1回戦第1試合を終えた俺は、結構ダッシュでA組席に戻ってきた。
どうやら第二試合には間に合ったらしい。控え室から遠いのに、俺すごい。
「お、永井、早かったな」
「次勝った方が俺とやるしな。見ときたいんだ」
つっても、今のコイツらとやって、俺が勝つビジョンは全くと言っていいほど見てない。だから、恥ずかしい負け方をしないよう、よく観察して、こちらのダメージを少なく負けよう。
痛いのはごめんだ。
『今回の体育祭、両者ともトップクラスの成績ッ!!』
しばらくして山田先生のアナウンスが入り、とうとう轟と緑谷の試合が始まる。
『緑谷VS轟!!START!!』
即座に4階観客席スレスレにまで伸びる大氷結。さながら氷の津波だった。それに緑谷がフルカウルで応じ、横っ飛びに回避。凍り付くのを防いだ。
凄まじい跳躍、その上空中でも姿勢を保ってるんだから、トレーニングの結果が出てる。
『おオオオ!!!避けたああああ!!!すっげぇぜあの反射神経!?』
『跳躍の速度も相当のものだ。化けたな緑谷……』
しかし相手は、幼少期からNo.2ヒーローの訓練を受けた轟だ。
轟は氷を無造作に放つのではなく追い詰めるように緑谷の動きをコントロールし、必中のタイミングで放った。結局、緑谷は個性を自分のものにした程度。経験の差、約10年の差は大きすぎる。
「あ゛あ゛!!」
だからこその万振り、緑谷の個性が一番活きる方法で氷を砕く。だがこれは自爆の確率は跳ね上がる避けるべき選択肢だ。今回は調整が上手くいったみたいだが、次また同じようなことが起こるとは限らないし、むしろ焦って失敗する確率の方が高いと見てもいい。
「爆豪」
「あ゛あ゛?」
「俺は発動系の個性じゃないから知らねぇけど、ああもポンポンも広範囲高火力の出して持つもんなのか?」
「んな訳ねぇだろバーカ。個性だって身体能力のひとつだわ。舐めプ野郎にもそれがある」
「なるほど……泥試合だな」
今の会話を解説しよう。
轟の個性は派手だ。炎名門の轟家と氷名門の氷叢家のサラブレッド個性というわけだ。だからか知らんが、轟のブッパ癖はかなり酷い。だから俺はてっきり、轟は個性が体質に完璧に合った、現代超人の完成系みたいなもんだと思ってたが、どうも違う。しっかり反動があった。
反動がどんなものかは知らんが、それなら轟の最初の大氷山は、緑谷を一瞬で行動不能にする短期決戦狙いだった。だが緑谷はこれまでの比にならないくらいの機動力を身につけ、一か八かではあるが、真っ向から氷を砕く手段を持った今、轟は出口戦略を失った。
一方で緑谷も、十分な機動力と火力を持ちながら、連続する轟の氷を前に不用意に接近できない。デコピン風圧は強力だが、遠く離れた人を吹っ飛ばすほどの威力はない。
両者決め手に欠けている。泥沼化は避けられない。
「なんで轟って、もう半分の力を使わねぇんだ?」
「さぁな。でも、付け入る隙は間違いなくそこで、詰みポイントもそれ。今は緑谷が絶対有利だ」
轟の個性は、まぁ簡単に言うのであれば、冷蔵庫とかクーラーと原理は一緒だろう。冷蔵庫やクーラーは、庫内や室内の空気から熱を奪っている。
多分轟も一緒だ。空気中の水分の熱を大量に奪ってる。その結果、あの大氷山な訳だが、奪った熱をそのまま持っていたら、自分の温度が上がってしまう。だから、冷蔵庫は裏側や側面から熱を放出し、クーラーは室外機から熱風を噴き出す。冷やし続けるには、奪った熱を外に捨てる必要があるわけだ。
じゃあ轟はどうするのか。答えは簡単、左側の炎だ。奪った熱を、そのまま炎に変換することで、エネルギーの変換をスムーズに行うことができ、轟自身の負担も軽減される。
また、逆も然り。
だが不思議なことに、轟はそれをしない。このままでは、とんでもいな熱エネルギーが轟の体内に残り続けるが、体外の氷点下にも晒され続ける。
急激な温度の変化は、血圧を急激に上下させ、心臓や血管に疾患を引き起こす『ヒートショック』の原因だが、急激な変化どころか、同時に超高低温に晒されるなんて、考えただけでも恐ろしい。
だからこそ、氷と炎を使い分ける必要があり、それこそが轟への付け入る隙であり、緑谷にとっての詰みポイント。
そしてこれまでが轟が氷の後処理以外で左を使ったことはない。このまま緑谷が逃げ切ってフィニッシュだ。
「震えてるよ……轟くん。個性だって身体機能の一つだ、君自身冷気に耐えられる限度があるんだろう?!でもそれって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」
挑発……?いや、緑谷は煽りを入れられるような性格をしていない。
「皆……本気でやってる!!勝って目標に近づくために……一番になるために!!半分の力で勝つ!?──全力でかかって来いッッ!!」
これは……激励?なぜだ?このまま行けば、緑谷が勝つんだぞ。
「うるっ……せぇ!」
──氷結が弱い。
「TEXAS──SMASH!!」
勢いの無い氷結を軽々避けた緑谷は、フルカウルで轟へと肉薄。出力をリスクのない5%に落としてから、その腹部へ痛烈な拳打を食らわせた。
痛みを堪えながら距離を取る為に轟が使ったのは、またも氷結の右。幾ら追い込まれても頑なに左側の力を使わない轟に、次第に観客も疑問を抱き始める。
「勢いも反応も鈍ってきてるじゃないか……!冷静に考えてみなよ轟くん!今、僕はまだ君に傷ひとつつけられていないぞ!」
「クソ親父に金でも握らされたか……たった1発で勝った気になんじゃねぇ!」
「たった一発?!1発も入れられてない君に言われたくないね!」
……なんか緑谷、口悪くなったか?別に煽り方なんて教えてないけどな。
「体育祭をただのお祭りだって思ってるんじゃないのか?皆色んな想いを抱いて戦って!目標に近づく為に、1番になる為に死ぬ気でやってるんだ!」
「そりゃこっちだって一緒だ!右だけで勝って、あいつを完全否定する!」
「それが君のなりたいビジョンなのか?!君の思い描いた憧れは!そんな顔をしているのか!?」
「ああそうだよ!俺は──」
その時、轟の動きが目に見えて止まった。
轟の表情は、迷子の子供そのものだ。右も左も分からない。行き場が分からず、支えになる物もない。何をすればいいのかも分からない。
今にも泣きそうな、可哀想な子供だ。
その轟の腹に、また鈍いのが入った。
「なりたいものをちゃんと見ろよ!」
「俺は親父を完全否定する!親父の力なんか!」
「君の!力じゃないか!」
言葉と共に拳を放つ。轟は緑谷の中心線を的確に抉る様な腰の入った右ストレートをもろに受け、遂に膝をついた。
轟の初ダウン。ミッドナイトが轟の様子を確認しようとするよりも先に、緑谷は轟の胸ぐらを掴み上げた。
「全力も出せないのなら──ヒーローなんて諦めろ!」
相手を引き手で前方に崩し、懐に入り込んで背中で担ぎ、膝を伸ばしながら回転して投げる──背負い投げ。俺が一番集中して教えた柔道技だ。
緑谷の超パワーと一緒に投げる。勝負あったな。
「俺だって……ヒーローに……!!」
刹那──空に大きな火柱が上がる。
「熱!?」
轟が奪い続けた果てしないエネルギーの熱は観客席にいても熱いと感じれるほどで、熱源に触れていた緑谷は反射的に手を離して、リングの反対側まで熱から逃げていた。
「勝ちてぇくせに……敵に塩を送るなんて、どっちが巫山戯てるって話だ……」
「……っすご」
轟に降りていた霜が完全に溶けは轟は本来の動きを取り戻した。勝負は振り出しに──いや、轟が絶対有利になった。
この勝負、轟が勝つ。
「ありがとな、緑谷」
「いいよ。友達だろ?」
轟は足元から連続で氷を生成し、さらに左の炎の力を推進力に弧を描いて加速していく。
それに合わせて緑谷もフルカウルで疾走する。
お互いが程よく近くなったところで、一気に事態が動き出す。
緑谷が繰り出した拳打をいなし、轟は左手からの火炎で加速した裏拳を炸裂させる。緑谷は真っ向からそれを受け、超パワーが暴発しないギリギリまで調整した脚で後ろ回し蹴りを食らわせた。
火傷も骨折もないかのように、血濡れの身体で轟に打撃を加えていく。
接近格闘じゃ緑谷に部があるが、かといって基本的な速度は子周りの速度は緑谷の方が上だから、轟は離れるに離れられない。
そして緑谷も、今距離を取られたら、もう一度距離を詰めるような体力も残っていない。
勝負は今、この瞬間に決められる。
「──赫灼熱拳」
ここから見てわかるほどに、轟の左拳からかなりの光量が放たれる。一点に熱を集中させているのだ。しかし制御はあまり上手くいっていないようで、太陽フレアのように、エネルギーが溢れ出ている。
「ソレ……エンデヴァーの……!」
「ああ、見よう見まねだけどな……」
赫灼熱拳……たしか、エンデヴァーの必殺技だったか。それを使う意味は、火を見るより明らかだろう。いや、この時ばっかりは、火を見た方が分かりやすそうだ。
空気から奪い続けた熱は、きっと数百数千以上に昇るのだろう。暖かい空気と冷たい空気が入り混じり、巨大な陽炎ができている。
これで全部吹っ飛ばす気らしい。
散々熱を奪われた空気に、今度は急激に大量のエネルギーが与えられ、瞬間的に爆発的な膨張が起こる。
轟は氷の壁を張って踏ん張る気だ。逆に緑谷は、踏ん張るどころか、遮蔽物すらもない。緑谷の体重じゃ、この爆風に耐えられない。
……体重だけなら。
「まだ……だッ!」
緑谷の超パワー。片腕だけでも、コンクリートの壁を何層も吹っ飛ばすことができる神秘のパワーは、大気の壁に対抗するには十分エネルギーを持っている。
「デトロイト──スマァァァアアアシュッ!!」
まさしく超人の力で、全てを押し除け吹き飛ばそうとする大気の塊を、緑谷は力一杯殴りつけた。
衝撃の激突と同時に世界から音が消え、空気は逃げ場を求めるように、観客たちを襲った。
瓦礫がとんで来た。危ねぇな。
『──ト……イト!き──えるか?』
人的被害は奇跡的に回避できたようだが、どうやら機材が逝ったらしい。山田先生のアナウンスも途切れ途切れだ。
「み、ミッドナイト無事です……」
瓦礫の山から這い出た香山先生が手を上げる。次第に砂埃も収まり、被害の全貌が明らかになった。
「うっそ……舞台消し飛んでんじゃん」
「仮にもコンクリートだぞ……次棄権しようかな」
眼下の舞台は壊滅状態。対地ミサイルでも落ちてきたのかってくらいの抉れ様だ。
『轟くん緑谷くん!共に場外!』
香山先生がまず確認したのが、選手の場所。両者ともスタジアムの壁まで吹っ飛ばされていて、なんならめり込んでいる。
『両者場外なので、意識がある方を勝者とし、両者意識がある、またはない場合、両者の回復を待って再戦とします!』
そして次に確認されるのが、意識の有無。
というか、意識あったところで再戦とか、次の試合に望めんのか?修善寺先生の個性って体力を大幅に消費するんだ。
『轟くん気絶!』
最初に香山先生は轟の気絶を宣言し、次に緑谷に──
『緑谷くんの意識を確認!よって2回戦進出は、緑谷くん!』
☆★☆
「永井くん!永井くんもデクくんと轟くんのお見舞い行くんやろ?ウチらもいい?」
「ああ、別にいいぞ」
1回戦第2試合は緑谷に軍配が上がった。多分、ほんの偶然だろう。偶然、壁に打ち付けられた時、轟の方が当たり所が悪かった。多分それだけだ。
結局は運……緑谷は、約10年の差を、超パワーの個性ひとつで運差まで持って行った。
恐ろしい奴だよ。アイツを見てると、心操の言葉にも一理あると思っちまう。
まぁそれはそうと。
緑谷も轟もだいふ酷い状況だ。クラスメイトとして、ちょっとお見舞いに行ってやろう。
てか全然関係ねぇけど、途中のどっちが勝つって予想、全部外してんな俺。
「A組永井、他4名の者、入ります」
出張保健室の扉を開けると、四肢を固定された緑谷が苦悶の表情を浮かべて寝ており、その横で轟が安らかに眠っている。
……え、まさか轟死んでないよな。胸が動いてるから生きてると思うけど。
「あ、どうも」
「イヤ〜……」
緑谷のベッドの横には、修善寺先生と、知らない痩せ細った人がいた。たしかこの人……戦闘訓練の後も保健室に来てたよな。事務員かなにかか?
てかちょっと暑くね?
「永井くん……ごめん……柔道教えて貰っておいて……負けちゃった……」
「全くだ馬鹿弟子。俺は自爆前提の戦法なんて教えてないぞ……ま、なんか事情があるんだろ」
「……うん。でもごめん」
「いいよ。今はゆっくり休め。次は俺とだぞ」
緑谷から謝罪を受け取ると、いきなり出張保健室のドアが空いた。またお見舞い人だろうかと視線を向けると、そこに立っていたのは、1年生会場主審の香山先生だった。
「あら、あななたちもお見舞い?」
「“も”?」
「ええ、ちょうどさっき、そこでエンデヴァーとすれ違ったわ。会わなかった?」
「いいえ。私たちが来た時にはもう」
「あっそう。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
エンデヴァーが?轟を心配しているなんて、なんかちょっと意外だな。まぁ実の息子って考えれば不思議じゃないけど。
「リカバリーガール、2人の容態は?」
「酷いもんさね。緑谷は腕の複雑骨折に、足が内側から弾けてる。綺麗に戻すには、整形手術が必要だね。轟も、心臓にだいぶ負荷をかけたね。心不全の表情が出始めてる」
「じゃあ、次の試合は……」
「医師として、とても許可できる状況じゃないね。何日もかけて、ゆっくり治癒していく他にないよ」
2人にくだされた診断は、極めて冷静で、2人の未来を思うが故のドクターストップ。負けた轟はともかく、緑谷は悔しさが残るだろうな……まだ次試合……が……あった……んだよな?
……ん?次の試合?
……あれ?第2回戦1試合って、俺と緑谷だよな?
で、その緑谷にドクターストップがかかった訳だから……
「永井くん不戦勝で3回戦進出ね。あとでアナウンスするから、そのつもりでね」
──あ〜……めんど。今日いい感じの運動で終われると思ったのに……
「おめでとうなんて言えないけど、頑張ってね!永井くん!」
「ケロ、このまま行けば、飯田ちゃんと当たる可能性もあるのね。頑張って、2人とも」
「そうだな!永井くん、共に頑張ろう!」
「永井くん……ごめんね……僕の分まで、お願い……」
「……おう」
……どいつもこいつも、勝手に思いを押し付けてきやがって。
少年漫画じゃねぇんだぞ。妙なもん流行らせんな。