Nec Plus Ultra,   作:ひがしち

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第2話 渡我被身子

俺は家に帰って、早速情報を整理した。

素人の一般人が得られる情報なんて微々たるものだが、今回の事件では、その情報が決勝点になる。

 

まずひとつ。大量失血という点。

伊吹は出血して死んだが、司法解剖では血を()()()()()()と結論が出た。

 

そしてふたつ。伊吹の最後のSNS動向。

伊吹は死ぬ直前、女子高生を案内していた。まだ決めつけはできないが、死亡推定時刻を照らし合わせると、その女子高生がどう考えたって怪しい。

 

俺が持っている情報はこのふたつだけだが、これだけで充分。今日の世界には、情報が溢れかえっているし、そして溢れかえる情報を整理するシステムも構築されている。

 

軽くインターネットで検索しただけで、すぐにそれらしい似た事件が出てくる。

 

──連続失血死事件

 

静岡と愛知岐阜を中心に起こっている失血死による殺人事件。伊吹の事件も、このひとつに数えられた。

どれも手口から見て同一犯とされており、その被疑者は『渡我被身子』という当時中学三年生の女子だ。未成年のため少年法に基づきニュースには実名報道はされなかったが、特定くらいインターネットを使えば容易かった。

 

だがここで一旦行き詰る。大凡の犯人がわかったところで、俺に警察のような操作網がある訳ではないし、聞き込みも俺ひとりでは限界が近い。

 

だから警察のやり方を真似るのではなく、警察にできない方法で、渡我を追い詰める。

 

──おとり捜査だ。

厳密にはできない訳ではないが、時間がかかる上に、殺人事件のおとり捜査は極めて危険なため、この事件におとり捜査は不可能だろう。

 

だが俺には、それが出来る。

 

これが、大いなる力の大いなる責任というやつだろう。自分にしかできないのなら、自分がやるべきだ。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

それから二週間ほどたった夜明け前、俺は家族に黙って家を出る。

もちろん、トガヒミコを誘き出すためだ。

 

トガヒミコの犯行現場による傾向はすでに割り出した。もちろん、警察もそれは同じ。ならばどちらが早いかだ。

 

俺が思うに、トガヒミコはヘマトフィリア、いわゆる血液嗜好症なのだろう。

トガヒミコが関連しているであろう事件の共通点はひとつ。被害者が全員失血死しているということだ。

 

ヤツは人が長く苦しむ姿を見て楽しむ悪魔の女だ。

 

トガヒミコの初犯、中学校でヤツは男子生徒を切りつけ、その血を啜ったそうだ。さらに深堀すると、ヤツが子供の頃、死んだスズメの血も啜っているのを近隣住民が目撃し、新聞記者の取材に答えている。

 

よほど血液が好きでもない限り、畜生の血を啜ろうなどとは思わない。

 

とんでもない女だと思う。

血液嗜好症なのは仕方ないだろう。そういう精神疾患なのだ。精神疾患者であることに、奴の非はない。だがそこからの行動だ。精神疾患だからと、他者を傷付けていいわけがない。

 

こういう未成年犯罪者の過去に関わろうとすると、どういう訳か、不思議な団体が彼女を変えたのは社会だと言い出す。

 

だがそれは甘えだと俺は思う。

 

奴は紛うことなき社会的弱者だ。罪を犯し、社会の闇でしか生きられない者を俺は社会的弱者と呼ぶ。

社会的弱者はすぐに社会のせいだと喚き出す。不思議なものだ。

 

自分に社会が合わないのだと思うのなら、社会が自分に合うことを期待するより、自分が社会に無理にでも適合した方が良いと、連中は何故か気が付かない。気がついたとしても、何故か実行しない。

 

連中にとって過ごしやすい社会など一千億年経ったって来やしない。というか、来ていいわけがない。

犯罪者は犯罪者らしく、惨めったらしく地を這いずり回って生きればいい。

 

「……ん?」

 

駅前に来た俺は、その景色に違和感を覚えた。

朝早くとはいえ、人はそこそこ。清掃ボランティアや朝が早いサラリーマン。いますれ違ったのは、父の同僚だ。

 

……違和感があったのは、サラリーマンだ。

年は二十代前半。耳にはピアス跡があった。ハイブランドであることが分かるスーツにビジネスシューズ、腕に着けているのは年齢不相応の高級時計。

靴のかかとの部分が妙にすり減っていた。高級感溢れる物を身につける人間が、踵の磨り減りを放っておくだろうか。つま先の汚れも気になる。革靴の汚れなど、家庭でも気軽に手入れできるというのに。

 

サラリーマンはカバンを持ってどこかに歩く。その方向はショッピング街だった。

……この時間帯にショッピング街?

 

それに男の歩き方にも癖があった。

一歩歩くたびに妙にはねあがる。抑えているのだろうが、俺の目は誤魔化せない。ハイブランドを身にまとった高給取りのサラリーマンの歩き方とは思えない。

 

その怪しさが確証に変わった。

間違いない、あの男は──数日前にトガヒミコによって殺された男だ。

 

俺はすぐに男をつけ始めた。

 

トガヒミコについて深堀したとき、トガヒミコの個性についての考察があった。

個性は実名と同じく未成年保護法のもと報道は基本的にされない。だがそんなもの、守っているのは1部のメディアだけで、個人ブログやまとめサイトをみれば、それらしものなのいくらでも出てくる。

 

トガヒミコの個性は──変身。

 

条件なんて知らないが、トガヒミコは誰かに変身できる。そういう個性だ。

姿が変わっても、中身が一緒なら、俺の目は誤魔化せない。

 

 

 

☆★☆

 

 

トガヒミコは町の中心を外れ、薄汚れた、治安があまり良くない場所まで歩いた。

俺が通う、秋白中学では、もっぱら嘲笑の的にされている地区だ。

 

道路はガムや鳥のふん尿で汚れているし、商業ビルは雑多で、パチンコ屋や風俗、場外馬券売場のような施設もある。

 

そんな場所を10分くらい歩いていると、トガヒミコはマンションに入っていった。

かなり古い、オートロックもないようなマンション。おそらく市営住宅だ。マンションの入口からすぐのところでエレベーターを待つトガヒミコを外から監視する。

 

マンションは外階段のようなので、トガヒミコが何階のどの部屋に入るのか、外から丸見えだ。

トガヒミコは四階の部屋に入る。

 

遂に突き止めた。奴の塒だ。

 

俺も満を持して同じ部屋に向かう。伊吹の仇だ。ぶっ殺してやるという殺意を纏って。

 

トガヒミコの部屋の前で気持ちを落ち着かせる。落ち着け、ここで怒りに身を任せて無計画に突っ込んだら全てが水の泡だ。

 

少し時間的に早いが、インターホンでやつを呼び出す。理由は適当でいいだろう。

 

「──何してるんですか?」

 

──それは、あまりにも唐突だった。

女子高生の声。追っていたのは成人男性だったので、油断が一瞬生まれた。

トガヒミコが女子高生であることを思い出したのは、背中に鋭い何かが刺されてからだった。

 

「──ッッ!!」

 

「貴方が駅から付けてきてるのは分かってました。ヒーローさんや警察かと思いましたけど、まだ子供でしたか……」

 

トガヒミコは俺の口を手で塞ぎ、背中に刺さったナイフを捻り上げる。

 

馬鹿な──人がいなかったとはいえ、十分距離は取ってたはずだぞ。

 

「何が目的でしょう?見たところ、本当に一人みたいですが……まぁ、殺した後で考えましょう」

 

トガは注射器で俺の血を取るだけ取ったあと、もう悲鳴も出せないことを確認して、興味なさげにマンションの廊下に捨てた。

 

「い、……ぶ……」

 

「喋らない方がいいですよ。苦しいだけです。貴方、血が綺麗なので名前知りたいです」

 

「き、、……いち」

 

「きぃちくん。かぁいい名前。多分忘れませんよ」

 

体温がどんどん下がる。急速に出血しているせいだ。心臓の動きが徐々に弱くなっている。

 

まさかだ。こんなにも簡単に殺されるなんて──意識が暗闇に沈む。

 

「なんだったんでしょうか……ま、いつものことで──」

 

 

 

 

 

 

 

「山本伊吹を覚えてるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

トガヒミコに刺された背中が急速に治る。血管が塞がり、神経が通り、肉が持ってそれを皮膚が覆う。

 

「伊吹の無念……ここで晴らさせてもらう!」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

俺の個性は蘇生。死んでも生き返る個性だ。

何度殺されたって俺は生き返る。制限なんてあるのかどうか知らないが、今のところそれっぽいのは感じていない。

 

「……っ!!!っ!!!」

 

トガは俺を見て嬉しそうにじたばたしている。それもそうだ。トガヒミコは血液嗜好症。トガヒミコにとって俺は何にも変え難い至高の逸品だ。

 

まぁ……それは置いておいて。トガヒミコは俺を刺した。刺し、血を抜き、俺を殺した。

それは例えテコでも動かない、揺るぎない真実だ。

 

故に、

 

「ここからは、正当防衛だ」

 

ボロアパートの唯一と言っていい緑、茶色い鉢を掴んで、奴の顔面に向かって力いっぱいにぶん投げる。

当たれば殺せたが、トガはご自慢の動体視力で鉢を避け、俺の目に向かってナイフを突き出す。

 

「ふん!」

 

突き出されたナイフに対し、中心線をずらすことで対応。伸びきった腕をさらに引っ張りトガのバランスを崩させ、胸ぐらを掴んで股下に腰を入れ、足のバネを活かしてトガを跳ね上げる。

 

柔道技は背負い投げ。俺が最も得意とする技だ。

 

受け身が取れない角度で投げたにも関わらず、敵ながら見事な柔軟性で受身を取られるが、掴んで有利なのはこちらの方。

上向きで倒れたトガの顔を思いっきり踏み抜いて──

 

「!?」

 

顔を踏み抜くために足を上げた直前、トガは持っていたナイフで俺の足首を深く切りつけた。今の一瞬でアキレス腱を切られたようで、激痛が走り、まともに立っていられなくなった。

 

トガはその隙に遠ざかる。速いな。流石長い間警察やヒーローから逃げ続けただけはある。

 

……ここまでだな。

 

「じゃあなトガヒミコ。俺はテメェを忘れねぇから、テメェも俺を忘れるんじゃねぇぞ」

 

俺は屋外通路の柵に足をかける。トガヒミコは俺が何をしようか理解したようで、いそいでこっちに突っ込んでくるが、気づくのが遅すぎた。

 

「きぃくん!」

 

「気色悪ぃ呼び方すんじゃねぇよ。俺の名前は喜一だ」

 

トガをできる限り引き付け、俺の顔を焼きつかせる。俺の個性とトガの精神疾患を重ねて考えれば、トガは俺を忘れない。忘れられないだろう。

 

俺はマンション4階から飛び降りた。最後に悔しさで歪むトガの顔が見ものだった。マンション4階の高さはおおよそ9~10メートル。飛び降りて上手く受け身を取ったって、衝撃で脚が折れるか、痛みで俺を追えなくなる。

 

しかし……飛び降り自殺するには高さが足りないな。このままじゃ脚が中途半端に衝撃を吸収し、胸部の骨折辺りで止まっちまう。

当然そんな状況で遠くに走れるわけがないから、普通に階段を使って降りてきたトガに追いつかれる。

 

「──!!」

 

転落において、どの高さから落ちたら必ず死ぬか、なんて問いに明確な答えはないが、1メートルは一命取るなんてよく言ったもんで、高さが9メートル程度でも、頭から落ちれば当然死亡率は跳ね上がる。

 

俺は不死身だ。故に、俺の最大のピンチは気絶。死ねば即座に再生し蘇生されるが、気絶しては何も出来なくなる。

俺は自殺だって、丁寧に手段を選ばなくちゃいけねぇんだ。

 

空中で身を捩り、頭から落ちることに成功した俺はすぐに街の中心へ走った。まだ七時前だが、駅前なら人で溢れかえる時間帯だ。

もちろん警察の徒歩パトロールやヒーローのパトロールだって増える。トガがそこまで走るとは思えない。

 

「はぁ……はぁ……帰るか……」

 

コンビニのトイレで血が着いた服を着替え、帰路に着く。

勿論だが、このトガヒミコとの戦いは警察やヒーローには言えない。治安維持を考えれば通報は必須だが、俺の行為は限りなく違法に近い。さっきは正当防衛だってハッタリこいたが、正直微妙だ。そもそも正当防衛の定義なんてあやふやだ。通報したら俺の経歴に傷が付きかねない。そんなの許されることじゃない。

 

俺は清廉潔白でなくてはならない。

 

なんら一切罪と穢れがないことで俺は被害者の偶像となり、世間という刃をトガに突きつける。

そうすれば警察は今以上にヤツへの捜査を強化せざるを得なくなる。そして世間を味方につけた俺は、新たな力を得る。

 

それが俺の復讐。山本伊吹への弔いなのだ。

 

それはそうと……

 

「……痛ってぇ」

 

背中と首の痛みは、もう味わいたくねぇな。

 

 

 

 

 

 

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