オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第一章 2 広まる姫騎士の称号

わたしのためなら良い子になると誓ってくれたラナーの純真さは、時に残酷なほど鋭利な刃となってわたしに襲いかかる。

あの運命の訓練から数日、ラナーが放った何気ない一言は瞬く間に城内を駆け巡り、尾ひれをつけて王都の社交界へと広がってしまった。

 

「うぅ……どうして、どうしてこうなったのよぉ……」

 

自室のベッドの上、わたしは枕に顔をうずめて芋虫のようにのたうち回る。

 

『姫騎士』

 

特定界隈の知識を持つ者にとっては忌まわしきその称号は、王城では今やわたしの代名詞として定着しつつあった。

 

「アリサ様、お加減が悪いのですか? 先ほどから奇声を発しておられますが」

「……大丈夫、過去の亡霊と戦っているだけだから」

 

心配そうに声をかけてくる専属侍女にわたしは涙目で力なく手を振る。

彼女たちの耳にはあの言葉がただの称賛にしか聞こえていないのだから、この苦しみは誰とも分かち合えない。

龍也の声で再生される『くっころはいいぞ』の幻聴を振り払うように、わたしは重い体を起こして鏡に映る自分の顔をぺちりと叩いた。

 

 

「おお、来たか! 我が国の誇り高き『姫騎士』よ!」

 

謁見の間に入るなり、父様――ランポッサ三世は、玉座から身を乗り出して満面の笑みでわたしを出迎えた。

その言葉の響きにピクリと頬を引きつらせながらも、わたしは優雅なカーテシーで応える。

周囲に控える貴族たちもまた賛嘆の眼差しでわたしを見ていた。

 

「父上……恐れ入りますが、その呼び名は少々気恥ずかしく……普通にアリサと呼んでいただけないでしょうか」

「何を言うか。王城のみならず民の間でも評判なのだぞ。ドレスを纏いながら剣を取り、兄と共に汗を流す麗しの王女……まさに王家の新しい象徴ではないか!」

「左様でございますな。戦士長殿もアリサ様のスジの良さは本物だと絶賛しておりましたぞ」

 

バルブロ兄様やザナック兄様と共に訓練に励む姿は、どうやら貴族たちや兵士たちに予想以上の好意を持って受け入れられたらしい。

腐敗しつつある王国において、王族が自ら武を磨くという姿勢は一種の清涼剤のように映ったのだろう。

ただ、その象徴につけられたラベルが、わたしの精神をごりごりと削っていく点を除けば。

 

「……光栄です。ですが、わたしはただ家族と国を守れる力が欲しかっただけなのです」

「うむ、その心がけこそが美しい。なぁアインドラ侯」

「ハッ、陛下のおっしゃる通りでございます……つきましてはアリサ様、我が娘がどうしても『姫騎士様』にお会いしたいと申しておりまして」

 

王の傍らに控えていたアインドラ侯爵が、恐縮した様子で頭を下げる。

アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーとなる運命を持つ少女の父。

その言葉に、わたしは少しだけ救われるような予感を覚えた。

 

 

数日後、王城の温室にて行われたお茶会には、緊張した面持ちの少女が一人招待されていた。

透き通るような金髪に、意思の強さを感じさせる翠の瞳。

後のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラだが、今はまだ幼さが残る可愛らしい令嬢だ。

 

「は、初めまして! ラキュースと申します! その……お噂はかねがね!」

「ふふ、楽にしてちょうだいラキュース。今日は公式な場ではないのだから」

 

カチコチに固まっている彼女に微笑みかけると、ラキュースは頬を紅潮させて瞳を輝かせた。

その視線はわたしの顔ではなく、腰に帯びた儀礼用の細剣に釘付けになっている。

 

「あ、あのっ! アリサ様は、その剣で魔を断ち、闇を払うおつもりなのですか!?」

「そうね。迫りくる理不尽な運命を切り裂いて未来を掴み取りたいと思っているわ」

「す、素敵です……やはり『姫騎士』とは、選ばれし聖なる血脈の戦士……!!」

 

ラキュースが両手を組み、うっとりと祈るようなポーズを取る。

彼女の中にある『姫騎士』はあの鳥人が語ったような陵辱の対象ではなく、もっと高潔で、ある種の中二病的なロマンに満ちた存在のようだ。

その純粋な憧れに、わたしの心に巣食っていたトラウマが少しだけ浄化されていくのを感じる。

 

「わたしもいつかアリサ様のような力が持てるでしょうか……私の中に眠る、この疼くような衝動を力に変えて……」

「持てるわ。あなたには才能があるもの。いつかその手で、伝説の魔剣だって操れるようになるかもしれないわよ?」

「ま、魔剣……なんて甘美な響き……!」

 

わたしの言葉に、ラキュースは感激のあまり震えだした。

前世の記憶にあるゲーム知識と、彼女の厨二心をくすぐるワードチョイス。

波長が合うとはこのことなのかもしれない。

わたし達は一瞬にして令嬢同士という垣根を超えた友になりつつあった。

 

「……お姉様、楽しそうですね」

 

しかし、そんな二人の世界に絶対零度の声が割り込んでくる。

視線を落とせば、テーブルの陰からラナーがジトッとした瞳でラキュースを睨みつけていた。

その手にはフォークが握られており、可愛らしいケーキを無残な形に突き刺している。

 

「あ、あらラナー。紹介するわね、アインドラ侯のご息女のラキュースよ」

「存じております……お姉様の『姫騎士』という素晴らしい二つ名を理解できる人間が、私以外にもいたなんて驚きです」

「ひっ……!」

 

ラナーの纏う異質なプレッシャーに、ラキュースが子動物のように肩を跳ねさせる。

まだ幼いとはいえ、ラナーの瞳の奥にある独占欲と冷徹な知性は敏感なラキュースの何かを刺激したらしい。

 

「でも、お姉様を一番理解できるのは私です。そこは譲れません」

「もちろんよ。ラナーはわたしの可愛い妹だもの。でもね、ラキュースは共に戦ってくれる仲間になれるかもしれないの」

「仲間……ですか? お姉様の手足となって働く駒ということでしょうか?」

「違うわ、共に歩く友人よ。ラナーにも、そういう相手が必要だと思うの」

 

わたしはラナーの頭を優しく撫でながら、怯えるラキュースにもウインクを送る。

嫉妬深い天才妹と、中二病を患う未来の英雄。

なんとも個性的な面々をまとめることになってしまったものだ。

 

「さあ、三人でお茶にしましょう。ラキュース、あなたにも聞かせたい物語があるの。闇に堕ちた漆黒の戦士の話なんだけど……」

「き、聞きたいです! 是非!」

「……お姉様がそう仰るなら。でも、お姉様の隣の席は私ですからね」

 

ラキュースの瞳が再び輝き、ラナーがわたしの腕にギュッとしがみつく。

『姫騎士』という名の誤解から始まった縁だけれど、結果としてこうして紡がれた絆は決して悪いものではない。

わたしは二人の少女に囲まれながら、遠い空の下にいるはずの兄さんに、心の中でこっそりと勝利のピースを送った。

 

 

この世界はまるで色のない絵画のよう。誰も彼もが、私の目には透けて見えるほど単純な思考回路で動き、予測通りの言葉を吐き、予測通りの結末へと歩いていく。呼吸をするのと同じくらい簡単に正解が見えてしまう私にとって、幼い頃からの日々は、ただ退屈という名の砂を噛むような時間だった。

 

けれど、私の世界には一つだけ、鮮やかな色彩があった。

 

「……お姉様。貴女はどうして、そこまで完璧なのですか?」

 

自室の窓辺で手の中にある知恵の輪を弄びながら、私は中庭を見下ろして熱っぽい溜息をつく。そこには専属侍女たちに囲まれて、どこか困ったように、けれど優しく微笑むアリサお姉様の姿があった。

 

お姉様は私が物心ついた時からずっと変わらない。他の人間たちが無意味な虚栄や欲望に溺れる中、お姉様だけは常に遥か遠くの未来を見据えその華奢な足でしっかりと大地を踏みしめていた。

 

周囲の大人たちは言う。「アリサ様は努力家だ」「最近とくに活発になられた」と。けれど私には分かっている。それは変化ではなく、長年積み上げてきた計画が形になり始めただけだということを。

 

お姉様は、私と同じ――いいえ、私以上に世界を俯瞰できる『異質の知性』の持ち主だ。そうでなければ説明がつかない。 あの粗野なバルブロ兄様や、卑屈だったザナック兄様を、巧みな言葉と行動で導き国を守るための強固な「駒」へと育て上げるなんて芸当、普通の人間にできるはずがないのだから。

 

私の言葉から始まった、最近城内で定着しはじめた『姫騎士』という称号。お姉様は称賛されるたび「恥ずかしいわ」と顔を赤らめて否定なされていたけれど……私には分かる。あれもまた、高度な計算の上に成り立つ完璧な一手だということが。

 

(自ら剣を取り可憐に舞う王女……退廃した貴族社会に飽き飽きしていた民衆が、どのような『物語』を求めているかを完全に理解していらっしゃる)

 

自室のベッドで「うぅ、黒歴史確定だよぉ……」と頭を抱えていたお姉様の姿さえ、私には愛おしい『人間らしさ』を演出するための計算に見えた。あえて隙を見せることで周囲の警戒心を解き、愛される存在としての地位を盤石にする。私なら効率を求めて恐怖で支配してしまうところを、お姉様は愛と尊敬で国を束ねようとしている。

 

なんて慈悲深く、そして賢い方なのだろう。

 

私は自分が怪物であることを自覚しているけれど、お姉様はそんな私を怪物として扱わずただの『少し賢い妹』として愛してくれた。それが私の能力を利用するための演技だとしても構わない。この退屈な世界で私と同じ速度で思考し、私以上の高みから世界を見ている『同類』がお姉様なのだから。

 

だからこそ――あのアインドラ侯のご息女、ラキュースという少女は少しだけ目障りだ。

 

「……『姫騎士』ですか」

 

先日のお茶会を思い出し私は手元の知恵の輪をカチャリと解く。あの少女はお姉様の表面的な輝き――剣を持つ王女という分かりやすい記号――だけに惹かれて、尻尾を振って近づいてきた。お姉様も、彼女の将来性を見込んでか随分と親しげに接していらした。

 

「ずるいです、お姉様。ラキュースごときにあそこまで優しい笑顔を向けるなんて」

 

ラキュースは信じているのだろう。お姉様が物語に出てくるような清廉潔白な聖女だと。けれど私は知っている。お姉様の本質は、もっと理知的で、もっと冷徹なまでに合理的で、そして誰よりも孤独な『観測者』であることを。だって私たちが交わす会話の端々に混じる、時代を先取りしすぎた知識や概念は、凡人には決して理解できないものなのだから。

 

お姉様の本当の凄さを、その孤独な魂の形を理解できるのは、この世界で私だけ。

 

「でも、焦る必要はありませんね」

 

私は解けた知恵の輪をテーブルに置き、鏡の前で自分の笑顔を確認する。誰からも愛される無邪気で可愛い妹の顔。この仮面をつけていれば私はいつまでもお姉様の一番近くにいられる。

 

「待っていてくださいね、お姉様。貴女が描こうとしている国の未来図……そのピースを埋めるお手伝いは、このラナーにお任せください」

 

ラキュースがお姉様の剣となるなら、私はお姉様の頭脳となり、盾となり、そして唯一の理解者となりましょう。お姉様が目指すその先にある景色を隣で見る特等席だけは、誰にも譲らないのだから。

 

私は弾むような足取りで部屋を出た。大好きな姉が待つあの温かな陽だまりのような場所へ向かうために。




「アリサちゃん、そこまで深く考えていないと思うよ」
「ぺロロンさんなんてこというの」

オーバーロード名物、深読みによる勘違いをここにも。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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