その鴉は黄昏を見せるかそれとも夜明けを起こすか   作:0.The_Fool

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ルビコン3

ルビコン3

アイシス

''マスタールビコン3が見えてきました。そろそろ惑星封鎖機構の射程圏内です''

 

ノベル

「事前に出した書類の方は?」

 

アイシス

''惑星封鎖機構内のデータによりますと無事許可が出ています。後はこちら側のシグナルが、一致するまでの間は暇ですね''

 

 となるとしばらくは何をしていようか。ん?通信が来てるな、

 

ノベル

「アイシス繋げてくれ」

 

『こちら惑星封鎖機構、今回外部受付担当のイサだ。入隊志望のニュクス、今から担当のLC1機が迎えにいく余計なことはせずその場で待機していろ』

 

アイシス

"どうやらシグナルは合っているようですねわざわざデータベースに侵入したかいがありました"

 

LLC同乗者

「AC『ニュクス』で間違いはないな?」

 

ノベル

「そうだ。……迎えに来たのはLC1機、だったか」

 

LC同乗者

「確認できた。こちらの指示に従え。余計な操作はするな。射程圏内だ」

 

 声音は淡々としていて、人間味が薄い。

 

 軍属――いや、こう言った組織の人間はだいたいこうだ。目的が人より先にある。

 

アイシス

“マスター、現状は従順な挙動を維持してください。封鎖機構の照準追従が複数確認できます”

 

ノベル

「わかってる。……アイシス、通信ログは残さないように。こっちの機体情報も、必要以上は渡すな」

 

アイシス

“了解。提出データは既定の形式に偽装済みですので、機体の推力波形もLC規格に近似させています”

 

 迎えのLCがこちらの機影を横に捉える。距離は近い。

 

 向こうから見れば、こちらは“入隊志望の外様”。だからこそ、監視は過剰になる。

 

LC同乗者

「これより封鎖機構のゲートへ誘導する。推力を二割以下に絞れ。武装のアームロックを確認しろ」

 

ノベル

「……確認した」

 

 言いながら、私は機体の感触を確かめた。

 

 レトゥスは静かだ。静かすぎる。

 

 この世界の機体はいつも“うるさい”。燃焼音、振動、冷却――生きている音がする。

 

 レトゥスにはそれが少ない。だから余計に、異物として目立つ。

 

 先に、封鎖機構の影が見えた。

 

 巨大な構造物。宇宙に浮かぶ壁。

 

 無数の砲門と、滑走路のような導線。どれも“侵入者を通さない”ための形をしている。

 

『こちら惑星封鎖機構。誘導対象、識別照合を開始する。提出した許可証の再確認を行う。回答せよ』

 

ノベル

「ニュクス。入隊志望。許可証は事前提出済みだ」

 

『了解。生体・機体・航跡ログを照合する。――機体識別、未登録。形式は合致。出力波形、規格内。……暫定通過許可。ゲート内での検査を受けろ』

 

 暫定。

 つまり、ここから先でひっくり返される可能性がある。

 

アイシス

“照合は通過しましたが、マスター。ゲート内部で詳細スキャンが走ります。偽装層は三分四十秒維持できます”

 

ノベル

「十分だ。必要なら――その前に終わらせる」

 

 口にした瞬間、過去の匂いがした。

 終わらせる。

 その言葉は、便利で、残酷で、そして――慣れすぎている。

 LCが進路を切る。私はそれに従って、ゲートの内部へ滑り込む。

 通路は白い光で満ちていて、機体の影が薄くなる。

 どこか、病院の廊下みたいだ。消毒され、管理された空間。

 

『機体の武装システム、封鎖確認。推力制御、封鎖確認。機体内部、通信装置、確認……』

 

 機械音声が淡々と読み上げる。

 光が一度だけ強くなり、レトゥスの輪郭が削られるように見えた。

 

アイシス

“内部スキャン開始。――偽装層、残り二分五十秒。マスター、心拍上昇を検知。落ち着いてください”

 

ノベル

「落ち着いてるよ。……ただ、気分が悪いだけだ」

 

 “空を汚す”という言葉が、脳裏で勝手に鳴った。

 ここは宇宙だ。けれど、あの空の延長でもある。

 そしてこの世界の空も、汚れている。方法が違うだけで。

 

『照合完了。入隊志望者“ニュクス”。臨時登録を承認。待機宙域へ移動せよ。担当者が対面審査を行う』

 

LC同乗者

「聞いたな。待機宙域へ。こちらの指示から外れるな」

 

ノベル

「……了解」

 

 ゲートを抜けると、視界が開けた。

 

 ルビコン3が、遠くに浮かんでいる。

 

 その星の周囲には、見えない鎖が巻かれているみたいだった。砲台、監視機、封鎖艦。

 そして――赤い光。微かな揺らぎ。

 あれが“コーラル”。

 

アイシス

“マスター。コーラル反応、増加。生体干渉の兆候は――現時点ではありません”

 

ノベル

「……そうか」

 

 私はほんの少しだけ、息を吸った。

 

 空気はないのに。

 

 それでも、そうしたくなるほど“綺麗”に見えたからだ。

 LCが前方で停止し、こちらへ合図を送る。

 待機宙域。

 ここで、“人間”が私を値踏みする。

 

『ニュクス。これより対面審査に入る。通信を開け。こちらは担当官イサ。入隊志望の理由を簡潔に述べろ』

 

ノベル

「簡潔に言う。私は戦える。――そして、ここで必要とされる仕事がある」

 

『抽象的だな。封鎖機構は便利な傭兵の受け入れ先ではない。志望動機と、帰属の意思を示せ』

 

 イサの声は丁寧だが、刃がある。

 “嘘を言うな”と、最初から言っている。

 

ノベル

「帰属の意思はある。……ただし、私は“この星の外”も見ている。封鎖だけでは終わらない仕事があるはずだ」

 

 一瞬、沈黙。

 通信の向こうで、誰かが資料をめくった音がした。

 

アイシス

“マスター。担当官、質問の意図を変更。警戒レベルが上がっています”

 

『……よろしい。なら実務で示せ。ニュクス。次の指示に従え。こちらの施設に接舷し、機体を提出。代替機――LC規格機での適性試験を行う』

 

ノベル

「機体を、提出?」

 

『拒否権はない。暫定登録だ。信用はこれから積む。――選べ。従うか、ここで撃墜されるか』

 

 ああ、これだ。

 契約より前に、銃口がある。

 この世界も、結局は同じ形をしている。

 

ノベル

「……わかった。接舷する」

 

アイシス

“マスター、偽装層、維持可能。提出段階で機体内部を覗かれる前に、対策を実行しますか”

 

ノベル

「やる。……レトゥスの“核”だけは見せない」

 

 私はレトゥスをゆっくり動かし、指定された施設へ向けた。

 

 ルビコン3が、少しだけ近づく。

 

 赤い光の海が、こちらを見ている気がした。

 

 ~~~~~~

 

 指定された施設は、封鎖機構の外縁に取り付いた白い箱だった。

 壁面には無数のセンサーと砲口。そこに“入口”だけがぽっかりと空いている。歓迎ではない。検疫だ。

 

アイシス

“マスター、接舷許可を確認。現在、提出プロトコルに移行します”

 

ノベル

「……アイシス。例の“核”は?」

 

アイシス

“秘匿層は維持中です。ただし、提出ベイでの内部スキャンは段階が異なります。核心部の分離をするべきかと”

 

ノベル

「分離か、一時的に倉庫の中に隠れてこっちのデバイスに移動できるか」

 

アイシス

“可能です”

 

ノベル

「……やってくれ」

 

アイシス

“了解。アイシスシリーズ ナンバー1、権限行使。自作機制御領域へアクセス。核心部を『観測不能領域』へ退避します”

 

 次の瞬間、レトゥスの計器が一瞬だけ暗転した。

 落ちるような感覚。心臓が重力に引っ張られたみたいに沈む。

 そして戻る。何事もなかったように。

 

アイシス

“退避完了。マスター、現在のレトゥスは『外殻』として成立します。提出後も、私は通信断絶を回避可能”

 

ノベル

「……助かる」

 

 入口に進入する。

 艦内は無機質で、空気が薄い。照明が白い。音が少ない。

 古い世界の、クレイドルの内部を思い出す。あそこも、命を“管理”する場所だった。

 

『機体識別:ニュクス。提出を確認。機体の武装封鎖、推力封鎖、操縦系封鎖を順次実行する』

 

 機械音声が淡々と宣告した。

 レトゥスの指が奪われていく。推力が鈍くなる。武装が沈黙する。

 ……この感覚は嫌いだ。

 奪われるのではない。預けるのでもない。

 “所有権を試される”。

 

ノベル

「アイシス」

 

アイシス

“現在の封鎖は外殻のみ。核心は私の領域です。マスターの許可なく譲渡されません”

 

 その言葉に、僅かに救われる自分がいた。

 私はもう“この世界の人間”を信じ切れない。

 だから、アイシスの方が信用できる。

 

『提出完了。操縦者は降車し、代替機へ移動せよ』

 

 ハッチが開く。白い通路。

 奥で待っていたのは、整備員ではなく――武装した人間だった。ヘルメット越しの視線が、温度を持たない。

 

担当官イサ

「入隊志望者ニュクス。こちらへ。質問は後だ。まずは適性試験を受けてもらう」

 

ノベル

「機体の返却条件は?」

 

イサ

「試験結果次第。良好なら返す。悪ければ……処分対象だ」

 

 処分。

 

 言い方だけ整えても、中身は同じだ。

 

ノベル

「了解」

 

 私は通路を歩いた。

 背後で、レトゥスが収容ベイへ運ばれていく。

 視界の端で、白い光が赤く滲む。……気のせいじゃない。ルビコンが近いからだ。

アイシス

“マスター、コーラル反応が増加。注意:外部干渉の可能性”

 

ノベル

「干渉が来たら?」

アイシス

“遮断します。……ただし、干渉の種類によっては、完全な遮断は保証できません”

 

ノベル

「……わかった」

 

 通路の先に、格納庫があった。

 そこには、LCが並んでいる。どれも同じ顔。どれも同じ色。

 整った兵器は、個を許さない。

 

整備員

「これが試験用のLCだ。操縦経験は?」

 

ノベル

「ある」

 

 嘘ではない。

 ただ、ここで言う“ある”と、私の“ある”は違う。

 コックピットに乗り込む。

 座席が硬い。インターフェースが浅い。反応が遅い。

 これがこの星での機体標準だ。

 レトゥスに慣れた身体が、逆に不快を覚える。

 

イサ

『適性試験を開始する。内容は単純だ。指定区域へ移動し、模擬標的を制圧しろ。こちらは撃ってくる。撃墜は失格、時間超過も失格』

 

ノベル

「了解」

 

アイシス

“マスター、私の介入は制限されます。これは封鎖機構の機体です。完全権限はありません”

 

ノベル

「わかってる。……口は出していい」

 

アイシス

“出力配分を脚部に寄せてください。このLCは旋回性能が低い代わりに上昇推力が強いです”

ノベル

「了解」

 

 射出。

 暗い宇宙に投げ出される。

 星が遠い。ルビコンが近い。赤い揺らぎが、こちらの視界を撫でる。

 模擬標的は、ドローンの群れだった。

 しかし、ただの標的ではない。動きがいやらしい。射線の作り方が軍のそれだ。

 

ノベル

「……いい。まともだ」

 

 操縦桿を倒す。

 LCは鈍い。だから、先読みが必要だ。

 撃ってくる前に、撃つ。

 狙う前に、位置を取る。

 最初の一機が爆ぜる。

 次は二機同時。

 弾道を“見ない”。軌道を“決める”。

 身体が勝手に動く。戦場の数学が、指先に落ちる。

 

イサ

『……速いな』

 

 その声が、初めて感情を帯びた。警戒だ。

 模擬標的の群れが散る。四方から挟む動き。

 普通ならここで事故る。

 でも私は、空間を切り取って抜ける。

 “空”を汚さない角度で。

 

アイシス

“マスター、後方から新規標的。狙いが違います。――これは試験ではなく、観察です”

 

ノベル

「……誰かが見てる?」

 

アイシス

“封鎖機構の上位権限。もしくは、別の回線の覗き見。通信の匂いが似ています”

 

ノベル

「企業か」

 

 LCの限界を感じる。

 けれど限界があるなら、そこまで使えばいい。

 私は“機体の強さ”で戦ってきたわけじゃない。

 “選択”で戦ってきた。

 最後の標的を落とす。

 静寂。

 スコアが表示される前に、通信が割り込んだ。

 

イサ

『適性試験、終了。……ニュクス、帰投しろ。話がある』

 

ノベル

「了解」

 

 帰投しながら、赤い光を見る。

 コーラルが、呼吸のように揺れている。

 私はまた、空に焦がれてしまう。

 

アイシス

“マスター”

 

ノベル

「なに」

 

アイシス

“……これでよかったのでしょうか”

 

 その問いは、淡々としているのに、どこか脆い。

 感情の種。

 芽吹きは、確かにここにも根を下ろし始めている。

 

ノベル

「まだ途中だよ。……だから大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるみたいに、そう答えた。

 格納庫が近づく。

 そして私は気づく。

 この試験は入口でしかない。

 この星は、私を“傭兵”として使う前に――“異物”として切り刻もうとしている。

 イサの声が、最後に低く響いた。

 

イサ

『ニュクス。お前の機体――レトゥスについてだが……提出ベイで、妙な“空白”が見つかった』

 

 空白。

 核心は退避させた。

 それでも、彼らは嗅ぎつけた。

 

アイシス

“マスター……監査が来ます”

 

ノベル

「来るなら、来ればいい」

 

 私は、コックピットの中で静かに笑った。

 空を汚す者たちが、空白を恐れるのは――いつだって同じだ。

 

 格納庫に戻ると、空気が変わっていた。

 さっきまでの“試験場”の匂いじゃない。これは――監査の匂いだ。人間の判断が、機械の判断を踏み越えてくる時の。

 白い通路の先、隔離区画。

 透明な隔壁の向こうに、レトゥスが固定されているのが見える。

 機体は沈黙しているのに、あの“空白”だけが生々しい。

 

担当官イサ

「ニュクス。ここだ」

 

ノベル

「……随分と早いな」

 

イサ

「提出ベイのログが跳ねた。『空白』が出ている。封鎖機構は空白を嫌う。――監査が動くのは当然だ」

 

 隔離区画の前に、二人の技術員と、もう一人。

 肩章の色が違う。声を出さずとも、立ち方だけでわかる。“上”だ。

 

監査官

「入隊志望者ニュクス。私は監査担当の――まあ、名前はどうでもいい」

 

 目がこちらを測る。機体ではなく、私の方を。

 PCAの人間は、機械より人を疑う。

 

監査官

「お前の提出機体、レトゥス。内部に不整合がある。提出データには存在しない領域がある。

 さらに言えば……こちらのスキャンが“通らない”。説明しろ」

 

ノベル

「説明、ね」

 

 私は肩をすくめた。

 怒るでも怯えるでもない。彼らが欲しいのは“反応”だ。餌を与える必要はない。

 

ノベル

「提出データは、規定のフォーマットに合わせた。必要以上は書いてない。――それがまずいなら、最初に規定を変えるべきだ」

 

イサ

「言い方は選べ」

 

監査官

「口が回るな。なら質問を変える。

 “通らない”のは技術の問題か、それとも意図か?」

 

 監査官の背後で、技術員が端末を操作する。

 隔壁の向こう、レトゥスの装甲面に走査光が走った。白、青、赤――短いパルス。

 

技術員A

「……ダメです。外殻の材質は解析できますが、内部に入るほど反射が乱れます。センサーが盲になります」

 

技術員B

「熱源も拾えません。サーマルが沈黙してる。……これ、ステルスとかそういうレベルじゃ……」

 

 私は視線を逸らさなかった。

 “サーマルやナイトビジョンすら完封できる”――アイシスの力が、ここで牙をむく。

 

 だが、それを“力”として見せたら終わる。これはあくまで“異常”でいい。

 

アイシス

“マスター、注意。監査官が解体指示を検討しています。工具の持ち込み準備を確認”

 

ノベル

(聞こえる)

 

アイシス

“推奨:『一体成形』『封印構造』『強制解体による暴走リスク』――技術的理由で濁してください。私はログ上の整合性を補助します”

 

 なるほど。

 真実ではないが、嘘でもない。

 レトゥスは――少なくともこの世界の規格では、開ける前提で作られていない。

 

監査官

「結論を言う。封鎖機構は、未確認のブラックボックスを抱え込まない。解体して確認する」

 

 技術員が頷き、隔離区画の側面に人員が集まり始めた。

 工具、固定具、切断器具。

 “開ける”ための準備。

 

ノベル

「やめた方がいい」

 

監査官

「これは命令だ」

 

ノベル

「なら、忠告だ」

 

 私は淡々と言った。

 感情は込めない。込めるほど、相手は疑う。

 

ノベル

「その機体は、外殻と内部が“分割”じゃない。

 一体成形に近い。封印構造だ。規格の分解手順で触れば、内部の制御が破綻する」

 

イサ

「破綻……?」

ノベル

「暴走、でもいい。停止でもいい。どっちにせよ、君たちの欲しい“中身”は失われる。

 そして、こっちは“入隊志望”の機体を提出しただけだ。壊されたら困る」

 

監査官

「……脅しか?」

 

ノベル

「いや?損得だよ」

 

 技術員が隔壁内に入り、レトゥスの装甲面に工具を当てた。

 最初は慎重に、次に強引に。

 金属音が一度、乾いた。

 

技術員A

「……噛みません。ボルトが……回らないというより、形が合ってない。規格外です」

 

技術員B

「切断工具も入りません。刃が滑る。材質が硬い……というより、表面の反射で距離測定が狂ってます。照準が定まりません」

 

 監査官の眉が僅かに動いた。

 “出来ない”という報告は、彼らの世界では恥に近い。

 

アイシス

“介入中。監査ログに『安全規定抵触の可能性』を追加。強制作業が上層監査に触れるよう誘導します”

 

ノベル

(やりすぎるな)

 

アイシス

“了解。痕跡は残しません。――ただ、こちらは封鎖機構の機材です。完全な誘導は不可能”

 

 技術員がもう一度、別の工具を当てる。

 同じ結果。

 “開かない”。

 それが事実として積み上がる。

 

監査官

「……なら、外殻を剥がせ。必要なら破壊しても――」

 

イサ

「監査官。規定では、志望者の提出機体は“適性試験のための保管”が前提です。

 破壊は手続きが要ります。上申なしでやれば、こちらの責任になります」

 

 イサが一歩踏み込んだ。

 この人は冷たいが、制度の中で戦える。ありがたい。

 

監査官

「……制度の話はいい」

 

イサ

「制度の話です。封鎖機構は制度で動く。――それに、現時点で機体は“脅威”として確定していません。

 解析不能なだけです」

 

 解析不能。

 その言葉は“恐怖”を隠すための便利な包装紙だ。

 監査官は数秒黙り、隔壁越しにレトゥスを見た。

 まるで、こちらを見返しているように見えたのかもしれない。

 

監査官

「……わかった。解体は保留にする」

 

 技術員たちが、安堵を隠して散る。

 監査官の視線は、今度は私へ向いた。

 

監査官

「だが、条件がある。

 その機体は“封鎖機構の監視下”に置く。勝手な持ち出しは禁止。任務もこちらが選別する。

 お前の適性が本物なら――使い道はある」

 

ノベル

「飼い殺しのつもりか」

 

監査官

「管理だ。お前が望んだ入隊だろう」

 

 入隊。

 言い換えれば、首輪。

 私は小さく息を吐いた。

 空気はないのに、こういう時だけ、人はそうする。

ノベル

「いいよ。管理するなら、責任も持ってくれ」

 

監査官

「……強いな。

 ニュクス。お前の“空白”は、いずれ必ず掘り返す。

 その時、言い訳は効かない」

 

ノベル

「言い訳はしない。必要なら答える。――答えられる範囲で」

 

 監査官が去っていく。

 イサだけが残った。

 

イサ

「……今のは、よく切り抜けたな」

 

ノベル

「切り抜けた? まだ首輪を締められただけだ」

 

イサ

「それでも生き残った。ここでは、それが勝ちだ」

 

 イサが視線を落とし、声を低くする。

 

イサ

「それと――お前の操縦、さっき“どこか”に見られていた。

 封鎖機構の回線じゃない。企業か、独立傭兵か……嗅ぎつけるのは時間の問題だ」

 

ノベル

「……面倒だな」

 

アイシス

“マスター。外部回線の接近を検知。正規回線に偽装されていますが、匂いが違います。当面、私が通信の窓口を統一します”

 

ノベル

「頼む」

 

 隔壁の向こうのレトゥスは、相変わらず沈黙している。

 だが“空白”は残っている。残したままだ。

 彼らはそれを恐れ、そして欲しがる。

 ――ルビコンの空は、今日も汚れている。

 私はその事実に、少しだけ笑ってしまった。

 

ノベル

「……さて。仕事を寄越して」

 

イサ

「なら要望通り今すぐだ。お前の試験は終わったが、“評価”はこれからだ。

 ニュクス。最初の任務を与える」

 

 通信の向こうで、何かが動く音がした。

 この星が、私を使うために歯車を回し始める音だ。

 

 隔離区画の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

白い廊下。白い光。白い沈黙。

監査官の足音が遠ざかっていくのを見送りながら、イサが一度だけ息を吐く。

 

イサ

「……お前の機体、壊したら“終わり”なんだろ」

 

ノベル

「“終わり”って言い方は嫌いだな。……でも、そうだね」

 

イサ

「解体しようとしたら封止が走る。中身が死ぬ。――現場の技術員がそう言った」

「なら封鎖機構は壊せない。壊した瞬間、責任だけが残るからだ」

 

ノベル

「いいね、賢い」

 

イサ

「賢いから生き残ってる」

 

彼女は一歩だけ近づき、声をさらに落とした。

こちらの胸元――識別タグの位置を見ている。

 

イサ

「……だが、その“終わり”を直せるのも、お前だけなんだろ」

 

一瞬、空気が冷たくなる。

核心を突く言葉は、それだけで刃だ。

私は否定しない。否定するほど不自然になる。

ノベル

「この機体は、分解して直す構造じゃない。状態を作り直すだけだ」

「そして、その手順は……私の側にしかない」

 

アイシス

“マスター、補足。『復旧鍵』に関する情報の開示は推奨しません。監査の意図が変化します”

 

ノベル

(わかってる)

 

イサ

「……つまり、壊しても得はない。開けても得はない。

 だから――封鎖機構は、別の形でお前を縛る」

 

ノベル

「首輪の話か」

 

イサ

「そうだ。お前は“入隊志望者”じゃない。今この瞬間からは――管理対象だ」

 

彼女が端末を操作すると、廊下の壁面に投影が出る。

規定。条件。署名欄。

制度の刃は、金属より冷たい。

 

 

【PCA 暫定登録:ニュクス/管理条件】

提出機体レトゥスは 封鎖機構保管(監視下)

出撃は 封鎖機構の任務に限定(許可制)

通信は 指定回線のみ(外部回線は遮断・監視)

任務中の全データは 封鎖機構が取得(テレメトリー装着)

規定違反が確認された場合、ニュクスは 撃墜対象

(※ただし“提出機体の破壊”は別途上申が必要――と小さく注釈)

 

 

ノベル

「……最後の注釈が、笑えるな」

 

イサ

「笑うなら今のうちだ。任務に出たら笑えない」

 

ノベル

「テレメトリーは?」

 

イサ

「お前の機体には付けられない。――“空白”があるからな」

「代わりに、お前本人に付ける」

 

彼女が示したのは、腕輪のような発信器だった。

薄い金属。解除は封鎖機構側のみ。

“管理対象”の印。

 

ノベル

「……これを付ければ、自由はない」

 

イサ

「最初からない。ここは封鎖機構だ。自由は許可制だ」

 

その言葉が、この星の空気そのものみたいに聞こえた。

私は腕輪を受け取り、迷いなく装着する。

カチリ、と乾いた音。

首輪の音だ。

 

アイシス

“マスター、通信窓口は私が統一します。外部回線の嗅ぎつけが増えています。

封鎖機構の指定回線に偽装した不審パケット、三件”

 

ノベル

(来てるな)

 

イサ

「それと……言っておく。お前の操縦は目立った」

「封鎖機構だけじゃない。企業も、独立も、嗅ぎつける」

 

ノベル

「面倒だ」

 

イサ

「面倒だから、最初の任務は“釘刺し”になる」

 

ノベル

「釘刺し?」

 

イサ

「お前が使えるかどうか、封鎖機構が試す。

 同時に、外部に『こいつは封鎖機構の管理下だ』と示す」

 

つまり――見せしめ。

私は小さく頷いた。

初任務ブリーフィング

隔離区画から数区画離れた会議室。

壁一面のディスプレイに、ルビコン3周辺の宙域が映る。

赤い揺らぎが薄く漂い、その周囲に白い点――監視機と砲台が散っている。

 

イサ

「任務名:外縁宙域の掃討」

「内容は単純だ。封鎖線の外から侵入を試みる連中がいる。

 企業の偵察か、密輸屋か、独立の傭兵かは問わない。――排除する」

 

ノベル

「……最初から殺しに来たか」

 

イサ

「封鎖機構は封鎖のためにいる。入るなら撃つ。それだけだ」

 

ディスプレイに、目標が表示される。

小型機複数。速度が速い。逃げ前提の航路。

それでも“封鎖線の穴”を探している。

 

イサ

「出撃機体はLC。レトゥスは保管」

「監視下での適性評価だ。余計なことはするな」

 

ノベル

「……私の機体で行った方が確実だろう」

 

イサ

「確実だから、行かせない」

「お前の機体はブラックボックスだ。暴けば消える。消えたら直せるのはお前だけ」

「つまり、封鎖機構は“壊せない資産”を抱えることになる」

 

ノベル

「自分のレトゥスを“資産”扱いか」

 

イサ

「現場の言葉はもっと露骨だ。――“爆弾”だ」

 

アイシス

“マスター。補足。強制開放が発生した場合、核は灰化します。復旧はマスターのみ。

ただし復旧には資材と時間が必要です。乱用は推奨しません”

 

イサ

「LCで十分だ。お前の腕を見せろ」

「それと――相手が撤退した場合、追撃は許可する。ただし封鎖線を越えるな」

「越えた瞬間、お前は侵入者と同じだ」

 

ノベル

「了解」

 

私は立ち上がる。

任務は単純。

だが、これは戦闘じゃない。――宣言だ。

 

出撃

 

LCのコックピットは狭く、窮屈だった。

反応も鈍い。

けれど、鈍いなら鈍いなりに、勝ち方はある。

 

射出。

 

宙域が開ける。

目標群はすでに封鎖線の外縁にいた。

点が速く動く。速度のわりに軌道が賢い。慣れている。

 

ノベル

「逃げ慣れた動きだな」

 

アイシス

“マスター、敵機は通信を最小化しています。識別困難。

推奨:射線ではなく航路を切ってください。逃げ道を塞ぎます”

 

ノベル

「いい提案だ」

 

LCを上昇させ、目標の進路に先回りする。

撃つ前に位置を取る。

撃たせる前に角度を奪う。

最初の一機がこちらに気づく。

回避。加速。散開。

その瞬間、私は撃つ。

弾は追わない。

“そこに来る”場所へ置く。

一機、爆ぜた。

残りが焦って散る。

散るなら、散った先に壁を作る。

 

アイシス

“マスター、右舷。別回線で短距離通信。内容は解析不能ですが、形式が封鎖機構ではありません”

 

ノベル

「外部か」

 

アイシス

“はい。覗き見です。……匂いが強い”

 

ノベル

「放っておけ。今は目の前の仕事だ」

 

二機目を落とす。

三機目が逃げに入る。封鎖線の“穴”へ。

――越えさせない。私は進路を潰して、最後に一言だけ通信を投げる。

 

ノベル

「帰れ。次は撃ち落とす」

 

返事はない。

だが相手の挙動が揺れた。

この宙域で、誰が口を利けるか。理解したのだ。

撤退。

残りは封鎖線の外へ消えていく。

 

イサ

『任務完了。帰投しろ、ニュクス』

『……悪くない。だが忘れるな。ここは封鎖機構だ。お前は管理下だ』

 

ノベル

「忘れてない」

帰投しながら、私は遠くのルビコン3を見る。

赤い揺らぎ。

見ているだけで、あの夜の空を思い出す。

汚れて、それでも美しい空。

 

アイシス

“マスター”

 

ノベル

「なに」

 

アイシス

“外部回線、再度接近。今回は短い文です。――『レイヴン』”

 

その単語が、胸の奥に引っかかった。

この世界でも、その名は獲物の匂いを運ぶ。

 

ノベル

「……無視しろ」

 

アイシス

“了解。ただし回線の発信源は複数。組織的です”

 

ノベル

「なら、尚更だ。私はまだ――表に出る気はない」

 

私は帰投スラスターを噴かし、白い施設へ戻る。

封鎖機構の檻へ。

だが檻の中でも、私は空を見上げる。

そして心の中でだけ、静かに呟いた。

――暴かれたら、消す。

――直せるのは、私だけだ。

それが、今この世界で生きるための、最初の答えだった。




なんか、筆が進むよどこまでもー
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