった理由ですが。装置の根幹である
「ああ……利用者登録されてた的な話か」
だから触れただけで起動して、転移が発動してしまった。
触っても発動しない奴との差はそこだったわけだ。これは俺の早とちりだろう。
「ええ。だから意図せず転移してしまった。そして残されたわたしたちですが、まあ当然ながら、いきなり先輩が目の前からいなくなったわけで。そしたらとりあえず、装置のほうに近寄るじゃないですか?」
「……まあ確かに。俺も逆の立場ならそうするだろうし」
「戻ってこられなかったのはそれが原因でしょう。つまりわたしとアビ子同輩がその場所にいることで、出口を塞いでしまっていたわけです。転移先に何か余計なモノが存在する場合、術が起動しないシステムになっていたのだと思いますー」
「あー……なるほど、納得した。そんな単純な理由だったのか……」
壁の中にいる――みたいなバグを防ぐ意味合いがあるわけだ。
確かに、ワープ先に別のものがあったら、埋まるとか炸裂するとか融合するとか、その手の事故っぽい現象がお約束的に想起される。
かくして戻れない間にヴィンセントに見つかってしまい、タイミングの問題で俺が起動しないと認識し、その場所を離れた。結果としてこうなったわけか。
「んじゃ、あれか。その間にヤミが帰ってきたから、クラウが三人を装置に登録してここまで転移してきた……って感じ?」
「むふー。わたしにかかればこの程度の解析はお茶の心お湯知らずです」
「その慣用句は知らんし、たぶん間違ってるけど……」
てか翻訳機能、優れすぎてるだろ。
慣用句の言い間違いまでフォローしてんのかよ。
というかむしろフォローしてないのか。自動修正とかはせず、間違いをそれらしい間違いとして伝えてくる。本職の翻訳家でも結構センス試されることしてんな……。
まあいいや。かぶりを振って話を戻す。
「ちなみに侵入してきた連中はどうしてあるんだ?」
「全員そのまま捕らえてあります。クラウが眠らせたので簡単に起きることはないでしょうし、仮に起きても拘束を解けないでしょうが……早めに戻る必要はあるかと」
と、これはヤミが答えた。
「まあ餓死させるわけにはいかんからな……でも大丈夫だろ。転移がまた使えるってことがわかってれば、いつでも帰れるわけだし」
歩いて帰る羽目にならなくて済んで、ほっとひと安心する俺だった。
だが気を緩めているのはどうやら俺だけのようで、アビ子が隣から肩を揺すって。
「ていうか、それよりも。アロルド、これはいったいどういうことなんだい?」
「ん? ……どれのことだ?」
「そう訊かれたらいろいろあるんだけど……まずここは?」
「――ここはラヴィナーレ本家のお屋敷。つまりアロルド様のご実家です」
俺の代わりに答えたのはヤミだ。だがアビ子は続けて、
「それはぼくも雰囲気でわかった。でも問題はそこじゃなくて――
「――――」
そう。問題はまさにそこである。
普通に考えれば――つまり、あの転移装置を使って奴らがやって来たと考えるなら――その出発点はここでなければおかしい。
実際、二階にあった資料にも二個一組をペアリングして使うようなことが記載してあったのは見ている。なら侵入者の始点はこの本家屋敷のはずだ。
「それがわっかんねえんだよな……。連中がここから来たんなら、まっすぐ考えれば本家の使用人たちもグルだってことになるはずなんだが」
だとすれば、ここは実家どころか敵地に等しい。
だがまっすぐ考えるには違和感があり、それはヤミも同意見のようで。
「あり得ません。たとえどんな理由があっても、本家の使用人がアロルド様を害するような真似をするはずがありません」
首を振ってヤミは否定する。けれどアビ子は納得できない様子で、
「本当にそう? 実家ってことは、つまり当主はアロルドの父親でしょ。その父親がアロルドを売ったとかなら充分あり得そうだけど。使用人もそっちに従うだろうし」
「ご当主様が……アロルド様を裏切る理由がありません」
「どうかな。脅されたから、とかなら普通にあるとぼかぁ思うけど。実際、侵入者のうち少なくともふたりは、爻印教の人間だったのは事実だ」
「それは……いえ、でも」
首を振ってヤミは否定したが、俺もどっちかと言えばアビ子の意見に賛成だ。
少なくとも、アロルドが父親と険悪である設定を俺は知っている。
代々の冷遇の煽りを受けたラヴィナーレ家の現当主は、この王国と乂印教を心から憎み、爻印教とも通じている。そしてアロルドに復讐を義務と刷り込んで育てた。
一方、息子であるアロルドはそんな父を《自分では何も為せない凡夫》と心底から見下しているため、ずっと折り合いが悪いらしい。
実際、魔王の座にさえ手を届かせ得る天才だったアロルドと比べ、当主である父は術的才能にかなり欠けていたそうだ。
父は息子の才覚を神の思し召しと喜んだが、息子は父の非才をただ蔑んだ。
実家とはほぼ絶縁状態で、自ら爻印教と取引しながら己の才を磨くことだけに注力した結果、本編のアロルドに至ったというわけだ。
以上、初代『Cross Lord』公式設定資料集*3の情報です。
「……まあ、なくはないわな。当主様は不在って話だったし、あのヴィンセントって執事も転移装置のことは知らない風には見えたけど」
「ふむ。ただまあ、それに関してもひとつ、実は仮説があるのですがー」
と、そこでクラウが急に言った。
俺は驚きつつ、腕の中のクラウに問いかける。
「仮説? って言うと……?」
「いえ、本当に仮説というか、むしろ根拠のない推測というか。断言はできないので難しいところなのですが……それより、わたしは先輩に訊きたいことがひとつ」
「……そうだね。ぼくも訊いておきたいことがある」
クラウの言葉を受けてアビ子も言った。
まっすぐ俺に目を向けて、橙色の髪の少女は疑問する。
「キミは……もしかして本当にアロルド=ラヴィナーレじゃないのか?」
「……ああ」
なにせ考えるべきことが多すぎて、俺もいろいろ混乱してしまったけれど。
ただ少なくとも、侵入者と転移装置の一件で、俺の言葉が単なる妄言ではない可能性をふたりも考えてくれたらしい。
それだけは僥倖だな、なんて思いながら俺は首肯する。
「そうだよ。俺はこの実家に来ることすら初めての、本当はまったくの別人だ」
さて。――ふたりは、これをどう思うだろう?
本日(26/10/23)、書籍版がMF文庫Jより発売です!
ウェブ版にはないヒロインたちの原作死亡シーンなどもイラスト付きで書き下ろし追加されています(どんな宣伝?)ので、合わせてお楽しみいただければ幸いです。
引き続き『設定厨、悪役貴族になる。』の応援を、よろしくお願い致します。