【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
なにせ自分からこの秘密を明かすのは初めてだ。
どうあれ特殊な事情だから、誰彼構わず明かすにはリスクがある。特に二大ペケ字教団*1に知られたら、捕らえられて解剖コースとか冗談抜きであり得そうだし。
どんなリアクションかとドキドキ身構える俺に向けて、果たしてアビ子は言った。
「……はあ。じゃあ、あれ本気で言ってたんだ……」
「う、うん。そうなるけど」
「ふぅん……へえ。はあ……まあ、そう、……なんだ?」
「リアクションがパッとしねえー……」
期待にも不安にも両方応えないぬるっとした反応。
言うなれば、明日の天気はかき氷ですとでも言われたような、世界観にはない斜め上の情報をどう飲み込めばいいのかというような、そんな手応えのなさだ。
はあ、味つきの雪ですかそうですか、それは景気がいいですね? みたいな。
俺的には渾身の秘密の暴露は、壁に当たるもクッションよろしく、ぽてぽて地面を転がった。
「え、んじゃあんた誰なの?」
ともあれひとまず受け入れたのか、次として当然の問いがアビ子から来る。
「……そう訊かれると実は答えづらいというか、説明しづらい感じな上、なんなら俺自身も正直あんま覚えてないんだけど」
「なんだい、それ……」
「いわゆる記憶喪失ってヤツだな。元の自分の個人情報……名前とか家族とか、そういうコトはなんも覚えてない。一般常識や自分に関係ない知識とかは残ってるけど」
エピソード記憶はないが意味記憶はある、という
別に詳しくないので曖昧だし、そこらの話はしなくていいと思う。自動翻訳されたところで概念自体が伝わらないなら意味がないため、わかりやすく表現しておく。
「とにかく単純に、この王国からずっと遠くの――地図にもないような遥か彼方からやって来た、過去を失くした
「…………」
唯一、事情を知っているヤミにすら、俺が異世界人だとは言っていない。
というか、たぶんだが概念が伝わりづらいと思う。
このゲームで《異世界》と言うと、乂印教で言う精霊などの上位種が住まう世界みたいな意味合いがメインだからだ。説明が面倒なところは省いていこう。
「だから実際、わかってることはほとんどない。なぜここにいるのか、どうしてアロルド=ラヴィナーレの中に入ったのか。その辺りは俺にも謎ってわけだ」
「じゃあ……気づけばあんたはアロルド=ラヴィナーレだった、ってコト……?」
「そうなる。しかも、期間で言えばお前と初めて会ったあの日からだ。クラウに会う前の日だな」
「思ったより最近だったね!?」
驚くアビ子。でも驚くということは、信じようとはしてくれているわけだ。
それで充分ではあるだろう。膝の上のクラウが割と無反応なのがちょっと気になるところだったが、頭のいい彼女なら嘘を言っていないことくらいは伝わると思う。
「とにかくあの日、ふと目覚めたら俺はアロルド=ラヴィナーレになっていた。元のアロルドが何かの術の実験に失敗して重傷を負ったらしく、結構ボロボロな状態で目覚めた感じだ」
「ってことは、その実験ってのが?」
「目下いちばん有力な原因だとは思う。――で、まあ、そのあとヤミに
「それで地下室でぼくと会ったってことか……」
「ああ」
「……なんか、それはそれでおかしいところもある気がするんだけど……」
じと、と探るような目線をアビ子は俺に向けてきた。
まあ聖剣のこととか、なんならスリーサイズのことまで知ってたしな。
いや、スリーサイズなんて本編準拠だから、一年近く離れた今だと完全に同じってわけじゃなさそうだけど。
それでも、地図にもないような場所から来た人間にしては、妙な知識があることに説明がつけられていないのは事実。
「まあ、この国のことも多少は知識があった。逆に常識のはずなのに知らないこともあるみたいだけど、知識が多少偏ってることは大目に見てほしい」
「そう言われると、心当たりはあるけどね。第一、ずっと貴族っぽくないし」
「顔は悪党ヅラって言われた気がするけどな。誰かに」
「うるさいな」
むすっと唇を尖らせるアビ子。だがすぐに息をつき、それから。
「……なるほどね。正直、普通ならぜんぜん信じられないような話だけど、でも割と納得のいく部分もある。ヤミには、最初から教えてたのかい?」
「いや、ヤミは自分で気づいた。元のアロルドの魂を見知ってたからな。別の誰かのモノに変わってることがわかったらしい」
「ああ、そういう……。確かにそれは、元のアロルドを知らないとわからないね」
「逆に言えば、元のアロルドを知ってる奴なら気づく可能性があるんだが――」
「そんな人はいない、と……ほぼ断言してよいかと」
俺の説明を引き継ぐようにヤミが言う。彼女曰く、
「元のアロルド様は大の人間嫌いでしたから。性格も最悪で友人などひとりもいないですし、他人に
「い、言うなあ……。でも、なるほど。キミの評判の悪さはそれが理由か」
「そういうことだ。外から見ればアロルド=ラヴィナーレの性格がいきなり激変したようにしか見えないだろうけど、実際はそもそも別人ってオチが真実」
「……おぉう……」
ここまで説明されると、さすがにアビ子も言葉がないようだ。
受け止めきれない様子で目をぱちくりさせている。ただしばらくしてから、
「……でもそれ、ぼくから見る分には、最初からずっとキミはキミだったコトにならないか?」
「まあそう」
俺は頷く。知ってる人間が途中から別人に変わってしまった――よりは、まだ受け入れてもらいやすいとは思いたい。
ただアビ子は目を細めて、どこかむすっとしたように零す。
「だとすると、なんかただ混乱させられただけのような気もするんだけど」
「そうは言うけど。一応、結構デカい秘密だし。このまま黙っておいて齟齬が出ても面倒だし。早いうちにどっかで明かしておくほうがいいだろ」
「ん……それは、確かにそうかもだ。ぼくとしても、町で聞いたような所業をキミがやったわけじゃないとわかったのは安心だし。そういう事情だったのか……」
「まあ実際に被害を受けた側は、別人だなんて言われても信じられないだろうけど」
「そうだね。普通は、どう聞いたって都合のいい言い訳だ」
「アビ子が信じてくれんなら、ひとまずいいよ。俺としてはだけど」
「信じるしかないだろ、この状況じゃ……」
うー、と頭を抱えるアビ子だった。
信じてもらえた結果、だとすると大変な話だと実感が湧いてきたらしい。
「いや、どうすんだよコレ。冷静になるとかなりの秘密じゃないのか、コレ? ぼくはあんまり詳しくないけど、宗教的にも術学的にも大問題なんじゃ……?」
「秘密にしてね?」
「なんで軽いんだよ……」
俺が気楽でアビ子が気重。さきほどまでとは立場が逆転した態度である。
となると、やはり気になってくるのは何も言わないクラウだ。
「……クラウはどうだ? 信じてもらえそうかな、今の?」
「それはもちろんー。先輩の言うことはどんな嘘でも信じることにしてますよー」
「そっか。だとしたらそのスタンスは今すぐやめてほしいけど」
「では名残惜しくも」
「素直!」
「でも実際、納得はできますよ?」
言ってクラウは、ぴょこりと俺の膝を飛び降りる。
それからこちらへ振り返ると、俺の身体を観察するようにしながら。
「先輩は、なんかチグハグでしたから、ずっと」
「チグハグ……か」
「ええ。貴族らしからぬ武芸的な心得のなさと、その割には鍛えられた肉体。理論に偏った術法の知識と、反面、世間の評判と違って実践が素人なこと。明らかに評判と異なるお人好しの性格。妙なことを知っている割に、一般常識には欠けている点」
「うん……まあ最後のはクラウも大概だけどね? 一般常識はお前も大概ないよ?」
ツッコみつつも、思うところは俺にもあった。
これは結局、アビ子もクラウも違和感はずっと覚えていたということなのだから。
でも仕方ない。俺はアロルドの振りをして生きることを秒殺で諦めている(だってそれやるとデッドエンドルートだから)ため、かの悪役貴族とはまるで違う。
じゃなくても根本的に異世界人だし、設定厨知識もどちらかと言えば、普通は知るはずのないことを知っている方面に偏りがある。そりゃ違和感も出るだろう。
別にツンデレ的な褒め言葉ではなく、この世界の基準で俺は《変な奴》なのだ。
「ともあれ、その理由がこれだというなら、疑問の氷塊と言ったところです」
と、クラウ。俺は目を細めて、
「疑問が氷解じゃなくて?」
「いやそりゃ疑問は残ってますゆえ。氷の塊です」
「……そうでした」
「でもまあ理解しました。理解しましたし、別にわたしは気にしないですねー」
まだ疑問はあるとしながらも、それでもクラウは言ってくれた。
にへら、と珍しく柔らかに笑みを見せて、それから俺の頭にそっと手を伸ばした。
ぽんぽんと、クラウの手が慰めるように優しく、俺の頭を撫でてくる。
「なので大丈夫ですよー。わたしは先輩の味方ですともー」
「……お、おう? それは……ありがとな?」
嬉しいは嬉しいが、なんで俺は慰められているのやら?
この状況で不満があるとすれば、立場を奪われた元のアロルドのほうだろう。
だからって今さら返す気もなかったが、俺は単に恵まれただけだ。
よくわからないまま撫でられ続けていると、やがて満足したようにクラウが膝まで戻ってきた*2。
首を傾げつつ視線を向ければ、アビ子もまた神妙な面持ちで頷いている。
「……うん。ぼくも事情は理解した。大変だったんだね、アロルド。……アロルドって呼んでいいのかい?」
「え? ああ、それはもちろん。外に漏らせないし、元の名前も覚えてないしね」
「……、そうか。でも大丈夫、安心してくれ。キミにはぼくらがいるさ」
ん、んん……? なんだ、この妙な空気は?
まるでトラウマ的なつらい過去を明かしたときのような気の遣われ方をしている。
別に今の話にそんな要素はなかったと思うんだが……。
いや、でも確かに大きな秘密ではあるか。
問題は
魂の移動。他者への
これをひとつの技術と見れば、悪用の方法など俺でも無限に思いつけてしまうし、ましてペケ字連中なら想像もしないほど悪辣な運用を考え出すに違いない。
もしも秘密がバレた場合、誰に身柄を狙われるかわかったものじゃないのだ。
加えて元のアロルドが抱えた負債も、今や全てが俺にのしかかっている。
そういう意味では、実際なかなか切羽詰まった立場ではあった。
「よし。ま、そういうことで、今後とも《アロルド》としてよろしく頼む」
改めて三人の仲間に頭を下げる。
本当の意味でのアロルド陣営のスタートが、ここで切られたと言えるだろう。
少ししてから顔を上げ、俺はみんなの顔を見渡して言う。
「さて……話を戻して、今回の件。まず侵入者どもの出どころと狙いなんだか、各位どう思いますね?」
「出どころは、そりゃ普通に爻印教だろう。ひとりは雇われっぽかったけど。狙いはあの装置……なんじゃないか、やっぱり? 回収に来たんだと思うけど」
俺からの問いに答えるアビ子。ほかの三人も答えは変わるまい。
「俺もそう思う。二階にあったアロルドの資料を読んだ限り、あの転移装置は爻印教との共同研究みたいなもんだ。たぶん――」
「――《失墜》の大司教フォルロム=ルヴン、ですか」
「ああ。元のアロルドとフォルロムがなんらかの取引関係だったのはわかってるし、そう見ていいはずだ。フォルロムの管轄なら、今回も奴が黒幕と見ていい」
名前を口にしたヤミに俺も肯定を返す。ただし、
「ただ、今さらだけどひとつ疑問が出てきた」
「なんだい?」
訊ね返すアビ子に、俺は目を細めて。
「……いや。俺が言うのもなんだけど……侵入者がちょっと
連中の目的が装置の回収であるのなら。
もう少し強力な、実力ある尖兵を送り込んでくるほうが自然じゃないだろうか?
仮にも魔王化したシギナスを下すだけの力を持った勢力だ。その事実は、もちろんフォルロムだって知っているはず。
これだけの戦力があるとわかっている屋敷に、送り込むのがあのレベルの雑兵か?
俺の疑問に、少し考えてからアビ子が答えた。
「……攻撃や暗殺じゃなく盗みが目的だったから、専門家に任せたのかもしれない。唯一、黒尽くめじゃなかった男は、たぶんアイツ盗賊だろう?」
「なら一任しておけばいいんじゃないのか? 三人よりひとりのがバレにくいだろ」
「持ち逃げを警戒した、とか。そうそう外部に漏らせない装置だろ。……まあ、」
自分で言っていて自分で疑問なのか、アビ子の声音が弱い。
そして俺も、絶対に違うとは言えないまでも、やっぱり違和感があった。
「だとしたら、あんな明らかに下っ端っぽい奴らが知ってること自体、おかしい気がしてくる。秘密が漏れるリスクと回収に失敗するリスクを天秤にかけるとして、俺がフォルロムなら……それでも自分で回収に来るほうを選びそうだけどな」
「ではアロルド様は……
「……そうまっすぐ訊かれると、俺も自信はないんだけど」
ヤミの言葉に、俺は静かに首を振った。
まだ裏こそ取れていないが、少なくとも侵入者三人の目的が《装置の回収》だった可能性はかなり高い。それらしい作業をしているところは、この目で見たからだ。
だが一方、彼らに回収を指示した上位の黒幕が、本当に回収を目的としていたかは怪しいような気がする。
必ず成功させると信じて送り出した――とは俺には思えないのだから。
「……では逆に」
と、そこでヤミがふと言った。目を向ける俺に、
「
「――――――――」
言われて、俺は考え込んだ。その方向性で考えるとして、だ。
回収に失敗する。当然、俺たちは侵入者を捕らえる。殺すかもしれないが、どちらにせよ目的を調べ上げようとはするだろう。現に今やっている。
……え、だから何? 駄目だ、まったくわからない。
そんなことをしたら、俺たちが装置を回収できない場所に隠してしまうだけ――、
「……、
同じタイミングで、同じ思考に至ったらしいアビ子が呟く。
なんとなく、答えに近いところまで来た気がした。
「転移装置の存在が
「完全に正解かはともかく、基本はそっちの線だとわたしも思いますー。わたしたち自体に手を出すことをしない代わりに、そっちの秘密はそっちで守れという、いわば忠告がわりといったところかと」
「加えて言えば、秘密を知っている三人も
爻印教大司教――《失墜》のフォルロム=ルヴン。
俺は、彼と直接は会っていない。ただヤミの記憶越しに見ただけだ。
また奴は原作にも、どころか設定資料集にも登場しない。
前任である《
そもそも名前の出てくる大司教がシギナス含めて数名しかいないのだし。
フォルロムは、完全に俺の知らない敵である。
けれど彼は、俺と会ったことがあるのだ。
アロルドが俺に変わる前の、元のアロルドとは面識がある。
「――――」
フォルロムの目的はおおよそ見えた。
加えて言うなら、秘密を守れとはすなわち
俺たちを狙ってくるわけではないとしても、よからぬ企みなのは間違いない。
というか爻印教の大司教は、例外なく《魔王再臨》が目的だ。
……本当に、それだけか……?
疑念が脳裏を埋めていた。知らないということの恐怖を重く感じている。
ヤミの記憶で見た、あの軽薄ながら余裕のある態度。
実際に、ミリアを相手に逃げおおせているという実力の片鱗。
底の見えないあの男が、まだ何か別の意図を隠している可能性が否定できない。
俺は自分が薄氷の上に立っている事実を、今さら強く自覚していた。
「先輩。こうなると、おそらくあの三人の始点はここじゃありません」
ふとクラウが俺に向けて言った。
「それは……?」
「確証はありませんでしたが、敵の目的がコレなら確信は割と持てそうなのでー。あの装置、おそらくですが
「――はい?」
きょとんと目を見開き、クラウの言葉を脳内で噛み砕く。
ええと、それは……つまりなんだ、だから――。
「おおよそ
「――つまり……」
「もともとイースティアの屋敷とこちらの本家の装置が、おそらくペアだったのだと思います。ただ今回、敵はその回線に
「…………」
「
ヴィンセントたちラヴィナーレの使用人は本当に何も知らない。
爻印教が持っている三つ目の転移装置を、外部から強引に繋いで転移してきた。
それが答えだった、ということか……。
そうなると、もはやフォルロムは、俺に塩を送っているようなものだ。
転移装置の存在を教えて、システムを教えて、対処できるようにアドバイスしたも同然。そう考えると、助けられたようでなんだか複雑な気分だ。
つーか、勢いきってラヴィナーレ本家に転移してしまった辺り、せっかくの忠告を無駄にしたまであるだろう。何この負けた気分。
「こちらのお屋敷を調べてみれば、ひとつ傍証は取れると思いますよー? もしあの三人の誰かがいたら、その気配がたぶん残ってますから。――どうしますー?」
一から十まで有能なクラウが、そんなことを言ってくれる。
もちろん調べるべきだろう。俺は頷き、クラウに仕事をお願いした。
「んじゃ頼む。屋敷の連中には俺から言ってみるよ」