────今から十年も前のこと。
日本の遠洋から生物なのか、機械かのかわからない生物が現れた。
確かに言えることは、その生物は間違いなく人類に敵意を持っており、海に面した地域は一度壊滅にまで追い込まれた。
もちろん、抵抗はしたのだ。しかし、人類が発明した銃火器はどれもこれも効果はなかった。
砲門や魚雷を持つこの生物を、世界は深海に棲む戦艦、「深海棲艦」と呼称した。
誰しもが突如として深海棲艦の侵略に諦観の顔を見せた。
そんな奴らを追い払ったのが、戦時中に海を駆けた戦艦の魂を持ち、その力を行使することができる「艦娘」である。
「──────人類は、というか日本は再び大本営を設置して四つの鎮守府から艦娘を集めて攻勢に転じました。ここまではわかりましたか?」
揺れ動く車の中。私、大淀はこれから提督になる目の前の青年に話しかける。
合歓垣裕翔。十六歳。小綺麗な見た目で見る人が見ればイケメンである、ということもあるだろう。
髪も短く揃えられ、肌は白い。その手には産毛が一つも生えていない。まるで赤ちゃんのように綺麗だ、とそう思う。
─────ただ、一つ問題があるとするならば。
「うーん………。わかんない」
まるで子供のような返答。
車を運転していた憲兵もその幼稚な返答に驚いたのか、ルームミラーからこちらを覗いてくる。
私は嘆息を漏らして、あらかじめ大本営で受け取っていた資料の一ページ目に目を落とす。
そこに乗って居たのは目の前の青年のプロフィールだった。
名前、年齢、住所、そして経歴。
目に付くのは経歴だった。シミひとつない真っ白な経歴。小学校すら書かれていない。
ただわかっているのは、彼は十年前の深海棲艦の侵略で両親を亡くし、長い眠りについて居たことだけ。身体は成長しても中身が成長できずに六歳で止まってしまっているのだ。
「…………お姉ちゃん?」
見た目が私より年上の提督が小さく小首を傾げながら「お姉ちゃん」、と呼んだことに驚いて憲兵もハンドルを誤ったのか車が大きく揺れた。
「す、すいません」
「………いえ」
慌てて謝る憲兵さんを宥めて私は提督に向き直る。怯えた様な顔。当然だ。彼は病院で起きてから一週間も経たずに説明もなしに連れてこられたのだから。
私の任務は素人で一般人である提督のサポートをすること。
今向かっている鎮守府は舞鶴鎮守府。日本海側にある為、最も戦力が低い鎮守府だ。
戦力が他の鎮守府に比べて低いせいで大本営の上層部では、問題児たちの墓場なんて異名すら付けられている。
そんな鎮守府に一般人を提督として派遣する理由は大きく分けて二つ。
それは提督となれる素質ある人間が極端に少ないからだ。
提督には人柄も必要だが、まず第一に「妖精さん」を視認し、コミュニケーションを取れる必要がある。
妖精さんは不思議な存在で鎮守府の作業を手伝ったり、時には共に戦う存在だ。
当初は、艦娘にしか見ることができずに世迷子だと思われて居た妖精さん。つい一年前に妖精さんを視認できる人間が現れ、妖精さんは実在するという結論に至ったのだ。
そんな妖精さんを見れる人間は少ない。ちょうど目の前の彼で四人目。一般人であろうと提督にするところから見ても、妖精さんを見れる重大さが伺える。
二つめは、大本営の一部の人間が問題児の艦娘たちを解体したがっていること。彼らは艦娘を人と認めずに何処までも兵器として扱ってくる。
命令に従えない兵器は彼らには必要がない。素人の提督であっても提督は提督だ。命令違反を重ねれば、解体を下すこともできる。舞鶴鎮守府には提督を恨む艦娘だっている。もし仮に提督を彼女たちが殺しでもしたら連帯責任で全員を解体することだって可能だ。
「大丈夫ですよ。提督は私がお守りします」
私より背が高い彼の頭に手を置いて、わしゃわしゃと頭を撫でる。
なんて酷い絵面だろうか。そう思わずにはいられない。しかし、見た目は高校生くらいでも中身は小学一年生だ。親にすら会えず見ず知らずの私たちに連れて来られている不安と恐怖は想像に難くない。
「おれ、何処に連れてかれるの?」
「提督の、新しいお家です」
「お父さんとお母さんは?」
言葉が詰まる。提督の両親は既にいない。爆発に巻き込まれたのか、死体すら発見されなかった。
提督だけは現元帥が命懸けで助け出せた、と元帥から聞いた。
十年という彼を置いて行った年月を六歳で止まった今の彼に伝えるのはあまりにも酷だろう。
私は彼の手を握って、しっかりと彼の目を見る。
「提督のご両親は海外にお仕事に行かれました。帰ってくるまでの間、私と一緒に待って居てほしい、と」
「そうなんだ………」
私の誤魔化しに納得したのか、病院で買ってあげたお菓子を開けてパクりと口に入れる。
やっぱり子供だ。満面の笑みでお菓子を頬張っている。
「………美味しいですか?」
「うん」
「まもなく到着です」
憲兵の報告に私は車の外を見る。建物の全容は見えないが、施設を運ぶ塀からしてひび割れや巻きついた雑草が目立つ。とても日本を守る四つの鎮守府のうちの一つに見えない。
しばらく進むと、車は門の前でピッタリと停車する。やはり門もちゃんと修繕されておらず、全体的に錆び付いている。
一応、今日提督が着任するという報せも送っていた筈だが、迎えの一人もいない。
「…………おりましょうか」
「う、うん」
提督に降りる様に促して、私は反対側から降りる。
「それでは、私はこれで。提督の活躍を影ながら応援しております」
「はい、ありがとうございました」
流石にここで降りるのは躊躇われたのか、車の窓だけ開けて挨拶してくる憲兵に私も会釈する。
「ご武運を」
そう言うと憲兵は窓をさっさと閉めて来た道を戻って行った。