【書籍化】設定厨、悪役貴族になる。 ――原作知識で破滅シナリオを攻略し、闇堕ち確定ヒロインを全員光堕ちさせるまで── 作:涼暮皐
前話の更新し忘れにより2話更新です。
ひとつ前を読んでいるかご注意くださいませ。
※
一方その頃。
宿をひとり抜け出そうとする気配を察知したミリアステオル=キスリンタスは、わずかに罪悪感を覚えながら声をかけた。
「アロルドさんを探しに向かわれるのでしたら同行しますよ」
「……っ。ミリア、様……」
弾かれたようにヤミが振り返る。
その表情には、いつも冷静な彼女には似つかわしくない焦りが見られた。
ただそこにはあえて言及せずにミリアは告げる。
「わたしも向かおうと思っていたところです。さすがに少し、帰りが遅すぎますね」
まさか夜のうちに、ひとりで向かってしまうとは思っていなかったのだ。
ミリアとしては少し不服である。明日、いっしょに祠を観光することになったら、持っている知識を彼に教えてあげたら喜んでもらえると思っていたのに。
たまには暗部の戦闘員としてではなく、乂印教の一介の聖職者として話をしたい日くらい、ミリアにだってあった。
「ミリア様……は、アロルド様の向かわれた先に心当たりが?」
訊ねたヤミにミリアは頷く。
「説明は走りながらいたしましょうか。ほかのお三方はどうしますか?」
「……フィーヌを連れていくわけにもいかないので、私たちだけで」
「畏まりました。ではふたりで向かいましょう。ご案内します」
説明の段取りを省略して、ふたりは移動を開始した。
実際、表には出していないだけで、ミリアにも焦りはあったのだ。
夜道を、ヤミを伴い可能な限りの速さで駆けながら口にする。
「この近くに《賢者リリトの祠》という史跡がありまして。中の壁画が有名な遺跡だとアロルドさんにご紹介したのですが……どうも、何かあったみたいで」
「……何かが」
「
「……護衛」
呟くヤミに、ミリアは失踪したもうひとりの白フードの顔を思い浮かべた。
それからあえて無表情を装い――そんなことをせずとも、後ろを走るヤミに表情は見えないのだが――答える。
「数少ないわたしの友人です。わたしが十三夜戒に格上げされる前はツーマンセルを組んでいました」
「友人、ですか。部下ではなく」
「はい! いい子なんですよ? 十三歳からいっしょなので付き合いも長いですし、冷静で優秀で頼りになります。ただ……その彼女がアロルドさんを見守っていたはずなんですが……なぜか音信不通です。おそらく、なんらかの理由で《内部》に入ってしまったものかと」
「……内部、ですか?」
「ええ。最低でも八百年クラスの史跡ですし、結界空間と繋がっていてもおかしくはありません。……もっとも、今まで誰かが入ったという話は聞いていませんが」
「……、それは最低でも八百年以上、誰も入れなかったということでは」
「やっぱおかしいですよね? 貴女のご主人なんですけど」
――本当に予想外のことをしてくれる。
事実であれば、さすがのミリアも頭を抱えさせてほしいミラクルだった。
八百年以上、誰も入ることのなかった祠の
そんな
というか、でなくとも護衛中の
任務に忠実で、職務に不満を見せないミリアをして。
さすがにちょっとだけ胃が痛くなりそうな、そんな展開なのだ。
「問題は、中でじっとしていてくれるか、ですね。内部がダンジョン化しているのであれば、進めば進むだけ危険が予測されますが……」
「……アロルド様が、ですか?」
「ああ。なんでしょう負の信頼を感じます。たぶんじっとしてないですよね、彼!」
ミリアから聞かされた直後には出かけてしまったアロルドだ。
あのテンションを思えば、じっと待っていてくれると思うほうがおかしい。
ただ逆を言えば――ミリアですら《一度は捕らえられた》なんて発想は、さすがにまだ出ていなかった。
ゆえにそれは、推察ではなく単なる予感で。
「……
小さく、ミリアは口の中だけで呟いた。
可能性は限りなく低い。ミリアもさすがに違うだろうとは考えていた。
だがシギナスの襲撃に引き続き、今度は結界の突破。
偶然も、ふたつ重なってしまうと意味を見出したくなってくる。
「……ところでヤミさん。ひとつお伺いしたいのですが」
「はい?」
首を傾げたヤミに、ミリアはひと言。
「運勢って、いい/悪いのほかにも、強い/弱いがあると思いませんか?」
「は……えっと?」
「運がいいけど弱いとか、あるいは悪運だけど強いとか。そういう考え方もできるというお話なんですけど」
「……はあ……」
「もしかしてアロルドさん、最近になって急に運が強くなったりしていませんか?」
突然の問いに、ヤミは困惑して眉を顰めた。
正直に言えば意味がわからない。どう答えればいいのかも迷うほど。
だが前を行くミリアは、内容の割には真剣な口調で。
「たとえば、やけに大きな事件に巻き込まれがち、とか。不運か幸運かにかかわらず何かには巻き込まれるような、そういう変化に心当たりはありませんか?」
「……どうでしょう。私にはわかりかねます」
「そうですか」
「確かにここ最近は変化が大きかったですが、そういうものがまとまってやって来ること自体は、取り立てて不自然でもないと思いますけれど」
「そう……ですね。それはその通りです」
肯定して、ミリアはかぶりを振った。
どの道、こんな問いかけで何が確定できるでもないのだ。
ただアロルドには、間違いなくそう思わせるだけのものがあって、ミリアは根拠のない直感だけで
もしかしたら
果たしてそれが、いいことか悪いことかはともかくとして。
仮にそうであったのなら、――振り回されることにも少しは納得がいく。
※
「悪い、
「――早い。早いって。早すぎる。まだ諦める時間じゃないよ、たぶん」
部屋を出て数分で諦めを滲ませたルッツに、さすがに俺もツッコミを入れる。
気持ちはわからないでもない。
部屋の外の光景は、俺たちの脱出の心意気を折る――とまでは行かずとも、出鼻を挫く分にはなかなか有効だったからだ。
外は迷路だった。
文字通り、それはもうあまりに迷路だった*1。
「考え方だろルッツ。今の俺たちの悲しい戦力を思えば、このタイプのダンジョンでむしろらっきーだったかもしれない。そうだろ?」
「あー……まあそれは確かに。心が強いな、兄ちゃん」
ダンジョンが成長することは前述した通りである。
それはすなわち《侵入を防ぐ》という
たとえば大量の
たとえば大量の
そういった、どういう風に防ぐのかの方針がダンジョンごとに異なるわけだ。
その中で、この祠のダンジョンの方針は《迷路》というワケだ。
迷宮系ダンジョン。原作には登場していない設定だけの設計ではあった。
たぶん、RPGで迷路をやらされたらダルいとか、普通にミニマップが表示されるため迷うこと自体そんなにないとか、その手の理由があったのだろうが……。*2
「これはこれでテンション上がるまである」
「……いや、それはちょっとわかんねえよ、兄ちゃん」
「だって迷路だぜ!?」
「お、おう。迷路だな。迷路だから言ってんだけどな……?」
今のところモンスターらしき影は見ていない。なんなら気配すらない。
ついでに言えば、俺たちを襲ったであろう
ともあれこの迷宮は、内部が非常に細い通路の連なりで構成されていた。
曲がり角がやたらと大量にあり、同じような
窓はない地下。にもかかわらず、なぜかずっと仄かな光源があるのが少し不気味に感じられる。光がずっと淡く通路を満たしている感じだ。
暗かったのは最初にいた部屋だけで、あそこが例外だったらしい。
同じような例外――つまり通路以外の部屋っぽい場所はまだ見つかっていない。
「で、どうなん。道はわかりそうか?」
ともあれルッツに訊ねてみるが、彼は自信なさげに。
「ムッズいな……一応それなりの
「理屈はわかる」
「逆を言やぁ、そこら中あちこちで術が発動してるようなもんだからな。こっちから範囲を伸ばすタイプの探知は、まあ難しい。そもそも結界内だと難易度高いしよ」
術同士が干渉し合うせいで、自分の術を遠くまで維持できないといった話か。
探知・感知系の術はひとつも覚えていないから、その手の感覚までは設定だけじゃわからない部分である。
「それ以外だと、空気中のマナを逆利用して、流れを辿る形で辺りの構造を把握する手もあるが……それをやるには通路が細長く入り組みすぎだな。空気が滞留してら」
「んじゃ、ルッツの術で地形を把握するのは難しいのか?」
「できて周囲十数メートルってトコだ。つっても壁は貫通できねえから、実質前後の警戒くらいだな。目の前の罠や後ろからの不意打ちくらいは察知できるかもだ」
「自力で歩いてマッピングするしかないってわけだ」
どことなく状況がローグライクめいてきた感じだ。
まあダンジョンってそもそも成長するし、入るたびにとは言えなくとも、年単位で構造が変化することは普通にある。ダンジョンって不思議~。
とか言ってる場合では割となかった。
「……ん? じゃあアレか。さっきの部屋だけ暗かったのは――」
「扉があったからだな。マナが循環しないで使い切られたせいだろうぜ。……あー、てことはマナの発生源はどこからでもってわけじゃなく、一定の経路はあるんだな」
「つまり?」
「それを辿るだけならできるかもしれねえ。特定の場所にマナの出入口があるんだとすれば、そこがこのダンジョンの肝だ。出口はわからねえが中央はわかるかもだ」
言うなりルッツは、わずかに目を閉じて両腕を広げた。
一気に集中状態に入ったことを悟り、俺は思わず息を飲んでしまう。
直後、
「《
詠唱。命術語のそれは、最近クラウが使った《
俺は《風読み》の上位術などは聞いたことがなかったはずだが、これは……?
とはいえしばらく、術を待つ。
やがて目を開けたルッツは肩を竦めると、
「オーケイ。《何か》は見つけた」
「な、何か……?」
「ああ。この迷宮の中心に相当する何かだ。途中の情報とかそういうもんは、マナが邪魔でまったくわからんけどな。そこまでの最短経路だけは掴んだぜ。どうする?」
すなわち、向かうか否か。
迷いどころではある。出口を探すならむしろ逆方向とすら言えるものの、迷路には逆も何もない。一本道なら出口も自ずと割れるのだが、このダンジョンでは無理だ。
一方、危険の可能性と同時に、何かしらヒントを得られる可能性もあるだろう。
この祠の入口には謎解きがあった風のことをルッツが言っていたから、出る方向で似たようなヒントがある可能性までは否定できない。
「行ってみるか。どうせ道に迷ってるのに、方針まで迷ってちゃ時間の無駄すぎだ」
「再三言うけど戦えねえからなオレは。可能性は薄いが勘づかれることもあり得たんで、誰がいるかとかは調べてねえからよ。いざとなったら頼むぜ、兄ちゃん」
「任せろ。いざとなったら俺が率先して土下座からの靴舐めコンボを決めてやる」
「そういう意味じゃねえんだけどな?」
かくして俺たちは、この迷路の中央を目指す方針を定めた。
再びルッツを先頭にして歩き始める。俺は、その背中にようやく訊ねた。
「ところでルッツ、さっきの術はなんだったんだ?」
「ん、知らねえのか? 《風読み》の
「それは知ってるよ。でも、ちょっと詠唱が違っただろ。上位術か?」
「そうじゃねえ。ちょっとしたオリジナルの改変だよ。術の効果に少しだけアレンジ加えてあるってだけの小技さ」
「え……何それ?」
聞いたことのない技術に、思わず目を丸くする。
一方のルッツは、なぜかなんでもないことのような態度で。
「命術言語ってのは、最初から人間が使っていた言葉ってわけじゃねえ。だからその意味は、実のところ使ってる術師ですら把握してねえってのは知ってるよな?」
「あれ……そうだっけ?」
いや、――でもそうなのか?
俺はゲームや資料集の文字列として認識しているから、詠唱は全て《日本語に謎の言語のルビが振られた形》で認識している。
だが考えてみれば、口に出しているのはあくまでルビのほうだ。
この世界で生きている人間は、その意味である日本語文は認識していないのか。
「……いや、……あー……そうなのか」
考えてみればわかったことかもしれない。
確かに設定として明言はされていなかったけれど、そういえば作中で意味を完全に把握している描写はほとんどない。わかっていて大まかな部分まで。
比較に挙がるのは
「命術語ってのは、大昔の精霊語ってのが定説だ。それを汲み上げて発音可能にしたものを人間が流用してるってだけで、どれも成り立ちは詠唱ありきってこった。まず術が先にあって、それを為す詠唱は世界からもたらされてるに過ぎない」
「え、で、でも……オリジナルを開発する命術師もいるだろ?」
「ああ、確かに稀にそういう天才もいる。けどよ、それだって術を成立させたあとで詠唱を
「…………」
「だから詠唱を省略はできても、詠唱を間違った場合は発動しない。詠唱しなければ使える術をあえて間違って詠唱すると、それだけで術は使えなくなるからな」
し、知らんかったすぎる情報出てきた……!
ヤミやクラウにでも聞いたら一発で答えが聞けたような情報だけど、そもそも確認する発想自体がなかった。げ、言語の意味って、アレわかってなかったんかい。
「とはいえ、似たような術で登場する語句も多いからな。たとえば《風読み》の術の詠唱に出る《ヴェウス》とかはわかりやすい。風の攻撃術がそのまま《
「ま、まあ……それは確かに」
「そうやって推測して得た語句で詠唱を改変しても、意味さえ通ってれば効果を得ることができるってわけだ。そりゃ確かに、あんまやってる奴はいねえ手だ。なんでも事故は怖えから、下手な改変で暴発させたらコトだろ。
――後半は、正直もうあまり聞いていなかった。
設定厨らしからぬ失態。そう、たぶんこのときの俺の興奮は、新しい設定を知ったといういつもの興奮とは違った意味を持つものだった。
だって俺は、命術語の意味合いを、たぶんこの世界では誰より多く知っている。
なら俺なら。――俺の設定厨知識ならば。
ルッツ以上の改変を、術に施せるのではないだろうか?
そう。だって、やっていることは混術におけるオリジナル――もとい、
それを日本語ではなく命術語でやるだけだ。
それでいいなら、俺は――。
「さてはルッツ……お前、本当に天才か?」
「こんなことで褒められてもなあ。実力あったらやらんでいい小技だよ、むしろ」
ルッツは不服そうに鼻を鳴らした。
どうも彼にとっては、これは自慢でもなんでもないようだ。
だが俺にとっては違っていた。悪い期待が脳裏を占めていくのがわかる。
そう、これはあくまで設定上のルールに基づいたもの。そのルール内で、何か俺は面白いことができるかもしれない。
なんて期待が、新しい設定を知った興奮を――たぶん初めて上回ったのだと思う。
ただ《知ること》ではなく。
自ら《行うこと》のほうに意識が向いた。
俺もまた、徐々にこの世界の人間になっているということ、なのかもしれない。