「よ、飯田。飯一緒にどうだ?」
「永井くん。それなら緑谷くんや麗日くんも……」
「緑谷なら八木先生に、麗日は相澤先生に呼び出しくらってるよ。先行って、あとから合流しようぜ」
「そうか。そうだな。」
俺は教室を出る飯田に声をかけ、一緒に食堂に。もちろん、話をつけるためだ。
緑谷も麗日も、いい感じに話を合わせるように打ち合わせしてある。アイツらが交流するのは、話が終わってからだ。
「なぁ飯田」
「うん?」
「職場体験先、どうしてマニュアルなんてマイナーヒーローのところなんだ?個性全然違うじゃないか」
「調べてみると、彼は誠実なヒーローでね。普通ヒーローと名乗っているのは、普く通づるヒーローでありたいという彼なりの哲学だそうで……」
「本当か?」
「……」
沈黙は肯定とみなす。普段の飯田なら、ここは沈黙ではなく、大きな動作で否定する。
「……保須市。天晴さんがヒーロー殺しにやられちまった所だよな」
ヒーロー殺し。ここ最近出てきたヒーロー大量殺人の被疑者だ。全国指名手配もされている。ヴィラン名をステインといい、本名赤黒血染。今世紀最大の殺人犯だ。天晴さんを襲ったのもコイツだと言われている。
「何しに行くのか正直に言えよ。ここは人は多いけど、この通りの喧騒で誰も俺らの話は聞いてない」
「君にする話はない。ヒーロー殺しについての話を続けるなら、俺は離席させてもらう」
「まぁ待てよ。何もお前を否定するために言ってるんじゃない」
「なに?」
さて、ここからが俺の本題だ。
「やるなら合法的にって話だ。ただただお前ひとりで突っ走っても、ガキじゃ殺人数10人超の凶悪犯罪者には勝てない。周囲の協力を得て、確実にやろうぜ」
「……君は俺に何をさせたいんだ?」
「何をさせたいって、別にナニでもねぇよ」
俺はスマホで赤黒が関与していると思われるニュースを見せる。
やつは現れた町で、必ず4人以上のヒーローを殺害している。保須市ではまだゼロ人だ。奴の哲学かなんだか知らんが、きっと奴はまだいる。
「犯行傾向からして赤黒はまだ保須市にいると思える。そしてやつの犯行現場は路地裏……人通りの多い道からはそれほど離れていない場所で多発してる。灯台もと暗しってやつだ」
「……職場体験中、マニュアルさんをヒーロー殺しが出没するであろう場所に誘導すれば、偶然出会いましたという話に筋が通る」
「その通り。そしてヒーローマニュアルの指示の元、個性を行使する……ここまでで、なにか違法なものはあるか?」
「……いや、ない」
「なら問題ないな。お前は職場体験先で
「俺は……」
飯田がどのように仕上がっているか。正直興味深い。面倒事はゴメンだが、この一件は、飯田の仕上がり次第では俺は全力でサポートしてやらんこともない。
「…………僕は、ヒーロー殺しが許せない」
そして、飯田が零した言葉は漸くの本音なのだろう。
苦々しく表情が歪み、言葉を紡ぐ。
「ヒーローらしからぬ感情だとはわかっている……だが、僕はあいつが許せない。だから……無駄なことかもしれない、それでも今は……追わずにはいられない」
「じゃあ合法的に行こう。雄英で学んだこと活かして、胸張って天晴さんに報告しに行こうぜ」
「ああ!君のお陰で視野が晴れた!ありがとう永井くん!」
「気にすんなよ。委員長の失敗をカバーすんのが、副委員長の仕事だ」
……
……
☆★☆
俺の目先の目標は、飯田を俺の理解者にすることだった。赤黒が憎いとか、そういうのじゃない。犯罪者共は皆殺しにしてもいいと、洗脳して、俺のシンパにする。
正直飯田の復習とか、天晴さんの今後とか、どうだっていい。俺の復讐劇を肯定する『社会の声』の先駆けに、自身の復讐の手助けという過去をもって押し上げようとしたが、どうやら飯田は、赤黒を殺すつもりはないらしい。
どこかで言葉選びを間違えたようで、上手く誘導できなかった。
あ〜〜〜〜〜くだらん。もう全部面倒になった。せめて職場体験先は面白そうな場所に行こう。
「え!?永井くん職場体験先ガンヘッドじゃないの!?」
「気が変わったんだよ。頑張ってこいよ麗日。職場体験後の実技、楽しみにしてるぞ」
「う〜……永井くんに勝てるかなぁ」
「はは頑張れよ」
俺が行く先はガンヘッドから変わって、ランキング32位ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ。長野県を中心に活動しており、山岳救助や遭難者捜索等を得意とする救助系ヒーローグループだ。
まぁなんで変えたかって、こっちの方が面白そうだからだ。長野行ったことなかったし。
そんなこんなで、職場体験当日。俺たち生徒はヒーローコスチュームをもって駅に集まる。ここから新幹線やら飛行機やらに乗ってそれぞれが向かうヒーロー事務所に移動する算段らしい。
コスチュームの入ったケースとその他私物の入ったリュックを持って、静岡から東京を経由して長野。そこから電車とバスを乗り継いで、ようやく到着した長野県松本市のハズレの山奥。
遠いんだよ長野駅か松本駅まで迎えに来いよふざけんな。
「ネ〜コネコネコ!さぁいらっしゃい子猫ちゃん!」
人がほとんどいない山の中の事務所最寄りのバス停に、ネコ耳をした女性たち……1人あれ女性か?
てかキッツ……三十路近い女性の猫コスと無理したキャラ付ってまじキツイよな。若い時に数年後のこと考えなかったのかな。
「雄英高校ヒーロー科1年A組永井です。7日間の職場体験、よろしくお願いします」
まぁそれはもとにかく、とりあえず取り繕って挨拶。あー見れば見るほどキツイわガンヘッドの方行けばよかった。
「うんよろしく。とりあえず事務所行こうか。諸々の説明はそこで」
「長旅ご苦労。遠慮することはない。荷物を我に預けよ」
「あ、ありがとうございます……」
……女性に自分の荷物を持たせるのはどうかと一瞬思ったけど、こんだけ筋骨隆々ならどうでもいいか。
「永井くんね。体育祭1位なんてすごいね。私らも雄英卒だけど、決勝に残れたことなんてなかったよ」
「そうなんですね。でも自分も、不戦勝続きで、最後も腕相撲ですよ」
「そう卑屈になることはない。運も実力のうち……最後の腕相撲も、貴様が日々鍛錬を積み続けた結果だろう」
なんか……虎さんめっちゃ励ましてくれるんだけど。もちろん嬉しいけど、なんか気味が悪い。
「とりあえず事務所着いたらコスチュームに着替えてもらって、それから職場体験ね。ヒーローは常在戦場、可能な限りヒーローコスチュームよ」
「はい!」
☆★☆
「それじゃあ午前中の遅れを取り戻すよ!地図判読!」
朝早くから駅に集まったものの、移動に時間を取られたせいで、職場体験開始は午後の3時から。
その遅れを取り戻すために少し巻く。職場体験定番のヒーローのあり方・成り立ちを、この地図判読と同時並行でやっていくらしい。可能なのか知らんが、とにかくそういう方向だ。
「あちきラグドール!よろしくね!こっちは虎!」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
地図判読というのは、読んでその通り、地図を読んで自己位置を選定し、そして目的地までのルートも選定する、登山等の基本技術だ。
スマホを使えばいいって思うかもしれないが、住宅街ならいざ知らず、本格的な山の中では電波は通じない。それにスマホの充電がなかったり、紛失してしまったということもある。
アナログ技術は習得さえしてしまえば、いつでも使えるからな。
「まーまずは指定座標に行こうか。あちきらがお手本見せるから、分からないことがあったらなんでも聞いてね!」
なんて言われても、地図判読なんて父さんから教わってるから、別に今更って感じだ。
だからちょっと解説しようと思う。
自己位置の選定の方法は交会法という測量の技術を使う。用意するものは地図とコンパスとペン、そして定規だ。
まずは地図上の対象物が実際に見えるか確認すること。古い地図だったりすると、経年変化でかなり変わってたりするから、そこんとこ注意だ。
次にコンパスを北に向け、対象物が何度の方向に見えているか確認する。
そして地図上の対象物を、定規を使って測定した角度の逆方位角*1を一直線に引く。それを別の対象でもう一度。
そうすることで、ふたつの線が交わる点が生まれ、そこが自己位置となる。
一応注意すべきなのが、磁北*2と地図上の方眼北とでは数度の誤差があるから、そこだけ注意*3だ。
「──はい。ここが目標座標です」
「うっそ……まだ初めて30分くらいしか経ってないのに……」
やり方さえ分かれば、あとはその方向に進むだけ。意外と簡単だぜ。
「根拠はなんだ?」
「……根拠ですか?」
父さんから習ったことができて得意気になっている俺に、虎さんが問いかける。
「……開始地点からの距離と、周囲に見える目標物とす角度です」
「周囲に見える目標物?直接確認したわけでもないアレを地図上のものと同じと言い切るとは。貴様は我が思っている以上な博識なようだな。それに距離?あれだけ凸凹した地形を通っておいて、歩幅が一定であったと?」
「と、虎?」
そう言われると弱るな。たしかに周囲は見えにくいし、歩幅も一定であったとは言いにくい。
でもそれはレンジャーや偵察隊に求められる高等技術だ。流石の俺もそこまでは……いや、言い訳はなしだ。
「幽霊を使って高所から確認しま──」
「それは1日に数度しか使えない個性だろう。自己位置程度個性なしでも選定してみせろ」
「……どうしろと?」
「行って確認しろ。確実な方法を取れ」
行って確認って……目標物同士の距離800はあるんだけど……これ行かなきゃダメなやつか。
仕方ない。
「分かりました。移動します」
──なんて言っても、そう簡単には行かないのが世の中ってもんだ。
さっきも言った通り、これは職場体験定番のヒーローのあり方・成り立ちの説明を地図判読と同時並行でやっていくという強行プランで、高難易度のことを同時に処理しなくてはならない。
さすがの俺もミスが多くなり、その度に虎さんに叱責された。
そんなわけで地図判読とヒーローの説明を終えると、あたりはすっかり暗くなった。
クソったれ。虎さん地図判読の難易度上げやがったな。
「すっかり暗くなっちゃったし!とっととお風呂入ってご飯食べて歯ぁ磨いて寝よう!時間は有限!ダッシュにゃんこー!!」
……なんであの人あんな元気なんだよ。
まぁどうでもいいか。
「イブキ」
「……あ、はい」
あっぶね俺の事か。ヒーロー名への馴染みが死ぬほどないから、一瞬俺が呼ばれてるって気が付かなかった。これならイブキじゃなくて、普通に俺の名前にすればよかったな。
「風呂に行くぞ」
……え?
☆★☆
「……マジで旅館だな」
プッシーキャッツ事務所は林間学校等で使用される宿泊施設とも兼ねているため、食堂並びに大浴場があり、さらには大浴場には温泉も湧いているらしい。
さっき荷物を搬入するとき、俺が泊まる部屋をサラッと見たけど、普段宿泊客に提供するようの部屋をそのまんま使ってるからか、ひとりで使い切れないくらいに広い。
「隣座るぞ」
「あっはい……え?」
……あ、この人男……でも元女性だよな。てことはトランスジェンダーのFtM……
まぁいいか。難しく考えないようにしよう。
「職場体験一日目、どうだった?」
「遭難者の救助を得意とするだけあって、自己位置判に求める正確性には驚きました。自分も父からは習ったんですが、なにぶんやるのは初めてだったので」
「何事も初めては付き物だ。初めから上手く行けば苦労はしない」
トランス男性と並んで身体洗うって何だこの状況。しかも気持ちばかりの慰めも貰うし。
三十路手前のへそ出しつけ耳女性といい、何だこん職場体験。地図判読は面白くはあったけど、ヒーローのキャラが濃すぎて胃もたれしそうだ。
「準備8割本番2割……良く準備できていたぞ。あとは慣れるだけだ」
「頑張ります」
どうやらやべぇ連中の集まりであるプッシャーキャッツの中でも、虎さんじ常識人ポジ……何言ってんだ俺そんな訳ないだろ。
「虎さんは、なぜヒーローに?」
なんとなく会話に行き詰まったので、対ヒーローの鉄板ネタを放り込んだ。運が良ければしばらくは虎さんがひとりで喋って、俺は適当な相槌を打つだけで風呂の時間が終わる。
虎さんがひとりで喋りまくるタイプには見えないけど。
「我は元中即連所属でな。もっと市民に近づき、直接的に彼らを助けたいと思って除隊してヒーローになった」
「へぇ……ん?中即連?」
中即連……ってまさか
「中央即応連隊ですか?大宮の?」
「うむ」
大宮の中央即応連隊……レンジャーに空挺や格闘指導官ばっかの化け物集団だったのか。どうりで地図判読のレベルがバカ高ぇわけだよ。
やべぇその話もっと聞きたくなってきた。
「永井喜一よ」
「は、はい」
でも話を聞く前に、虎さんがシャンプーの手を止めてこちらをまっすぐ見てきた。
え、怖。
「ヒーローは警察と軍隊の中間的存在だ。我々は警察にはない武力と、自衛隊にはない機動力と柔軟性を持っている。分かるな」
「……ヒーローは国民の見える槍であり、見える盾でもあります」
「その通りだ。我々は対個性犯罪における一番槍で、最後の砦でもある。そして公的機関に属さない。だからこそ、ヒーローは誇りとプライド、自由性をもって日々の生活を送る。貴様の父上、永井征十郎3佐の言葉だ。取っておけ」
「はい……え?」
ふと会話に異物を感じた。
「……ち、父を、ご存知で?」
いきなりそんなことを言われたので、思考が全部止まる。
今はシャワーの音しか聞こえない。心臓が鼓動する音も、呼吸の音も、何も聞こえない。
何とか紡いだ言葉は、これだけだった。
「中即連に所属していたと言っただろう。永井3佐の指揮でジブチに行ったこともある」
「そうっ……ですか」
上手く言葉が出なかった。まさかここで、父の名前を聞くとは思っていなかった。
死んだ父のことを聞くとは。