オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
もう季節が三つほど巡った気がする。
父さんと母さんは環境物質による内臓疾患で相次いで旅立った。
わたしたち家族は笑顔の源泉の一つを奪われていたけれど、それでも残されたわたしと悟兄さんはなんとか泥沼のような悲しみから這い上がって、どうにか呼吸を続けていた。
二人を欠いた家の中は随分と広くなってしまった。
けれど、そこに漂う空気は両親がいなくなった時のような張り詰めた冷たさはなく、互いの傷を舐め合うような静かな雰囲気に変わっている。
兄さんはしばらくして『アインズ・ウール・ゴウン』という、どこか威厳のある名前に変わったギルドの長として、以前よりも精力的にユグドラシルに没頭していた。
「――それでさ、亜理紗。今度、ギルドの連中とオフ会をやろうって話になったんだ」
夕食の片付けを終え、リビングのソファで並んで端末を操作していた時、兄さんが不意にそう切り出した。
その声色は一つの組織を束ねる者特有の、あるいは家長としての責任を背負った男の、落ち着いた響きを含んでいる。
「へえ、いいじゃない! やっとギルメン全員と顔合わせするんだね。場所は? 前と同じ貸し会議室を借りるの?」
「いや、今回はもう少しグレードを上げようって話になってな。お前の稼ぎのおかげで家計も安定してるし、俺の給料もそこそこ余力が出たから、ちゃんとしたホテルの個室ダイニングを借りることにした」
兄さんが少し誇らしげに言ったその言葉にわたしは安堵の息を吐く。
わたしたちの生活水準は、原作の鈴木悟よりも明らかに向上しており、それは金銭的な余裕が精神的な余裕へと直結している証拠でもあった。
「よかったね、兄さん。みんな喜ぶんじゃない? ……で、その報告をしてくれたってことは当日は夕飯いらないってこと?」
わたしがスケジューラーを開こうとすると、兄さんは少し気まずそうに視線を泳がせた後、意を決したように言った。
「いや、そうじゃなくてさ……お前も来ないか?」
兄さんの予想外の提案にわたしは操作していた指を止めて、きょとんとして兄さんの顔を見つめ返す。
数秒の沈黙の後、わたしは困ったように眉を下げて、首を横に振った。
「え、わたしが? 無理だよ場違いだもん。だって……それは『アインズ・ウール・ゴウン』の集まりでしょ? わたしは部外者じゃない」
「部外者じゃないだろ。お前の『Voiceless Garden』とは同盟に近い協力関係だし、メンバーもお前のことは知ってる」
「知ってるのと身内だけのオフ会にノコノコ顔を出すのは別問題だよ。それに、わたしが行ったらみんな気を使うでしょ? 『公式アンバサダーの声優アイドルアリサ』がいるってなったら、純粋にゲームの話ができなくなっちゃうかもしれないし」
それは謙遜でもなんでもなく、純粋な配慮からだった。
彼らが築き上げた『至高の四十一人』の聖域に、妹というだけの異物が混ざるのはどう考えても美しくない。
わたしが断ると悟兄さんは「やっぱりそう言うと思った」と苦笑いをして手元の端末を操作し始めた。
そして、スピーカーモードに切り替えられた通話アプリから、聞き覚えのある、というより聞き飽きるほど聞いた騒がしい声が飛び出してくる。
『あーっ! 亜理紗ちゃん!? 聞こえてるー!? 俺だよ俺、ペロロンチーノだよ!』
『ちょっとあんた、鼓膜破る気!? ……ごめんね亜理紗、このバカ弟が興奮しちゃって』
突然の乱入者にわたしが目を丸くしていると、兄さんは「援軍を呼んだ」と言わんばかりの顔で肩をすくめた。 風野姉弟――ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんの二人が、回線の向こうで漫才のような掛け合いを繰り広げている。
「……えっと、こんばんは、お二人とも。もしかしてこの話、裏で通じてたんですか?」
『通じてたも何も、モモンガさんから「妹が遠慮するから説得してくれ」って泣きつかれたのよ。水臭いじゃない、亜理紗』
『そうだよ亜理紗ちゃん! たっち・みーさんも「是非、我らが盟友の家族にも挨拶をしたい」って言ってるし、ウルベルトさんに至っては「本物のアイドルを拝めるなら悪の幹部として正装していく」とか訳わかんないこと言ってるし!』
ペロロンチーノさんの早口な報告に、わたしは思わず吹き出しそうになる。
アバター上とは言え、あの悪魔さんが正装してくるところを想像すると、確かに少し見てみたい気もするけれど。
「でも、本当にいいんですか? わたし、兄さんの添え物枠みたいになっちゃいますけど」
『添え物枠でいいのよ。ていうか、亜理紗たちの両親が亡くなって間もないじゃない。悟さん、亜理紗を一人で家に置いていくのが心配みたいでさ』
茶釜さんの姉御肌らしい、けれど核心を突く優しい声色が胸の奥の柔らかい部分をじわりと刺激する。
兄さんを見ると、ばつが悪そうに視線を逸らしたけれどもその耳が少し赤くなっているのが分かった。
「……悟兄さん、過保護すぎだよ」
「うるさいな……家で一人で待たせるよりは、目の届くところにいてくれた方が、俺が安心するんだよ」
兄さんの本音に、わたしは意地のようなものがスルスルと解けていくのを感じた。
両親がいなくなって兄さんは強くなったけれど、同時に寂しがり屋にもなった。
でも、それはわたしも同じだ。
『それにほら、俺も姉ちゃんもいるし! 亜理紗ちゃんが来たら、俺が全力で壁になって変な虫(ギルメン)から守るから!』
『あんたが一番変な虫なのよ。……ま、そういうわけだから来なさいよ、亜理紗。たまにはゲームの画面越しでも仕事でもなくて、美味しいご飯でも食べながら話しましょうよ』
外堀どころか内堀まで埋められてしまっては、これ以上断る理由はどこにも見当たらない。
わたしは小さくため息をついて、でも口元には自然と笑みを浮かべながら、兄さんと端末に向かって頷いた。
「……わかった、負けました。参加させてもらいます。ただし、私の分はちゃんと会費払うからね?」
『やったぁぁぁ! 決定! モモンガさん、亜理紗ちゃん来るって!』
「ああ、助かったよペロロンチーノさん、茶釜さん。……じゃあ亜理紗、当日はおめかしして来いよ。俺の自慢の妹なんだから」
兄さんが本当に嬉しそうに笑うから、わたしは「はいはい」と返事をしながらも、胸の内で密かにガッツポーズをした。
アインズ・ウール・ゴウンのオフ会、それは未来の魔王軍の幹部総会。
運命がどう転ぶにせよ、この目で彼らの『始まり』を見ておくのも、悪くないかもしれない。
◇
約束の高級ホテルの個室ダイニング、その重厚な扉が開かれた瞬間、わたしの視界に飛び込んできたのは、ファンタジーの住人たちではなく、どこにでもいそうな、けれど確かな熱量を瞳に宿した社会人たちの集まりだった。
緊張で少し肩を強張らせていた兄さんが、「……こちら、妹の亜理紗です」と紹介した途端、一瞬の静寂が落ちる。
けれどそれは拒絶ではなく、純粋な驚きによるものだった。
「おお! 君が噂の妹さんか! はじめまして、たっち・みーです。……いやあ、モモンガさんから話は聞いていたが、本当にアイドルなんだな。うちの妻と子供もファンでね、後でサインを頼んでもいいだろうか?」
現実の『正義の味方』は、銀色の鎧の代わりに仕立ての良いスーツを着こなした、いかにも頼りがいのある警察官といった風情の男性で、その温かな笑顔にわたしは一瞬で警戒心を解かれてしまった。 テーブルには見たこともないような繊細な前菜が並んでいるけれど、みんなの箸は進むよりも口の方が忙しそうだ。
「はじめまして、たっち・みーさん。ふふ、いつも兄がお世話になっています。サインなんていくらでも書きますよ」
「クックック……我々をただの集団と思わないことだ。我こそは『大災厄』の悪魔、ウルベルト・アレイン・オードル……まあ、現実ではただのしがない会社員ですがね!」
大仰なポーズを決めておどけるウルベルトさんや、それを「はいはい、ソースついてるよ」と冷ややかに、でも愛情のある視線でナプキンを渡す他のメンバーたち。
話題は尽きない、先日のレイドボス攻略の裏話から、最近のドロップ率への不満、そしてそれぞれの仕事の愚痴まで。
普段は恐ろしい骸骨の姿をしている兄さんが、ここでは生身の鈴木悟として、グラスを片手にみんなの話をうんうんと頷きながら聞いている。
その中心にいる兄さんが、みんなから愛され、いじられ、そして頼られている姿を見られたことが、わたしには何よりのフルコースだった。
◇
場所を移したカラオケボックスでは、そこがライブ会場かと錯覚するほどの熱狂が支配していた。
部屋の照明を落とし、ミラーボールが回る中で、特にペロロンチーノさんはどこから取り出したのか私のイメージカラーのペンライトを両手に持ち、完璧なコールを入れてくるのだから恐れ入る。
「うおおおお! 生亜理紗ちゃんの超至近距離生歌! しかもいゲームの主題歌縛りとか、俺、今日ここが墓場でいい!!」
「あんたねぇ、恥ずかしいからやめなさいよ! ……ごめんね亜理紗、こいつ後でシメとくから。あ、次の曲はせっかくだからデュエットしよっか?」
ぶくぶく茶釜さんは弟の暴走を物理的に、と言うか頭を叩いて止めながらもマイクを持つとプロの声優アイドルとしての顔を覗かせる。
『アイドル』のわたしたちが声を重ねると、他のメンバーもタンバリンやマラカスで即興のオーケストラを作り上げた。
曲の間奏で、わたしはソファの端で手拍子をしている兄さんにマイクを向けた。
「次は悟兄さんの番だよ。ほら、いつもお風呂で歌ってるやつ歌ってよ」
「ば、ばか! バラすな! 勘弁してくれ……お前たちの後じゃ歌いにくいじゃないか」
「モモンガさん、逃げちゃダメですよ! ギルド長としての威厳を見せてください!」
メンバーからの野次に押され、観念したようにマイクを握った兄さんは、最初は照れていたけれど、サビに差し掛かる頃には気持ちよさそうに声を張り上げていた。
音程は少し外れているけれど心のこもったその歌声は、原作でかつて家で孤独にゲームをしていた頃のものではなく、ただ純粋に『仲間』との時間を楽しむ青年のものだった。
◇
夜も更けて終電の時間が近づく中、最後に雪崩れ込んだゲームセンターでは、大人たちが子供のように筐体を取り囲んでいた。
電子音と極彩色の光が溢れるフロアの奥にある格闘ゲームのコーナーでは人だかりができていた、たっち・みーさんとウルベルトさんが現実でもライバル関係よろしく火花を散らしているのだ。
「そこだッ! 甘いなウルベルトさん!」
「くそっ、現実の反射神経までチートかよこの人は……!」
画面の中で必殺技が決まると、ギャラリーになったメンバーから歓声が上がる。
それを兄さんが「まあまあ」と仲裁しつつも、「次は俺が挑戦する!」と乱入し、結果としてボコボコにされて「あー、負けた!」と悔しがる姿は、本当に微笑ましかった。
次に回ったクレーンゲームのコーナーでは、取れそうで取れないぬいぐるみに熱くなるメンバーを、わたしと茶釜さんが後ろから応援していた。
「ああっ、惜しい! あとちょっとだったのに!」
「重心が頭にあるから、次はアームで押し込んでみたらどうですか?」
わたしのアドバイス通りに操作した弐式炎雷さんが、見事に景品をゲットして「師匠!」とわたしを拝んでくる。
ユグドラシルという仮想世界で繋がった縁が、こうして現実の熱を持って実を結んでいる。
兄さんの周りには、こんなにも素敵な人たちがいて、兄さんを守り、支えてくれている。
わたしが心配しなくても、もう兄さんは大丈夫だ。
そう確信できたことが嬉しくてわたしは兄さんの背中を見ながら、今日一番の安堵の息を吐いた。
◇
「……名残惜しいが、そろそろ解散の時間だな」
駅前のロータリー、オレンジ色の街灯がアスファルトに長い影を落とす中、兄さんが寂しげに、でも満足げに告げる。
みんな口々に「楽しかった」「またやろう」「次はユグドラシルで」と言葉を交わし、改札へと向かう人波に混じっていく。
わたしと兄さんも家路につくために並んで歩き出した、その時だった。
「――おい。お前が『鈴木悟』か?」
人混みを縫うようにして、キャップを目深に被った男が、ふらりと兄さんの前に立ち塞がった。
ありがちな酔っ払いかと思った。
けれど、その男の瞳は濁っているようでいて、兄さんを射抜く視線だけが異様に鋭く、粘着質な光を帯びていた。
「……誰ですか?」
兄さんが訝しげに尋ねると、男は歪んだ笑みを浮かべ、手に持っていた何かを強く握りしめた。
それは、街灯の光を鈍く反射するナイフだった。
「ユグドラシルじゃ『モモンガ』とか名乗って調子に乗ってるらしいなぁ。俺たちのギルドを潰しておいて、のうのうと……」
「なっ……! お前、ゲームの……!?」
兄さんが驚愕に目を見開く。 ゲーム内の恨みを現実に持ち込む狂気。
それだけでも十分に恐ろしい。
けれど、男の口から漏れた次の言葉は、もっとドロドロとした、暗く深い妄執だった。
「けれどな、そんなことはどうでもいいんだよ」
男の視線が、兄さんの隣にいるわたしを一瞥し、そして再び兄さんへと戻る。
その目には、明確な『殺意』と、それ以上の『嫉妬』が渦巻いていた。
「許せねぇんだよ……。なんでお前みたいな陰気な男が、アリサちゃんの隣にいるんだ? なんでお前が『兄』なんだ?」
「……は?」
「俺はずっと見てたんだ。配信も、ライブも、全部。アリサちゃんは完璧なアイドルだ。なのに、お前みたいな冴えない男が、血が繋がってるってだけで特等席に座ってやがる。……邪魔なんだよ、お前さえいなくなれば!」
理屈なんて通っていない。
ただの逆恨みと、身勝手な独占欲。
けれど、暴走した感情は、言葉よりも早く肉体を動かすトリガーになる。
男が踏み込む。
殺意の切っ先が、兄さんの心臓めがけて突き出される。
「消えろぉぉぉッ!!」
兄さんは反応できていなかった。
あまりにも理不尽な悪意、そして自分に向けられた純粋な憎悪に、思考が凍り付いてしまっていたから。
だから――動いたのは、わたしだった。
わたししか動ける者はいなかった。
「ダメ! 兄さん――!!」
思考するよりも早く、身体が勝手に弾けた。
兄さんの腕を力任せに引き、その身体を後ろへと突き飛ばしながら、わたしは自分自身をその軌道上へと割り込ませる。
「え――?」
兄さんの間の抜けた声と、男の驚愕の表情がスローモーションのように見えた。
直後、熱した鉄を押し当てられたような灼熱が腹部を貫き、一拍遅れて絶対的な冷気が全身へと広がっていった。
「あ、りさ……亜理紗ーっ!!」
◇
『――臨時ニュースをお伝えします。本日未明、都内某所の駅前ロータリーにて発生した傷害事件につきまして、刃物で腹部を刺され意識不明の状態で病院へ搬送されていた被害者の死亡が確認されました。 亡くなったのは、人気である声優アイドルユニットのセンターを務める『アリサ』こと、鈴木亜理紗さん。 警察は、現場で取り押さえられた男の容疑を殺人に切り替え、犯行の動機について厳しく追及する方針です――』
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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