もはや使い物にならない軽空母艦。
前提督の私の評価はそんな最低辺のものだった。実際、私の性能は他の空母たちには及ばない。今なんて一戦を退いて現役を引退した様な状態だ。
それでも一航戦や二航戦の娘たちの活躍を聞く度に私の心には何か嫌なものが溢れ出しそうになる。
一度、自分を戦場に出して欲しいと前提督に上申したことがある。その時は『お前なんて居ても何も変わらん』と罵詈雑言を浴びせられて終わった。
前提督も成果を焦っていた。次第に無理な遠征、無理な作戦を強制して行くようになった。そのせいで沈んでしまった艦娘もいる。
そんな状況にも関わらず、傷だらけの皆んなを横目に私は心が踊ってしまった。私でもまだ戦場に立てるのだ、と。
しばらくして、前提督は居なくなった。何でも、四人目の妖精が見える希少な人材が見つかったのだとか。前提督は今までの行いからそのまま軍法会議にかけられた。
判決がどうなったのか、なんて私には興味がない。次に来る提督は私を海に出してくれるのだろうか。
そう思って臨んだ今日。舞鶴鎮守府に現れた提督はとても頼りなさそうな人だった。何せずっと一緒に来た艦娘の後ろに引っ付いて身をすくめている。
「案内ありがとうございました、鳳翔さん」
提督室に案内して、すぐにメガネを掛けた艦娘(大淀さんと言ったか)が笑顔で頭を下げる。
「いえ。お役に立てたなら何よりです」
私も笑顔で対応しながら、黙って提督室へと入って行く提督に目を向ける。
「あ!提督もちゃんとお礼してください!何ごとも感謝は基本ですよ?」
「……………ありがとう」
大淀さんに叱られながら、提督は渋々と言った感じで頭を下げる。
本部棟の前で彼女が言っていたように、本当に我儘な弟を叱る姉の様だ。
もちろん、艦娘は根本的には違う。血の繋がりなんてあり得ない。その上、外見だけでいうならば姉弟と言うより兄妹だ。
そんなことを考えていると、提督が我先にと提督室の扉を開ける。
次の瞬間、提督室から埃が舞い上がって提督に襲いかかった。
ゴホゴホ、と咳払いした提督は一言。
「汚い」
そう言った。
大淀さん目を丸くして、どう言うことか、と言いたげにこちらを見る。
「提督が捕まってから一週間。この鎮守府の誰も、この部屋に近づきたがりませんでした。砲撃されなかっただけ奇跡です」
実際、天龍さんは一度「提督室なんざぶっ壊してやる!」と何人かの艦娘を連れて私に直談判しに来たことがあったが、その時は何とか宥めた。
やはり、皆提督にトラウマを持っている。口にするわけではないものの、皆の提督室に向ける視線は恐怖や憤怒の混じり合ったものだった。
できるならば、無くなって欲しい。そんな願望を語っている様にすら思えた。
「……………では、まずは掃除からしましょうか。鳳翔さん。掃除道具はどちらに?」
「工廠の方にまだ使えるものが幾つか。取ってきますね」
「お願いします」
一度礼をして、提督室を出て私は一度息を吐いた。
天龍さんの暴走はあったものの、第一印象としてはまずまずの筈だ。このままあの提督の信頼を得て海に出して貰う。
そんな事を考えて、私は工廠に向かって歩き出す。
とにかく、今は提督の言う通りに動くことが得策だろう。
私が建物を出ると、上空から艦載機のプロペラの音が聞こえてきた。空を飛んでいた艦載機を目で追っていると、次第に艦載機が降りてきて、遠くの方で佇む一人の少女の甲板に降りて行く。
道着に胸当て、背中に矢筒を背負ったポニーテールの艦娘。
「何をやっているの、瑞鶴ちゃん?」
私に気付いた航空母艦の『瑞鶴』ちゃんが駆け足で寄ってくる。
「鳳翔さん!大丈夫?あの提督に酷いことされてない?今ならアイツも油断してるから爆撃行けるよ!」
瑞鶴ちゃんの提案に私は顔には出さなかったものの頭を抱えた。天龍さんといい瑞鶴ちゃんといい、どうしてこの鎮守府には血の気の多い艦娘が多いのだろうか。
艦娘として戦いが使命である以上、多少血の気の多いのは仕方がない。温厚な性格で知られている第六駆逐隊の『電』ちゃんも一度キレたら誰も止められない凶暴な一面を見せる。
しかし、この鎮守府の娘たちはいっそう血の気が多い。独断専行で戦ったり、提督を爆撃しようとしたり。
私は一度大きく息を吐いて瑞鶴ちゃんに向き直る。
「大丈夫よ、瑞鶴ちゃん。そんなことをしてしまったら、今度こそ皆解体されてしまうわ」
きっと、大本営の狙いはそこにあるのだろう。私が見る限り、あの人は鎮守府を預かる人間としては絶対的に不適格だ。
流石の大本営も、いくら日本海側はあまり危険がないからと言って、深海棲艦との戦争中にそんな人を提督として着任させるなど考え難い。だから、私は思った。きっと、大本営はあの提督を捨て石にして、不祥事を起こした私たちを解体するつもりなのだ、と。
「でも、また皆が酷い目に合うと思ったら私………」
目の前で身体を震わせているこの娘もまた、前提督の被害者だ。と、いうよりもおそらく大なり小なり、この鎮守府の艦娘は被害に遭っているだろう。
無茶な作戦。無理な遠征。補給も入渠もない。失敗すれば、物理的、性的暴行を繰り返す。
一度天龍さんが独断で大本営に乗り込んだこともあったけれど、問題艦の言うことだとまともに取り合って貰えなかった。
「……………大丈夫よ。私がきっと何とかするから。一緒に掃除用具を撮りに行きましょ?」
小さく頷く瑞鶴ちゃんの頭を優しく撫でて、私たちは一緒に工廠の前に辿り着いた。
赤煉瓦造りの倉庫の様な建物。ここでは日夜艦娘の建造や装備の開発が行われている。しかし、建造には果てしもない時間がかかる。駆逐艦で一週間。戦艦や空母だと下手をすれば数ヶ月。その上で建造に失敗することもある。前提督は建造は効率的ではないと諦めていた。
ちょっとだけザマァみろ、と思いながら鉄でできた重い扉の隙間を抜けて工廠を覗くと、奥の方で物陰が動く。
「まったく………。いつもいつも、私がこんな役割なんだよな〜。そりゃあ、開発だって楽しいけどさ。私だってたまには提督の隣でバリバリ秘書官やってみたい!提督にお姉ちゃんって呼ばれたい!あの腹黒メガネめぇ!」
何やらぶつぶつと独り言を呟いている。
「あの娘って、『明石』よね?この前ウチに配属になった。………何してるのかしら?」
瑞鶴ちゃんの言う通り、確かに彼女は天龍さんに営巣に閉じ込められていた明石さんに間違いはない。無事出ることができたのだろう。
しかし、一体何をしているのか。そんな疑問は次の瞬間には消え失せた。
「えーと、今回は全部最低値で回して、と」
明石さんが錆びたボタンを押すと、ギギギ、と不快な音が鳴り響いて、艦娘を建造する機械が動き始めた。
機会のカウンターが建造のカウンタダウンを開始する。今回は全て最低値と言うことは駆逐艦か軽巡洋艦、つまりは一週間から一カ月くらいのカウントがされている筈だ。
「お、二十四分ですか」
……………二十四分?
「わ、私の聞き間違いかしら、鳳翔さん。今二十四分て聞こえたんだけど」
瑞鶴ちゃんも信じられない、と言った感じで目を丸くして機械のタイマーに視線を移した。
それにつられて私もタイマーに視線を移すと、確かにタイマーは二十四分をカウントダウンしている。
「ウッソ!何で!?」
「ず、瑞鶴ちゃん!声!声!」
あまりの驚きに大声になってしまった瑞鶴ちゃんの口を塞ぐ。
私は知っている。あの手合いはこちらが興味を示せば延々と説明してくるタイプだ。そんなことになれば、提督室に掃除道具を持って行くのが遅くなってしまう。
「これがズバリ!妖精さんの力です!」
「ちょ!近い!」
……………遅かった。
嬉しそうに目を輝かせながら明石さんが瑞鶴ちゃんとね距離を詰める。
しかし、こうなったらもう付き合うしかない。
─────あぁ。またこうなるのか。
「えぇ、えぇ!瑞鶴さんの驚きは理解できますよ!艦娘の建造………言い換えれば船の建造です。当然それ相応の時間がかかります。数ヶ月に一人か二人しか着任できないこともあって、何処の鎮守府も戦力は不足していました。しかし!しかーし!最近になって妖精さんを目視でき、心を通わせられる人間が提督に着任したことによって建造や入渠などを妖精さんが手伝ってくれるようになったのです」
「………………妖精さんが建造してるとこなんて見たことないんだけど?」
当然の疑問だと思う。妖精さんは私たち艦娘にとってなくてはならない存在だ。海上で道を示してくれたり(結構な頻度で逸れるけど)、艦載機に乗って一緒に戦ってくれもする。
でも、工廠や入渠で妖精さんの姿を見たことがない。
「妖精さんは気ままですからねぇ。好きでない提督の元では何もしてはくれませんよ」
それは言外に提督は妖精さんによく懐かれている、と言いたいのだろうか?
色々と言いたいことはあるが、これ以上提督を待たせるわけにもいかない。
「私、少し用事がありますのでここで失礼しますね」
「あ、はい。長々話しちゃってすいませんでした」
瑞鶴ちゃんの手を引っ張って、予備の掃除道具が置いてあるロッカーに手を掛ける。
その時、ブー、と建造ドッグのブザー音が鳴って私たちはそちらの方に目を向けた。
「新造艦が完成したみたいです。楽しみですね〜」
そう言って、明石さんはポチっと開閉ボタンのスイッチを押す。
建造の仕組みは簡単だ。実際に艦を作って、サルベージした艦の魂を収納する。
以前何処かで読んだ知識だが、本当に不思議なものだ。そうやって自分が生まれてきたと思うと更にそのスピリチュアルな話を不思議に思ってしまう。
艦娘とはいったい何なのか。
ドッグから現れた艦娘を見ながら、私はただただそう思うのだった。