個性把握テストは異常なく全行程を終えた。
俺の成績はかなり良い。そもそもこのクラスは異形型や増強系が少ない。そんな中で、黒い幽霊は死ぬほど強力だ。
「んじゃぱぱっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。一括開示する」
口頭で説明するのは時間の無駄だから、と、相澤は携帯端末からホログラムを投影し、成績を一括で開示した。
まず確認したのは、一番下の名前。
最下位のところにあったのは、緑谷の名前。
そりゃそうだ。ボール投げこそとんでもない記録を出したものの、他の記録は壊滅的。あの透明の女子にも負ける始末だ。
アイツはまるで体を鍛えてない、運動神経ゼロのカスだ。
ヒーロー志望ならもっと体を鍛えていいと思うんだが、本当に鍛えてない。ああ、一応鍛えたんだろうって感じはするが、付け焼き刃。鍛え始めて一年って感じだ。
ちなみに俺は4位だ。悪くない。幽霊をもっと出せれば、一気に放出して無双できたんだが……ま、今後の成長に期待ってところだな。
「あと除籍はなしな。初めは本気だったが、君たちの切磋琢磨する様子を見て予定を変えた」
よし予想通りだ。よかったな緑谷。
「これにて終わりだ。教室に戻ったら書類に目ぇ通しとけ」
って、相澤はあっさりとした感じでそう言って、波乱の個性把握テストはあっさりとした感じで幕を閉じた。
よし、PTA会長の名前把握しとこ。
☆★☆
高校生活二日目。今日から普通の授業だ。
午前中は至って普通の授業。秋白の授業に比べれば欠伸が出るような授業だったが、とりあえずあくびは噛み殺して、授業に集中する。
まぁ英語はプレゼント・マイクの騒がしい授業のおかげで眠くなかったが、騒がしすぎて要点がまとまってなかったようにも思えた。
んで昼飯。クックヒーローのランチラッシュが作る絶品料理に舌鼓を打つ。
父さんが務める武山駐屯地の飯は死ぬほど不味いが、これは比べ物にならないくらいに美味い。そして安い。
そんな食事が済んで、初めてのヒーロー基礎学。
予鈴が鳴るとともに現れたのは、
「わーーたーーしーーがーー!!普通にドアから来た!!」
ナンバーワンヒーロー、オールマイトこと八木先生。筋骨隆々の身体に、原色がまぶしいコスチュームを身にまとった姿で現れ、教室内が一気にざわめき始める。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う課目だ!単位数も最も多い!早速だが今日はこれ!『戦闘訓練』!!」
オールマイトは軽い説明をするとともに、「BATTLE」と書かれたカードをこちらに向け提示した。
いいね、戦闘訓練か。初日からウズウズしてたんだ。
「そしてそいつに伴って……こちら!」
俺がアドレナリンの分泌を感じていると、八木先生が何やらリモコンを操作した。すると、教室の左側前方の壁が順番にせり出してくる。
「入学前に送ってもらった『個性届』と要望に沿ってあつらえた……コスチューム!」
「「「「おおおお!」」」」
「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」
「「「「はーい!」」」」
全員我れ先にと言わんばかりの勢いでアタックケースを取って更衣室に向かい、早速袖を通す。
嗚呼、良い。やっぱこれだよ。俺といえばこれだよ。
「自覚するんだ!!今日から自分は──ヒーローだと!!」
☆★☆
雄英高等学校ヒーロー科には、被服控除と言うシステムがある。プロヒーローが身に着けるような高性能なコスチュームを、ひよっこどころか卵でしかない生徒でも使えるようにするための措置であり、この学校がヒーローを目指すうえで最高の環境と言われる所以の一つだ。
入学前に生徒は自身の“個性”の届出書と身体情報を提出することで、学校専属のサポート会社が各々に合ったコスチュームを作ってくれるというわけである。
この際、生徒は要望も併せて提出できる。それはデザインであったり、盛り込んでほしい機能であったり様々。
ただ逆に言えば、細部まで要望を書かないと、デザイン会社に結構好き勝手される。
麗日みたいに。
「いいじゃないかみんな!カッコいいぜ!」
訓練場に勢揃いした20人の生徒をぐるりと順に眺めながら、八木先生が嬉しそうに声を上げる。
横目で同じように見渡してみれば、確かに。俺のコスチュームと同じ、それぞれが細部までこだわりを持っていて、デザイナーや制作会社の名誉と誇りを感じる。
どれも良い出来栄えだ。この訓練でいくつか壊れそうなもんだが。
「さて、それじゃあ早速始めようか!まず訓練の内容を説明するよ!」
八木先生の説明によると、今回の内容はツーマンセルの対抗戦。片方がヒーロー役、もう片方がヴィラン役となっての戦闘訓練ということだ。
その舞台はこの訓練場にあるビル内であり、つまり今回は屋内戦の演習ということになる。
ぶっつけ屋内戦は頭おかしいと思う。
「基礎訓練もなしに?」
いきなりの実践的な内容にダイビングスーツの女子から質問が飛ぶが、オールマイトはその基礎を知るためだと答える。
「ただし、今度はただぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」
つまり、現時点でどれほど戦いで動けるかを見極めたいのだろう。
でもそれを見極めるためならロボでもいいと思う。多分オールマイトが戦闘を見たいだけだろうな。
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか!」
「このマントヤバくない?」
……まぁ、多くの質問が出るのはいいことか。新人教師の八木先生が捌けるかどうかはまた別の話だけど。
それはさておき、八木先生はいきなりカンペを取り出すと、みんなの質問には直接答えず、「いいかい?」と訓練の状況設定を説明し始めた。
「いいかい!?状況設定はヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている!ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収すること。ヴィランは制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること!」
なに、核?核回収をヒーローがやんの?マジで?
規模デカくすりゃいいと思ってるだろあの新人教師。
アメリカンだね、じゃねぇんだよ。街中に核があるイメージなんてねぇよ。
ちなみに、組み合わせはクジらしく、結果は以下の通りだ。
A緑谷・麗日
B轟・障子
C俺・峰田
D爆豪・飯田
E芦戸・八百万
F口田・青山
G耳郎・上鳴
H常闇・蛙吹
I尾白・葉隠
J切島・瀬呂
☆★☆
一回戦目はハッキリ言って目も当てられないような試合だった。
ヒーロー側Aチーム、ヴィラン側Dチームの戦いだが、戦場と緑谷はボロボロ、麗日はカメラ外で吐いてる。のくせに勝利判定はAチームに上がった。
双方のチームに課題の多かった試合だったと思う。
戦闘後の公表で八木先生……というよりも百さんに言われた通り、爆豪は連携の『れ』の字もない戦いだったし、麗日は状況把握が甘く、訓練だということに甘えた立ち回りだった。
緑谷は序盤こそ活躍はしたものの、後半の無謀すぎる戦い方は大幅減点だ。
というわけでMVPは飯田で……なんか感動しているが、いいのかそれで。
お前、ほぼ消去法だぞ。
ただ、緑谷と爆豪には魅せられた。
緑谷はビルをも粉砕する超パワー、爆豪は自前の超人的な才能。今後の活躍にも期待といえる……が、今回は厳しい評価がくだされるだろうな。
対照的に、第二回戦目はお手本のような面制圧を見ることができた。
開始直後、轟が右側の個性を発動。ビルをひとつまるまる凍らせてしまった。これでは尾白の筋肉の塊である尻尾も、葉隠の透明全裸奇襲もできない。
流石はエンデヴァーと冷さんの子供。轟家も氷叢家も血が濃いこと。
んで。次が俺たちだ。
「作戦立てるぞ。峰田」
「モチのロンだぜ!」
俺のペアは小人症なんじゃないかと思うくらい低身長の峰田。
相手チームはEチーム、芦戸と百さんがヴィラン役だ。
「まずはお互いの個性の把握だな」
「おうよ。オイラの個性はモギモギ。超くっつく。体調によっちゃ一日くっついたまま。もぎった傍から生えてくるけど、もぎりすぎると血が出てくる。オイラ自身にはくっつかずにブニブニ跳ねる」
「俺の個性は不死。死なない。あと黒い幽霊が出せる。見えてなかっただろうけど、個性把握テストでも使ってた」
「「……」」
分かってはいたが、やっぱお互い戦闘には不向きの個性か。
「ちょっと厳しいな。これじゃあ八百万と芦戸をひん剥けねぇ」
……ひん剥くかどうかはおいておいて、たしかにちょっと厳しい。相手は個性把握テスト1位の八百万と、何気に運動神経が高い芦戸。
ただの人相手に黒い幽霊は爪が鋭すぎて危ないから使えない。となると俺たちヒーローチームは白兵戦一択だが、峰田は当然戦力外。もしあの二人に揃って掛かってこられたら俺でも厳しい。
……ま、
「こっちは装備の潤沢さでどうにかするか」
「自衛隊モチーフだもんな。ロマンの塊だぜ!」
「ふっ、見る目あるなお前」
俺は自衛隊でも実際に使用されている防暑服砂漠用を着用。これは父さんが中即連でジブチにいた時の私物迷彩をそのまま使ってる。歴史的なコスチュームだ。
で、その防暑服砂漠用を基本に、色んなアイテムが、特に腰胸回りに着いている。救急品はもちろんのこと、ダンプポーチにチェストポーチ、救助者に飲ませる水筒。当然通常の鉄帽ではなく、拡張性重視のヘルメット。俺は普段コンタクトしてるから、度付きのアイセーフティ(黒)に通信機能もあるイヤーマフに加え、室内戦闘用の銃剣(ダミーナイフ)とドアぶっ壊すときに使うハリガンバーも装備している。
これが軽装備・乙武装だ。他にも甲武装で、救助用コスチュームとして武器等々が背嚢と雑嚢、携帯無線機に切り替わる。救助活動重視の装備ってわけだ。
全部(ハリガンバー以外)父さんの私物だ。もう使わなくなったからって、俺のコスチュームに回してもらった。
だから階級章もないし徽章もない。部隊章だって大切に保管してある。
ちなみにだが全部死ぬほど手入れしてあって、防暑服は警衛行くんかってくらいプレス*1してある。今日これが終わったら手入れだ。俺が。
「でも装備の潤沢さは向こうも負けてない。百さんは後出しで装備を作り出せる」
「じゃあどうひん剥くんだ?」
「百さんは頭はいいが咄嗟の判断力に欠ける。芦戸は多分頭が悪いだろうから、そこを突く。行くぞ。着いてこい」
「お、おいどこ行くんだよ」
ヒーローチームはヴィランチームよりも5分遅く訓練場のビルに入る。それより早くはダメと説明で言われた。
ダメなのは、訓練に使うビルに入ること。隣や向かいのビルに入ることは何も言われていない。
こういうのはちゃんとルールを詰めとかないとダメだぜ八木先生。この俺が素直に想定通りに動くと思うなよ。
俺たちは向かいのビルに入り、単眼鏡で向かいを監視する。ここからなら核がある部屋もバッチリだ。
「ここからならよく見えるな」
「覗きみてぇで興奮するぜ……」
「言うな……」
ぶっちゃけ俺も思ってた。だって相手女子2人だし。結構ギリギリなコスチュームしてるから、それっぽく……いややめよう。意識したら本当にそう思えてきた。
そんなバカやってると、向かいのビルでは着々と戦闘の準備が進められており、百さんがドアの前に鉄骨のようなものを置いている。あれではハリガンバーでも侵入は難しい。
『第3回戦、スタート!』
作戦を考えているうちに、演習開始が宣言される。
時間は15分しかない。付け焼き刃だが、とっとと行動に移すか。
「行くぞ。やるしかない」
「お、おい。まだ侵入経路決めてないぞ」
「そんなのひとつしかないだろ。俺らが見てたところから入るしかねぇよ」
「窓ってことか?でもあそこ5階くらいの場所だぞ?どうやって入るんだよ」
核がある位置は道路北側、窓がある部屋だ。それも監視した感じ、窓が大きな部屋だ。
なんでそんな部屋を選んだのか。当然、窓からの侵入のみに絞ったからだ。
窓が小さいとそれだけ部屋も小さく、大立ち回りが出来なくなる。それであえて窓が大きい部屋を選び、侵入のルートを窓からのみに絞った。
当然それに備えるがように、ふたりは射線が被らないように立っている。死界なしだ。
「向こうはこっちからは来ないと思いこんでいる。思い込みってのは恐ろしいもんだ」
「つまり?」
「軽い知恵比べだ」
ヒーロー側が圧倒的に不利?そんなわけねぇだろ。分析に勝る戦略ないなんてよく言ったもんだよ。
☆★☆
開始から既に5分。八百万&芦戸ペアは、永井の予想通り、窓を唯一の侵入ルートと絞込み、そこを徹底してマークしていた。
動きはまだない。1度この部屋の扉を開けようとしていたが、鍵を閉めていたので開かないと、向こうは諦めて何か策を講じているようだが、今のところ何もない。
そう思った時だった。
──ガコン!!
ドアの前に置いてあった、抑えのための鉄骨が固定を外れ、上から外れ始めたのだ。
「……何が」
言い切る前に、もうひとつ外れた。
自然にバランスが崩れ、上から落ちたのではない。人為的な力で持ち上がり、固定の枠を外れた……いや、外された。
「ヤ、ヤオモモ!」
「は、はい!」
何が起きたのか分からないが、何かが起きているのなら動かなければならない。八百万は咄嗟に何かをしようとするが、思考が纏まらない。
とりあえず何かがいるのだろうと予想し、ネットランチャーを創造して発射。ネットランチャーは空中で『何か』に当たり、その何かを確保する……が
「え!?」
「なっ!?」
ネットランチャーは突如としてバラバラに切り裂かれ、力なく床に散らばった。その間も鉄骨は一つ一つ崩れている。
「ヤオモモ!粉!粉撒いて!」
芦戸はまずは『何か』の正体を把握するため、八百万に粉を撒くことを指示し、それに応えた。すると粉は宙を舞い、その何かの輪郭を鮮明にした。
「っひ!」
その現れた輪郭に芦戸が短い悲鳴をあげた。
『何か』の正体は黒い幽霊。永井はこれを人型と形容しているが、とてもそんなふうには見えない。身長は180cmほどでミイラ男このように全身包帯。妙に手足が長く、腰が異常に細い。頭部も縦に細長く、爪が鋭く発達していた。
人と言うより、人の形をした化け物だ。
化け物はただ淡々と鉄骨を外し、外し終わるとこちらを向いた。
顔に目鼻を思わせる凹凸はなく、のっぺらぼうのような印象だが、顔に集中すれば幾分かマシに思えた。
「か、覚悟!」
恐ろしい相手だったが、これは訓練。八百万は勇気を振り絞って創造した鉄パイプを振りかぶり、芦戸も続かんと手から個性の酸を垂らす。
八百万が力一杯に振った鉄パイプは黒い幽霊の鎖骨辺りに命中──どころか食い込み、さらには芦戸の酸によって幽霊は完全に消滅。幽霊に付着していた粉は宙を舞っている。
「あ、芦戸さん!ドアを警戒してくださいまし!喜一さんたちはここから入ってきま──」
その時、八百万は第六感というべきもので何かを感じ取った。幽霊の気配でも、相手チームがドアを開けようとする動きでもない。
ドアに集中したため、警戒が手薄になっていた窓の外。
ロープ一本で窓の外に宙吊りになり、さらには逆さの状態でハリガンバーを振りかぶっている永井喜一の姿が。
──バァン!
「突入!」
その声を皮切りに、モギモギを繋いでロープ代わりにした峰田が室内に飛び込んだ。
「あ、芦戸さん!」
「うん!」
核に向かって一直線に向かう峰田だったが、窓からの侵入を想定していたため、核は窓から離れた位置にある。先に核に到達したのはヴィランチームだった。
「諦め──」
諦めろ、と言い切る直前。突如として芦戸は腕をとてつもない力で掴まれ、ピクリとも動かせなくなった。
咄嗟の防衛本能で掴んできた手を掴み返して引き剥がそうとするが、まるで石像を相手にしているかのように、これもピクリとも動かない。
相手は永井喜一。神奈川県中体連柔道専門部、県総体個人戦において、二連覇の栄光を成し遂げた男であった。
いつの間にか部屋に突入し、あろうことか芦戸に追いついたようだった。
「ふん!」
冗談にも聞こえるが、鮮やかな柔道技は、一瞬のうちに天地がひっくり返る。投げられ、受身を取り、判定が下った頃に、投げられた者はようやく気が付く。
そのように芦戸も投げられた後に投げられたことに気がつき、あとから受け身の痛みが脳に送られた。
「芦戸さん!」
八百万は弾かれたように動いた。正義感と責任感が人一倍強い彼女は、考えるよりも先に体を動かしたのだ。
それが罠とも知らずに。
「え?」
八百万が一歩目を踏み出した瞬間、彼女の後ろ足が不自然に吊り上がった。
バランスを崩した訳ではない。
八百万は自分のブーツに視線を向けた。そこには、明らかに人型であろう、そして異様に爪が長い手形があった。
その時、八百万の目は不思議なものを捉えた。ブーツの手形の位置から、黒い包帯が突如として現れたのだ。
それはまるで、先程粉をまぶすことで視認できた幽霊。永井の黒い幽霊だった。
その黒い幽霊はいきなり姿を表し、八百万の顔に向かって腕を振るう──
「──止めろ!馬鹿!!」
ビシャ!
八百万と黒い幽霊の間に、永井が滑り込むように入り、おかげで彼女は無傷だが、代わりに永井の顔が大きく切られ、大量の血が流れた。
『ヒーローチーム!WIIIIIN!!』
ことの理解をする前に、試合終了のアナウンスが流れ、さっきまでいたはずの幽霊は、いつの間にか消えていた。