職場体験2日目飛んで3日目。
朝ごはんと虎さんの朝トレを終えたあと、コスチュームに着替えて、事務所の外に全員が集まった。
「昨日来た保須市からの増援要請に従い、今から東京保須市に向かう!全員用意はいいな!尿意を感じたらすぐに言え!田舎でコンビニを見たらそれが最後のチャンスだ!」
どうやら未だヒーロー殺し騒動が続いている保須市から、プッシーキャッツ宛に増援要請が来たらしく、それを行くと二つ返事。予算削減の都合で下道で行くため、朝早くの集合になったらしい。
車あんなら駅まで迎え来いよ。
「オー! 久々の虎の運転だー!」
「洸汰はイブキの隣に乗って。忘れ物ない?」
「……」
マンダレイの指示通り、俺の隣に座る、初日から視界の端っこにいた帽子を被った子供……たしかマンダレイの従甥って言ったか。事情があって一緒に暮らしてるらしい。
なかなかに無愛想で、年不相応にませた子供で大人を遠ざけようとしているが、そうはいくか。俺は年長者で子供好きだ。
「よろしくね洸汰くん」
「……っけ」
こっから目的地まで2時間3時間かかるから、仲良しの第一歩だと思って手を差し伸べたら、舌打ちされてそっぽを向かれた。
少しコミュニケーションに難がある子なのかもしれいな。
いや、年下とのコミュニケーションをこっちから諦めてどうする。ここはお兄さんってとこを見せるんだ。
「洸汰くんは東京初めて?東京ってね、いっぱい人がいるんだ。きっと面白いものもいっぱいあるよ」
「じゃあイヤなもんもいっぱいあんだろ」
「……そうかもね〜」
このクソガ……いやいや落ち着け。洸汰くんは何も間違ったこと言っていないだろう。好きなものがいっぱいあれば、嫌いなものもいっぱいある。当然じゃないか。
「友だちの間では何は流行ってるの?幼稚園とか──」
「幼稚園も保育園も行ってねぇ。友達もいねぇ」
「……そうなんだ〜」
嘘だろこのご時世に幼稚園も保育園の通わせてねぇの……?家庭保育だと思うから待機児童ってわけでもなさそうだけど……それ小学校に入学したら人間関係に苦労するぞ。現に友達もいねぇって話だし。
てか家庭保育特有の家庭内の愛育ってねぇぞ。
「じゃあ普段は何してるの?やっぱり森を探索とか、川遊びとか──」
「あのさお前空気読めよ。俺の反応から、お前と喋りたくないって分かんねぇのかよ」
……
☆★☆
「休憩だ!20分以内に戻ってこい!」
俺アイツ嫌い。5歳のくせに空気読めよってなんだよ。じゃあ俺の仲良くしたいって空気は誰が読んでくれんだよ。
「イブキくんありがとうね。洸汰と仲良くしようとしてくれて」
民間人に見られないようにコンビニの影で項垂れていると、マンダレイが俺を労ってくれた。洸汰くんの代わりに、マンダレイが、俺の仲良くしたい空気を読んでくれたようだ。
「いえ……最近の子は気難しいですね。全部撃沈です」
これでも一応、子供のとの接し方はみのりでマスターしたと思ったんだがな。洸汰くんを見てると、みのりの素直さが良くわかる。
「洸汰くんのご両親はどこへ?そろそろ幼稚園へ通わせる時期では?」
「それなんだけどね……」
俺がやんわりと洸汰くんへの教育に口出しすると、マンダレイは言いづらそうな表情をして、横からピクシーボブが現れた。
「マンダレイのいとこ……洸汰の両親ね。ヒーローだったけど、殉職しちゃったんだよ」
そこまで聞き出すつもりはなかったんだけどな。とある事情ってそういうことか。聞き方を間違えたようだ。
「二年前……ヴィランから市民を守ってね。ヒーローとしてはこれ以上ないほどに立派な最期だったし、名誉ある死だった。守られた市民は洸汰の親を褒めたたえたし……私たちも。でもやっぱり、子供にはそれが理解できなかったみたい」
……ふざけやがって。何が名誉ある死だ。死なんかに名誉があるわけないだろ。それは死んだことがない連中のセリフだ。
軍人が命を国に捧げるのと一緒にするな。
ヒーローの殉職は英雄的行為ではなく、ただの殺人事件の被害だ。過剰なまでの責任追求と、ヒーロー至上主義が生み出した悪夢そのものだ。
洸汰くんはむしろよく理解している。両親が死んでよかった理由など、何もないのだと。
☆★☆
時刻は4時を回った頃。ようやくプッシーキャッツ事務所は、東京保須市の駅近くのホテルに入り、荷物を下ろして身体を休めた。
なんで下道だったのかといえば、高速道路料金削減らしい。
ホテルの組み合わせは、マンダレイとピクシーボブ、虎さんとラグドール、俺と洸汰くんだ。
すげぇ気まずい。現にカードキーを渡された時、すっげぇ舌打ちされたもん。今洸汰くんは大人しくテレビを見てるけど、多分俺の言うことは聞いてくれないだろう。
肝心のプッシーキャッツが手続きだなんだって、市役所に行っちゃったから、洸汰くんのお目付け役ってことでしばらくのホテル待機だし。
……話しかけるチャンスは今か。
「ねぇ洸汰くん」
「……」
当然無視だ。もはやついに視線をこちらに向けることもなくなった。完全無視じゃないか。
子供と仲良くする基礎方法だが、まず子供と仲良くなるのではなく、その親と仲良くするというのが定番だ。要は子供の警戒外堀を、親との交流を使って受けていこうという作戦なんだが、まぁこれは保護者と子供が仲良くないと通用しない。
つまりは今は使えないから、俺は洸汰くんを直接攻略しなくちゃならないんだ。
「ちょっとお話しようよ。ずっと気まずいままじゃ、君も気が休まらないでしょ?」
洸汰くんの思想は正しい。だがその思想を全面的に出し続けた成長は、いささか健全さに欠ける。
以前言ったことを覚えている人はいるだろうか。自分に社会が合わないのだと思うのなら、社会が自分に合うことを期待するより、自分が社会に無理にでも適合した方が良いと。
ヒーローへの嫌悪を社会に向けるのなら、このヒーロー至上主義の日本社会からも嫌悪を向けられることになる。
別にそれでもいいと言うのなら俺から言うことはないが、洸汰くんはそうは思わないだろう。
「ねぇってば──」
「うるせぇな!そんなに喋りてぇなら、壁にでも向かって喋ってろよ!」
「それじゃあ返事も何も返ってこないじゃん」
洸汰くんの態度は相変わらずだ。まぁ今のは俺のだる絡みが悪かったんだけど。
そもそも、マンダレイ曰く、洸汰くんはヒーローというより個性社会を憎んでいると。そうなると、巡り巡ってヒーロー候補生の俺へも憎しみの矢印は向いている。ファーストタッチの段階で好感度はマイナススタートなわけだ。
「なんなんだよお前!気持ち悪いんだよ!ヒーロー志望だからって偉そうにしてんじゃねぇぞ!」
「偉そうになんかしてないよ。それに、僕はヒーローにはならないよ」
「……は?」
洸汰くんの周りには、やはりというか、ヒーローに憧れる子どもしかいないらしい。まぁそれは必然だろう。
俺も小さい時は無茶な夢を想像していた。
「じゃあなんで雄英に通ってんだよ……ヒーローの学校なんだろ?」
「僕の場合はキャリア……あー、将来設計ってやつでね。雄英高校卒業の箔が欲しかったんだよ」
「んだよそれ……」
「大きくなれば君も分かるよ。でさ、僕もヒーローというかヒーローを至上とする社会って本当に気持ち悪いと思ってるんだ」
これは本心だ。改めてハッキリ言おう。ヒーローは夢見たバカか超人が目指すものだ。
やれ富だの名声だのが欲しいとかまだ言ってる馬鹿は雄英にもいる。コイツは未だにゴールドラッシュの夢を見る正真正銘のバカタレだ。救いようがない。もう勝手にヒーローをやればいい。
では使命感に燃えてヒーローを目指すやつ。コイツはまぁ……身の丈にあったことをすればいい。理想を叶えたヤツがオールマイトとかで、背伸びして叶えられなかったやつは、ひっそりと淘汰される。
それで、きっと洸汰くんのご両親は後者で、淘汰されてしまったのだろう。
それを『素晴らしいこと』『誇り高きこと』と白々しく讃え、誰のものかも見分けがつかなくなった遺体が入った棺桶に手を合わせ、街の連中は『よかったよかった』と上辺で称え合う。
ふざけるな。お前たちがみなし公務員ごときに命を預けた結果こうなったんだ。
俺はヒーローを嫌悪しているのではない。街の連中を嫌っているんだ。
気持ちが悪い。ヒーローの周りに蛆虫のように湧いて出ては、巣に籠る雛のように大口を開けてピーチクパーチク
これに嫌悪を抱かずなんと思う。まさか愛しいとなんて思うまい。
「……だからなんだよ。上辺で取り繕って共感させようたって無駄だぞ」
「上辺なんかじゃないよ。殉職を異常に称えて、それが正しいと教え込む。まして子供に。そんなの洗脳教育だよ」
「……そう思うなら、なんでヒーロー志望なんだよ。ほかの将来設計もあんだろ」
「まぁね。僕の頭なら他の業界トップ層も余裕で狙える。でも……まぁ、友達と約束しちゃったからさ」
流石に友達を殺した犯罪者をぶっ殺すためなんて言えない。
けどこれも本心だ。
「実を言うとね、僕もお父さんが殉職してるんだ。虎さんの元上官でさ、外国で死んじゃったんだ」
「っ……だから、なんだよ!気持ちがわかるとか、そんなこと……!」
「まぁ聞いてよ。僕のお父さんは自衛官で、お仕事で南スーダンって国にいたんだ。決して安全とは言いきれない場所だったけど、色んな国から色んな人が来てるからって理由で安全って言われてた。でも、父さんは……父さんの部隊はテロリストたちに遭遇して……壊滅した」
あの時の光景は今でも覚えてる。殉職の報せをしにきた12旅団副旅団長と中央即応連隊連隊長。そして報せを聞いて呆然とする母。
ようやく家に帰ってきた父は、両手に収まるくらいのツボに入れられて、日章旗に包まれていた。
死んだ父さんの代わりに専業主婦だった母が俺を食わせようとしたが、キャリアをずっと離れていた女性が、自分と育ち盛りの子供を食わせていくなどほぼ不可能であり、母さんはすぐに
孤児になった俺は父さんの弟の永井誠一郎の養子に迎えられた。本来なら社会福祉の対象であった俺は、教育者が変わっただけで上流階級の仲間入りだ。
どうやら俺の親は唯一無二の存在ではなく、取っかえ引っ変え可能な“モノ”だったらしい。
「……結局死んでんじゃねぇか。力をひけらかすからそうなるんだよ」
「うん。本当にその通りだと思う。全人類が武器を一斉に捨てて、握手すれば戦争はなくなる……っていうのは綺麗事だけど、とっても素敵な世界だと僕も思うよ。でもそれは、たった1人でも武器を捨てなかったら、それは成立しない。みんな結局は隣の人も信じられないんだよ」
でも、と俺は言葉を続ける。
これは俺のイデオロギーだ。これが曲がることは絶対にない。
「僕のお父さんも、君のお父さんお母さんも、武力で平和を築こうとしていたんだよ。真に平和が築かれれば、自分の行いは否定されることになるけど、それでも、次の世代は次の世代はって、少しずつ争いを日常から遠ざけようと戦ってくれていたんだよ」
日本ほど超常期の前と後で犯罪発生率が飛躍した国はない。今の日本は、日本史史上類を見ないほど、犯罪が身近になっている。
大犯罪が日常になっているのだ。
あまりにも長い間、犯罪発生率が上昇を続けた結果、日本国民はヒーローとヴィランの戦いを驚くほど冷静に、いやむしろ娯楽と捉えている節がある。
ヒーローが個性犯罪者を個人で取り締まり、個性犯罪者がヒーローを殺し、それに巻き込まれる市民の生活。そんな狂った連鎖をまるで日常かのように見ている。
でなければコミック由来の『ヒーロー』と『ヴィラン』なんて名称はつけられない。
これは当たり前ではない、当たり前になってはいけない。
かつての総力戦とその敗北、米ソ大冷戦と代理戦争。人間は長い間過ちを繰り返し続け、また繰り返してまた繰り返し、今ようやく移り変わろうとしている。
戦いを非日常としようとし、俺の父も洸汰くんのご両親も、成果をあげることなく戦死した。
自らの行いを否定しきれず、死んだのだ。
「確かに君のパパもママも、死んだことに正当な理由なんてないのかもしれない。でもそれを否定しちゃったら、君のパパとママは無駄死にってことにな──」
「うるせぇんだよゴタゴタと!」
突然洸汰くんが手のひらを向けてきたと思ったら、次の瞬間には俺の顔にコップ一杯分くらいの液体がかけられた。
「もうどうだっていいんだよ!お前らが勝手に殺しあって、こっちはそれに巻き込まれただけなんだよ!そんなに殺しあいたいなら戦争にでもなんでも行っちまえよ!」
「だからダメだよ。そんな言い方しちゃ……君のパパとママが悲しむだけじゃないか」
「うるせぇうるせぇ!!だいたいパパとママはもう死んでんだよ!死人がどうやって悲しむってんだよ!」
「だから──」
『永井くん!!今すぐ洸汰を連れて避難して!!大規模なヴィランテロが起きてる!!』