【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
「あ、ん……ん?」
そうなの? という言葉はギリで飲み込んだ。
別に言っててもよかったというか、もはや態度でバレバレな気もするが、一応まあ隠しているという体裁だけは保っておく。
実際、意外な発言ではあった。
アロルドが持ってきたというのはいいだろう。出どころなんてそれしかない。
だがアロルドが、自分の父親に渡したというのがちょっと謎だ。
ヤミにすら隠していた《転移装置》なんて爆弾を、嫌っているはずの父に渡すとは予想していなかったのだ。
「装置というのが、あの石板のことで間違いないのであれば、確かに。今から二か月ほど前ですか、アロルド様の遣いを名乗る者が持ち込んだものと記憶しております。ご当主の喜ぶものであるから、普段は誰も入らない場所に置いておけ。ただし石板の近くに別のものを置かないようにしろ――とのご指示を承っております。そして時が来るまではご当主様にも秘密にしておくように、と」
「……そうか」
「アロルド様のご指示ではありませんでしたか? 屋敷に現れた遣いの者は、確かにラヴィナーレ家の印がついた手紙を持っておりました*1が」
「いや、……俺の指示で間違いないよ」
アロルドが自分で運ぶわけもなし、遣いに運ばせたことは不思議ではない。
適当に冒険者でも雇ったか、あるいは爻印教の信徒を使ったか。いずれにせよ手段なんていくらでもある。
問題は指示の内容だ。
父が喜ぶものだが父には秘密で隠しておけ。
どうにもきな臭い指示だった。
近くに別のものを置くな――は、いつでも使えるようにしておくために違いない。
真意はわからないが、何かよからぬ企みのために、実家への転移ルートを確保しておこうとした、ってところか。父への贈り物云々は適当な言い訳臭い気がする。
小さくかぶりを振って、俺はヴィンセントに告げる。
「……もう察してると思うが、あの石板は術による《転移装置》だ」
「よもやお客人を、玄関ではなく物置でお迎えする日が来るとは思いませなんだ」
からからとヴィンセントは笑った。
人好きのする好々爺めいた笑みだったが、この状況でそんな表情なのがむしろ警戒に値する証拠ってんもんだ。
「モノがモノだからな。外部には存在を漏らさないようにしてくれ」
「無論です。余計な言葉を語る者など、この屋敷には雇われておりません」
「……助かるよ。ところで、あー……親父殿はこのことを?」
「ご存知ありませんよ。秘密にしておくようにとのご指示でしたので」
「……そうか」
ならこっちのほうは、あまり余計なことをせず放置するのがベターかもしれない。
早いうちにアロルドの実家問題は片づけなければならないが、今のところ何か具体性のある方策があるでもなし。
幸い、いかにラヴィナーレ家が悪と言っても、別に使用人までヤバい奴ばかりではないとわかった。爻印教との繋がりを、使用人には明かしていないのだろう。
ヴィンセントの立場なら知っているかもしれないが、それより下の使用人たちは、まあ見たところ雇われているだけっぽい。最悪でも巻き込まずには済みそうか。
「わかった。ありがとな。このまま今後も誰にも明かさないよう気をつけてくれ。俺からは以上だ」
「畏まりました」
恭しくヴィンセントは頭を下げた。
ふう、と俺は息をつく。いろいろ警戒したが、これで大丈夫だ。
となれば、さっさと帰って侵入者や転移装置のほうの対処を考えるべきだろう。
問題は本家のほうの転移装置だけど……、どうするかな?
理想は持って帰ることだが、それをする場合は転移で帰れなくなる。ひとり残して陸路で持ち帰る役を頼む手もあるが、今の状況で戦力が分散するのはちょっと痛い。
ひとまず、俺たちが帰ったら上に物でも置いて塞いでおいてもらうか。
いや、普通に使用人の誰かに、イースティアまで運んでもらえるよう依頼するって手もあるのか。どうにもまだ使用人を使うって発想がいちばんには出てこないな。
そんなことを考えながら、俺はヴィンセントに視線を向けて。
「悪い、邪魔したな。そろそろ俺たちは帰るから――」
「――
ふと。ヴィンセント=アンデルスは俺の発言を遮って首を振る。
だからといって、俺は別に、そこまで違和感だとは思わなかったのだ。
否。この場合は《思えなかった》が正しいだろう。
「申し訳ありませんが、このままの状態でアロルド様にお帰り頂くことは赦すな、と私の心が考えておりまして」
なぜならヴィンセントの態度はまったく変わらない。
厳かで落ち着いた雰囲気。近所の優しいお爺さんと話しているかのような、なぜかこちらの気分まで宥める気品ある所作。
それが一切変わらずあったせいで、俺は油断を自覚すらできなかった。
俺だけじゃない。――アビ子やクラウまで含めてだ。
「え? それは、どう――」
「――失礼を」
次の瞬間。
鳩尾に何かが突き刺さった。
「が――っ!?」
信じられない暴挙。使用人が雇い主の貴族に
痛みに空気が肺から漏れて、刹那、意識の時間が
防御はできなかった。警戒すらしていなかった。
いや、違う。警戒ならずっとしていたはずで――ただ俺の《警戒》の認識が、本当にどこまでも
「鈍りましたな、アロルド様。あまりに
「――、――」
「以前の貴方様ならば、誰であれ攻撃の届く位置に他者を近づけて、油断など絶対にしなかった。いついかなるときでも《隣にいる人間が己に牙を剥く》可能性を考えていた。――いえ、今のアロルド様ではたとえ考えていても反応できない」
説教としてはたぶん、正論。
俺は『こいつが裏切っていたらどうしよう』とは考えていても、『今ここで襲ってきたらどうしよう』なんて微塵も考えていなかったのだから。
それで警戒していたつもりなのだから笑わせる。
そういうとこだぜ日本人。
いつになったらファンタジーの世界に来た自覚を持つ気だ?
「ですが、まあ、それは責めますまい。何やら事情がおありのようだ。――なればこそ嘆かわしいのはヤミ、お前だ」
「――……っ」
「お客人の皆様はともかく、私を知るお前がその体たらくで主を守れるつもりでいるか。笑わせるな、弛んでいる。私の教えは、それほどまでお前に残らなかったか」
耳で聞いているヴィンセントの声が徐々に遠くなっていく。
というか、なんだ……これ?
意識はまだはっきりしているのに、俺はヴィンセントの腕によって
考えろ。なんだ。ほとんど気配は感じなかった。
命術や冥術の類いじゃない。あれはどちらも多くの場合で《光》を伴う。
たぶん魂術。だが、だとして、いったい何をいつの間に……?
いずれにせよわかるのは、俺がゲームで言う《
これは俺が得意とする数少ない術――《
もっと正確に言えば、そもそも使えない。だって身体の自由がない。
だからそのまま、ヴィンセントに身を預ける形でくずおれているしかなかった。
「鍛え直しだ、愚か者。このままでは帰れぬものと知りなさい」
俺はヴィンセントに担ぎ上げられ、そのまま廊下を運ばれていく。
完全なる人質状態。あの三人ですら何もできずに、俺を連れ去るヴィンセントを見送るしかできなくなっていた。
※
そうして連れ込まれたのは、なんでもない。
屋敷のすぐ外にある、ラヴィナーレ家の広い庭の片隅だった。
「……お前な……」
いろいろな意味を込めて俺は呟く。
そんなこちらを、肩に担いだままヴィンセントは。
「はて、しかし私の主はあくまでアルディア様。アロルド様では御座いませぬゆえ」
アルディア=ラヴィナーレ。
現ラヴィナーレ家当主にしてアロルドの実父。
自分はその配下であってアロルドの下ではないと言い始めたわけか。
「いきなり言い訳から入るんじゃねえよ……うえ、きもちわる……」
「これは申し訳ない。アロルド様は抵抗力が強すぎますので加減はできず」
「……
「ほう? お気づきとは思いませなんだ」
言ってヴィンセントが、俺を地べたに座らせた。
扱いは優しいが、まあ別になんの言い訳にもなってはいない。
「……解放令は《赦すな》だろ。お前の発言で命令形の口調だったのはそこだけだ。思えば言い回しも、そこだけ少し妙だったしな……」
「否定はしますまい」
「これは聞いたことねえ、けど……《赦せ》という解放令のアイテムだったら有名なヤツがひとつある。冒険者がよく持ってる、教会製の《タリスマン》だ。
「……、驚きましたな」
こればかりは、本当に驚いたようにヴィンセントが言った。
だがクロスロのプレイヤーなら、これは知っていて当然レベルの知識だ。
「お見事、アロルド様。――確かに使ったのは教会製のタリスマンです」
言ってヴィンセントは、手のひらを開いて俺に見せた。
その手の中にはチェーンのついた、乂印教会の象徴でもある乂字の意匠された銀の紋章。原作でも序盤から手に入る、装備アクセサリのひとつ《タリスマン》だ。
状態異常の耐性を上げる効果があって、お守り程度の安い装備だが……。
――基本的に、ゲームにおける《アクセサリ》の効果は、大半が
特殊な効果があるものを装備しているのではなく、装備したアイテムの魂術を発動することで特殊な効果を発揮させている――というのが設定上の扱いだった。
だからこそひとりでたくさんは装備できず、スロットの数が決まっているわけだ。
もちろん中には術を使わずとも持っているだけでいいアイテムもある*2が、その手の単体で特殊効果を持つモノは非常に希少だった。
それでもゲームでは、やはりゲーム的に処理されている。
どういうことかと言うと、さすがに
――だがこの世界ではたぶん違う。
慣れた者、魂術に長ける者は、おそらく同じアクセサリでも高い効果を得られる。
どころか場合によっては、解放令を改変して違う効果さえ発揮できる――。
「あまり表立って使うと乂印教会に睨まれますので、普段は隠しておりますが。その通り、教会製のタリスマンの効果を少し弄って麻痺にかけさせていただきました」
解放令《赦せ》で麻痺を解くタリスマンを、
解放令《赦すな》に改変して麻痺をかける効果に変えた。
そういう使い方もあるのか。いい勉強になったぜ。
「世間じゃ、あんま知られてる使い方じゃねえよな……たぶん」
「どうでしょうな。確かに、それなりに技量は必要としますが。使い込めば使い込むほど、扱える術が増えるは
「…………」
「しかしながら誠にお見事。その方法を知らぬままで、会話に紛れ込ませた解放令に気づいて正体まで見抜かれるとは。そんな者はこれまで敵にもいなかった。いささかアロルド様を見縊っておりましたかな?」
「……うるせえよ。喰らってからしか意味ない小ネタ知識、褒められても困る……」
ハッ――と自嘲気味に笑ってかぶりを振る。
してやられたってのに、上から目線で褒められても反骨精神が湧くだけだ。
ん? ということはつまり、俺は結構これでも、悔しがっているということか。
……それは、自分でもちょっとだけ意外だった。
「あんた、ヤミに厳しいな」
俺はヴィンセントに向けて言った。彼は薄く笑って、
「そこでご自分のことではなく、ヤミのことを言うとは……本当に変わられた」
「変わってなきゃ大変だったろむしろ。いいのかよ? 前までの俺だったら、コトが済んだ瞬間に感情任せで何するかわかんねえぞ」
「でしょうな。私も大概、アロルド様は厳しく仕込みましたゆえ、恨まれているのは間違いありますまい。それでこの暴挙。いやはや、首が飛びますな。物理的に」
「……マジかよ爺さん。ファンキーだな?」
つまり最悪、死んでもいいって覚悟で俺を殴ったわけか。
俺はそんなことしないが、その確証はさすがにヴィンセントにはなかっただろう。
大した忠義だ――と言えばいいのかね、これは。
「なんの。幼いヤミを拾い上げ、買い手としてアロルド様に仲介したのはこの私ですからな。その意味で、私はあの娘の命に、ある程度の責任を持つべきでしょう」
「……あんたが? そうだったのか?」
「記憶喪失は隠されないことにされたのですか?」
「……忘れただけかもしれねえだろ」
「思いのほか適当ですな。さきほどから口調も雑になっている。貴族としては決して褒められたものではありませんが……以前のアロルド様よりは好感が持てますな」
「それ嬉しくねえんだよな。比較対象が下の下すぎて」
ふん、と俺は鼻を鳴らした。
そんな俺をヴィンセントは愉快そうに見て目を細める。
「さて。人格はどうあれ、アロルド様。今の貴方は少し――あまりに弱くなりすぎている。敵の多い貴方様がこの体たらくでは、とても安心してお送りはできませんな」
「……だから鍛え直してやろう、って話か? つまりこれは」
「さて。当面はアロルド様を守る者に頼るのもよいでしょう。ヤミはともかく、あのふたりのお客人は素晴らしいですな。橙色の髪をした少女は素晴らしい業物を持っておられた。そして白髪の少女に至っては……いやはや正直、空恐ろしい」
いいとこ見てるな、ホント。
つーかこの、あの……強者は強者を見抜くみたいなヤツ、本当に理屈がわからん。
なんでわかる? 俺は原作知識がなかったら、クラウが超強いなんて見ただけじゃ絶対わからない自信あるんだけど……。
なんて困惑する俺の目の前でヴィンセントは言った。
「なればこそ問題はヤミでしょう。――
「……何……?」
「いかがいたしますか、アロルド様。このまま腑抜けているようでしたら、こちらで処分してしまっても構いませんが」
「――――」
俺には、ヴィンセントが何をもってヤミを批判しているのか謎だ。
単にヤミだけに厳しいのか、それともこの男のことだ、本当に何か見抜いたのか。
わからない。ただこんな台詞を言わせっ放しは、主人としてどうかと思う。
だから、
「――《
直後。俺は手を前に掲げて、座ったまま命術を発動した。
不意打ち。だが説教くれただけはある、そんなもの通じる相手じゃない。
「回復がお済みで結構。
「気づいてたか」
まだ残っていた麻痺の余波を、俺はこっそり《
肉体の不調はなんであれ回復する万能ヒール。さすが便利ではあったが、後ろ手で隠すくらいじゃ白い光を誤魔化せなかった。油断しないってのはこういうことか。
「反面、
「悪いな。最近ちょっと戦い方を変えたんだ。昔みたいに訓練してくれよ?」
「ほう……?」
くつくつと、わずかにヴィンセントは肩を揺らした。
なんつーかこの爺さん、もしかして若者を虐めるのが結構好きか?
「面白いですな。かつてどんな目に遭っていたかも、どうやらお忘れのご様子だ」
「そうだな。俺のこと鍛えてくれたみたいだけど、その辺もう全部忘れた。もっかい一から鍛え直してくれよ。そのつもりだったんだろ?」
「再び味わいたいと申されるのならば結構。ただし加減はできかねますぞ」
「言ってろ。――俺だって、ヤミたちに守られてるばっかじゃ、いられねえんだ」
確かにここまでいいとこはなかった。
そのせいでヤミまで巻き込んで下に見られた。
だとしても、今の俺じゃ仕方ない――なんていつまでも言っていられない。
いい加減こっちも限界だ。
これでも一応、魔王に食い下がるくらいはしてみせたんだ。
――俺にだって、意地くらいある。