オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
重厚なオーク材の扉が鈍い音を立てて開かれると同時に、わたしは大きく伸びをして新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
父上から言い渡されていた謹慎期間が明け、ようやくわたしは「籠の中の鳥」から解放されることになったのだ。
廊下に控えていた衛兵たちが一斉に敬礼する姿を見て、わたしは少しだけ背筋を伸ばし、王族としての仮面を被り直す。
数日間の軟禁生活は、戦場で張り詰めていた神経を休めるには丁度よかったが、これ以上続けば退屈で死んでしまうところだった。
「お勤めご苦労様……さて、休んでいる間に溜まったツケを払いにいくとしましょうか」
わたしは誰に言うでもなく呟くと、足早にラナーの待つ執務室へと向かった。
これから始まるのは、剣と魔法が飛び交う戦場ではない。 王国の闇に根を張る巨大な犯罪組織『八本指』との、ドロドロとした化かし合いだ。
「お待ちしておりましたわ、お姉様。謹慎明け早々、働き者ですのね」
ラナーの部屋に入ると彼女は大量の書類が積まれた机の向こうから、変わらぬ天使のような微笑みを向けてきた。
部屋にはすでに人払いがされており、彼女の専属侍女すらも下がらせている徹底ぶりだ。
わたしはソファに腰を下ろすと、ラナーが差し出した一枚の羊皮紙に目を通した。
「……これが、八本指の拠点リスト?」
「ええ。お姉様が謹慎されている間に私の『目』を使って洗い出しました。確度は九割といったところかしら」
こともなげに言うが、これは王国の諜報機関が何年もかけて掴めなかった極秘情報だ。
それをわずか数日で特定してしまうあたり、この妹の能力の底知れなさに改めて戦慄する。
「それで、作戦はどうするの? 場所が割れても、叩く戦力がなければ意味がないわ」
わたしは羊皮紙をテーブルに戻し、現状における最大の問題点を口にした。
この時期の王国には、まだ絶対的な切り札であるガゼフ・ストロノーフが存在しない。
原作で八本指壊滅に貢献したアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』も、リーダーのラキュースがまだ修行中で結成すらされていない状態だ。
「本来ならわたしが出馬して、一網打尽にしたいところだけれど……」
「父上が許さないでしょうね。謹慎が解けたばかりの王女がまた剣を持って市街戦だなんて」
ラナーは困ったように眉を下げて首を振る。
彼女の言う通りだ。
これ以上父上に心労をかければ、次は本当に離宮の奥深くに幽閉されかねない。
「ええ、だから今回は正規の手順を踏むわ……こちらの戦力は?」
「動かせるのは王都の警備兵と、一部の信頼できる近衛兵のみ……あとは、例の『彼』くらいですわね」
ラナーの視線が、部屋の隅に置かれた一本の刀に向けられるような気がした。
ブレイン・アングラウス。
今の王国において、単独で戦局を覆せる唯一のジョーカー。
「ブレイン頼みになるのは心苦しいけれど、彼に遊撃隊を率いてもらうしかないわね」
「彼なら喜んで引き受けるのではありません? お姉様のためなら火の中水の中でしょうから」
ラナーの言葉には、どこか棘が含まれているような気がしたが、今は気にしている場合ではない。
わたしは地図を広げ、八本指の拠点を指でなぞりながら、厳しい戦いになることを予感していた。
圧倒的な個の武力が不足している中で、組織力と暴力の泥仕合が始まるのだ。
◇
作戦が開始されてから一か月。
事態は想定通り、いや、想定以上に膠着していた。
「……また逃げられたの?」
「はっ! 踏み込んだ時にはすでにもぬけの殻で……地下通路を使って逃走した模様です!」
執務室で報告を受けるたびに、わたしはこめかみを揉みほぐしたくなる衝動を抑えなければならなかった。
八本指の根はあまりにも深く、そして王国の腐敗はあまりにも進行しすぎていた。
警備兵の中には八本指と通じている者が少なからず存在し、情報が筒抜けになっているのだ。
こちらの動きは常に先読みされ、空振りを繰り返す日々が続いていた。
「ブレインの部隊はどうなっているの?」
「アングラウス殿は麻薬取引の現場を押さえ、構成員三十名を捕縛したとのことです! ですが……」
「ですが?」
「彼一人では手が足りません。東を叩けば西で事件が起き、西へ向かえば南で火の手が上がる状態で……疲労もかなり蓄積されているかと」
報告に来た兵士の言葉に、わたしは苦い顔で頷くしかなかった。
いくらブレインが天才剣士とはいえ、彼は人間だ。
分身できるわけでもなければ、不眠不休で戦えるアンデッドでもない。
「ご苦労様。下がって休んで」
兵士を下がらせた後、わたしは窓の外、王都の夜景を見下ろした。
美しい街並みの影で、今も違法な薬物が売買され、人身売買が行われている。
それを知りながら、王女であるわたしは安全な城の中で報告を待つことしかできない。
「……歯がゆいわね」
原作知識があっても、それを活かすための「手駒」がいなければどうにもならない現実。
モモンガ――悟兄さんのように圧倒的な力ですべてを蹂躙できればどれほど楽だろうか。
そんな弱音を吐きそうになった時、不意に喉の渇きを覚えた。
わたしは執務机の脇に置かれたシルバーのポットに手を伸ばし、カップに紅茶を注ぐ。
湯気と共に立ち上るベルガモットの香り。
それは張り詰めた神経を少しだけ和らげてくれる、いつもの香りのはずだった。
一口、口に含む。
温かい液体が喉を通り、胃に落ちていく感覚。
ふぅ、と息を吐き出した直後だった。
「――っ!?」
唐突に、視界がぐにゃりと歪んだ。
世界が回転し、床と天井が逆転するような強烈なめまい。
遅れてやってきたのは、内臓を焼き鏝(ごて)で直接焼かれているような激痛だった。
「ガ、はっ……!?」
手からカップが滑り落ち、高価な陶磁器が床で砕け散る音がやけに遠く聞こえる。
喉が痙攣し、空気を吸い込むことすらままならない。
(毒……!? 作戦が始まってから全て多重の毒見は通しているはず。なのに、どうして――?)
薄れゆく意識の中で、わたしの脳裏にある名称がよぎった。
暗殺集団。
裏社会の頭目たちが追い詰められた時に使う、最後の切り札。
その名は――『イジャニーヤ』。
でも、それは帝国を中心とした組織の筈。
「だ……れか……」
助けを呼ぼうとした声は、泡となって口の端から零れ落ちるだけだった。
膝から力が抜け、わたしは無様に床へと崩れ落ちる。
冷たい石造りの床の感触が頬に触れる。
視界の端で、誰かの靴がこちらに近づいてくるのが見えた気がした。
それは駆けつけた衛兵なのか、それとも止めを刺しに来た暗殺者なのか。
確認する間もなく、わたしの意識は深い闇へと沈んでいった。
◇
「お姉様ッ!!」
いつもなら完璧に制御されているはずの私の声が、裏返った悲鳴となって部屋に響いた。
扉を蹴破るようにして飛び込んだ私の視界に映ったのは、もはや現実のものとは思いたくない光景だった。
床に崩れ落ちたお姉様――アリサお姉様が、苦悶の表情で胸を掻きむしっている。
白磁のように美しかった肌は土気色に変色し、口端からは赤黒い血と共に白い泡が零れ落ちていた。
「いや……嘘、嘘よ……!」
駆け寄り、その体を抱き起こす。
熱い。 まるで燃えているかのような高熱が、私の腕を通して伝わってくる。
ドレス越しでも分かる痙攣。
呼吸は浅く、ヒューヒューと壊れた笛のような音を立てている。
「回復魔法を! 早く! 何をしているのですか!!」
私は獣のように吠えた。
周囲に控えていた神官たちがビクリと肩を震わせ、慌てて詠唱を開始する。
けれど彼らの表情には焦燥と、それ以上の諦観が張り付いていた。
「も、申し訳ありません殿下! 解毒魔法が効きません! これは……未知の複合毒です!」
「なら高位の治癒を! 毒を中和できないなら、壊死する細胞を無理やりにでも再生させて命を繋ぎなさい!」
「そ、それが……我々の使える第三位階まででは、崩壊の速度に追いつけません……!」
神官の悲痛な叫びが、私の理性を削り取っていく。
今の王国には、第四位階以上の信仰系魔法を行使できる人間は皆無に等しい。
ラキュースならば素質はあるが、今の彼女はまだ修行中の身。
神の奇跡を降ろすには至っていない。
(そんな……計算外だわ)
私の頭の中で、積み上げてきた完璧な計画がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
八本指の壊滅、王権の強化、そしてお姉様と共に歩む平穏な未来。
その全てが、たった一つの「毒」という不確定要素によって無に帰そうとしている。
「ガ、は……ラ、ナ……」
「お姉様! 喋らないで! 今、すぐに……!」
お姉様の瞳から光が消えていく。
私の大好きな、知的で、優しくて、私を「人間」として見てくれた唯一の光。
それが、泥のような死の影に塗りつぶされていく。
(嫌……嫌よ、置いていかないで)
激しい怒りが湧き上がる。
毒を盛った実行犯への、黒幕への、そして守りきれなかった自分自身への、はらわたが煮えくり返るような殺意。
けれど、それら全てを飲み込んでしまうほどの、底なしの絶望が私を押しつぶす。
私の知性も、策略も、『怪物』としての才能も。
今、この腕の中で消えゆく命の前では、何の役にも立たないゴミ屑でしかなかった。
「誰か……誰か助けて……! お姉様を助けてよぉ……ッ!」
なりふり構わず、子供のように泣き叫ぶ。
黄金の姫の仮面は砕け散り、そこにはただ、最愛の半身を失う恐怖に怯える無力な少女がいるだけだった。
◇
【帝都アーウィンタル・地下牢】
地下深く、冷たい湿気に満ちた石牢の中で、ロクシーは静かにその時を待っていた。
手足には重い魔封じの枷。
煌びやかだった夜会服は薄汚れ髪も乱れているが、その瞳に宿る光だけは冷徹に澄み渡っていた。
カツ、カツ、と重厚な足音が響き、鉄格子の向こうに一人の男が立つ。
ジルクニフ・ルーン・ファロード・エル=ニクス。
バハルス帝国を統べる鮮血帝その人である。
彼はその美しい顔を憤怒に歪ませ、檻の中のロクシーを睨みつけていた。
王者の覇気、そして純粋な殺意。
もし視線で人が殺せるなら、今のロクシーは千回は死んでいるだろう。
「……何のつもりだ、ロクシー。余がいつアリサの暗殺を命じた?」
地を這うような低い声が、石壁に反響する。
だが、ロクシーはふっと口元に自嘲めいた笑みを浮かべただけだった。
「陛下のご命令ではありません。これは、私個人の独断です」
「独断だと? 余が手に入れたいと願った『蒼銀の姫騎士』を、貴様の嫉妬で殺したと言うつもりか?」
「嫉妬……ええ、そうかもしれませんね。ですが、それ以上に恐怖したのです」
ロクシーは鉄格子の向こう、遥か彼方にある王国の空を思い描くように目を細めた。
脳裏に浮かぶのは、戦場で見たあの凛とした姿。
「アリサ殿下、あなたは異常すぎたのよ」
彼女の言葉には、敵に対する憎しみよりも、ある種の畏敬が滲んでいた。
「あなたを核に、腐敗しきっていた王族はまとまり始めている。あなたを軸に、交わるはずのなかった王国とスレイン法国との間に繋がりができた。そしてあろうことか、あなたに執着を見せた皇帝陛下を通じて、王国は帝国とも国交が開かれようとしている」
それは奇跡といっていい偉業だった。
一人の少女が、歴史の流れそのものを強引に変えようとしている。
けれど帝国の覇業を、ジルクニフという稀代の皇帝の未来を考えるとそれは最悪の障害となる。
「アリサ殿下が生きている限り、王国は死なない。それどころか、かつてない強国へと変貌を遂げ、いずれ帝国の喉元に牙を突き立てるでしょう」
でもアリサという特異点がいなくなれば、王国は再び元の腐敗した国へと戻る。
父王は悲嘆に暮れ、派閥争いは再燃し、ラナー王女は狂気に沈むだろう。
それこそが、帝国の望む「弱き隣人」の姿だ。
「……でも、すべて、アリサ殿下が死ねばすべて終わり……消えなさい。帝国の覇業を成し遂げるために、あなたは邪魔なの」
ロキシーは自身の死刑宣告を待つ囚人とは思えないほど晴れやかに、王国の方向へと別れの言葉を告げた。
たとえこの身が皇帝の逆鱗に触れて滅びようとも、帝国にとって最大の脅威を取り除けたのなら、それは忠臣として本望だと信じて。
「……連れて行け」
ジルクニフの短く、冷たい命令が下る。
衛兵たちが鍵を開け、ロクシーの腕を掴む。
彼女は抵抗することなく、ただ静かに、最後の瞬間まで帝国の未来を案じ続けていた。
「チェックメイトよ、お姫様」
この一連の流れを思いついたので、前の帝国虜囚ルートを改変しました。
まあ、死んだら復讐鬼として覚醒したラナーが滅ぼすんですけどねw
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース