自滅する天才悪役貴族に転生したけど、設定厨知識で闇堕ちフラグをへし折ったヒロインたちの様子がおかしい 作:涼暮皐
アビ子は、向かいの部屋の床で眠っていた。
……なんで床で寝てるんだろう。
さすがにヤミが床に置いたとは考えたくないところだ。ヤミならやってそうな気もするのが少し怖かったが、願わくは寝相が悪くてベッドから転げ落ちたとかであってほしい*1ところ。毛布も半分くらい引きずり下ろして包まってるし。
「うーむ」
しかし、どうしたものか。
すぅすぅ寝息を立てて気持ちよさそうに眠っているアビ子。こうして見るとさすが大人気ゲームの(一見)ヒロイン枠だけあって、顔面だけは本当にいい。
ヤミやティーも大概かわいかった*2から慣れてきた節があるけど、それと比べても、なんというかストレートな、ど真ん中アイドル路線、みたいなかわいさがある。
口を開くとだいぶ残念寄りなのも、こうなると好都合かもしれない。これで中身も美少女だったら、むしろ委縮してしまっていたところだ。
「おーい。起きろー、アビ子。そろそろ夕飯らしいぞー?」
とりあえず体を揺さぶってみるのだが、アビ子が目覚める気配はない。
「むにゃあ。ちがうよ……ぼかぁ、ソースは多めがいいよぅ……」
「むっちゃ寝言言うやん」
このお布団ぽかぽかスヤスヤ女は、他人の屋敷で無防備にガン寝だった。アビ子の身分は《冒険者》に分類されるはずだが、ずいぶん暢気なものだ。
――なんて責めるのは、実は少し気の毒で。
意識が落ちる際、ヤミにかけられた術が効いているから起きないのだろう。
昏睡の命術――確かヤミは《ドル・トープ》と発音していたか。
だから暗記しようと思うとかなり難しいのだが、そこは名誉ある設定厨、もちろん俺はシリーズに登場した全ての命術をしっかりと暗記している。
その俺が断言しよう。
昏睡の命術――すなわち相手の意識を奪うタイプの命術にはいくつか種類がある。なんなら冥術にすら催眠術があるくらいで、つまり効果としてはメジャーなのだ。
だがそういう設定がある一方、作中でこれ系の術を使うキャラは実は稀だ。
理由は単純で、それは『Cross Lord』シリーズがあくまでRPGだから――つまり大半の術は《バトルで使用するスキル》として用意されているからだ。
コマンド式RPGとして見れば、一発で相手の意識を奪える術なんてほとんど即死呪文と変わらない。ポンポン使えるはずがないし、大抵の敵は耐性がある*3。
シナリオ上で、たとえば見張りを眠らせて潜入する――みたいなシーンのときに、催眠系の術を使うことはあるけれど、俺の知る限り《ドル・トープ》は初耳だ。
俺が知らないという時点でゲームには出ていないと判断していい。
「……え。これ、どうやって起こそう?」
命術を解除しない限り、アビ子はしばらく目覚めない。もちろん術が永続するわけじゃないから、いつかは起きるのだろうが――今じゃないのは間違いない。
ヤミは、俺なら起こせると思って送り出したということだろうか?
あり得るかもしれない。少なくとも元のアロルドであれば命術を使えたはず。その前提で、俺なら解除できる*4とヤミが思い込んでいた可能性はあった。
「……参ったな」
「んみゅう……のこすなら、ぼくがもらうよぅ……ふひぁ」
「……。こいつ寝言がテンプレ食いしん坊すぎだろ」
「いひひひ」
「なんか笑ってるし。おーい、起きないとお前の分のデザートがなくなるぞー?」
「なんだとぅ……むにゃ。ぼかぁ、おーぼーは許さにゃ、……すぅ」
「ちょっと返事した……」
――おもろいなコイツ。
さておき。
術を解除する術に心当たりはひとつ*5あるが、それはかなり上級の、つまり難易度が高い術だ。ただ起こすだけでそんなものを求められるとは思えないし、たぶんヤミは専用の解除呪文――《眠らせる術》に対応した《起こす術》を想定している。
それを俺は知らなかった。
いくら設定知識を総動員したところで、知らん術を使うのはさすがに不可能だ。
となると、何かほかの方法でアビ子を起こす必要がある。
「よし……それなら」
しばらく考えた末、俺は自力でアビ子を起こすことを諦めた。
いや、ヤミに頼るという意味じゃない。俺はすでにこれをちょっとした挑戦として受け取っている。設定厨たる者、この程度のハードルは越えなければ嘘だろう。
何が言いたいかというと、今回はヒトではなくモノに頼ろうと思う。
かくして俺は、部屋の端に向かってあるものを手に取った。
ヤミがアビ子といっしょに運び込んだのだろう。
ベッドの脇に一本の剣――アビ子の持つ聖剣《ソルクレイヴ》が立てかけられていたのだ。
バトル時効果としてはほぼフレーバーに過ぎないが、ソルクレイヴには対術特攻が秘められている。刀身に術を破る効果があり、防御結界などを容易く斬り裂くのだ。
その効果を使えば、アビ子にかけられた《ドル・トープ》を打ち破れるはず。
スマートな発想に思わず俺はほくそ笑んだ。
「ふ、甘いぜヤミ。俺が聖剣の隠し機能を覚えていないとでも?」
ヤミに試したつもりなど欠片もないだろうが関係ない。
俺は自分が、たったひとつの冴えたやり方を見つけたことにご満悦だ。
原作のソルクレイヴは基本、特殊な効果のない、ただ攻撃力が高いだけの武器だ。
いや、正確にはもちろんソルクレイヴ限定の
まあ主人公がソルクレイヴを振るって敵の防御や武器などを破るシーンはたくさんあるが、剣の効果で破っているのか普通に実力で破っているのか正直わからんのだ。
ソルクレイヴの対術特攻は、原作主人公のメイン武器の性能にしては、思いのほか地味な――設定資料集に書かれているだけのフレーバー効果と化している。
まあ言い換えれば常時発動効果だからな。
聖剣は所有者を選ぶ。アロルドではソルクレイヴを使いこなせないだろうが、刃にある対術特攻効果だけなら誰が使っても同じなワケだ。
俺は聖剣ソルクレイヴを鞘から抜き放ち、その刃の腹をそっとアビ子の頭に乗せてみる。
効果は一瞬で、その瞬間、ヤミの術の効果がおそらく解かれた。そうだとわかる、何かしらの見えないエネルギーの迸りみたいなものを、わずかに感じたのだ。
パチリ、と、アビ子の目が開かれた。
仰向けに眠っていた少女の焔のように真っ赤な双眸が、俺の目とまっすぐ向き合い正面からぶつかった。
だがアビ子は何も言わない。ただ視線を剣に向け、その切っ先辺りが自分の頭部に添えられていることを確認して、それから再び俺と目を合わせた。
「…………」
「…………」
――あっ。
と。俺はそこでようやく、遅きに失した自分の過ちに思い至った。すなわち、
「これ、まるで寝ている隙に剣で斬り殺そうとしてるみたいに見えん?」
「まるでも何もその通りでしかないんだけど、いったいどういうつもりなんだい?」
やっべ。起きたときの見え方というモノをまったく考慮していなかった。
客観的に見て今の俺の姿は、眠ってる少女の頭に抜身の剣を思いっきり向けている暴漢そのもの。それ以外の何者でもないくらい悪党だった。
……何ひとつスマートじゃねえじゃねえかよ。
「よ、よし、オーケイ。ひとまず落ち着け。大人しくしな!」
「脅しかな?」
「ごめん言葉選びもミスっちゃった。暴れたらお互い危険でしょって意味ね! 脅しじゃないし攻撃しない。害意は一切ありません!」
「――――」
――いや信用できんが?
みたいな目が向けられたけど正論ですね、すんません!
「仕舞うから。すぐ仕舞うから。剣ごと返すから。俺、丸腰!」
言いながらアビ子が反応しないようゆっくり慎重に剣を引いて、鞘に仕舞う。
ね? ――と、なるべく笑顔を繕いながら、鞘に仕舞ったソルクレイヴを寝ているアビ子の体の上に置いた。それから二、三歩ほど下がって、俺は両手を挙げる。
アビ子はしばらく胡散臭そうに俺を睨んでいたが、少なくとも剣が戻ってきたこと自体には安心したのか、それを掴み取ると上体だけ起こして口を開いた。
「……で? 殺す気じゃないなら、ぼくを連れ込んだのはどういうつもりさ」
「あー……どこまで覚えてる? ヤミ――ウチのメイドに気絶させられたことは?」
「……覚えてる。思い出したよ。なんなら思い出したくないことまでね」
ギロリ、と俺を睨むアビ子の視線が強くなった。
これは……あれか。ヤミにあっさり気絶させられたことを恨んでるのか?
「まあ、そう気にするなよ。二対一だったし」
「じゃなくて……ぼくが言ってるのは、ス……スリーサイズの件なんだけどっ!!」
「――いやちょっと何言ってるのかわかんないっす」
「誤魔化し方が雑すぎるよ!?」
むぅ、と恥ずかしそうにしつつ、アビ子はぎゅっと剣を抱きしめる。
いや悪かったって。咄嗟に隙を作る方法として思い浮かんじゃっただけなんです。
――単位が地球と同じなのが悪くない?
なんて内心開き直る俺に、ふとアビ子は口許に指を当て。
「……あのメイドの術を解くのに、ぼくの聖剣の力を使ったのか……?」
「あ――ああ、そういうことだ。誤解が解けてよかった」
ほっと胸を撫で下ろして俺は答えた。
さすが原作メインキャラ、理解力が高くて助かる。
まあ、……闇堕ちするんだけどさ。
「――それよりだ。結局、なんであんなトコにいたんだ、アビ子は?」
「そのアビ子って呼び方はなんなのかな……」
「いいじゃん、かわいくて」
「かわっ……!?」
瞬間、ぼっと煙を吹くようにアビ子は顔を赤くする。
友達がいないアビ子は、基本的にクソちょろい女の子である(公式設定*7)。
「き、きき、キミねえ……! しょ、初対面の女の子に、そっ、そんなことを簡単に言うとか上級者なのかね!? は、はじ、恥じらいというものはないのかい!?」
「なんの上級者の話してます?」
「あぅ……や、そのっ、――というかだ! なんであっさり流してるのかわからないけど、そもそもキミはなんでぼくのことを知ってるんだよ!?」
名前にしろ聖剣のことしろ、俺が知っているはずはない。
そんなことは当然わかりきったことで、俺はその言い訳をしっかり作っていた。
「そりゃウィンベリー家のことくらい知ってる。暗黒時代を終わらせた英雄の家だ、知らないわけないだろ」
「……ぼくの家なんてとっくに没落してるよ。そんなに有名じゃないと思うけど」
「ウチも没落気味とはいえ貴族だ。それなりに情報は集まってくる」
もちろん嘘だが、あながち説得力がないでもないだろうと誤魔化して言う。
もし通用しなかったら、そのときは術で調べた*8ことにしよう。
そう考えて反応を窺っていた俺に、アビ子は考え込むような様子で。
「……そういえば、ぼく、まだキミの名前を聞いてなかったんだけど」
「ああ、そういやそれもそうだったな」
こほん、とひとつ咳払いし。
それから俺は、今後この世界で名乗っていく名前を口にした。
「――アロルドだ。アロルド=ラヴィナーレ」
「ら、ラヴィナーレだって!? ラヴィナーレって、あの……あの、……その」
驚きに叫びをあげたアビ子の声が、徐々に今度は小さくなっていく。
ラヴィナーレ家が嫌われている理由はなにせ有名だ。彼女はそれを口にしかけて、咄嗟に堪えてくれたらしい。別に、そんな気を遣ってくれなくとも大丈夫だ。
いやまあ、俺、中身違っちゃってますからね。
「ああ、そうだよ。あの《裏切りの血*9》のラヴィナーレだ」
「……ご、ごめん……」
「気にするな。少なくとも俺は気にしてないよ。気を遣ってくれてありがとな」
「いやキミは気にしたほうがいいと思うけど」
「あれ」
まあ言われてみれば正論な気がする。俺は気にすべきか。確かに。それはそう。
ただまあ、そういうわけで血統的には、実はアロルドとアビ子は正反対だ。
暗黒時代に魔王を倒し英雄となった一代限りの弱小貴族――ウィンベリー家。
暗黒時代に
原作ではアロルドとアビ子に接点なんてないも同然だったが、こう見るとなかなか好対照ではある。
俺の身元を知ったアビ子は、そういうことかと小さく頷きながら零す。
「……なるほどね。道理で厭味ったらしい貴族の感じが出てると思ってたよ」
「さっきまでのフォローをなんで急に捨てたの?」
「キミが気にしてないと言うからじゃないか」
「それは家系のことであって、俺個人への罵倒は話が別なんですけど」
「細かいな。これだから金持ち貴族はいけ好かないんだよ」
「お前だって一応ギリかろうじて微かに貴族ではあるだろ名目上」
「そういうトコ! そういうこと言うトコぉ!!」
むすっ! と不機嫌を露わにして俺を睨むアビ子だった。
ただそれも一瞬。やがて彼女は息をつき、それから俺に向き直って言った。
「キミが……助けてくれたのかい?」
「一応そうなるかな。別に誰がいるって知ってたわけじゃなかったけど」
「……たまたまってこと?」
「あの診療所の癒者がウチに来てな。俺にも妙なモン飲ませたから、念のため確認に行ったって流れだ。お前のほうは、なんだ? あれは捕まってたのか?」
「……や。つ、捕まったと、いうかぁ……えっとぉ」
なぜか急に言葉尻を濁し始めるアビ子。
俺は目を細めて、探るように彼女へ問いを重ねる。
「なんだよ、歯切れ悪いな。正直に述べろ」
「……し、仕事用にポーションを買いに行ったんだけど……」
「けど?」
「新薬の治験のバイトしたら、け、結構な額をくれると、言われてぇ……、つい?」
「自分から飛び込んでんじゃねえかよ!」
「まさかあんなことになってると思わないだろぉ!?」
恥ずかしそうに叫ぶアビ子だった。ホント恥じてくれ。危なっかしいな、おい。
いや、まあ騙されたようなもんではあるが、アビ子は原作のストーリーの――言い換えればこの世界の未来の、重要な登場人物なのだ。
そう簡単に死なれたら困ってしまう。
というか、そうじゃなくても人が死ぬのは悲しいことだ。
それとも原作キャラである以上、あの場を自力で逃れられたのだろうか? あんな風に俺が介入しなくても、なんだかんだアビ子は助かっていた……の、だろうか。
その辺りは実際ちょっと謎だ。
原作の分岐は(おそらく)もう少し未来だから、どのルートに進むのか、主人公の行動を探って調べる必要があるはず。そう考えると結構やることたくさんあるな。
――と、そのときだ。
突如として『ぐうぅぅぅぅっ』と、腹の虫の鳴く音が辺りに響いた。
思わず俺は、床に座るアビ子とまっすぐ目を合わせる。
「あ、わ、あ……あぅあ」
顔を真っ赤にして、わたわたと手を振り何かを誤魔化そうとするアビ子。
ぜんぜんなんにも誤魔化せてなくて、俺は思わず肩を揺らして噴き出してしまう。
「あんな寝言言ってりゃ、そりゃそっか……くく」
「な、なんだよぅ!? 女の子が寝てるトコを覗き見なんて、趣味が悪いんじゃないのかい!? ぼ、ぼくがどんな寝言を言っていたか端的に述べるべきだぞぅ!!」
「くくくく……それは秘密」
「なにおう!?」
「その代わりにメシにしようぜ。食べるだろ、アビ子?」
「む、う……ぬ」
アビ子は目をぱちくりさせつつ、何ごとか迷うかのように少し唸って。
結局、空腹をどうにかすることを優先したのか、耳を赤くしながらコクリ頷いた。
「……い、いただきます」
「よろしい。行こうぜ、――ヤミのメシはきっと美味い」
そっとアビ子は立ち上がった。
それから俺の顔をまっすぐに見て――赤い顔で、か細くひと言。
「その、……助けてくれてありがとう、アロルド」