オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
いったん『わたし』の庭を脇に置き、モモンガこと鈴木悟がPKで死んで、そしてクランを作るまでの話をしようと思う。
私の配信終了後に行った兄さんの二度目のログインは、拍子抜けするくらい静かだった。
派手な歓声も、祝福もない。
あるのは、未知の世界へ足を踏み入れる緊張と少しの期待だけで、そしてその期待は乱暴に踏みにじられる。
森だ。
初心者が『安全』と思い込む、薄い霧のある森で兄さんは見知らぬプレイヤーに背中から斬られた。
抵抗する間もなく、視界が黒に染まっていく。
「クソがぁ!」
ヘッドマウントの下で、兄さんが現実の声で叫んだ。
居間の空気が一瞬で硬くなる。
母さんが台所から顔を出し、父さんが新聞を畳んだ。
「兄さん!?」
わたしはソファの背から身を乗り出して兄さんの指先を見ると、コントローラを握る手が、震えていた。
でも、それは怯えじゃない、怒りと悔しさの震えだ。
「大丈夫?」
「無理するなよ」
母さんがと小さく言い、父さんも釘を刺す。
わたしも胸の奥がきゅっと縮んで息を止める、兄さんが傷つくのは嫌だったから。
けれど兄さんは、次の瞬間には息を吐いた。
「大丈夫、ただのPKだ」
言葉を絞り出すみたいに言う。
それでも目だけは引いていない、その目がわたしたちを少し安心させた。
私を優先させるようになってから、兄さんは我を出すのが下手になった。
嫌なことがあっても飲み込んで黙ってやり過ごしてしまう。
でも、だからこそあの「クソがぁ!」は、むしろ健全に見えた。
ちゃんと悔しがって、ちゃんと怒れている、って。
復活地点で兄さんは状況を飲み込もうとしていた、このゲームは善意だけじゃ生き残れない要素がある。
『初心者狩り』を楽しむ連中がいる。
『異形種狩り』を推奨するようなクラスがある。
兄さんは、その現実を一度死んで学んだ。
次に兄さんがしたのは、泣き言じゃなくて確認だった。
PKのペナルティ、復活の仕様、安全地帯とそうでない場所の線引き。
把握して、そして黙って二歩目を踏み出した。
母さんはお茶を淹れて兄さんの手元に置く、父さんも視線をそらさない。
わたしは兄さんがまた怒鳴るんじゃないかと身構えていた――でも兄さんは、怒鳴らない。
代わりに、笑いもしない。
「次はやられない」
ただ、低い声で兄さんは言った。
その一言に居間の空気が少しだけほどける。
大丈夫、我がある兄さんは折れない兄さんだ。
◇
二度目の森で兄さんは慎重になった、視界の端や足音、そして影の揺れ。
『敵』を探すんじゃなくて、『危険』を先に見つける動きだ。
それでも狩る側は狩り慣れていた、今度は一人じゃなかった。
三人のパーティーが兄さんを囲む。
「またか」
兄さんは逃げた、逃げながら呟いていた。
そのとき、光が割り込んだ。
森の闇を真っ直ぐに裂く、眩しい金属音。
大盾が斬撃を受け止め、槍が空気を切る。
圧倒的に「格」が違うプレイヤーが、そこに立っていた。
《たっち・みー》
名前だけで、強さが伝わるみたいな存在感は兄さんの視点越しに見ても分かる。
あの人は、この世界の『正義』を、腕で成立させられる。
異形種狩りの連中が、露骨に距離を取った。
たっち・みーさんは、追い払うだけで終わらせなかった。
兄さんの前に立つと状況を短く確認すると必要な助言を兄さんへと投げる、それは優しさというより経験の共有だった。
そこから先は、兄さんが後で何度も話してくれた場面だ。
たっち・みーさんに連れられて、安全な街へ戻るまで。
異形種狩りの理不尽を、理不尽のままにしないやり方があると知るまで。
兄さんは言っていた。
「あのとき、手を差し伸べられたのが嬉しかった」
でも同じくらい、怖かった、と。
人と組むのは、責任が生まれるから。
「責任が怖いのは、生きてる証拠だぞ」
「でもひとりでは抱えないでね、悟」
父さんはそれを聞いて少し笑い、つられて母さんも穏やかな表情で笑った。
わたしはその会話の端で頷いた。
悟兄さんが誰かと繋がるのはいいことだ、現実の兄さんの孤独が軽くなる気がした。
だからわたしはたっち・みーという名前を、兄さんの初めての友人を、心の中で何度か復唱した。
◇
クランの話が出たのは、その夜から少し後の話だ。
たっち・みーさんは言ったそうだ。
この世界は広すぎて、一人じゃ見落とすものが多い。
戦闘だけじゃなく、知識も、人脈も必要になる、と。
兄さんはその時は即答しなかった、自分が特別な誰かじゃないことを知っているから。
でも特別じゃないなら、積み上げるしかないことも知っている。
だから、黙って『話を聞く』側に回った。
掲示板。
募集。
パーティーの伝手。
ゲーム内での情報交換。
兄さんは、現実で培った『根気』を、そのまま持ち込んだ。
母さんはまた心配した、兄さんの夜更かしが増えたからだ。
父さんも眉をひそめた、これは私のマネジメント外の事、そう仕事ではないからだ。
でも、兄さんの表情は明るかった。
怒りを吐ける、悔しさを燃料にできる、何より友人を、仲間を欲しいと思える。
わたしはそれが原作通りの流れと知りながらも、何よりの心の機微だと思った。
人数が揃うまで、兄さんは何度も断られた。
温度差。
目的の違い。
それでも兄さんは壁に拳を叩きつけない。
代わりに壁の横に道を作ろうと、誠実に話し条件を詰め、遊び方の合う相手だけを集める。
そのやり方は、地味だけど強い。
最後の一人が合流した夜。
兄さんは、ログアウトすると居間で小さくガッツポーズをしていた。
その仕草に母さんが思わず笑っていた、父さんも一言だけ褒めていた。
翌日、クラン設立の画面が開く。
確認事項を見やる兄さんの目は、もう初心者のそれじゃない。
「名前、どうする?」
たっち・みーさんがチャットでメンバーに聞く。
兄さんは少しだけ迷ってから、いつもの調子でこぼした。
「――どうせなら、笑えるやつがいいよな」
そうして、九人が同時にボタンを押した。
《ナインズ・オウン・ゴール》
自虐みたいで、でも誇らしい名前。
クラン成立のシステムメッセージが流れた瞬間、兄さんは小さく息を吐いた。
「……よし」
その声は、勝った声とはとてもじゃないけど言えない。
でも負けたままでは終わらせない、そんな意思をはらんだ声だった。
わたしはログアウトした兄さんの誇らしげな顔を見て、知っていた流れとは言えようやく安心して笑えた。
「おつかれさま、兄さん」
「ありがとう、亜理紗」
◇
兄さんの言葉の余韻が、わたしの朝の支度の途中まで背中に残っていた。
鏡の前で髪を整えながら、その一言が『昨日のゲーム』と『今日の仕事』を同じ線で結んでしまうのが、わたしには少しだけ可笑しくて笑えた。
会場入りの時間よりも早く家を出たのに、現場へ近づくほど空気がざわついていくのが分かった。
最寄り駅には、うちのユニットのロゴが入ったタオルやリストバンドを身につけた人がもう列を作っていて、まだ日が高くないのにペンライトの色見本みたいな光が点々と揺れている。
「アリサ、顔が固いよ」
「固くありません、これが『本番前のプロの顔』です~」
「はいはい。じゃあそのプロの顔で今日の煽りMCも頼むね」
ぶくぶく茶釜こと風海久美こと風野茶奈は楽屋のドアを足で軽く押し戻しながら、わざとらしく肩をすくめてみせた。
でも、わたしが返事をする前に同じテーブルにいたメンバーの一人、綾瀬がボトルを差し出てきた。
「喉、乾いてない?」
といつもより低い声で言うから、緊張は一瞬で日常に引き戻される。
「ありがとう、綾瀬。助かる」
「ねえ、アリサ。今日の会場の規模、いまだに信じられないんだけど」
「信じなくていい、目の前の段取りだけ信じようって佐倉さんが昨日百回言ってたよ」
ドア近くに立っているマネージャーの佐倉さんはインカムを片耳に引っ掛けたまま、スケジュールを記した紙の束で胸元を扇ぎながら訂正してきた
「百回も言ってません、せいぜい三十回ですよ」
「でも三十回でも多いよね」
その横で、水越が衣装の袖口をつまんで笑っている。
「それだけ信用されてるってことだよ」
茶奈が言いながら、わたしの背中を軽く叩いた。
リハーサルの通しが始まると、ステージ上の照明はまだ本番の八割しかない。
客席も空っぽのはずなのに、足元の振動だけが本番のそれでお腹から身体に入ってくる。
イントロが鳴った瞬間にわたしたちの呼吸は揃う。
ちがう、揃えたというよりも揃えないと立っていられない圧がそこにあった。
多分、個人としての私じゃまだ無理。
ユニットという形が、だからこそ必要なんだと改めて思い知らされる。
「立ち位置。半歩前に、アリサさん」
「了解です」
「久美さん、煽りのタイミング、二拍早い。でも悪くないからそのまま『勢い』で」
「え、褒められた、今の聞いた?」
茶奈がそう言ってウインクを飛ばすと、スタッフさんが笑いを堪えた顔で親指を立てる。
「褒められたじゃありません。修正です」
佐倉さんがと即座に釘を刺してくる。
「佐倉さん、今日だけは甘くしてあげて」
「甘くすると茶奈が増長するよ」
答えるように木島が冗談めかして言うと、彩音が返してリハの空気は少しだけ軽くなった。
本番の直前、袖で待機している時間はいつだって変に長いものである。
客席のざわめきが壁越しに波みたいに押し寄せてきて、わたしはその波を飲み込むためにいったん口を閉じると、木島も人の字を飲み込んでいた。
茶奈は逆にその波へ喧嘩を売るみたいに口角を上げて、綾瀬と水越はいつも通りに深呼吸を揃えている。
「ねえアリサ。今日って、最前列の『例の人』いると思う?」
「例の人って……鳥みたいにタオルを頭に巻いて、毎回魂だけ置いていく勢いで叫ぶ人?」
「そう、その人、今日はたぶん『魂だけじゃなく喉も置いていく』よ」
茶奈が言い終える前に、客席側から一度だけ、壁を叩くみたいな歓声が上がった。
それが誰のものか、わたしはもう分かってしまって、袖のモニターに映る客席の端で、風野龍也――ペロロンチーノが、ペンライトを二本持ったまま跳ねているのを見つけてしまう。
「……いた」
「いたでしょ」
「ねえ、あれ、絶対に喉を置いていくやつだよね」
「置いていくというか、最初から持ってきてない顔してる」
綾瀬が呆れた声で言い、木島が真面目に分析するから、わたしは笑うしかなかった。
茶奈も同じタイミングで小さく息を漏らして、「ほんと、あの子は……」と苦笑しながら肩を落として、わたしと目が合った瞬間に「悪い子じゃないんだけどねぇ」とだけ付け足す。
大変な弟を持ったよね、茶釜さん。
暗転。
一拍置いて、照明が開く。
その瞬間、会場全体が一瞬息を吸って、次の瞬間に吐き出すみたいに叫ぶから、わたしの鼓膜は音圧で薄い膜を張られたみたいになる。
「いくよ、みんな。」
「いくよー。というか、もう行ってる!」
「アリサ。いつもの、『落としてから上げる』やつ」
わたしが頷いて舞台へ出ると、最初の挨拶だけで客席の温度が一段上がったのが分かった。
そして、あの声が聞こえる。
狙ったわけでもないのにピンポイントで届く、あまりにも馬鹿みたいに真っ直ぐな声が。
「亜理紗ぁぁぁぁぁ!!!」
「……うん、今日も元気だね」
「ねぇ、アリサ。今、ちょっとだけ目が死んだよ」
茶奈がマイクを口元から外さないまま囁いてくるから、わたしは笑って誤魔化しつつ曲への繋ぎを一息で発した。
客席が跳ねる。
床が鳴る。
ライトが揺れる。
でも、わたしたちの声がその全部の上を走っていく。
その感覚は怖いのに気持ちいい。
二曲目が終わったところで、茶奈がわざとらしく胸に手を当てて聞く。
「みんな、息してる?」
「「してるー!」」
会場が返してくる中で、例の声が、
「してねぇぇぇ!!」
と叫び、わたしと茶奈は同時に吹き出しそうになって、同時に口元を締め直して堪えた。
「……あれ、知り合い?」
綾瀬が小声で聞いてくる。
「元クラスメイト、というか……説明すると長くなるかもしれない」
「説明は後でいい、今は歌え」
と綾瀬が即決。
佐倉さんも袖の端で「今は歌ってください」と、同じことをもっと切実な顔で繰り返した。
わたしは「はい」と返事をしてマイクを握り直し、茶奈は「おっけー! じゃあ次、潰しに行くよ」と言って、観客の熱をさらに煽る方向へ舵を切る。
◇
アンコール後、最後のMCで一瞬だけ静かになる時間が来ると、みんなは胸の奥に溜まっていた言葉をできるだけ丁寧にほどいていた。
それはわたしもそうだ。
ここまで連れてきてくれたのは、わたしたちだけじゃない。
支えてくれたスタッフの人も、怖いくらい真っ直ぐに叫んでくれる人も、今日この場所に座ってくれた人も、全部まとめて『仲間』だ。
そんな私の気持ちを読みとったのか、舞台の袖で兄さんも力強くうなずいていた。
うん。
そう、言い切ってしまえるほど、今のわたしは強くなっている。
――だから、
「最後、いくよ!」
「いくよ、アリサ!」
「いくぞ、会場ぉぉぉ!!」
茶奈の叫びに客席が応えるよりも早く、例の声が誰よりも早く破裂して、わたしと茶奈はまた苦笑を交換してしまった。
兄さんが昨日ゲームの中で仲間を得たみたいに、わたしは今日現実で仲間を増やしているのかもしれない。
そう思った瞬間だけは未来がどうなっても大丈夫、と怖くなくなった。
そんなこと、ある筈がなかったのに。
ぺロロンチーノがどんどん脱線していくような……あれー?w
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
-
イビルアイ
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ラキュース