【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
里帰り(?)からさらに数日後。
暦で言うと、
その間のイベントもそれなりにあった。
その中で最大と言っていいのは、
「どうですか、お兄ちゃん?」
「ん、よくできてる。さすがフィーは優秀だなあ」
「えっへへへ。それならよかったですっ」
近くでヤミと同じメイド服を着て微笑む、幼い少女のことだろう。
フィーが検査から戻ってきたのだ。
それに合わせて、俺たちは揃って再びインフィディアの邸宅に移動していた。
何をするにしても、大きな学院都市がいいと踏んでの判断だ。
「あまり調子に乗らないよう、フィーヌ。こればかりは一朝一夕*1。
最後の三つ目を自分でも試してみたところ、これができてしまったというワケだ。
おそらくだが、ヤミから記憶を預かったときにコツを掴んだのだと思う。
ただ割と欠点も多く万能ではない。
第一に、俺ではヤミのように《心底から協力的である》、もしくは《意識を失っていて抵抗できない》という、いずれかの条件を満たさなければ同調できない。
実際、試しにアビ子にやってみたところ失敗した。クラウでも同様だ。
ふたりに許可を取った上でこれなのだから、ほんの少しでも抵抗感があると上手くいかないようだ。試してないが、なんなら今だとヤミ相手でも失敗する気がする。
あくまであのときの切羽詰まった状況が可能にさせたのだと思うと、むしろこれは俺側の問題も含まれていそうだ。
むしろ気絶させちゃえばできる辺りに、なんかこう、俺の人格が滲んでる気がして嫌だった。
第二に、俺がやると《ゲームのフレーバーテキスト風になる》問題だ。
あくまで俺の認識に沿って理解するからだろう。一定量の文章で見える(というかそれしかできない)縛りがあるのだ。
概要は詳細にわかる一方、情報量に絶対的な限りがある。同じ相手に繰り返し発動したところで文章が変わらないことは、気絶したティム相手に確認済みで、この辺は利点欠点どっちもある感じだ。
普通は映像とか、なんならもっと抽象的なイメージで見えるものらしく、確定的な文章で見えること自体は利点だが、それ以上の情報量を増やせないのが欠点だ。
ヤミから記憶まるごと預かったときは映像で見えたのだが、アレはあのときだけが特殊だったということらしい。まあ、厳密にはそもそも別の術だしな……。
加えて第三に、――体調にめっちゃ響く問題だ。
よくわからないのだが、人間相手の同調を行うと凄まじい頭痛に襲われる。
結構、こう……ガチめに『二度とやりたくない』と思えるくらいには激しい痛みがあり、何が問題ってそれだけ原因不明なことだ。
同調した対象に引っ張られて精神をやられることがある――と言う設定は原作から存在したが、それとは無関係にただただ頭が痛む理由は完全に謎だった。
思い出すのはクラウの追手と戦闘になったとき。
彼らが持っていた武装を拾った際、半ば自動で同調してしまったときだ。
あのとき《解析》が暴発して、なぜか穴抜けの文字情報が頭に流れ込んできた上、同じような酷い痛みに襲われたことを思い出す。
いや……もっと言えば、初めてこの世界で目覚めたときも、そういえば似たような頭痛に襲われたような覚えがある。確かそれで冥術が自然発動したんだっけ……?
ともあれ。
現状は《同調による解析結果を文字情報で見ていることが原因の負荷》というのが暫定的な仮説となっている。単に、それ以外の原因が見つからなかっただけだが。
「……おお。すごい、今もしかして俺、暇なんじゃないか……?」
ラヴィナーレ邸の食堂でそんなことを呟いて、俺は謎のショックを受ける。
いや別に暇ってことはない。やるべきことやりたいことは、今だって無限に等しいくらいある。ただ珍しく、今日は『このあとやろう』ということがない。
決めていないだけで、何かをやる気になればタスクは無限に湧くが、それでもまだ何も決めていないという状況自体が酷く珍しい。
そのときだった。
「うぉ、お――あ?」
ざわり、と肌を撫でるような謎の感覚に背筋が震えた。
何かと一瞬だけ焦ったが、すぐに気づく。
「……来客のようです。失礼を」
言って、すぐさまヤミが部屋をひとり出て行った。
残ったフィーが俺を見て、
「どうしたの、お兄ちゃん? クラウ姉が背中に飛び乗ったときと同じ顔してるよ」
「そんな味のある顔してんだ俺……いやあ、ちょっと結界がね」
「結界?」
「ああ。クラウに頼んで屋敷の結界を新調したから、来客が来るとわかるんだ」
だがそういえば、実際にどんな感覚なのかまで試していなかった。
まるで屋敷の外周が俺の肌と繋がっていて、そこを越える者が触覚でわかるような感じ、と言えば伝わるかだろうか。
確かにフィーが言った通り、前触れなく肌に触れられる感覚と近いのだろう。
……俺はそういうときいつも同じ顔なんですか?
「なんかぞわっとすんな……」
嫌な気配は感じないため、ごく善良な来客なのだろう。
そういうのは感覚でわかる結界だと、クラウ先生が仰っていたことだし。
「できたらこの感覚も変えらんないもんかな……?」
「でも、ヤミお姉ちゃんは平気そうだったけど」
「……んー、確かに」
同じ感覚を得たはずなのに、表情がまったく変わっていなかった。
訓練でどうにかなるものなのか、俺が敏感すぎるだけなのか。いずれにせよ感覚は一瞬のことだったから、あとはもう待つだけではある。
「誰だろうね?」
ニコニコ顔のフィーに問われる。俺は笑みを返したが、
「……あれ、そういや本当に誰だ? わざわざウチに来る奴って……」
俺は心当たりを少し考えて……そういえばあった、とひとつだけ思い出した。
ヴィンセントが言っていた《派遣》――ラヴィナーレの諜報部員が、もしかしたら来たのかもしれない。
だとすればどんな奴だろう?
期待と不安を胸に、俺は今か今かと来客を待つ。
果たして、それからしばらく。
戻ってきたヤミが、扉を開けてまっすぐに俺を見つめた。
「アロルド様。――お客様がお見えです」
「ありがと、ヤミ。それで、いったい誰が来たんだ?」
ひと息。なぜかヤミは答えに間を置いた。
彼女には珍しい、慣れていなければ気づかなかったかもしれない空白。
その一瞬に言及するよりも早く、ヤミは淡々と答えた。
「――ミリアステオル=キスリンタス様です」
「よし帰ってもらって」
「無理です」
「じゃあお茶漬け出してきて」
「お茶、ではなく?」
「いっそ俺が帰りたい」
「ここが家ですが」
「わかってるけどぉ!」
来たぁ……。出たぁ……。嫌だぁ……!
思わず頭を抱えたくなったが、無論そんなことをしている場合じゃない。
クソ、いたわ。そういえばいたね、なんか友達みたいな感じでウチに来そうな奴。
何も悪いことをしていない、優しくてかわいくて素敵なだけの恐怖の権化が。
――暇だ、なんてフラグを立てるんじゃなかった。
嫌な予感がひしひしとする。
そして直感とは、こういうときに限って得てして当たるものだ。
だが来た以上は出迎えなければなるまい。
意を決して立ち上がり、それでも足が動かなくて、俺はそっとヤミに呟く。
「平穏って、こうやって崩れるんだな……ヤミ?」
「……お言葉ですが、アロルド様」
「うん?」
「今までも、そんなに平穏だったわけではないと存じますけれど」
「…………」
ヤミさん。
それ笑えねえっす。
「はぁい、ヤミお姉ちゃん!」
ヤミに小さく窘められ、それでも素直に微笑むフィーは本当にいい子。
今、彼女はティータイムの紅茶を俺に淹れてくれていた。最近の忙しさを思えば、これほど癒される時間もない。素晴らしい。最高。
「今度は俺がフィーにお茶を淹れてあげような」
「大丈夫! わたしのほうが、きっと上手だよっ!」
「そっか。うん、ありがとう。さすがヤミの弟子だねホント」
簡単な恩返しの提案をしれっと切って捨てられてしまった。
使用人デビューから日が浅いはずのフィーも、すでにヤミと同じ、仕事を譲らない精神を獲得してしまったようだ。
実際たぶんフィーのが上手だろうし、反論の隙が一切なくて泣けてくる。
「えへへへ。褒められたー」
にこーっと目を細くして笑うフィーが、なんか嬉しそうだから、もういいか。
そう思って自分を納得させる。
俺の中の小市民が、どうしてもニートに耐えられないのだ。
いやまあ、言ってみれば俺は一応、これでも世界を救うために動いている――と、ギリ言えなくもない活動はしているけれど。
それを仕事と主張する勇気は、どうしても出てこないままだった。
「しかしまあ。ウチのティータイムって現状、ホント俺のためだけにあるよな……」
貴族の午後ティーはなんらかの義務とされている風潮があるのだろうか?
それはわからないが、ヤミが毎日必ず時間を設けるせいで、すっかり習慣になっているのだけど……そういえば、これ参加してんのだいたい俺だけなんだよなあ。
アビ子はたまにで、クラウは引きこもっているため参加数ゼロ。
家主の権限で、今後はティータイムを強制参加にするべきか少し悩んだ。
「…………」
この時間になると、今や俺も条件反射で謎に落ち着く。
すっかりヤミに躾けられたというか、我ながらパブロフの犬めいた単純さだ。
とはいえ、アロルドとなって以来の忙しさを思えば価値ある時間か。
「……いや本当、いろいろあったもんな……」
たとえば例の三人についてだが。
侵入者のうち、明確に
もうちょっと感情隠せ。認識阻害ローブだろ、それ。
なお三人目である盗賊ティム=グリルだけは俺判断で放免としている。
別に情けをかけたわけじゃない――と言うとたぶん嘘で普通にかけたのだが、あくまで俺判断に過ぎないため、乂印教会がどう捉えるかまでは責任を持てない。
まあ気絶しているのをいいことに、対人での同調解析の実験台にさせてもらったというのがコトの顛末だ。
これは原作における、主にNPC対象の《調べる》コマンドの実験だ。
限られた数名のキャラではあるが、街にいるNPCを《調べる》ことで情報収集ができるキャラがいたのだ。
その理由は様々で《術に頼らない調査のスキルがある奴》から《人徳やコミュ力で話を聞き出せる奴》もいれば、特殊な才能で《人間の魂と同調できる奴》もいた《ref》みんな近隣にいるはずだが、現状ひとりも見つからず。