ヒトナナマルマル。
鎮守府近海の制海権を取り戻すために出撃している天龍、不知火、秋雲を見送りながら、大淀は先程の提督室だのやり取りを思い出していた。
見た目だけは大人の六歳児である提督が、見事に彼女たちに指示して見せたのだ。
いや、それでは誤解がある。実際に作戦を考えて、説明を行ったのは大淀だ。提督はその間、ずっと机の上で遊んでいた妖精さんを眺めていた。
なら、何に大淀は驚いたのか。
今回の作戦を説明するにあたって、反発が起こるのは目に見えていた。前任の提督によって身も心も傷付いた艦娘がほぼ特攻しか考えられない作戦を言い付けられたのだから心中は察するに余りある。
反発された時の提督のセリフだって考えていた。しかし、いかんせん時間が無かったために、全パターンを考えはつかなかった。幾つか、想定外の会話もあった。天龍が掴み掛かるのが最たる例だろう。
短気な天龍でも、説明が終わるまでは待ってくれるものだと思っていた。
今に思えば、大淀はあそこで冷静さを欠いていた。どうやって天龍を宥めようかの試行錯誤して、結局結論は出なかった。出す前に、提督が彼女を宥めたのだ。
提督は『提督』を演じることが上手かった。天才的と言ってもいい。
「提督。軽巡洋艦天龍を旗艦とした第一艦隊、出撃しました」
「……………うん」
波止場から三人を不安そうに見送る提督。口調は元の六歳児に戻っており、先程の凛々しい面影はない。
「………心配ですか?」
「おれ、知ってるよ?みんな、帰ってきたらすっごいいっぱいケガしてるんでしょ?」
「………はい。戦争ですから」
大淀はそれしか言えなかった。
これは六歳児の提督に見せていい現実なのか。勿論、この鎮守府の提督である以上、いつかは直面しなければならない。だけどそれはきっと今ではない。
大淀はそう思う。
大淀はゆっくりとポケットから紙を取り出すと、それを優しく提督に握らせた。
「この紙を、工廠の明石に届けてきてください。工廠はどの建物かわかりますか?」
「うん。真っ赤なおうち」
「上出来です。では、お願いしますね。走らなくても大丈夫ですから」
タッタッタ、と軽快に走っていく提督を尻目に大淀は踵を返して食道へと足を運ぶ。
とても汚くてとても食べるところとは思えない。掃除などはしなかったのだろうか、辺りから変な臭いも漂ってきて、大淀は食道を選んだことを後悔する。
しかし、仕方がない。この鎮守府に在籍している全ての艦娘を集めるとなると、ここしか思い付かなかったのだ。
食道に入ると、一斉に中にいた艦娘の視線が大淀に突き刺さる。三者三様の表情だが、皆一様に目が死んでいる。
ゆっくり、と皆の前に回り込んで大淀は綺麗に整列した艦娘たちの顔を見る。
駆逐艦が四人、軽巡洋艦が二人、重巡洋艦が三人、軽空母艦が一人、航空母艦が一人、戦艦が一人。全員で十二人。今出撃している天龍たちと大淀、工廠の明石を合わせれば全部で十七人がこの鎮守府に所属していることになる。
コホン、と大淀が咳払いをすれば、駆逐艦『漣』が小さく肩を振るわせた。少し、申し訳なく思った大淀だが、気にしている時間はない。
「本日、大本営からこの舞鶴鎮守府に着任した。軽巡大淀です。いきなりで申し訳ありませんが今から提督の代理として艦隊の指揮を取ります」
大淀はあらかじめ鳳翔に用意して貰っていたホワイトボードと、そこに貼られた鎮守府近海の海図の前に立つ。
「あらかじめ、鳳翔さんに索敵して貰って敵の居場所は特定しています」
そう言いながら、大淀は赤い凸型の磁石を海図の上に貼り付けていく。
一個、二個、三個………。どんどん増えていく。最終的には十を超える磁石が海図の上に規則正しく並べられ、それを見ていた誰もの血の気が引いていく。
「絶望的じゃない………」
誰がそう言っただろうか、声的には駆逐艦の誰かだろう。
大淀はその声に反応するように振り返ると、ゆっくりと、されどピシッと告げる。
「私たちはこれよりこれらの戦力を全員で掃討します」
ざわざわ、とどよめきたつ。そんな中、一人の艦娘が手を挙げた。
ピンクの髪を青いリボンで結んだ艦娘。
「………どうぞ」
「重巡『青葉』です。先程、全員で、と言っていましたけど何人か、ここにいない人がいますよね?」
青葉。
その名前には大淀も聞き覚えがあった。何でも以前いた佐世保鎮守府ではあることない事を記事として書き連ねて佐世保の前任の提督の怒りを買ったのだ。
しかし、パパラッチとは言え、流石新聞記者、と大淀は感心する。
「天龍さん、秋雲さん、新しく着任した不知火さんは一足先に出撃しています」
「既に三人出撃している状態……………」
青葉の言いたいことが大淀は理解できた。
残りの資源から見ても、もう他の艦娘は出撃できない。そもそも燃費がいい天龍と、建造したてで補給の要らない不知火、他の艦娘と比べて比較的に補給が掛からなかった秋雲でもうギリギリだったのだ。
大淀は大きく頷いて、まっすぐに青葉を見る。
「海に出れなくとも、私たちにできることはまだあります」
「何ができるって言うのよ………」
今度は紫髪のサイドテールの駆逐艦がそう呟いた。
「私たちは陸上で敵の注意を引きます。この作戦は如何に天龍さん率いる攻撃隊が迅速に、被害なく敵旗艦に夜戦を仕掛けられるかが鍵になってきます。だから、私たちでできるだけ敵を天龍さんたちから遠ざけるんです」
「だから………弾もないのにどうやって注意を引くのよ」
「幸いな事にこの鎮守府の工廠には旧式ではありますがライフルが保管されています。それ用の弾も」
できれば、その弾が艦娘の艤装用なら良かったのに、と心の中で舌打ちする大淀。
しかし、無いものねだりをしても仕方がない。
「そ、そんなの深海棲艦に効かないじゃない!第一、届かないわよ!」
「その通りです。だから──────」
大淀が大きく息を吸う。
自分は馬鹿だ、と心の中の大淀がずっと自身を詰ってくる。
うるさい!黙って!
そんな心の悲鳴は無惨にも掻き消えて、詰り声だけが大淀をずっと責め立てている。
当たり前だ。大淀が今から言おうとしていることはそれこそ、鳳翔の言う特攻と変わらない。
声が出ない。まるで、今なら引き返せると自身に囁く心の声。
そもそも、大淀という艦娘はそこまで性能の良い艦娘ではない。イ級程度ならば余裕で倒すことはできるが、それ以上になると厳しい火力。雷装はないに等しい。そもそも、大本営では秘書艦として机仕事ばかりしていたので、練度としてもさほど高くない。
今の海に出たらまず間違いなく、沈む。
それでも、と大淀は自身の震える膝に鞭を打つ。
今、それをしなければ鎮守府は、そこにいる艦娘は、全てなくなってしまう。そんなのはあんまりではないか。
「私が、敵を引きつけて誘導します」
「はぁ!?」
そんなすっとんきょうな声を上げたのは重巡の一人だった。
「この大軍を一人で誘導なんてできるわけがねぇ!お前途中で沈むぞ!?」
「少しでも、天龍さんたちの負担を減らす為です」
大淀が声を上げた重巡を見つめる。納得いかない様子の重巡に、今度は軽巡の一人が声を上げた。
「もうやめなよ、摩耶さん」
ただし、大淀を問いただすためではなく、声を上げた重巡『摩耶』を嗜める為に。
摩耶を嗜めた軽巡は他の艦娘に視線を向ける。
「………皆、今艤装に残ってる弾薬と燃料、全部出して」
「おい、川内!」
「やらなきゃどうせ皆死ぬんだからやるだけやったほうがいいでしょ?それに皆の資源を集めればあと一人か二人は出撃できるだろうし。第一、今の時間から出撃ってことは夜戦でしょ?ずるいよねー、天龍も」
「お前、夜戦がしたいだけだろさては」
「細かいことはいいじゃん!」
川内の号令に、集まった艦娘が各々展開した艤装から資源を取り出して行く。塵も積もれば何とやら。大淀の目算からすれば、確かにあと二人はどの艦種だろうと出撃できるだろう。
しかし、何がなんだか、分かんないと言った感じで目の前の出来事を呆然と見るしかない大淀に川内は声を掛ける。
「未だ顔を出さない提督はともかくとして、大淀さんの気合い、私は好きだよ。水雷魂を感じる」
ニシシ、と笑う川内に大淀は少しだけ安堵の息を漏らす。
正直、大淀はこの鎮守府の艦娘は自分に協力しないと思っていた。彼女らを虐げた提督についてきた艦娘なんて信用できないと思われていると考えた。
自身が同じ立場ならば、間違いなく協力を拒否するだろう。
だからこそ、大淀は拒否されたならばそのまま避難を促すつもりだった。これ以上、同じ艦娘として傷ついてほしくなかったから。
しかし、どうだ。この絶望的な戦力の中、誰一人協力を拒む者はいなかった。
「………大淀さん」
惚けていた大淀に鳳翔が声を掛ける。
「不安は残ります。でも、連合艦隊の旗艦を勤め上げた貴女ならきっとこの状況を何とかしてくれると信じています」
「はい………!」
鳳翔の真剣な眼差しと言葉に、大淀はピッシリ、と敬礼を決めるのだった。