オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第一章 9 謹慎と嫉妬

王都の喧騒が遠くに聞こえる静寂に包まれた部屋で、わたしは窓枠に肘をつきながら大きく溜息を吐いた。

眼下に広がる庭園の緑は鮮やかだが、鉄格子の嵌められた窓越しに見るその景色はどこか色あせて見えてしまうのが悲しいところだ。

カッツェ平野での激戦から数日。

わたしに与えられたのは「英雄」としての賛辞と、父上からの「謹慎」という名の雷だった。

 

「はぁ。まさかお父様があそこまで激怒するなんて、イメージと違いすぎるわ」

 

わたしはベッドに身体を投げ出し、豪奢な天蓋を見上げながら独りごちる。

凱旋したわたしを出迎えた父上は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら「よくぞ無事で!」と抱きついてきたかと思えば、直後にと烈火のごとく怒鳴り散らしたのだ。

周りの貴族や大臣たちも、今回ばかりは父上の剣幕に同調し、わたしはこの離宮の一室に押し込められることになった。

 

(まあ、自業自得と言えばそれまでなんだけど)

 

王女が最前線で突撃し、あまつさえ正体不明の化け物に特攻を仕掛けたのだから、親として、王として卒倒しそうになるのも無理はない。

今回の謹慎を受け入れたのは、やつれきった父上の顔を見てこれ以上の心労をかけるのは忍びないと思ったからでもある。

わたしは枕元のサイドテーブルに置かれた冷めた紅茶に視線をやり、戦場で暴れ回った高揚感とは正反対な、平穏すぎて退屈な午後の時間を噛み締めていた。

 

そんな時、コンコンと控えめながらもリズムのあるノックの音が、部屋の静寂を破った。

 

「お姉様、入ってもよろしいかしら?」

「ラナー? ええ、鍵は開いているわ」

 

許可を出すと同時に重厚な扉が開き、黄金の髪を揺らしたラナーがカートを押した侍女を連れて入ってくる。

彼女はいつもと変わらぬ可憐な笑みを浮かべていたが、その手には私の好物である焼き菓子の袋が握られていた。

この妹にかかれば鉄壁の警備も顔パス同然なのだろう。

 

「退屈されていらっしゃると思ってお茶菓子を持ってきましたの。少しお話相手をして差し上げようかと」

「助かるわ。話し相手もいなくて、壁のシミの数を数えるのにも飽きていたところよ」

「うふふ、お姉様ったら。あれほどの武勲を立てた『戦乙女』が、今では籠の中の鳥だなんて皮肉なものですわね」

 

ラナーは優雅な手つきでお茶を淹れると、人払いをして私の向かいのソファに腰を下ろした。

二人きりになった途端に彼女の纏う空気がわずかに変化し、無邪気な妹の顔から底知れぬ知性を秘めた『怪物』の瞳が覗く。

 

「それで? 外の様子はどうなっているの? わたしが閉じ込められている間に、随分と騒がしくなっているみたいだけれど」

「ええ、もうお祭り騒ぎですわ。吟遊詩人たちはこぞって『蒼銀の姫騎士』の歌を歌い、街ではお姉様の肖像画が飛ぶように売れています」

「……恥ずかしいからやめてほしいわね、それは」

「あら、良いことではありませんか。今回の件で、お姉様の名声は不動のものとなりました。貴族派も王党派も、救国の英雄『蒼銀の姫騎士』であるお姉様を無視することはできません」

 

ラナーは楽しげに焼き菓子を一口食べると、王宮内のパワーバランスの変化を事もなげに語る。

彼女の言う通り、今回の勝利は王国の、ひいては王家の権威を大きく回復させる結果となった。

帝国の侵攻を食い止め、人的被害も最小限に抑えた事実は腐敗していた王国にとって久しぶりの明るいニュースだ。

 

「そういえば、ブレインはどうなったの? あの時は名も名乗らずに去ろうとしていたけれど、ちゃんと評価されたのかしら」

 

わたしが気になっていたのは、共闘した風来坊の剣士のことだ。

原作において最強の一角となるはずの彼は、この時点ではまだ誰にも知られていないただの素浪人の筈だった。

 

「ご安心ください。彼には王室から正式な仕官の誘いを出されましたわ。最初は『ガラじゃねえ』と渋っていましたが、『お姉様の剣になるなら』という条件で、ひとまずは客将として落ち着きました」

「よかった……彼ほどの腕利きを野放しにするのは王国の損失だもの」

「ええ、本当に。彼のような『個』の武力は喉から手が出るほど欲しいですから」

 

この時期の王国にはまだガゼフがいない。

戦士長という絶対的な柱が不在の中、ブレイン・アングラウスという英雄を確保できたことは、王国にとって最大の収穫と言えるだろう。

 

「ふふ、それにしてもあの時の彼は本当にかっこよかったわよ。絶体絶命のピンチに颯爽と現れわたしの背中を預かってくれて……まさにヒーローって感じだったわね」

 

わたしは戦場での光景を思い出し、つい頬を緩ませて熱っぽく語ってしまった。

頼もしい背中、不敵な笑み、そして神速の剣技。

ああいう『漢』に弱い原作ファンとしては、その活躍には胸を熱くさせられたものだ。

 

「……へぇ。お姉様はあの野良犬がお気に召したのですか?」

「え?」

 

室内の温度が急激に下がった気がした。

顔を上げるとラナーがティーカップを口元で止めたまま、凍りついた笑顔でこちらを見ていた。

その瞳の奥には、ドス黒い何かが渦巻いている。

 

「あのような、どこの馬の骨とも知れない男を……『かっこいい』ですか」

「い、いや、あくまで剣士としてというか、戦友として頼りになっただけで……」

「お姉様のピンチに颯爽と現れて? 背中を預け合って?……ふふ、まるで物語の王子様気取りですわね。ただの薄汚い傭兵崩れの分際で」

 

ラナーがカップをソーサーに置く。カチャン、と硬質な音がやけに大きく響いた。

 

「お姉様の隣に立つ資格があるのは、選ばれた人間だけですわ。ぽっと出の野良犬が、調子に乗って尻尾を振るなんて……躾が必要かもしれませんね」

「ら、ラナー? 目が笑ってないわよ?」

「あら、ごめんなさい。つい、お姉様があまりにもあの方を褒めるものですから……妬いてしまいましたわ」

 

ラナーはパッと表情を明るくして、可愛らしく舌を出してみせた。

けれど、わたしは背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。

今の殺気、冗談では済まされないレベルだった気がする。

 

(ブレイン、ごめん。わたしのせいでとんでもない怪物に目をつけられたかもしれない……)

 

心の中で新たな王国の英雄に合掌しつつ、わたしは話題を変えるべく必死に頭を回転させた。

 

「そう言えば、あ、あの子はどうしたの? クライム!」

「あの少年でしたら、毎日泥だらけになって訓練に励んでいますわ。才能はありませんが、そのひたむきさは見る者の心を打ちます」

「そ、そう! 頑張っているのね!」

「ええ。今はブレインが暇つぶしに稽古をつけているようです。『本当に才能ねえな』なんて呆れながらも、面倒見は悪くないようですわ」

「ふふ、あの二人ならいい師弟関係になれそうね」

 

ガゼフがいない今、クライムの師匠役をブレインが務めているというのは面白い巡り合わせだ。

ラナーの機嫌も少し直ったようで、わたしは胸をなでおろした。

 

「さて、そろそろ失礼しますわ。あまり長居すると、バルブロ兄様たちが『抜け駆けはずるい』と騒ぎ出しますから」

「あはは、あの二人が騒ぐ姿が目に浮かぶわね」

 

ラナーは席を立つと、別れ際、わたしの耳元に唇を寄せた。

その声は甘く、しかし先ほどよりも粘着質な独占欲に満ちていた。

 

「ゆっくりお休みになってくださいね、お姉様……お姉様に近づく悪い虫は、わたしがしっかり『管理』しておきますから」

「……お、お手柔らかにね」

 

ラナーが去った後、部屋には再び静寂が戻ってきた。

わたしは窓の外、王都の空を見上げる。

茜色に染まり始めた空は美しく、けれどその向こうには帝国の脅威だけでなく、身内にもまた別の意味で恐ろしい脅威が潜んでいることを痛感させられた。

 

(休めるうちに休んでおこう……本当の物語はまだ始まってもいないんだから)

 

わたしは残った紅茶を一気に飲み干すと、明日に備えて深く眠るためにベッドへと潜り込んだ。

謹慎生活も悪くない、そう自分に言い聞かせながら。

 

 

お姉様の部屋の扉をノックする。

その数秒間だけで、わたしの心は高鳴っていました。

 

「お姉様、入ってもよろしいかしら?」

「ラナー? ええ、鍵は開いているわ」

 

扉を開けるとそこには退屈そうに、けれど最高に美しい表情で窓の外を眺めるお姉様――アリサお姉様がいらっしゃいました。

戦場で伝説級のアンデッドを屠り、帝国の皇帝すらも手玉に取った『英雄』。

それほどの御方が、今は父上の言いつけを守って大人しく籠の中の鳥を演じている。

 

(……ふふ。これもお姉様の計算通り、なのでしょうね)

 

あえて無茶をして父上の「親心」を刺激し、謹慎という形で表舞台から姿を消す。

そうすることで、高まりすぎた名声を適度に冷却しつつ貴族たちの警戒心を解く。

この部屋にいながらにして、外の人間たちが自分を求めて右往左往する様を楽しんでいるのだわ。

 

ああ、なんて素敵なお姉様。

 

この腐りきった王国で、唯一わたしと同じ景色が見えている、至高の存在。

 

「退屈されていらっしゃると思って、お茶菓子を持ってきましたの」

 

わたしは侍女にお茶の用意をさせると、すぐに二人きりの空間を作りました。

他人の目など邪魔なだけですもの。

 

会話は、外の情勢について。

お姉様は「恥ずかしい」なんて謙遜なさいますが、その瞳の奥には全てを見通す知性が隠されています。

わたしが情勢を語るたびに、お姉様は小さく頷き、次の一手を考えていらっしゃるようでした。

 

けれど、話題があの「野良犬」に移った時、わたしの心にさざ波が立ちました。

 

「ふふ、それにしてもあの時の彼は本当にかっこよかったわよ。絶体絶命のピンチに颯爽と現れわたしの背中を預かってくれて……まさにヒーローって感じだったわね」

 

お姉様が熱っぽく語るのです。

ブレイン・アングラウスとかいう、どこの馬の骨とも知れない男のことを。

 

(……不愉快だわ)

 

あのような薄汚い男が、お姉様の隣に立ったという事実。

そして、あろうことかお姉様の記憶に強く刻まれているという事実。

本来ならお姉様の一番近くでその叡智を支えるのは、妹であるこのわたしであるべきなのに。

あんな野蛮な剣士に、その特等席を一時的とはいえ奪われたことが、どうしようもなく腹立たしいのです。

 

「……へぇ。お姉様、あの野良犬がお気に召したのですか?」

 

つい、声が低くなってしまったかもしれません。

お姉様がキョトンとされています。

 

「い、いや、あくまで剣士としてというか、戦友として頼りになっただけで……」

 

言い訳をするお姉様も可愛らしい。

でも、わたしは知っています。

お姉様は優しいから、役に立つ道具にも情をかけてしまうのです。

 

「お姉様の隣に立つ資格があるのは、選ばれた人間だけですわ。ぽっと出の野良犬が、調子に乗って尻尾を振るなんて……躾が必要かもしれませんね」

 

少しだけ本音を漏らすと、お姉様は慌てたように話題を変えました。

その不自然なほどの急ぎ方。 ああ、お姉様は察してくださったのですね。

わたしが嫉妬していることに気づき、機嫌を損ねないように配慮してくださったのだわ。

なんてお優しい……。

 

「あ、あの子はどうしたの? クライム君!」

 

――けれど、その変更先の話題は、火に油を注ぐようなものでした。

 

『クライム』。

お姉様が路地裏で拾い、あろうことか自ら名付けた少年。

ゴミのように捨てられていた石を拾い上げ、「這い上がる者」という意味を与えた。

 

(……ズルい)

 

ブレインへの嫉妬が「場所」への嫉妬なら、クライムへの嫉妬は「証」への嫉妬。

お姉様に名付けてもらえるなんて。

お姉様に命を拾われ、生きる意味を与えてもらえるなんて。

わたしだって、お姉様に新しい名前をつけて呼んでほしい。

「ラナー」という王女の記号ではなく、お姉様だけの特別な所有物としての名前を。

 

「あの少年でしたら、毎日泥だらけになって訓練に励んでいますわ」

 

わたしは笑顔を貼り付けたまま答えます。

 

「才能はありませんが、そのひたむきさは見る者の心を打ちます」

 

ええ、才能なんて欠片もない凡人です。

でもお姉様が拾ったという一点においてのみ、あの少年には価値がある。

だからお姉様の「慈悲深さ」を演出するための道具として、あの少年を飼っているのです。

ブレインに稽古をつけさせているのも、お姉様のお気に入りの玩具同士をぶつけてどれくらい壊れにくいかテストしているようなもの。

 

「ふふ、あの二人ならいい師弟関係になれそうね」

 

お姉様が安堵したように微笑みます。

わたしが嫉妬心を隠したことに気づき、それに乗っかってくださったのでしょう。

本当に、どこまで私の心を操れば気が済むのかしら。

その掌の上で転がされる感覚すら、甘美な喜びに変わっていくようです。

 

「さて、そろそろ失礼しますわ」

 

これ以上長居をして、お姉様の休息を妨げるわけにはいきません。

それに、お姉様の優しさに付け込んで近づいてくる羽虫たちの「掃除」も考えなくては。

帰り際、わたしはお姉様の耳元で囁きました。

 

「お姉様に近づく悪い虫は、わたしがしっかり『管理』しておきますから」

 

これは誓いです。

ブレインも、クライムも。

お姉様の輝きに群がる有象無象は、すべてわたしがフィルターとなって選別します。

お姉様の視界に入れるのは、お姉様に相応しい、美しく完成されたものだけでいい。

 

部屋を出た後、わたしは冷え切った廊下を歩きながら、恍惚としたため息をつきました。

 

けれどある男が脳裏をよぎった瞬間、わたしの表情筋は凍りついたように動かなくなりました。

 

ジルクニフ・ルーン・ファロード・エル=ニクス。

 

帝国の鮮血帝。

情報によれば、彼はお姉様に執着し「次に会った時はその身を貰い受ける」などと宣ったとか。

 

(……盗っ人猛々しいにも程があるわ)

 

影がわたしの足元から広がり、世界を塗りつぶしていくような錯覚を覚えます。

自分が「皇帝」という肩書を持っているからといって、何でも手に入ると思っているのかしら。

お姉様はモノではない。

ましてや、あんな血生臭いだけの成金国家の装飾品になどしていいはずがない。

 

(次に会った時は貰い受ける?……いいえ、次などありません)

 

わたしの思考の奥底で、ドス黒い何かが粘液のように渦巻きます。

ブレインやクライムへの嫉妬が独占欲だとするならば、ジルクニフへ向ける感情は明確な「殺意」であり「排除の意思」。

 

(もしも次にお姉様にその汚い手を伸ばそうとしたら……貴方の大切な帝国ごと挽き肉にして差し上げますわ)

 

帝国の内政事情、貴族たちの不満、周辺諸国とのパワーバランス。

頭の中で無数の因子が組み上がり、まだ不完全な帝国を内側から腐らせ崩壊させるためのシナリオが瞬時に数十通り構築されていく。

お姉様を奪おうとする害虫には、死よりも惨めな絶望がお似合いです。

玉座の上で全てを失い、血の涙を流して後悔させてやる。

「『蒼銀の姫騎士』に触れるべきではなかった」と、魂に刻み込んでやる。

 

「ふふっ、あははっ」

 

廊下に、わたしの乾いた笑い声が響きました。

お姉様、安心してくださいね。

貴女を狙うハイエナは、このラナーが責任を持って処分いたしますから。

その純白のドレスを汚す返り血すら、一滴も残させはしませんわ。




らなーこわい

あと、前話の前のverを見ている方へ。
前話の後半につきまして内容変更をしております。
前のverからでは今話にはつながりませんので、ご承知おきを。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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