オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

24 / 57
第一章 8 カッツェ平野の死闘 後編

ブレイン・アングラウス。

その名を耳にした瞬間、わたしの脳裏に原作で描かれていた彼の生き様が駆け巡った。

今はまだ無冠の剣士かもしれないが、その才能は王国最強の戦士長となるガゼフ・ストロノーフに匹敵する原石だ。

絶望的な包囲網の一角に穿たれた風穴としてはこれ以上の好機はない。

 

「助太刀感謝するわ、ブレイン・アングラウス!」

「礼は後だぜ、姫様。それより立てるか? あいつら、隙を見せたらまたすぐに食いついてくるぞ」

 

わたしは泥を払いながら立ち上がり、愛剣を構え直す。

肺に空気が戻り、止まりかけていた思考が急速に回転を始めていた。

 

「ええ、問題ないわ……あなたに私の持てる最大の強化を乗せる。その剣で、道を切り開ける?」

「へえ? 俺の剣に姫様の魔法か。そいつは面白そうだ」

 

ブレインは不敵に笑うと、刀身を眼前に構え、独特な呼吸法と共に集中を高め始めた。

わたしはその背中に向けて、枯れかけた喉から全霊の魔力を振り絞る。

 

「――『永遠の歌姫』」

 

タレントによって増幅された支援魔法が、青白い光となってブレインの体を包み込む。

それは単なる筋力強化ではない。

反射神経、動体視力、そして闘気そのものを極限まで高める英雄の加護だ。

 

「な……っ!? なんだこりゃあ……体が、羽のように軽い!」

「調子に乗らないでね、効果時間は短いから!」

「十分だ! これだけの力があれば――『四騎士』だろうが斬れる!」

 

ブレインが地面を蹴った瞬間、その場には爆発したかのような衝撃波が残された。

もはや目で追うことすら困難な速度。

彼は最短距離でバジウッドへと肉薄し、神速の斬撃を繰り出す。

 

「速ぇっ!? おいウォルフ、フォローしろ!」

「させねぇよ!」

 

割り込もうとした疾風のウォルフに対し、今度はわたしが魔法の弾幕を放って牽制する。

四対一の構図は崩れた。

ここからは二対四、わたしたちのターンだ。

 

「くそっ、あの男、デタラメに強いぞ!」

「姫のバフがかかってるんだ! まずは姫を……ぐわっ!」

 

重装のナザミがわたしを狙って前進しようとするが、その巨体はブレインの蹴りによってボールのように弾き飛ばされた。

強化されたブレインの身体能力は、個の武力において帝国4騎士を凌駕している。

 

(いける……! この人が前衛を支えてくれるだけで、わたしは自由に動ける!)

 

わたしは戦場を舞うように駆けながら、的確な魔法と剣技でフリードとナザミを翻弄する。

先ほどまでは連携に圧殺されていたが、今は違う。

ブレインがバジウッドとウォルフという高機動の二人を完全に抑え込んでいるため、わたしは比較的鈍重な二人を相手にするだけでいい。

 

「武技――『旋風斬』!」

「甘いわっ!」

 

フリードの大振りを最小限の動きで回避し、すれ違いざまに鎧の隙間へ剣を滑り込ませる。

鮮血が舞い、フリードが苦悶の声を上げて膝をついた。

 

「フリード!」

「よそ見してる余裕あんのかよ!」

 

バジウッドが叫ぶが、その刹那、ブレインの刀が彼の頬を切り裂く。

最強を自負する四騎士たちの顔に、焦りと恐怖の色が浮かび始めていた。

 

「馬鹿な……俺たち四人が、たった二人相手に押されているだと!?」

「連携が分断されているだけじゃないわ。単純に、今の私たちはあなたたちより強い!」

 

わたしは高らかに宣言し、追撃の構えを取る。

形勢は完全に逆転した。

このまま押し切れば、四騎士を討ち取ることも不可能ではない――そう確信した時だった。

 

ズズズズズ……ッ。

 

不意に、大地の底から響くような不気味な地鳴りが戦場全体を揺らした。

わたしたちも、帝国騎士たちも、思わず動きを止めて足元への警戒を強める。

 

「なんだ? 地震か?」

「いや、違うわ……この禍々しい気配は」

 

わたしの肌が粟立つ。

むせ返るような死の臭気が、カッツェ平野の薄暗い霧と共に急速に凝縮されていく。

両軍が睨み合う空白地帯、死体が積み重なる平野の中心で、地面が大きく隆起した。

 

「グルルルゥゥゥ……ッ!!」

 

鼓膜を破らんばかりの咆哮と共に、土砂を跳ねのけて現れたのは、巨大な「骨」の塊だった。

それはドラゴンの形状をしていたが、通常のスケリトル・ドラゴンとは決定的に何かが違う。

骨の隙間から溢れ出るのは、視界を焼き尽くすような漆黒の負のオーラ。

 

「な、なんだあれは!?」

「スケリトル・ドラゴン……? いや、デカすぎるだろ!」

 

バジウッドが引きつった声で叫ぶ。

その怪物は、全長だけで二十メートルは優に超えていた。

空洞のはずの眼窩には紅蓮の炎が灯り、ただ存在するだけで周囲の生命力を削り取るような圧迫感を放っている。

 

「嘘でしょ……カッツェ平野特有のアンデッド発生現象?」

 

わたしの直感が警鐘を鳴らしている。

あれは、ただの骨竜じゃない。

魔法無効化の上、純粋なステータスが『デスナイト』級かそれ以上に達している変異種だ。

 

「グオォォォォォッ!!」

 

怪物が尾をひと薙ぎすると、近くに展開していた帝国軍の小隊が紙屑のように空へ舞い上がった。

悲鳴すら上げる間もなく、数十の命が一瞬で消え失せる。

敵味方の区別などない。

あれは生けるもの全てを憎悪し、殺戮するためだけに顕現した災厄の化身だ。

 

「くっ……まずい、こっちに来るぞ!」

 

ブレインが叫ぶのと同時に、怪物の視線が、戦場で最も強い生命力を放っていたわたしたちの集団へと向けられた。

巨大な顎が開き、圧縮された負の魔力がブレスとなって吐き出されようとしている。

 

このまま戦いを続ければ、共倒れになる。

わたしは瞬時に決断を下し、剣を引いて声を張り上げた。

 

「帝国の騎士たち! 及び、遠見で見ているであろうジルクニフ皇帝陛下に告ぐ!」

 

唐突な叫びに、バジウッドたちが驚いたようにこちらを見る。

わたしは彼らへの敵意を一旦収め、眼前に迫る絶望的な怪物を指し示した。

 

「一時休戦よ! あれを放置すれば、わたしたちもあなた達も、ここで全滅するわ!」

 

 

「……ほう」

 

天幕の下で、俺は眼下に広がる惨状を睨みつけていた。

突如として出現した規格外のアンデッド。

それが今まさに、俺が欲する王女と四騎士をまとめて吹き飛ばそうとしている。

 

「陛下、いかがなさいますか! あのような化け物、四騎士といえども王女の確保と並行して戦える相手ではありません!」

 

側近の悲鳴じみた声はもっともだ。

乱戦の最中にあの怪物の攻撃を受ければ、四騎士とてタダでは済まない。

何より――。

 

(ここで王女が死ぬのは困る。あんな骨屑の理不尽な暴力で、俺の宝石が砕かれるなど許容できるか)

 

王女アリサは四騎士に向けて休戦を叫んでいた。

その判断の速さ、窮地にあって尚、盤面全体を見渡せる冷静さ。

 

「いいだろう」

 

俺は短く告げると、通信魔法を通じてバジウッドへと命令を飛ばした。

 

『バジウッド、聞こえるか』

『へ、陛下!? 聞こえてます! こいつはヤバいですぜ!』

『分かっている。第三王女の提案に乗れ。一時休戦し、その化け物を処理しろ』

『マジですか!? いや、助かりますけど……その後はどうします?』

『王女が死ねば元も子もない。まずは目先の脅威を排除し、王女の五体を守り抜け』

 

その後どうするかは、状況を見て決めればいい。

今はとにかく、あのふざけた怪物が俺の獲物に手を出すのを阻止するのが最優先だ。

 

『御意……だそうですぜ、お姫様!』

 

戦場のバジウッドが、安堵と獰猛な笑みを浮かべて王女に向き直るのが見えた。

 

「交渉成立だ! ウチの皇帝陛下も、そいつが暴れまわるのは気に入らねぇらしい!」

 

「賢明な判断に感謝するわ! ……行くわよ、ブレイン! それと帝国の四騎士!」

 

王女の声が響く。

先ほどまで殺し合っていた敵同士が、強大な共通の敵を前にして並び立つ。

銀の王女、風来の剣士、そして帝国の四騎士。 奇妙でしかし最高に豪華な即席パーティの結成だ。

 

「背中は預けるわ――その代わり、わたしの前で死なないでね!」

「へっ、指図すんなよお姫様! とっとと終わらせようぜ!」

 

さあ見せてみろアリサ、この状況を貴様がどう覆すのかを。

 

 

「総員、散開! 正面には立たないで!」

 

わたしの指示が飛ぶと同時に、巨大な骨の尾が暴風となって空間を薙ぎ払う。

即座に左右へ展開したわたしたちの真ん中を、轟音と共に地面がめくれ上がっていった。

 

「ちっ、冗談みたいな威力だ! 掠っただけでミンチだぞ!」

「弱音を吐くなバジウッド! ナザミ、ブレスが来るぞ! 抑えられるか!?」

「応ッ!!」

 

怪物の顎が開き、圧縮された漆黒の魔力が奔流となって放たれる。

四騎士の『不動』ナザミが巨大なタワーシールドを地面に突き刺し、武技を発動させて正面から受け止めた。

 

「ぐ、ウゥゥゥォォォッ!!」

「ナザミ!」

 

盾が軋み、ナザミの足が地面を削りながら後退していく。

ただの物理攻撃ではない、あれは触れたものを腐敗させる負のエネルギーの塊だ。

いかに鉄壁を誇る彼でも、長くは持たない。

 

「援護するわ!――『聖なる領域』!」

 

わたしはナザミの背中に向けて、神聖属性の防御結界を展開する。

白き光が盾を覆い、漆黒のブレスを中和しながら弾き飛ばした。

 

「助かった! お前の魔法、なかなかいい効き目だ!」

「礼には及ばないわ! ウォルフ、フリード、左右から足を狙って!」

「了解!」

 

わたしの指示に従い、『疾風』のウォルフと『激震』のフリードが怪物の側面へと走る。

わたしのタレントで強化された彼らの動きは、生身の人間とは思えないほどの速度と破壊力を帯びていた。

 

「武技――『穿孔乱舞』!」

「武技――『剛撃・粉砕』!」

 

だがウォルフとフリードが加えた攻撃でも、硬質な骨の装甲に阻まれ決定打を与えられない。

ブレインの斬撃ですら、傷をつけるのがやっとという絶望的な状況。

このままではジリ貧だ。

 

(何か、何か手はないの……!?)

 

焦りが思考を塗りつぶそうとした、その時だった。

 

ヒュンヒュンヒュンッ――!!

 

風を切る鋭い音が戦場に響き渡り、無数の矢の雨がドラゴンへと降り注いだ。

 

「グオォォッ!?」

 

不意の飽和攻撃に、怪物の注意が一瞬だけ逸れる。

矢の一本一本は微弱な威力かもしれないが、それが数百、数千となれば話は別だ。

 

わたしは驚いて視線を巡らせる。

そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「撃てぇぇぇっ! あの人たちだけに戦わせるな!」

「アリサ様と帝国の四騎士が共闘してるんだぞ! 俺たちが逃げてどうする!」

 

王国の徴募兵たちが、震える手で弓を引き、必死に矢を放っている。

そしてその隣ではあろうことか帝国の魔法詠唱者が整列し、弓兵へとバフを展開していた。

 

「帝国の兵士たちよ! 四騎士様を援護しろ! あの怪物を倒さねば我らに未来はない!」

「おおおおおっ!!」

 

敵同士だったはずの両軍が、今はただ一つの共通の敵に向かって叫び、武器を振るっている。

その光景は、わたしの胸を熱く焦がすような何かを呼び覚ました。

 

「みんな……!」

「へっ、粋なことしてくれるじゃねぇか! おい聞いたかお前ら! 主役の座を一般兵に奪われるわけにゃいかねぇよなァ!?」

 

バジウッドが獰猛な笑みを浮かべ、剣を打ち鳴らす。

その言葉に、苦境に立たされていた騎士たちの瞳に再び闘志が宿った。

兵士たちの援護射撃がドラゴンの動きをわずかに、しかし確実に阻害している。

その隙は、わたしたちにとって千載一遇の好機だった。

 

「行くわよ! 全兵士の想いを無駄にしないために!」

「おうよ! 合わせろ野郎ども! 一点突破だ!」

 

わたしは声を張り上げ魔力を解放する。

肺が焼けつくような感覚を無視し、極限のバフを全員に叩き込んだ。

 

「響け、勝利の凱歌、集え、不屈の魂――『戦乙女の祝福』!!」

 

光の粒子が爆発的に広がり、傷ついた戦士たちの体を癒やし、力を底上げする。

ナザミが咆哮と共に盾を押し返し、ブレスの軌道を強引に上空へと逸らした。

 

「今だッ!!」

 

ブレインとバジウッドが左右から同時に飛び込む。

ウォルフとフリードがドラゴンの関節を正確に打ち砕く。

 

「うぉぉぉぉぉッ!!」

 

四人の渾身の一撃が、スケトリル・ドラゴンの強固な装甲に亀裂を入れた。

首の付け根の装甲が剥がれ落ち、漆黒の核がわずかに露出する。

 

あそこしかない。

わたしは地面を蹴り、瓦礫を踏み台にして高く跳躍した。

 

「みんな、お願い!」

「「「承知ッ!!」」」

 

ブレインたちがわたしの意図を汲み、一斉に武器を突き立ててドラゴンの動きを封じる。

兵士たちの放つ矢と魔法が、ドラゴンの視界を塞ぎ、回避の余地を奪う。

 

わたしは空中で体を捻り、愛剣を両手で強く握りしめた。

頼るのは、鍛え上げたこの剣と、強化された自身の筋力と闘気と魔力、そして何より――この場にいる全員の『勝ちたい』という願い。

 

ありったけをこの一撃に込める!!

 

「武技――『流星』!!」

 

魔力を闘気へと変換し、全てを剣の一点に乗せる。

落下速度も加わり、わたしは一本の銀の矢となって怪物へと突き進んだ。

 

ズドンッ――!!

 

乾いた衝突音が響くより早く、わたしの剣は露出した核へと深々と突き刺さった。

衝撃が腕を駆け上がり、骨がきしむ音が体内で響く。

 

だが、わたしは止まらない。

 

そのまま全体重を乗せ、ありったけの咆哮と共に剣を振り抜いた。

 

「はあああぁぁぁっ!!」

 

バキィィィィンッ!!

 

何かが砕け散る音。

 

直後、怪物の巨体が支えを失って崩れ落ちた。

 

首と胴体が泣き別れ、動力源となっていた漆黒のオーラが霧散していく。

巨大な骨の塊がただの物体となって砂のように崩れ落ちていく様は、まるで悪夢の終わりを告げるようだった。

 

「……はぁ、はぁっ」

 

着地と同時に、わたしは膝をついた。

もう指一本動かせないほどの脱力感が、全身を襲っていた。

戦場に、一瞬の静寂が訪れる。

誰もが、目の前の信じられない光景に言葉を失っていた。

けれど、それはほんの数秒のこと。 最初に声を上げたのは王国の兵士か、それとも帝国の騎士か。

 

「やった……やったぞぉぉぉぉッ!!」

「怪物を倒した! 俺たちの勝利だ!!」

 

爆発するような歓声がカッツェ平野の空気を震わせた。

王国軍も帝国軍も関係ない、 誰もが武器を掲げ、抱き合い、涙を流して喜びを分かち合っている。

 

「英雄だ! 六人の英雄万歳!」

「姫様万歳! 四騎士万歳! ブレイン殿万歳!」

 

その声は波のように広がり、わたしたち六人を包み込んでいく。

国境も立場も超えた、純粋な称賛と感謝の嵐。

 

(勝てた……本当、に……)

 

わたしは薄れゆく意識の中で、その光景を目に焼き付けた。

こんな結末があり得るなんて原作を知るわたしですら想像していなかった。

 

ふらりと、体が傾く。

泥の地面に倒れ込む、そう思った瞬間だった。

 

ガシッ。

 

「……おっと。危ねぇ危ねぇ」

 

無骨な腕が、わたしの体を乱暴に、けれどどこか慎重に受け止めた。

聞き覚えのある声に重いまぶたを開けると、そこにはバジウッドの顔があった。

 

「バジ、ウッド……?」

「いやぁ、大したもんだ。本当に化け物を倒しちまうとはな……正直、惚れたぜ」

 

彼はニヤリと笑い、しかしその目は油断なく周囲を観察している。

嫌な予感がした。

 

「……そう。休戦は終わり、なのね」

「そういうことだ。約束通りアンデッドは片付いた。ここからは――俺たちの仕事に戻る時間だ」

 

バジウッドの声色が、戦友のものから帝国の騎士のものへと切り替わる。

彼はわたしを抱えたまま、部下たちに目配せをした。

 

「お姫様は頂いた! 総員、撤収準備! 英雄の凱旋といこうじゃねぇか!」

 

その言葉に、歓声に沸いていた戦場の空気が凍りついた。

 

「お姫様ッ!!」

 

ブレインが血相を変えて駆け寄ろうとするが、ナザミが立ちはだかり、その巨体で壁を作る。

だが、異を唱えたのはブレインだけではなかった。

 

「待て! 何を考えているんだ!」

 

鋭い声が響く。

それは王国兵からではなく――帝国の小隊長からのものだった。

 

「バジウッド様! 正気ですか!? その方は我々の命の恩人ですぞ!」

「そうだ! 共に死線を潜り抜けた英雄を、不意打ちで攫うなど騎士の恥だ!」

 

帝国兵たちの中から、次々と非難の声が上がる。

彼らにとって、今のわたしは敵国の王女である以前に、自分たちを絶望から救い出した『姫騎士』そのものだった。

 

もちろん、王国軍も黙ってはいない。

 

「ふざけるな帝国! 姫様を返せ!」

「恩を仇で返すつもりか! 我々は断固として抗議する!」

 

両軍入り乱れての怒号が飛び交い、今にも暴動が起きそうな気配が漂い始める。

バジウッドは予想外の反発に、あからさまに顔をしかめた。

 

「あぁ? なんだお前ら、陛下の命令に逆らうつもりかよ。これは戦争なんだぜ?」

「戦争にも道義というものがありましょう! これでは我々はただの野盗と同じです!」

 

帝国兵たちの必死の訴えに、さしもの『雷光』もたじろぐ。

ウォルフやフリードでさえ、剣を構える手には迷いが見えていた。

 

「バジウッドさん、これ……さすがにマズいんじゃないっすか?」

「俺も流石にこの雰囲気の中で剣を振るのは気が引けるぞ……」

 

完全に四面楚歌。

わたしを確保することで、帝国軍の士気は崩壊し、英雄としての四騎士の名誉も地に落ちる。

そんな空気が支配する中、わたしは必死に意識を保とうとしていた。

 

(どうなるのよ、これ……)

 

その時だった。

 

「――そこまでだ」

 

よく通る、威厳に満ちた声が戦場に響き渡った。

魔法による拡声だろうか、騒然とする数万の兵士たちを一瞬で黙らせるほどの力を持っていた。

兵士たちの波が割れそこから現れたのは、馬上の人となった『鮮血帝』ジルクニフその人だった。

 

「へ、陛下!?」

 

バジウッドが驚きの声を上げ、慌てて姿勢を正そうとする。

しかし、腕の中のわたしを離そうとはしない。

ジルクニフは優雅な仕草で馬を降りると、護衛の近衛兵を引き連れてこちらへと歩いてきた。

その表情は鉄仮面のように張り付き、感情を読み取らせない。

 

「バジウッド、状況は理解しているか?」

「はっ! アンデッドの処理は完了し、ご命令通り王女を確保しました! これより撤収を……」

「周りを見ろ、愚か者」

 

ジルクニフは短く、しかし凍えるような声で遮った。

バジウッドが肩を震わせ、周囲の視線に改めて気づく。

数千、数万の瞳が、彼と皇帝を凝視していた。

そこに含まれているのは、畏怖や忠誠ではない。

明確な疑念と、憤りだ。

 

「貴様は今、帝国の英雄たちが築き上げた栄光を、泥にまみれさせるつもりか?」

「そ、それは。しかし、陛下の命令では……」

「状況が変わったと言っている。盤面を見誤るな」

 

ジルクニフはため息交じりに首を振ると、バジウッドから視線を外し、わたしたちの方を向いた。 その瞳が、泥と血にまみれたわたしを射抜く。

わたしは意識を保つのもやっとの状態だったが、それでも彼の視線から逃げずに見つめ返した。 ここで目を逸らせば、本当に連れ去られる。 そんな直感が働いたからだ。

 

「……見事だ『姫騎士』アリサ。まさか余の騎士たちを手足のように使いこなし、伝説級の怪物を屠るとはな」

「偶然よ……彼らが、優秀だったから……」

「謙遜は不要だ。貴様が作り出したこの空気、余ですら覆すのには骨が折れる」

 

ジルクニフは苦笑し、大げさに肩をすくめてみせた。

そして、くるりと踵を返すと、戦場全体に響き渡る声で宣言した。

 

「帝国の兵士たちよ! そして勇敢なる王国の戦士たちよ! 剣を収めよ!」

 

その声は朗々と響き、張り詰めた空気を緩和していく。

 

「此度の戦い、本来であれば我が軍の圧勝で終わるはずであった。だが、予期せぬ厄災がこの地を襲った」

 

彼はそこで言葉を切り、破壊されたドラゴンの残骸を指し示す。

 

「あれを見よ! あの絶望的な怪物を前に、敵味方の垣根を越えて立ち向かった者たちがいる! 我が帝国の誇る四騎士、王国の若き剣士、そして――王国の第三王女、『姫騎士』アリサ!」

 

ジルクニフがわたしたち六人を手で指し示すと、兵士たちがざわめき始めた。

 

「彼ら六人の英雄がいなければ、ここにいる全員が骨の髄までしゃぶり尽くされていただろう! 彼らの武勇は、国境を越えて語り継がれるべき伝説である!」

「おおおっ……!」

「陛下万歳! 六人の英雄万歳!」

 

ジルクニフの巧みな演説に、兵士たちの感情が「憤り」から「熱狂」へと書き換えられていく。

さすがは鮮血帝。

この場において人心掌握術において、彼に敵う者はいない。

 

「バジウッド、その手を放せ」

「は、はいっ!」

 

バジウッドが慌てて拘束を解く。

支えを失ったわたしの体は重力に従って傾いたが、今度は地面に落ちることはなかった。

 

「っと、危ねえ!」

「姫様!」

 

ブレインが滑り込みわたしの体を受け止めてくれると、護衛へと預ける。

その腕の温かさに、今度こそ心の底から安堵の息が漏れた。

 

「……大丈夫か、お姫様」

「ええ、ありがとうブレイン」

「最高の活躍だったぜ」

 

ブレインは笑みを浮かべると、わたしの頭を不器用に撫でた。

ジルクニフはそんなわたしたちを見下ろし、フンと鼻を鳴らす。

 

「勘違いするなよ、王女。貴様を逃がすのは慈悲ではない。英雄を辱めることは帝国の美学に反する、ただそれだけの理由だ」

「建前が上手ね……でも、助かったわ」

「ふん。次に戦場で会った時はその身を貰い受ける。精々、身体を清め待っているがいい」

 

捨て台詞を残し、ジルクニフはマントを翻した。

 

「全軍、撤収だ! 今日のところは王国の『英雄』に免じてやる! 凱旋の準備をせよ!」

「はっ!!」

 

帝国軍が一斉に動き出す。

バジウッドたち四騎士も、複雑そうな、しかしどこか晴れやかな表情でこちらを振り返った。

 

「あばよ、お姫様。次は敵同士だ、手加減しねぇからな」

「強い女は嫌いじゃないが、戦場では御免だね」

「また会おう」

「……」

 

バジウッド、ウォルフ、フリード、そしてナザミ。

彼らはそれぞれの言葉と動作で別れを告げると、皇帝の後を追って去っていった。

遠ざかる帝国の背中を見送りながら、王国の陣地からは割れんばかりの歓声が巻き起こる。

 

「勝った……勝ったんだ!」

「姫様が帝国を追い返したぞ!」

 

歓喜の渦。

それはわたしが望んだ形とは少し違うけれど、最悪の結末だけは回避できたようだ。

 

「……はは、大騒ぎだな」

「ええ……耳が痛いくらい」

 

一方、護衛に護られたわたしは重くなる瞼と戦っていた。

緊張の糸が切れた今、もうわたしには一歩も動く気力が残っていない。

ガゼフではなくわたしとブレインがジルクニフに一目置かれる未来なんて知らないけれど、今はただ生き残れたことを喜びたい。

 

わたしの意識は深い闇へと沈んでいく。

それは死への恐怖ではなく、心地よい安息への誘いだった。

 

こうして、カッツェ平野での戦いは幕を閉じた。

戦後処理やお父様の叱責のことも考えなければいけないけれど――今はただ、泥のように眠らせてほしい。

 

(おやすみなさい、みんな……)

 

遠くなる歓声の中で、わたしは静かに目を閉じた。




色々変えました。
結構疲れましたので、今後はさすがに取り下げないようにより深く推敲してから投稿しようと思います。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。