ヒーロー科なんて超人か、夢見たバカが行く学科だと思っていた。
ヒーロー活動に必要な資格、ヒーロー活動認可資格免許は総務省が定める個性使用法における業務独占の国家資格であり、給料は税金だが、立場上公務員ではなく、みなし公務員で歩合制である。
ヒーロー業務は大きくわけてふたつ、市町村や警察から要請を受けて出動する『取り締まり活動』と、自らパトロールし町の秩序や治安を維持する『パトロール活動』に分けられる。
基本的に業務としてカウントされるのは取り締まり活動のほうで、パトロール活動から取り締まりに移る。
どこが歩合制なのかと言うと、給金は専門機関の調査による取り締まり活動の貢献度で決まる。
つまり、それほど生活は安定していないのだ。
毎月まとまった金がちゃんと入るのは、それこそオールマイトやエンデヴァーに母さんのようなトップヒーローだけ。
具体的にいえば、ランキング40以下のヒーローは基本全員副業をしており、100位以下のヒーローは副業が主業と言ってもおかしくない状況になってる。
このヒーロー飽和社会。トップヒーローになるのは極めて難しい。それこそ超人でないとヒーローで生計を立てるのは困難だ。
だから、日本人として成功したい、ビッグになりたい、なんて思うなら、ヒーローなんかにならず、真面目に勉強していい大学に出て、いい会社に就職した方がずっと成功者に近づける。
それなのにヒーローになるなんて、夢見たバカが言うことだ。
秋白の生徒たちはみんな気づいていた。雄英ヒーロー科に入ったところで、倍率3000倍を突破したところで、待っているのは日雇いのヒーロー業務だ。
俺だって、伊吹が死にさえしなければ、ヒーローを志すことなんてなかった。
☆★☆
雄英高校、登校初日。
俺は死ぬほどプレスがけしてシワを全滅させた制服に袖を通し、さらには腱鞘炎になるくらい磨いて白目と黒目が分かるくらいの鏡面性を持った革靴を履いて雄英に向かう。
今日は入学式。父さんと母さんは仕事の都合で来れないようだが、色んな人が新入生代表の俺を見るんだ。着こなしの緩みは心の緩み。秋白生として恥ずかしくない服を着るんだ。
因みにだが、俺は先週から一人暮らし。雄英がある静岡市内に部屋を借り、そこからバスで登校している。
もちろんバス車内は座らず立っている。シワができるから。
まぁそれはともかく。だいたい30分くらいで着いた1Aの教室前……なんか無駄にデカイ扉だが、一旦スルーして中に入る。
既に十人くらい先に着いていたらしく、それぞれの席に座ってソワソワしていた。
「やぁ!おはよう!」
そんな中、扉にほど近い席にいた大柄の少年がこちらに近づいてきた。四角いフレームの眼鏡を着けていて、身なりはかっちりと整えられている。
「俺は聡明中学出身、飯田天哉だ!これからよろしく頼む!」
飯田、という苗字に覚えがあった。
どこで……と思ったら、そうだ。ターボヒーロー『インゲニウム』だ。たしか弟さんがいると言っていたが、同年代だったか。
「秋白中学出身、永井喜一だ。お兄さんの天晴さんにはお世話になった」
「!兄を知っているのか?」
「祖父の誕生会で一度だけ挨拶をしたんだ。きっと覚えていないだろうが、よろしくと伝えておいてくれないか?」
「なるほどそういうことなら。席は名簿順、『な』なら三列目の後方あたりだろう」
「ありがとう」
飯田と握手を交わして、自分の席へ向かう。
黒板向かって右から三列目の一番後ろ。空調が直接当たることはないし、窓を開けてもさほど影響がない場所、勉強に集中できる悪くない場所だ。
それと、顔見知り……というほどではないが、全くの初対面ではない人にも挨拶をしておこう。
「お久しぶりです百さん。覚えておいでですか?」
「もちろんですわ喜一さん。最後に顔を合わせたのはたしかおじい様の米寿祝いの会でした」
「流石は百さん。三年前のことでもよく覚えてらっしゃる。お隣同士、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします」
俺が話しかけた相手は、八百万グループ総裁八百万氏の一人娘、八百万百さん。
何度か爺さんのパーティーで会って挨拶をしている。なんの縁か、この教室では隣同士だ。
んで……
「久しぶりだな。轟焦凍」
「……永井か」
次に話しかけたのは轟焦凍。ヒーロービルボードチャートNo.2フレイムヒーロー『エンデヴァー』の三男だ。
コイツこそ本当に面識こそないが、かつてエンデヴァーが学道を警備担当していた時に何度か顔を合わせたことがある。
「お前は推薦か」
「ああ。そこの八百万もだ」
そうだったのか。その情報は仕入れておくべきだった。
なんて話をしていると、教室の右前方隅の方からピンク髪ピンク肌の女子生徒が見るからにウッキウキな状態で近づいてくる。
「なになに〜?そこみんな知り合いなの〜?」
「知り合いって訳でもないが、初対面って訳でもない。昔、ちょっとした縁があったんだよ」
「みんな地元一緒なの?」
「いや、俺は神奈川、轟は静岡、百さんはたしか愛知だったはず。さっきの飯田は東京だな」
「へ〜!それなのに同じ学校で同じクラスってすごいね!」
……たしかに、そう考えると世界って意外と狭いんだな。
躓く小石も縁の端くれとはよく言ったもんだ。まさかここで再会するなんて思ってもみなかった。
「お友達ごっこがしたいならよそへ行け」
と、そのときである。
低い男性の声が、賑やかだった教室の中を切り裂くようにして響き渡った。声のしたほうに顔を向けると、そこには寝袋に入った状態で横になっている無精ひげの男性が一人。
彼はそのまま困惑した空気の教室の中に入ってくると、自らが担任であること、体操服に着替えてグラウンドに出ろとだけ伝えると、さっさと出て行ってしまった。
なるほどわかった。俺はあれが嫌いだ。
プレゼント・マイクのようなパッション重視で効率を考えない奴も嫌いだが、それ以上に、効率だけを求めて装飾をしない奴も嫌いだ。合理性を突き詰めれば機能美に行き着くのに、アイツはそれがない。無精髭で、あんなの秋白の町外れの連中と大差ない。
あれがヒーローなんて。雄英の品位が問われる。
アレは抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』というアングラヒーロー。あまり名の知られたヒーローではないが、俺はこの学校に合格した時点で、学校に勤めている全教師について最低限調べてある。
それになんだと?体操着に着替えてグラウンドに出ろだと?まさか入学式に出ないつもりか?そんなの許されていのか?
もしそうなら、PTAに告げ口してやる。
☆★☆
「「「個性把握テストぉ!?」」」
よし、告げ口確定。
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるのにそんな悠長にしている時間はないよ。雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは、先生側もまた然り」
3年もあるってのに何言ってんだ?
同じ高等教育の高等工科学校にだって入学式はあるし、なんなら教育期間がたったの3ヶ月しかない陸上自衛隊だってまぁまぁ盛大な入隊式やるんだぞ。
それは合理性じゃなくて我儘ってやつだ。
てか入学のしおりにはしっかり入学式の予定が書いてあったし、なんなら他のクラスの連中は体育館に向かってたし。コイツバックレやがったな。わがままよりそっちの方が問題だ。
……ま、文句言っても仕方ねぇ。ここで無駄に騒いで経歴に傷がついちゃあ、なんのためにこの学校に入ったのかって話だ。
「爆豪、中学時代のソフトボール投げ、何メートルだ?」
「67メートル」
「じゃあ『個性』使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい」
そう言われて、ソフトボールを投げ渡されたのは、ちょっとした有名人の爆豪勝己だ。1年前にヴィランに襲われ、オールマイトに助けられた、そんな人物。どっかで会ったことがような気がするが、入試の時の下品なやつだ。
因みにアイツが選ばれた理由は、実技試験で1位だったからだそう。間違えて欲しくないのは、あくまでも『実技試験』の成績で、総合点で見れば俺の方が成績は上だ。
だって俺新入生代表で挨拶のスピーチするはずだったんだから。
そう。そのはずだ。だって……
「死ぃ──ねぇ!!!」
あんな下品なやつに俺が負けるはずがないんだ。
汚い雄叫びと一緒に飛んでいったらソフトボールは、少しして、はるか遠くにボールが落下したのがかろうじて見える。
同時に、相澤先生の手元の端末に、705.2mという記録が浮かび上がった。
「ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい? よし……トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し…………『除籍処分』としよう」
んで、話の流れから、成績最下位は除籍、つまり退学処分になることに。
……やっぱ俺コイツ嫌いだ。
「生徒の如何は俺達先生の自由……ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
「さ、最下位除籍って……入学初日ですよ!? いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!」
「自然災害、大事故、身勝手な敵……いつどこから来るかわからない災厄。それらの理不尽を覆していくのがヒーローだ。放課後マックで談笑したかったならおあいにく、これから3年間、雄英は全力で君達に試練を与え続ける……『Plus Ultra』さ、全力で乗り越えてこい」
流石はナポレオンの言葉だと思ってるような連中だ。プルスウルトラの使い方が微妙に違う。
まいいさ。この俺を落とせるもんなら落としてみろってんだ。
☆★☆
[50メートル走]
今のところトップは飯田の3秒04。普通に走ってたら、金メダリストでも無理。
ちなみに俺の純粋な50メートル走は6秒52。順当に走れば、まず最下位はありえないタイムだ。
「相澤先生、タイム計測のやり方は、陸上競技の短距離と同じですか?」
「ああ。赤外線センサーとフィニッシュカメラから計測している」
「なるほど。ありがとうございます」
赤外線センサー……なら、簡単だ。
「……出てこい」
身体から無数の黒い何かが放出され、即座に人の形を取り、180cmくらいの真っ黒な人が完成した。
入試の時の傷病者護送にも活躍した、黒い幽霊だ。
物が見えるという現象は、光源が放った光が物質に反射、それを目が受け取ることで見るという現象が成立する。
ではなんでガラスは透明なのか。答えは簡単、ガラスが光を透過する性質の物質で構成されているから。一般的なガラスの透過率は80〜90%。それに対し、黒い幽霊を構成する物質は透過率100%だ。
だから他人には見えない。
だが決して存在していない訳ではない。サイコキネシスやそういった超能力的なものでもない。透過率100%というだけでの物質だ。当然、熱だって発している。
さて、ここで少し俺の個性を話をしよう。
俺の個性は不死。決して死なないという個性だ。死んでも全ての怪我を治癒して蘇生する。それが俺の個性だ。
でも不思議なことに、俺は出血で死んだとしても、蘇生する時、失った血液をも作り出す。そういう個性なんだ。
きっと俺の個性の本質は、なんでも作り出す物質が身体にある、という個性なんだろう。
きっとそれは、人類にとって未知なる物質なんだろう。全能性幹細胞の比なんかじゃない、万能すぎる物質だ。
んで、なんで黒い幽霊と俺の個性の解説を分けたように話をしたかというと、なんで黒い幽霊がでるのか、結局これはなんなのか、俺もよく分かっていないからだ。
黒い幽霊は俺の個性の物質が体外に出た結果とも思えなくもないが、結局詳しいことはよく分からない。
だって黒い幽霊を視認しているのは今のところ俺だけだし。
『位置ニツイテ、ヨーイ』
それと、黒い幽霊についてもうひとつ。黒い幽霊はジョジョのスタンドみたいな特殊能力は持っていない。
でもその変わり、黒い幽霊は人間の脳の制約を受けないため、常に火事場の馬鹿力を発揮し続けている状態にある。
『ドン!!』
「どうした永井。どうして走らな」
『ピピ!5秒21!』
「……っな!」
「おっと。こっち
☆★☆
[握力]
これも一緒、黒い幽霊に計測機会を握らせる。
人の純粋な握力の記録は、1998年アメリカ出身ジョー・キニーが記録した188kgf。頑張れば超えれそうだったが、結局黒い幽霊の筋力そのものは、俺とほぼ一緒だから、俺の火事場の馬鹿力は彼を超えられなかったようだ。
で、どうせ他人には見えてないから、堂々不正をする。全国の男子がやる、両手握りだ。
結果は348kgf。クラス3位の記録だった。
「永井くんの個性って超能力なん?」
「いや。区分的には発動系だけど、常に発動してるから、常時発動系ってところだな」
ちなみにこの種目の最高記録は百さん。計測器を握るのではなく、個性で万力を創造し、それで押し潰した。記録は1.2t。
これがOKなら、俺も黒い幽霊にぶっ壊させて、力に耐えられませんでしたって言うべきだったな。
☆★☆
[立ち幅跳び]
「……永井。それどうなってるんだ?」
「個性発動して浮いてます。どこまでもいけま──うわ!」
「……おい」
「ちょ、ちょっと調整を誤っただけですよ……」
クソ。ここで黒い幽霊の制限時間が来やがった。おかげで20メートル止まりだ。
もうちょっと長ければ騙せたんだがな。
☆★☆
[反復横跳び]
これはちょっとどうにもならない。黒い幽霊を温存するという意味で、これは普通にしよう。
でも俺を個性ありきのボンボンと見くびってもらっちゃ困る。
記録 64回
☆★☆
[ソフトボール投げ]
記録、4500メートル。
さてと。
体力テストもそろそろ終盤。あとは3000メートル走と上体起こし、長座体前屈の三種目のみ。
もう幽霊を出すのは3000メートル走だけ。上体起こしと長座体前屈は俺だけでどうにかなる。
それはそうと、今一番の問題は……
「緑谷くん。このままではまずいぞ」
「同感だ。アイツ、これまで鍛えてこなかったのか?」
「ったりめーだ。無個性の雑魚だぞ」
緑谷……だったか?今トータルで最下位なのはアイツだ。
面識はあるにはあるが、アイツが転ばないように手を差し伸べてやったってくらいだ。
正直アイツが除籍になろうと、俺の知ったこっちゃない……気持ちのいいことじゃないがな。
「なあ飯田、アイツのことどう思う?」
「緑谷くんのことかい?正直言って、俺もまだ分からない。入試で超パワーを発揮したと思ったら、今度は平均以下の記録ばかり。個性の反動が大きすぎること以外はなんら一切わからないんだ」
「そうか……なぁ爆豪。お前もアイツのことどう思う?」
「ぁあ!?知るかあんな無個性の雑魚!」
「無個性?君は彼が入試で何を成したのか知らんのか!?」
…二人の主張が食い違ってんな。片や無個性、片や入試でなんかすごいことを成したと主張。
どうしてこんな食い違いが起こる。
「とにかく、緑谷は信じられないくらの雑魚だ。アイツのフィジカル一本であの入試を突破できるわけがない」
「いやだから、彼はれっきとした個性を持っているんだ。きっと反動が大きくて使えないだけだ」
「反動がデカくて使えないってことは大体一発限りってことだろ?それじゃあロボを何体も倒せない。救助ポイントで入っちまったのか」
悪くない制度だと思ったが、なるほどこういうことが起こるのか。
俺と飯田の他に、多くのクラスメイトたちが奴の個性について話し合っている。
ふと、緑谷が動き出す。
何か、悲壮な決意を固めるようにくしゃりと顔をしかめ、大きく腕を振りかぶって……投げた。
しかし。
『46m』
なんら一切の変哲もない平凡な記録。女子でも出せるような記録だ。
「なっ!?今確かに個性を使おうと…」
「個性を消した」
驚愕と焦燥に満ちた表情の緑谷に、相澤が厳しく言う。
「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」
個性を消す個性。それが、相澤消太ことイレイザーヘッドの個性だ。
仕事に差し支えるからってメディアやSNSにほぼ姿を見せない。唯一出てきた記事は雄英のHPの教員紹介くらいだ。それでも詳しい情報は載ってなかったがな。
どうやら緑谷もイレイザーヘッドのことを知っていたようで、その名をズバリと言い当てていた。しかし、他のクラスメイトたちは大半が名前すら聞いたことがなかったようだ。
そうやって俺たちがざわめいている間にも、相澤は緑谷に何やら言っているようだった。個性が制御できない、とか。行動不能になって誰かに助けてもらう気か、とか。
概ね正論だ。このままいけば、最下位じゃなくても見込みなしで除籍だろうな。
「……個性は戻した。ボール投げは2回測定だ。とっとと済ませな」
相澤が伸ばしていた首元の布から解放された緑谷は、またもや俯いてサークルに戻って行く。
「指導を受けていたようだが……」
「除籍宣告だろ」
俺も除籍宣告だと思う。
「……」
「永井くん?どうかしたのか?」
だから止めろ。
「具合でも悪くなったのか?」
止めろ。関わったっていいことなんてない。面倒事になるぞ。首を突っ込んでどうなる。
「おい。投げ方くらい教えてやる」
ああクソッタレ。
「永井」
「構いはしないでしょう。僕が変わって投げるんじゃない、投げ方を教えてやるんです。どうも昔っから教えたがりで」
「……3分以内だ」
「ありがとうございます」
俺ってのは頭がいいのに情に流されやすい。きっと爺さんに似たんだ。
「いいか、まずはフォームからだ。投球ってのは何も利き腕だけでするもんじゃない。体全体を使うんだ。さっきのお前は体軸がブレにブレてた。それじゃあダメだ。まずはそこからだ。体全体を使うっつうイメージをするんだ。それだけでだいぶ違う」
「う、うん」
「そんで個性だ。結局、お前個性あるのかないのかどっちだ」
「こ、個性はあ…るよ。増強系のが。まだ使いこなせないし、使っても怪我が……」
個性あんのな。
コイツのヒョロッヒョロの体格で増強系ってのは信じ難いが、一旦それはいい。もし嘘でも、それこそこいつが損するだけだ。
「どんな仕組みでどんな個性か詳しくは聞かない。だがいいか、忘れるな。投球は全身運動だ。個性を全身に使え。ちょっとでいい。じゃなきゃ体壊すんだろ?じゃあ全身10パー…いや、5%でいい。クレープみたいなイメージだ。薄く広くって感じ」
「そ、そんな細かいコントロールできるかな……」
「弱気になるな。いいか、お前は3000倍を突破したエリートだ。お前の中じゃマグレだとか奇跡って感じかもしれないが、突破は紛れもない事実だ受け入れろ。そして思い込め、自分はエリート、できないことの方が少ないってな。どうしてもできないって思うなら、最悪指一本にでも10%くらいの力を込めて投げろ。できなきゃ見込みなしだ。やれるな?」
「……うん。そうだね。一か八かやってみるよ。ありがとう永井くん」
「いい目だ。除籍にならないといいな」
俺は緑谷に軽くアドバイスを送り、生徒の集合場所に戻る……と、やはり厳しい視線が刺す。
そりゃそうだ。もしこれでアイツが100メートルを超えるような記録を出せば、他の誰かが除籍になる可能性が高くなる。俺が余計なことをしなければ。
「どうして彼にアドバイスを?確かに君の記録も立派だが、これじゃあ教師に目をつけられて、逆に君が除籍になるぞ?」
「いや、除籍なんかなりはしねぇよ。成功すればな」
「……どういうことだ?相澤先生は間違いなく本気だが」
「先生は言ってただろ?見込みなしを除籍にするって」
つまりどういうことだ?頭を悩ませる飯田に、百さんが言葉を補佐する。
「まず、このテストはどれだけ好記録を出そうとも十点を超える事はありません。長座体前屈であれば六十センチ以上を出せば後はもう何でも良いのです。よって、これは個性の強さがどうこうではないのです!現に私は全ての競技で十点を取っていますわ」
そう。
体力テストっていうのは10点満点。たとえこのボール投げで37メートル投げようが、100メートル投げようが、点数は一緒。
個性無使用のテストを無駄だと一喝するのなら、使用有でやっても無駄なことだ。
そもそも誰がどの程度体を動かせるのかなんて入試でだいたい見てる。ならもう一度篩にかける必要なんてない。
おそらくだが、このテストで見ているのは、個性をどう工夫するか、だろうな。
「つまり、このテストで本当に見られているのはいわゆる『関心・意欲・態度』という訳か!……言われてみればそんな気もしてくる……凄いな八百万さん!永井くん!俺はそんな事を考えもせずにこれが最高峰!とか思ってしまっていた」
「いや、言葉通りって可能性も捨てきれない。ただ、今はこっちの方が可能性が高いって話だし、これでアイツが失敗すればアイツは本当に除籍にな─投げるぞ」
俺らは話を進めていると、緑谷が動き出した。
どうやら、覚悟を決めたようだ。
──いい。
「SMAAASH!!!」
覚悟の一声と共に投げ出されたボールは、空気を斬る音を轟かせ遥か彼方まで飛んでった。
その勢いは、先ほどとはまるで違う。明らかに個性を使ってのものだ。そうしてもう肉眼での視認が難しくなったころ、相澤の小型スマホにデータが送られてきた。
『705.3メートル』
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
クラスメイトたちから思わずといったような歓声が上がった。
「ようやくヒーローらしい記録でたー!」
「爆豪くんがたしか705.2…だったか?」
すげえな。実技一位を超えたわけか。
0.1なんてほぼ誤差だが、アイツから見れば大金星だろうな。
だが、
「おい、なんか蹲ってるぞ」
「ちょっと見てくる。いいですよね、先生」
「……早くしろ」
円の中で蹲る緑谷に駆け寄る。一か八かの賭けって言えば聞こえは悪いが、概ねその通りだ。
コイツがちゃんと個性を制御できる根拠なんてなかったし、もっと言えばここでコイツが見込みなしとされる可能性もあった。
まぁコイツの様子を見ることを許されたんなら、コイツの除籍は無しだな。
「…大丈夫、肩の亜脱臼だ。大したことはない」
「……そうか。そのくらいなら俺が治そう」
「できるんですか?」
「…っい!!」
言うが早いか相澤は、緑谷の肩を触ると、軽い音と鋭い悲鳴を鳴らしながら肩の亜脱臼を治した。
すげえな。絶対にやってほしくないし、マネしたくないけど、本当にくっついてやがる。どんだけ経験を積めばノータイムで亜脱臼が治せるか不思議なもんだ。
「──どういうことだっ……!」
俺が相澤の手際に感心していると、爆豪が突然、緑谷に向けて個性を発動させて襲いかかってきた。
「ワケを言えデクてめぇ!!!」
そのまま殴り掛かりそうな勢いだったが… 相澤が首元の布で爆豪をひっ捕らえた。
「時間がもったいない。次、準備しろ」