肝が冷えるなんて表現がある。俺はあれ、ずっと何かの病気なのではないかと思っていたが、本当に肝が冷えるらしい。
あと少しで百さん切り刻むとこだった。
……いや、まぁ大雑把な命令しか出してない俺が悪いんだけどな。にしたって顔に爪立てるとは思わなかった。
怪我したのが俺でよかった。俺は最悪死ねば治るし、顔は男児の向かい傷だ。
「き、喜一さん!」
俺が腕を抑えていると、血相変えた百さんが飛んできて俺の顔をぺたぺたと触診し始めた。
……百さんの胸部に目がいってしまうのは不可抗力ってことで許して欲しい。
「い、今のは……」
「すみません百さん。自分の個性制御が未熟なせいで、あなたを危険な目に合わせてしまった。申し訳ありません」
「いえ。八百万百、ヒーロー志望である以上、怪我なんて恐れませんわ」
そう誇らしげに胸を張る百さんだが、もう少しで怪我じゃすまなかった事には気がついていないようだ。
「行きましょう百さん。怪我は救急キットで間に合います」
「え、ええ」
「なんかあの二人、いい感じじゃない?」
「なんでだよ……!勝負を決めたのはオイラだっての!」
☆★☆
さて、講評の時間だ。
ま、早い話作戦は、裏をかきまくるってもんだ。
まず最初は核のある部屋のドアを一度開けようとし、諦めかのように思わせて窓に警戒を集中させる。次は幽霊を使ってドアに集中させる。最後は俺に集中させたところで、幽霊を使って百さんを妨害する。
選択肢を増やし続け、最後に忘れていたであろう頃に切り札を使って、物理的に詰ませる。
百さんを転かすってのはちょっと申し訳ないけど、勝負だと思って許して欲しい。
ちなみに、窓から突入した要領は、ロープによるリペリングだ。ロープワークでハーネスを作る座席結びを作り、屋上の柵にカラビナをつける。峰田はモギモギで俺の背中にくっついて、俺が窓ガラスを割って峰田が突入する。
あとは鍛錬の賜物。家が四階建てで良かったぜ。
「摩擦とかって大丈夫なの?」
「降下用の手袋があるからな」
これがないと手の皮どころか肉がロープに持ってかれる割とマジな事故が起こる。だから降下する時は絶対長袖だし、顔以外に露出をしてはならない。
「うん。作戦とそれを可能にした装備の潤沢さ。見ていて見事だったぞ2人とも」
と、八木先生の講評。
「一つ気になったことがあるの。ドアの鉄骨がいきなり外れたり、ネットが切れたりしたけど、アレはなんだったのかしら?こっちからは、何も分からなかったの」
「あーそれ私も気になってた。アレ、チョー怖かったんだけど、結局どっちの個性?永井?」
その他こまごまとした反省点を話し合った後、ふいに蛙吹が手を挙げる。
「アレは俺の個性だ。詳しい理屈は分からないが個性の副産物。怪力の幽霊だ」
「ゆ、幽霊!?」
「……そう比喩しただけで、ちゃんとした物質で構成されてる。見えないのは光の透過率100%の物質で構成されてるってだけだ」
「あなんだ……」
俺の説明に、心底安心したような耳郎。どうやらおばけが怖いようだ。
「作戦も装備も見事だったが、個性の制御はまだまだだった。そこが永井少年の反省点だ。でもそれ以外は高い練度だったぞ!ほかの三人もこれといってダメな要素はなかった!いい試合だったぞ!」
気を取り直し、第四回戦……と行く前に。
「永井少年はリカバリーガールのところに行って顔の傷を直してもらうといい。化膿してはいけないからね」
「はい。ちょっと行ってきます」
俺は修善寺先生の保健室に行くため、次の試合のヴィンランであるFチームと一緒にモニタールームを出た。
戦闘訓練はまだ続くが、俺は見られない。
☆★☆
「失礼します。修善寺先生、治癒をお願いします」
「はいよ……おや、喜坊じゃないか」
「もう坊なんて歳じゃありませんよ」
妙齢ヒーロー・リカバリーガールこと修善寺治与。雄英に在中している養護教諭だ。なんと爺さんと高校大学の同期らしく、何度もパーティーで顔を合わせては、お菓子を貰ったもんだ。
ちなみに俺が小さい頃からずっと婆さん気だ。16年前から婆さんみたいだったんだから、多分生まれた時から婆さんだったんだと思う。
「おや、顔をやられたんだね。全くオールマイトときたら、安全管理がなっちゃいないよ!」
「まぁ僕も緑谷くんも自分の個性制御が原因ですけどね。お願いします」
「はいよ……チューーー!!」
婆さんのキスを大人しく受けると、顔の傷が治っていくのが分かる。と、同時に疲労が溜まっていく。
婆さんの『治癒』はあくまでも細胞を活性化させ、傷を治すというもの。だからやり過ぎると逆に死ぬ。再生という点でいえば、俺の個性の方が手っ取り早いが、俺は死なないと傷が治らないというのがデメリットだ。
だから俺も一回では治癒せず、明日また昼休みにでもまたここに来ることになった。
「緑谷くん、大丈夫そうですか?」
「疲労困憊の上、怪我が怪我、一気には治癒できない。体力の回復を待って、日をまたいでジワジワ活性化させるしかないね」
「緑谷くんのやる気に押され、オールマイトも訓練中止を渋ってました」
「これだからナチュラルボーンヒーロー様は!」
怪我は治ったが、どうせ授業は終わってるし、次の授業まで30分くらい時間がある。なら俺は、ちょっと懐かしい顔と雑談しようとちょっと居座る。
リカバリーガールも、それを黙認したように話を聞いた。
「まるで個性の使い方が分かっていないような振る舞いでした。何か知ってますか?」
「個性の発現がかなり遅かったようだね。去年の春だって聞いてるよ」
「それは難儀な。入学の決め手は救助ポイントですね」
「詳しくは言えないけどそうだよ。色んな先生が救助ポイントをあげたいってね。結果は総合8位さ」
相澤が初日に言っていた、合理性に欠く試験ってのは、こいう側面のことだったのか。緑谷を見ると、たしかにその通りだ。
「そういえばあんた次席だってね。先生たち褒めてたよ。救助ポイントの存在にも気がついていたって」
「ちょっと考えれば分かりますよ」
でもどうやら、気が付かなかった生徒が九割九部だったようだ。ちょっと偏差値70オーバーが嘘くさく感じてきた。
というか、多分ヒーロー科入試は実技重視なんだろう。今日の授業ではっきりした。意外とバカが多い。
「失礼します」
その時、ノックが聞こえてきて、痩せ細ったスーツの男が入ってきた。
……こんな顔、見たことないな。一般教員だろうか。
「リカバリーガール、怪我をした生徒の様子は」
「ああ八木さん。全員異常ないよ。私の治癒でどうにかなるね」
「そうですか……おや、君は」
「僕は体力回復中です」
八木、八木……雄英のHPには載ってなかったはずだ。やっぱり一般教員か。
「喜坊、悪いけどちょっと八木さんと話があるんだ。席外してくれるかい?」
「わかりました。じゃあ戻ります」
そろそろクラスメイトたちも帰ってくるだろう。俺はリカバリーガールにハリボーをおねだりし、教室に戻る。
☆★☆
放課後、1年A組の教室では先の戦闘訓練の反省会が開かれた。放課後なのでもちろん自主的なものだが、ほとんど全員が残っている。
さっさと帰ってしまったのは、訓練の時から様子がおかしかった爆豪と用事があるらしい轟。緑谷はまだ保健室から帰ってこない。
「リアルを想定するのであれば、ヴィランの動向を伺いつつ、警察消防自衛隊と共に市民の一斉避難の誘導。範囲は周辺市内を想定です。そうなった時、現場のヒーローの役目はヴィランを落ち着かせること。今回は戦闘訓練ってことで戦闘に出たが、本来であれば戦闘は絶対に回避すべきです。何かの拍子に核が起爆されるかもしれませんので。」
「であるのであればジャマーによる通信妨害が必要でしたわ。そうすれば心置き無く制圧に集中できます」
「その通り。それに核のサイズがあんなサイズとも限らない。超常時代の前には既にスーツケースサイズの核爆弾があった……それに伴う流出疑惑も」
「1997年のアレクサンドル・レベド将軍の発言*1ですね。しかしアレは事実無根であったのでは?」
「実際そうでしょう。しかし今日の訓練はそこから着想を得ていると思います。であれば今後、いよいよスーツケースサイズの核爆弾も想定すべきです。実際のテロでは筆箱サイズの爆弾が使用されますから」
「やべぇ……何言ってんのか分かんねぇ」
「それな。しかもこれまだ反省始まってないってマジか」
「なんかもう眠くなってきた……」
……やっぱバカばっかだ。
「いいかお前たち。今回の訓練で露呈したのは、練度の低さだけじゃない。装備の貧相さ、つまり準備不足だ。父さんが言うには、準備八割本番二割だ。特に上鳴。お前コスチュームに電撃の指向性を持たせる装備くらいつけろ」
「お、おう……」
「てか緑谷帰ってこねぇな。アイツが一番反省点多いんだぞ」
緑谷の特に追求すべき点は、あのコスチュームだ。
多分モチーフはオールマイトなんだろうが、まずフードはダメだ。周囲の音を拾い辛くなるし、引っ張られると頚椎がやられることもある。しかも素材も市販のやつ……多分身内が作ってくれたんだろうけど、アレは要改善だ。
そんで次は個性以外の戦い方を見つけることだな。今のところアイツは個性に頼って、結果自爆。
体力テストでもわかった。アイツは付け焼き刃のひょろっカス。フィジカルも技術も、経験もない。付け焼き刃じゃない、アイツにあった戦い方が必要だ。
ま、爆豪にかけた一本背負いは見事だった。案外柔道が合ってるのかもな。
「んじゃ、とりあえず第一試合のAARな。開示時刻が1335……」
「いやー、アレやばかったよな!」
「それな!特に緑谷やばかったよね!最初に爆豪投げたのチョー熱かった!」
「熟練の技が成すこと……」
「爆豪と緑谷が遭遇したのが1338。緑谷は爆豪との接触を維持し、そのうちに麗日が核を探し出し、飯田と2対1の状況を作りだす──」
「喜一さん……誰も聞いてませんわ……」
「……」
……やっぱバカばっかりだ。