門を開けば不気味な音がまるでファンファーレの様に私たちをで迎える。
肩をピクリと振るわせる提督に対して、私は敷地内に視線を向ける。
大本営の事前の報告だと、この舞鶴鎮守府の元々の提督はとても素行が悪かったらしい。
戦力がどの鎮守府よりも低く、戦果も中々出せなかったからか、前時代的な価値観を持っていたからか。とにかく彼は任務に失敗した艦娘を必要以上に怒鳴りつけ、補給も入渠も休憩もさせずに話しかけた。例え成功させたとしても、それが当然と言わんばかりだったと言う。
それならまだいい。彼が気に入った艦娘には褒美として自身の欲の捌け口としていた何て噂もある。こちらに関しては単なる噂に過ぎないが、どちらにしてもあまり気分の良い話ではない。
元の鎮守府で問題児扱いされて転属して来た彼女たちにとってはもはや提督という存在に憎悪を覚えていても仕方がない。自分が同じ立場だったらと想像するだけで身の毛がよだつ。
そんな前提督が居なくなりようやく安心できると思っていた矢先に新たに提督が来ると報告を受けた彼女たちの行動は二つ考えられる。
一つは提督という存在にトラウマを持ち、極力関わろうとしない場合。こちらに関しては時間をかけて何とかすることは可能だ。子供である現提督を私がしっかりと教育して、提督は安全だとわかって貰えばいい。
問題はもう一つの、提督を亡きものにしようとする場合だ。仕事中ならば私が何としてもでも守ってみせる。
しかし、彼にだってプライベートは必要だ。四六時中私と一緒では気が滅入ってしまうだろう。そうなると警備が手薄になってしまう。万が一にも提督が殺されるなんてことになったら最悪だ。半強制的に提督にした子供の一般人を守れなかった上、提督殺害の罪で舞鶴鎮守府の皆が解体されてしまう可能性もある。
「提督。私にしっかり着いて来てくださいね」
「う、うん」
提督の手をしっかり握って私は一歩一歩慎重に進んでいく。
提督がこの鎮守府に着任する前に、実はもう一人、私と同じく提督を守る為に元帥より極秘任務を受けた艦娘が着任している。
その艦娘の名前は明石。おそらく私が一番仲がいい艦娘だ。私も彼女も、そこまで戦闘力があるわけじゃない。命令が来ればもちろん出撃するな、どちらかといえば、執務のサポートや艤装の開発など裏方の方を得意としている。
予定では明石が門の前で待っている予定だったはずだが、何かあったのかもしれない。
「まずは明石と合流しましょう」
「その必要はねぇ」
不意に声が聞こえたと思ったら、私の首筋に冷たい何かがピタリと当たった。
砲門、という訳ではなさそうだ。もっと近接の、そう、刀か何か。
「テメェらのお仲間は既にふんじばって営倉にぶち込んだ。安心しな。テメェら追い出したらお仲間も解放してやる」
怒気………いや、これは殺気というべきか。
背後の艦娘を信じるならば、どうやら明石は捕まっているものの、無事ではあるそうだ。
しかし、まだ安心はできない。誰かはわからないが、未だに私たちの生殺与奪の剣は背後の艦娘に握られている。
そんな中、不意に提督が不安そうな顔でポツリと呟いた。
「……………臭い」
何故、今それを言う。
確かに背後に艦娘が現れた辺りから異様な臭い漂い始めた。それは燃料や硝煙の臭い。艦娘である以上そんな臭いが少しはするものだと思うが、これはあまりにも異常だった。
理由は何となく予想がつく。入渠させて貰えないから臭いが落ちなかったのだ。
情報を知っている私はすぐに辿り着く答えだが、何も知らない提督はそんなことお構いなしに喋り続ける。
「風呂はちゃんと毎日入らないと臭くなるってお母さんが言ってた」
それそろまずい。恥ずかしさからか怒りからか、彼女の息が荒くなっていく。
「こ、コラ!女性に臭いなんて言ってはいけません」
「だって、本当に臭いんだもん!」
「ふ、ふざけた事言ってんじゃねーぞコラ!」
「わぁ!?」
「提督ッ!」
遂に堪忍袋の尾が切れたのか、背後の艦娘が提督を押し倒して私に向けていた刀を提督の首元に持っていく。
その反動で手を握っていた私も引っ張られて、自然と視界が艦娘の姿を捉えた。
紫の短髪に羨ましいほどに恵まれた胸部装甲。何より彼女が付けた左目の眼帯。
その幾つかの特徴を見れば、一週間前からこの鎮守府の資料を穴が開くほど見ていた私にとっては、殆ど彼女の正体を示しているのも同じだった。
「……………貴女、軽巡洋艦『天龍』ですね?」
資料によれば、上官への態度が悪く、度重なる命令違反と独断先行の末大破を繰り返した結果、舞鶴に転属になった艦娘だ。
彼女………天龍はニヤリと笑うと剣を提督の首に当てる。
「ハッ!わかったなら何だってんだ!オレもコイツ個人に恨みはねーんだ。コイツの首掻っ切られたく無かったら今すぐコイツ連れて帰んな」
「……………できません」
「………あ?」
天龍が怪訝そうに眉を顰める。
提督を連れて帰れだって?私だってできるならそうしたい。提督は病み上がりの一般人で、十年という長い時間に取り残された現代の浦島太郎なのだ。彼がまだ六歳児であることは疑いようもなく、私はそんな子供を戦争になど巻き込みたくはない。
彼をここに着任させると決めたのは大本営だ。でも、私を護衛に付けたのは違う。海軍を束ねる元帥その人だ。
六歳児の提督を着任させることに否定派だった彼は、もはや着任は止められないと見るや私と明石にある密命を与えた。
『家族を失い、時間に取り残された彼の家族になって欲しい』
本当に訳がわからない、と当時の私と明石は二人して困惑を隠せずにいた。そもそも、私たちは艦娘。提督とは上司部下の関係であり、家族なんてあり得ない。そもそも、深海棲艦と戦える私たちは世間から見たら意思を持った兵器、人外だ。そんな存在と家族になりたい人間なんている訳がない。
でも、と私はいたの考えを投げ捨てる。この哀れな艦娘が提督は信を置き、命を預けるべき提督ではない。彼は私たちが守るべき何の罪もない国民なのだ。
「私は、その人のお姉ちゃんなので。そして、天龍。貴女も提督のお姉ちゃんです!」
あぁ、ヤケクソ過ぎてもう自分でも何を言っているのかわからない。
天龍も私の意味不明な言葉に呆気に取られたのか、刀を下ろして信じられない様なものを見る目で私を見ている。
「何、言ってんのかわからねぇ………。イカれてるのか?」
ごもっともだと思う。
それでも、元帥の命令である以上この意味不明な命令と状況を私は飲み込むしかないのだ。
呆気に取られた天龍の隙を見て提督もこちらに逃げ出してくる。
「……………提督の意思を伝えます」
「ッ!」
「『私が提督としてこの鎮守府に着任したからにはこの舞鶴鎮守府に所属する艦娘は皆家族である!』」
もちろん、嘘だ。
目の前で泣きながら逃げてきた提督がそんなことを考えている訳がない。
それに、そんなのは目の前の天龍も納得しない。
「ふ、ふざけてんのか!家族ごっこしたいなら他所行きやがれ!オレらを巻き込むんじゃねぇ!」
これまた、ごもっともなご意見だ。
でも諦めるわけにはいかない。
互いに睨み合いが続く中、舞鶴鎮守府の本部棟から足音が近づいてきて、私と天龍、ついでに提督が視線を向ける。
本部棟の暗闇から出てきたのはポニーテールの和服の艦娘。
「……………鳳翔さん」
………鳳翔。彼女も資料に載っていた。軽空母艦『鳳翔』。
彼女の名を呟いた天龍に鳳翔は視線を向ける。
「天龍さん。私はこの様な事をしろなんて命じていません。新しく来る提督を提督室に案内して欲しいと言ったんです」
「で、でもよ!やっぱり納得できねぇよ!やっと提督って存在から解放されたのによ!」
「……………気持ちはわかります」
「なら!」
「後は私が引き継ぐから貴女は工廠に閉じ込めている明石さんを解放してあげなさい」
鳳翔のうむを言わせぬ物言いにこれ以上は暖簾に腕押しだと、思ったのだろう。
天龍は渋々と言った感じで舌打ちをしながら刀を仕舞い、奥に見える赤煉瓦の建物に向かって歩いて行った。