【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
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「……、ふぅ」
と俺は息をつく。ひとまず、執事長様のお眼鏡には適ったと思いたい。
ヴィンセントとの小競り合いにヤミたちが気づかないはずがない、と認識した時点から、正直に言えば《合流》の二文字はずっと頭の中にあった。
というか、たぶんとっくにどこかで見ている。
俺に居場所はわからない――俺にわかるなら先にヴィンセントが気づいている――が、どこかに隠れて俺たちの様子は窺っているはず。
ならできれば、ヤミに
その時点で、隠し持っていた《レストの短剣》を《
取り出しやすい位置に持っていた《破希》には気づいていても、懐に仕舞い込んでいた《レストの短剣》にヴィンセントが気づいていないことは、話の文脈でわかっていた。さすがに使用人の立場で、アロルドの身体検査まではできなかったらしい。
であればあとは、バレないように《破希》を放り投げてヤミに回収させ、気づかれないよう自分に意識を集めるだけ。
地面に《
結果は成功。
ヤミは的確に意図を読んで、俺が投げた《破希》を回収して隙を突いた。
こんなものはギャンブルですらない。賭けがあったとすれば、それは言葉でのやり取りができないヤミたちに意図が伝わるかどうかという点だけだったし、ヤミたちが動かないはずがない、と公算の高い選択肢を選んだに過ぎない。
それをわざわざ賭けと呼ぶなら、人生なんて全てギャンブルになってしまう。
……まあ、とはいえちょっと熱くなっていたのは否定できないか。
勝利という結果を優先して、自分個人で勝つことにはこだわらなかった――なんて言えば冷静な策略家っぽい印象になるけれど。実のところそういうわけじゃない。
単にこの方法が、いちばんヴィンセントへの意趣返しになると思ったからそうしただけなのだ。
――要するに。
ヤミを、そうバカにしてくれるなよ、という気持ちが大きかったのだろう。
「お疲れヤミ。――いぇい」
と。ふたりの元に向かった俺は、ヤミに向けて手を挙げる。
ちょうどアビ子とクラウのふたりも、勝負がついたことを察してこちらに向かってくるところだった。
ヤミはなぜか目を細めて、首を傾げて俺に問う。
「……なんですか、その手は?」
「何って、そりゃハイタッチでしょうよ。俺たちの勝ちなんだから」
「これは……私ではなくアロルド様の勝利だと思いますが」
「そうか? まあいいんだよ。ふたりでやったんだからふたりの勝ちってことで」
ほれ、ともう一度、手を突き出す。
ヤミはそれでもしばらく迷っていたが、やがて俯いて、おずおずと俺の手に自分の手のひらを合わせた。
勢いがないため音が鳴らず、思っていたのとはなんか違ったが……。
そんな様子を見て、傍のヴィンセントがひと言。
「本当に、変わられましたな」
敬語だから、たぶん俺に対して告げた発言だったのだろうが。
どうしてだろう。変わった、という言葉の対象は俺じゃないような気がした。
しばらくしてからヤミと手を離し、そのまま今度は自分の腹に当てる。
回復を発動してヴィンセントから受けたダメージを癒しつつ、俺は訊ねた。
「そんで? ヴィンセントは、いったい何が目的だったんだよ」
「さて……目的を問われますと何も果たされてはいない気がいたしますので、今さら明かすのも面映ゆい限りでは御座いますが。なんのことはなく、かつての訓練教官としてのお節介に過ぎません。――次期当主が命を落とすようなことがあっては面目が立ちませぬからな」
「……弱すぎてすぐ死にそうだと思われてたってコト?」
「貴族たるもの武芸を嗜むもの。という一般論を抜きにしましても、やはりアロルド様は失礼ながら、いささか以上に敵の多い身分であらせられますからな」
まったくもって耳の痛い話だ。
いや、それに関しては俺のせいじゃない気がするから、痛むべきは耳じゃなく頭という気もするが。どうあれ足りていないという指摘は受け入れるべきだろう。
ただ意外にもヴィンセントはわずかに相好を崩して。
「しかし、その点に関しては余計な杞憂であったと反省しております。愚考と暴挙の罰が必要であれば、いかようにも」
「……ちょっとは認めてくれたって話?」
「是非を判断するような立場には御座いませんが……そうですね。甘さこそ以前より目立つようにはなりましたが、前はお持ちでなかった
「そりゃどうも……って言っておこうかな、一応」
俺も正直、終わってみればヴィンセントに対して悪感情はなかった。
訓練なんて体に叩き込むものだと思えば、こうやって直接的な手段に訴えてくるというのもおかしな話じゃないのだろう。というか、それが彼の仕事なのだと思う。
ただし、それに続けられたヴィンセントの言葉には少し驚いた。
「しかしながら。それでも進言させていただければ、アロルド様の敵は決して甘くは御座いません。爻印教の連中は、障害になると踏めば排除を厭わぬでしょう」
「……、……ええと?」
「現にご当主様はアロルド様が生まれるより以前から爻印教の飼い犬に成り下がっておられる。それに反逆するのであれば、もう少し実力が欲しいところでしょうな」
……それ結構な爆弾発言じゃないですか?
あ、そうなの? そういう感じ? ヴィンセントって、つまりわかってる上でその立場を、少なくともよくは思ってないタイプのスタンスだったんだ……?
「つーか俺、爻印教に反逆してると思われてんだ……?」
「畏れながら申し上げれば、――かの学院都市で、アロルド様が巻き込まれた事件の報告は、無論こちらにも伝わっております」
「え。――え゙っ?」
「どうやら乂印教会は先の一件を秘匿指定としたようですが、今の当家にも多少なり情報を得る手立ては残っております。大司教のひとりを墜とされたそうで」
「あー……、そう、ですかあ……」
どうやら俺は、ラヴィナーレ家の情報収集能力を舐めていたらしい。
ネットやメールどころか電話すらないこの世界じゃ、物理的に離れた場所の情報を得るのは難しいと思い込んでいた。
だがヴィンセントたちは、乂印教会も秘匿指定にした十日ほど前の一件を、別口で調べ上げていたらしい。そこはさすがに、腐っても元大貴族なのだろうか。
……いや、考えてみればラヴィナーレ家は、元は編纂書院統括だ。
今でこそ教会との関係悪化から実質干されたが、百年前まで
「…………、うわ」
ありそー……。
と、頭の中で考えをまとめて、思わず納得してしまった。
ラヴィナーレ家は爻印教を陰ながら支援しており、またアロルド自身も個人で取引していた設定自体は本編でも描写されていた。
考えてみれば、そんなことをして《バレていない》ことがひとつヒントなのか。
それに、本編に登場したのはヤミだけだが、設定だけあったヴィンセントも含め、ラヴィナーレ家の使用人は妙に戦闘に長けている節がある。
そういう人物を狙って雇用していたとすれば、……まだ裏でなんかやってんな。
く、くそ……。これは考察できたことかもしれない!
なんかちょっとファンとして悔しいかも! でも確定したのはちょっと嬉しい!
――じゃねえよ冷静になれ俺。
「あのさ。ヴィンセントって……もしかして爻印教、嫌いか?」
「さて。私から申し上げられることがあるとすれば、あの邪教徒どもに魂を売った者とそうでない者の区別などは、誰の目にも明らかということでしょうな」
「……調べてなくても見りゃわかる、と?」
「ええ。今のアロルド様は、ご自分で思われるより――客観的には、善人かと」
「…………」
この世界に来てから内面を褒められたのは初めてかもしれない。
が、なぜだろう? アロルドみたいと言われることに腹を立てていたくせに、いざ今度は違うと言われると、それはそれで、なんだか不安になる評価だった。
でも、結構これ心当たりあるな……。
あのミリアが妙に俺に対して警戒が薄いのって、もしかして『こいつが爻印教徒なわけがない』と、性格で判断されていたからなのか……?
「ともあれアロルド様。貴方様の敵は、必ずしも敵とわかるように近づいてくるとは限りません。そのことだけは肝に銘じていただければ、この老骨の余計なお節介にも意味は出てきましょう」
そう言ってヴィンセントは、恭しく俺に一礼した。
その言い方だと、やっぱり俺だけわかりやすいって意味になってアレなんだけど。
でも要するに、爻印教と敵対するような真似をしでかしたと聞いていたのに、いざ再会してみたところ、あまりに危機感が薄かったせいで心配になった――ってのが、つまりヴィンセントの動機だったらしい。
いや、まあでも、そりゃそうか。
俺は三人の侵入者がこの屋敷から来たわけじゃないと踏んでいたが、連中とは関係なくても屋敷が爻印教と関係ないと決まったわけじゃない。そのふたつは別の話だ。
明らかに記憶喪失っぽい俺が(実際には違うけど)実家だからと油断しているようじゃ、ヴィンセントから見れば不安にもなろう。
「……いいのか、そんなんで。あんたの主人はあくまで俺の親父殿だろ。少なくともそっちは完全に爻印教とズブズブなワケだけど」
「これは異なことを申されますな。――親父には近いうちに隠居してもらう、などと嘯いて学院に向かわれたアロルド様が、そのようなことを申されるとは」
「反逆宣言してる!!」
バカ。アロルドのボケ。
そういうことは思っても実行まで言わないんだよ。――それ俺も大概か?
いや、やめてほしいわ本当。
ただでさえ手いっぱいだってのに、実家の権力争いまでやってられねえっつの。
俺は思わず表情を盛大に歪める。
その目の前で、ヴィンセントは好々爺めいた目で俺を見据えて。
「その際はどちらにつくか、旗色は決めておけ。――あの日の捨て台詞を、今も私は忘れておりませんよ、アロルド様」
「忘れろ今すぐ」
「ええ。ではそのように」
忠実ですとばかりに頷くヴィンセントだったが。
まあ、言って忘れられるわけもなかった。
※
かくしてその後、アロルドたち四人は転移装置で帰還することとなった。
装置の制御はクラウが行う。また本家側の石板に関しては、アロルドたちの帰還後すぐに上に物を置いて塞ぐことを決めた。
ヴィンセントはアロルドに告げる。
「こちらでひとり、アロルド様に《目》をお貸しします」
「目?」
「ええ。詳しくはヤミにお訊ねいただければと思いますが、当家の諜報部から一名を派遣いたします。お好きなようにお使いいただきたく。その者に、私への連絡手段を持たせますので――何かありましたらご連絡を。その際はお力になりましょう」
「そ、そりゃどうも……」
やっぱ本当にあったんだ、とアロルドは小さく呟いた。
ヴィンセントは実のところしっかりアロルドの小声を聞き取っていたが、そこにはまったく触れない。できた執事は、余計なことを言って主の不興を買わないのだ。
代わりに殴るだけである。
かくして、突然の来訪者四名の帰還は実行された。
最初にヤミが跳び、続けてクラウ、アビ子と戻っていく。
可能性としては低いだろうが、向こうの屋敷で捕らえている侵入者が脱走して待ち伏せしているとか、再び装置の遠隔接続で後続が送られた可能性もあるため、順番としてはアロルドが最後になったのだ。
「まあ、なんだ。世話になったって言っとくよ」
最後に残ったアロルドが、どこか面映ゆそうな様子でヴィンセントに告げる。
老執事としては、彼の態度に思うところもあった。
どうにも複雑な心境があるらしく、ヴィンセントが思うに、彼は自分やヤミなどの低い立場の者から向けられる《無償の善意》を、どこか重苦しく捉えている風だ。
そういう様子が、実は最初から気になっていたのだ。
最初にアロルドを食堂で歓待したときから、どうにもずっと居心地が悪そうにしていた。警戒や不安にも似ているが、実際に戦ってみての感想で違うと確信した。
なんと言えばいいのか。
彼はそれが、本来なら
引いてもいない
記憶喪失による違和感か、とも思うが、どうにも違うような気もして疑問である。
実際問題、彼が『本当はアロルドじゃないし』と思っているから、傅かれることに抵抗がある――なんて、いくらヴィンセントでも気づけない。
ただ似たような人間ならヴィンセントも知っていた。
ヤミだ。
あの黒髪の少女を引き取り、ラヴィナーレに紹介してアロルドの専属に推したのはほかならぬ彼である。
ラヴィナーレの執事となる前は冒険者だった彼は顔が広い。
だからたまたま、教会の洗礼を受けたひとりの娘が死にかけている――という話を聞かされた。
両親は少女を棄てたそうだ。
洗礼――生まれたときにはない
この王国ではほぼ全ての人間が受けるイニシエーション。
それで倒れた娘を、両親は『乂印の神の福音たる洗礼を拒絶した悪魔』と、迷信で憎んで棄てたのだという。
無論、教会では彼女が《オド回復不能者》であるという診断はつけられていた。
ごく稀にだがあり得る体質だ。
自力で生きていくことができなくなり、死ぬまで他者からのオド供給を受け続ける必要のある、――残酷に言ってしまえば落伍者と烙印された人生。
考え込んだ末、ヴィンセントは当主アルディア=ラヴィナーレに推薦した。
この少女を引き取ってアロルドの付き人とするのはどうか。
アロルドは天才だった。だが人格に難があった。
その原因はほかでもないアルディアからの呪縛でしかないと見ることもできたが、いずれせによ彼に最後まで従える者がどれほどいるかはわからない。
そんな中、ヤミの体質は、いわば《絶対に裏切れない縛り》になり得る。
他者からの供給が必要にもかかわらず、適合するオド以外を受けつけないヤミ。
その体質で生きていくには、運よく適合する者に拾われるか、オドの性質すら変更できる高位の冥術師に頼るか――もしくは幼少期から慣らして供給側に適合するか。
三つ目を、ヴィンセントは選んだのだ。
というより前者ふたつがほぼ望めないため、実質的には一択しかない。
この体質を持つ者は、上手く生き残れば術の適性に長ける可能性が高いという説もあったため、アルディアはいい考えだとヴィンセントの提案を受け入れた。
――ほかに手がなかった、ことは事実だろう。
見ず知らずの少女を生かすすべを、ヴィンセントはそれしか思いつけなかった。
老い先短く、またオドに余裕もない自分では無理だ。歳の近い天才――という奇跡みたいな条件をアロルドは満たしていたのだ。
けれど今でも、やっぱり間違っていたんじゃないかと思う夜はある。
ヴィンセントは少女の命を生かした。
そして同時に、少女の未来を――その手で殺したのだ、と。
ヤミはよく訓練に耐え、使用人として申し分のないところまで成長した。
けれど、その目はずっと死んでいた。
己が運命を受け入れ、このどうしようもない主に最後まで付き従うだけだと自らの未来を棄てた少女。生きていくだけで生きてはいない。そんな諦念。
だとすれば。
今このときがどれほどの奇跡か。
「アロルド様。――ヤミを、よく見ていてやってはくださいませんか」
ゆえにヴィンセントは言葉を作った。
どの口でなどという恥より、老人はあくまで行動を選ぶ。
「なんか……あんたずっとヤミだけ気にしてるよな」
「はい。あの子は強かった。ですが、それは失うものがないゆえの強さでした」
「……まあ、言わんとせんことはわかる、気がするけど」
言葉を選びながら青年は答える。
これがあのアロルドだというのだから――本当に、奇跡はあるものだと思う。
今なら乂印の神の爪先に、口づけすることも老人は厭わないだろう。
「あの子は幸せに慣れていない。何も持っていなかった者ほど、本当は誰よりも失うことに耐えられないものです。――今のヤミは、使用人としては落第でしょう」
「…………」
「所詮は老人の繰り言。ですがアロルド様――」
「ああ。……まあ、よくわからんけど」
アロルドはまっすぐにヴィンセントを見て、それから軽く肩を竦める。
実際、彼はヴィンセントの言葉の意味をあまりわかっていない。師匠らしいし、身内には厳しいんだろう、俺も殴られたし――くらいにしか思っていない。
それでも、
「今んとこ頼ってばっかだけど。今後はまあ、少しずつ俺も返していくから」
からからと青年は笑う。
ああ。本当に、今まで老人では一度も引き出せなかった、歳相応の笑みを見て。
「――は。出過ぎたことを申しまして、汗顔の至りに御座います」
頭を下げた。言葉でこれ以上を言うことを、老人は己に許さなかった。
そのまま軽く手を振って、アロルドが最後に去っていく。
誰もいなくなった暗いだけの物置。
ヴィンセントは傍にある、装置よりひと回り大きな石板を抱えて、それを装置の上に置いた。さらにその上から余っている布をかけようとして、――その前に。
「…………これで、正解だったのか……」
わからない。伝えるべきだったのか、伝えないことが正しかったのか。
そればかりはヴィンセントにも本気で判断がつかなかった。
大きな石板。
謎の紋様と文字列の刻まれた、旧い――なぜ物置にこんなものがあるのかと思うような、不可思議な石碑。
刻まれているのは謎の紋様に加え、六つの数字と六人分の人間の名前だ。
数字は7から12まで。各数字に名前がひとつ割り振られている。
ヴィンセントの視線はその七番の部分に注がれていた。
【Ⅶ/アロルド=ラヴィナーレ
古い――とても旧い、今では喪われた術が刻まれた石碑。
当然、アロルドが生まれるより遥か太古から存在しているはずのもの。
そこに名前があることを、ヴィンセントは結局、最後まで言葉にしなかった。