オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
第一章 1 アリサは姫騎士になりたくない
王国に新たな季節が巡るとき、わたしの生活もまた大きく変化していた。
原作における『黄金の姫』こと妹のラナーが誕生し数年、彼女が言葉を解するようになってからの日々は綱渡りのような緊張と愛おしさが同居する毎日だった。
「お姉様……どうして皆様はあんなに簡単なことも分からないのかしら?」
王城の中庭、色とりどりの花が咲き乱れる木々の下で、まだ幼いラナーが退屈そうにティーカップを傾けながら、その瞳に冷ややかな光を宿して問いかけてくる。
本来なら周囲を凍り付かせるような異質の知性だけれど、わたしはその小さな手を自分の手で優しく包み込み、彼女の孤独な魂に寄り添うように微笑みかけた。
「それはね、ラナーが特別に賢いからよ。でもね、分からないことは悪いことじゃないの……人は誰しも、自分だけの速さで歩いているのだから」
「……私の速さについてこられるのはお姉様だけよ。他の人たちなんてただの動くお人形みたい」
「そうね。でも、そのお人形さんたちがわたしたちの生活を支えてくれているの。だからラナーの素晴らしい頭脳は、彼らを馬鹿にするためじゃなくて彼らを守るために使ってあげてほしいな」
わたしだって経験で補っているだけなのだが、ラナーはその結論には至っていないらしい。
ラナーは少し不満そうに頬を膨らませながらも、握り返してきた手にぎゅっと力を込めてくる。
原作では誰にも理解されず、その空虚な心を埋めるために国を売ることさえ厭わなかった彼女だけれど、今は少し違う。
「……お姉様がそう言うならそうする。私、お姉様のためなら良い子のフリをしてあげるわ」
「フリじゃなくて、本当に良い子になってくれたら嬉しいんだけど……でも、ありがとう。ラナーは自慢の妹だもの、きっと素敵なレディになれるわ」
「ええ、なってみせるわ。お姉様の隣に立っても恥ずかしくない最高の妹に……だから、ずっと私を見ていてね? お姉様」
とろんとした瞳で甘えてくるラナーを抱きしめながら、わたしは安堵の息を心の中で吐き出した。
彼女の異常性が消えたわけではないけれど、その興味と執着のベクトルがいずれ拾う『子犬』ではなく『理解者である姉』に向いたことで、彼女の周囲に対する攻撃性は鳴りを潜めている。
かつて兄さんがギルドの仲間たちをまとめていたように、わたしもまたこの手のかかる天才な妹の手綱をしっかりと握り、彼女が修羅の道へ進まないように愛を注ぎ続ける覚悟だった。
◇
そんなラナーとの駆け引きのようなお茶会を終えると、わたしはドレスから動きやすい稽古着へと着替え、城内の訓練場へと足を運ぶ。
そこでは、もうひとりの『変えなくてはならない運命』である第一王子であるバルブロ兄様が、汗まみれになって木剣を振るっていた。
「はぁっ! せいっ!! ……くそっ、まだだ、まだ踏み込みが甘い!」
「バルブロ兄様、精が出ますね。相変わらず素晴らしい気迫です」
わたしが声をかけるとバルブロ兄様は動きを止めて乱れた呼吸を整え始める。
額の汗を拭いながら、どこか照れくさそうな、けれど嬉しそうな表情をこちらに向けた。
原作では粗野で短絡的そして王位継承権ばかりを気にする噛ませ犬のような扱いだった彼だけれど、今の彼は妹の前で良いところを見せようと努力する、不器用ながらも実直な青年へと成長しつつある。
「おお、アリサか! 来てくれたのか……どうだ、今の打ち込みは。ベスチュア殿にはまだまだと言われたが、自分では少し掴めた気がするんだ」
「ええ、以前よりも剣先が走っていましたよ。それに、今の兄様からは『強くなりたい』という純粋な意志を感じます……そういうひた向きな男性はとても素敵だと思います」
「す、素敵か……! そ、そうか、アリサにそう言ってもらえると、なんだか力が湧いてくるな!」
単純と言えば単純だけれど、その素直さが今のバルブロ兄様の美徳であり、わたしが守りたい人間らしさでもある。
そして、そんな熱血に目覚めた長兄の傍らには、もうひとり地面に座り込んで荒い息を吐いている人物がいた。
「ぜぇ……はぁ……もう、もう限界だよ……アリサ、なんで僕までこんなこと……」
第二王子のザナック兄様。
原作では小太りで冴えない容姿ながらも、実は常識人で国を思う心を持っていた彼だが、今はわたしの強引な勧誘によって強制的に訓練に参加させられていた。
「あら、ザナック兄様。もう音を上げるのですか? 将来の国を支える殿方がそんな体力じゃ可愛いお嫁さんも来てくれませんよ?」
「うぐっ……お前の言う『可愛いお嫁さん』の基準が高すぎるんだよ。それに僕はバルブロ兄上と違って頭脳労働派なんだから……」
「ダメです。健全な精神は健全な肉体に宿るのですよ。いざという時、大切な人を守れる力がなくて後悔するのは兄様自身なのですよ?」
自分の苦い経験を踏まえ、わたしは座り込むザナック兄様の手を引き、無理やり立たせる。
文句こそ言っているがその手にはしっかりとマメができていて、彼なりに必死についてきているのが分かった。
原作では疎遠だった兄弟仲も、こうして共に汗を流すことで少しずつ変化している。
「ほら、ザナック! アリサの言う通りだぞ、お前も王族なら最低限の剣技は身につけておけ……俺が守ってやるから心配はいらんがな!」
「兄上……そういうところが暑苦しいんですよ……でも妹にそこまで言われて、逃げるわけにはいきませんけどね」
バルブロ兄様が豪快に笑いながらザナック兄様の背中を叩き、ザナック兄様は痛そうに顔をしかめながらも、その口元には微かな笑みを浮かべていた。
いがみ合い、王位を争って殺し合う未来なんてここにはない。
わたしは自分の木剣を手に取ると、二人の兄の間に割って入り、かつて兄さんがゲームの中で見せてくれた戦士職の動きを思い出しながら、構えを取った。
「休憩は終わりです。今日はわたしが兄様たち二人をまとめてお相手しますよ」
「ははっ、大きく出たなアリサ! 望むところだ!」
「ええぇ……勘弁してくれよアリサ。少しくらい手加減してよね?」
打ち合う木剣の音が、乾いた訓練場に響き渡る。
わたしが剣の稽古を始めたことで、バルブロ兄様の中にあった慢心は向上心へ、ザナック兄様の卑屈さは粘り強さへと変わった。
何より、こうして三人で剣を交わす時間が彼らの間にあった見えない壁を確実に取り払っている。
(兄さん見ててね。わたし、少しずつだけど、この国の未来を変えているよ)
二人の兄の攻撃を受け流しながら、わたしは遠い空の向こうにいるはずの兄に語りかける。
じわりと痺れる腕の感触さえも、わたしがこの世界で生き抗っている確かな証拠だった。
ラナーが内政で知恵を振るい、バルブロ兄様とザナック兄様が互いを支え合いながら国を守る……そんな未来が作れたなら、兄さんが『アインズ・ウール・ゴウン』として現れたとしても、悲劇的な結末は回避できるはず。
「アリサ、隙ありっ!」
「ふふ、ザナック兄様、今のフェイントは良かったですよ!」
成長していく兄たちの姿にわたしは思わず笑みをこぼす。
この温かい絆がいつか来る絶望の嵐に負けないようにと、わたしは強く祈りながら剣を振るった。
「バルブロ兄様も、ザナック兄様もお姉様を独り占めにするなんて、ずるいです!」
しかし、そんな可愛らしくも鋭い抗議の声と共に訓練場の重い扉が勢いよく開け放たれた。
太陽の光を背負って現れたのは、黄金の髪をふわふわと揺らし、頬をぷっくりと膨らませたラナーだった。
彼女は侍女たちの制止も聞かずにトテトテと駆け寄ってくると、汗ばんでいることなどお構いなしにわたしの腰へギュッと抱きついてくる。
「ラナー、危ないよ? お姉ちゃん今、汗でベタベタだから……」
「構いません! お姉様からはいつだって良い匂いがするんですもの……それより、許せません。私がお勉強している間に、兄様たちだけでお姉様と遊んでいるなんて!」
ラナーはわたしの稽古着の裾を握りしめたまま、上目遣いで二人の兄を睨みつける。
瞳の奥には幼児特有の独占欲とが渦巻いていた。
その迫力に、さっきまで意気揚々と剣を振るっていたバルブロ兄様がたじろいで一歩後ずさる。
「あ、遊んでるわけじゃないぞ。これは訓練だ。国を守るための神聖な儀式みたいなもんだ」
「そうですとも。僕たちだって好きで……いや、バルブロ兄上は好きでやってるけど僕は強制連行されてるだけなんだからね?」
ザナック兄様がやれやれと肩をすくめながら弁解するけれど、ラナーは納得していないようで、さらに強くわたしにしがみついた。
「訓練なら私だって見ていられるのに。お姉様の凛々しいお姿を一番特等席で見る権利は私にだってあるはずです!」
「ふふ、ありがとうラナー。でも見てるだけじゃ退屈でしょう。ラナーも護身術を一緒に教えてもらおうかしら?」
「本当ですか!? ……ええ、そうですね。お姉様とお揃いのことができるなら、私も強くなります。お姉様の敵を私が排除できるくらいに」
後半の言葉が少し不穏だったけれど、わたしは聞こえないフリをしてラナーの頭を撫でる。
彼女の知能があれば、武術の理屈くらい一瞬で理解してしまうだろう。
こうして四人で顔を突き合わせていると、ここがかつて悲劇の舞台として描かれた王国だなんて信じられなくなるほど、穏やかな空気が流れていた。
「しかしアリサも物好きだな。王女が剣を持つなど、貴族たちが知ったら卒倒するぞ」
「あら、いいじゃありませんか。ただ守られるだけのお姫様なんて童話の中だけで十分です。わたしは自分の運命も大切な家族もこの手で守り抜きたいんです」
悟兄さんを悲しませてしまった後悔から始めた剣の稽古だけど、今では心の芯に落ち着いていた。
なぜかは分からないけれども、今の私は不思議なくらい剣を持つことがしっくり来ている。
そんなわたしの言葉に、バルブロ兄様は頼もしそうに頷き、ザナック兄様は苦笑し、そしてラナーは――キラキラと瞳を輝かせて、何かとてつもない発見をしたような顔でわたしを見上げた。
「……素敵ですお姉様! 自ら剣を取り、戦場を駆ける気高き王女……物語の主人公みたい!」
「え? あ、あはは……そんな大層なものじゃないわよ」
「いいえ、定義できます。王家の血を引き、ドレスの下に鎧を纏い、民のために剣を振るう美しき乙女……つまり、お姉様は『姫騎士』になられるのですね!」
満面の笑みで放たれたラナーの言葉に、わたしの笑顔が一瞬で凍りついた。
『姫騎士』。
その響きは、この純真な世界では「戦うお姫様」という字面通りの意味しかないだろう。
けれど、前世の記憶を複数持つわたしにとって……特に、あの変態的なまでに博識だったペロロンチーノ――龍也の言葉を知る身にとっては、それは決して名誉ある称号ではなかった。
(やめて、その呼び名は……!!)
脳裏に、鳥人間のアバターをした龍也の熱弁を振るう声が蘇る。
『いいかい亜理紗ちゃん! 姫騎士というのはね、オークや触手に敗北するために存在する、至高の芸術なんだよ! その高潔な精神が汚され、堕ちていく過程にこそカタルシスが……ぐぼぁっ!(悟兄さんと茶奈さんに殴られる)』
かつて繰り広げられた、最低なセクハラ講義の記憶が脳裏によみがえる。
そう、エロゲーにおける『姫騎士』の末路は、大抵ろくなことにならない。
『くっころ』という台詞と共に、陵辱の限りを尽くされる被害担当。
それが、わたしの知る『姫騎士』だった。
――うん、冗談ではない。
「……あ、あのね、ラナー。その呼び方は、ちょっと……あんまり嬉しくない、かな……」
「え? どうしてですか? とっても可愛い響きなのに」
「う、うん……なんていうか、あまり縁起が良くないというか……とにかく、わたしは普通に『戦う王女様』でいいわ」
引きつった笑顔のわたしを、ラナーは不思議そうにちょこんと小首を傾げて見つめてくる。
兄様たちも「何が気に入らないんだ?」という顔をしているけれど、この世界の住人に、あの業の深い概念を説明するわけにはいかない。
わたしは心の中で龍也に「あなたのせいで変なトラウマができちゃったじゃない!」と半ば八つ当たり気味の文句を叫ぶのだった。
第一章、王国編の始まりです
初っぱなから人間関係を激変させるアリサでした
ラナー視点も書く予定でしたがその前が想定以上に長くなったので割愛
姫騎士ネタは再プロット時から絶対にやりたかったものですw
あと、感想返しとともに原作見返してヤバい見落としや矛盾点の整理を一回かけようと思いますので、次の投稿は少し時間がかかるかと思います
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
-
モモンガ
-
ペロロンチーノ
-
ジルクニフ
-
ガゼフ
-
ラナー
-
クレマンティーヌ
-
イビルアイ
-
ラキュース