オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
意識の底へ沈んでいくわたしを、無理やり引きずり上げるような熱さと激痛が全身を苛んでいた。
鉛のように重い瞼をこじ開けると、そこは見慣れたはずの自室の天井ではなく、歪にねじれ、不気味な色彩を帯びた悪夢のような光景だった。
いや、違う、これは毒の影響でわたしの視神経が焼き切れる寸前なのだと、冷静な部分が他人事のように分析している。
「解毒ポーションを持ってこい! 最高級のものだ! 金に糸目はつけるな!」
「いけません、嚥下できません! 気道が腫れ上がって……これ以上は窒息します!」
「なら胃に直接転移させろ! 魔法使いは何をしている!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、わたしはベッドの上で浅い呼吸を繰り返していた。
体感時間は永遠にも思えたが、実際には毒を受けてから数十分も経っていないのだろう。
周囲の喧騒が、まるで水の中にいる時のようにぼんやりとくぐもって聞こえる。
「父上! 母上! 離れてください! 毒が揮発して毒気になっています!」
思考の端が焼け落ちていく感覚。
体の自由は利かず、ただ内側からドロドロに溶かされていくような不快感だけが鮮明だ。
わたしのベッドを取り囲むようにして、幾人もの神官や医師たちが必死に手を尽くしてくれている気配がある。
けれど、彼らの手から放たれる癒やしの光は届かない。
未知の複合毒。
それはイジャニーヤが作り出した、王族殺しのための猛毒なのだろう。
「離れるものか! アリサが、あの子が死にかけているのだぞ!」
「陛下、なりませぬ! 国王陛下に万一のことがあっては……!」
父上の悲痛な叫び声が聞こえる。
ごめんなさい父上。
親不孝な娘で、本当にごめんなさい。
ふと、部屋の隅で誰かが囁く声が耳に届いた。
感覚が鋭敏になっているのか、あるいは死の間際の幻聴なのか、その声はやけに明瞭だった。
「……残念ですが、手の施しようがありませんな」
「うむ……だが、これでバルブロ様が王に就かれることが決まりますね。結果としては……」
貴族派の誰かだろうか。
不謹慎極まりないその言葉は、しかし最後まで紡がれることはなかった。
ドカッ、という鈍い音と、何かが吹き飛ぶ音が響いたからだ。
「ふざけるな! 貴様、今なんと言った!」
その声の主が誰であるかわたしはすぐに理解した、バルブロ兄様だ。
「お、王太子殿下!? 乱心召されたか、私はただ国の未来を……」
「黙れ! 二度とその腐った口を開くな!」
衣擦れの音と、荒い息遣いが近づいてくる。
兄様が胸倉を掴み上げた貴族を突き飛ばし、わたしのベッドの近くへと踏み込んでくる気配がした。
衛兵たちが慌てて止めようとするが、兄様はそれを怒声で制したようだった。
「俺はアリサに比べれば矮小かもしれん、狭量かもしれん! だが、だがな! 俺は俺を兄と慕う妹が死の苦しみにある時に喜ぶほど卑怯者になった覚えはない!!」
兄様……。
その言葉を聞けただけで、わたしは少しだけ救われた気がした。
「バルブロ殿下、危険です! 毒気が濃くなっています! これ以上は殿下のお身体に障ります!」
「くそっ、離せ! アリサ! おい、目を開けろ! 勝手に死ぬことは許さんぞ!」
遠ざかっていく兄様たちの声。
そして、父上も近衛兵たちによって強制的に部屋の外へと退避させられていく。
わたしの体から溢れ出る毒の毒気が、周囲の人間をも蝕み始めたからだ。
「嫌よ……嫌、私は離れないわ!」
けれど、一人だけ頑として動かない気配があった。
ラナーだ。
彼女だけはどれだけ周囲に止められようとも、私の手を握りしめて離そうとしなかった。
「ラナー様、お顔の色が優れません! 毒気が回っています、早く退出を!」
「うるさい! 下がれ! 全員下がれと言っているのが分からないの!?」
聞いたこともないような、獣じみた咆哮。
いつも天使のように微笑んでいた妹の、仮面が砕け散った魂からの叫びだった。
彼女の気迫に圧されたのか、あるいは毒気の濃さに耐えかねたのか、一人、また一人と部屋から人がいなくなっていく。
バタン、と重厚な扉が閉められる音がした。
後に残されたのは死に瀕したわたしと、毒気に侵されながらも傍らに居続けるラナーだけ。
静寂が戻った部屋に、彼女の嗚咽だけが響き渡る。
「お姉様……ごめんなさい、ごめんなさい……私が、もっと早く気づいていれば……」
「……ラ……ナ……」
「喋らないで! お願い、死なないで……お姉様がいなくなったら、私、どうすればいいの……」
私の頬に、熱い滴が零れ落ちる。
ラナーの涙だ。
視界はもうほとんど暗闇に閉ざされているが、彼女がどれほど絶望的な顔をしているのかは痛いほどに分かった。
(ああ、神様……)
もし、奇跡があるのなら。
この愛すべき妹を一人残して逝くことだけは、回避させてほしい。
原作の知識も、鍛え上げた剣技も、この理不尽な死の前では何の意味もなかった。
悔しい。
ただひたすらに、悔しくてたまらない。
わたしの命の灯火が、ふっと揺らぎ、消えようとしたその時だった。
『――緊急事態発生(Emergency Call)。対象のバイタルサイン、危険水域を突破』
不意に、脳内に直接響くような無機質な声が聞こえた。
幻聴ではない。
それはあまりにもクリアで、そしてどこか懐かしさを感じさせる響きを持っていた。
「……え?」
ラナーが驚愕に息を呑む気配がする。
閉ざされかけたわたしの視界の奥で、強烈な光が炸裂した。
その輝きは部屋に充満していた毒々しい毒気を瞬時に払い除け、神聖不可侵な領域を作り出していく。
『唯一の登録個体:『永遠の歌姫』アリサを確認。パーソナル、魂魄波長、照合完了』
光の中心、虚空から現れたのは、黄金に輝く首飾りだった。
大小様々な宝石が散りばめられ、まるで星々を繋ぎ合わせたかのような、至高の輝きを放つ宝具。
それはわたしの胸元へと静かに降下し、吸い込まれるようにして皮膚の上へと着地した。
(これは……まさか……ワールドアイテム……?)
こんなワールドアイテム、わたしは知らない。
原作知識にあるどのワールドアイテムとも違う。
けれども、そこから感じる圧倒的な「理」の力は、この世界のものではないことを雄弁に物語っていた。
黄金の首飾りが脈動するたびに、停止しかけていた心臓が力強く動かされる。
『ワールドアイテムEx-No.201(エクストラナンバー)、コードネーム『ブリーシンガメン』起動。これより、マスター『アリサ』の救命措置へと移行します』
女性的な、けれど感情の一切を感じさせない冷徹な声。
それはどこか、前世でプレイしたSFゲームのナビゲーションAIを彷彿とさせた。
『現状の肉体スペックでは、毒素分解および生命維持が不可能と判断。緊急プロトコルを発動。外部ストレージより、アバターデータのインストールを試行します』
アバターデータ?
何を言っているの?
朦朧とする意識の中で、わたしはその単語に疑問符を浮かべる。
『警告(Warning)。データの一部に欠損あり。完全な適合率は保証されません。しかし、生存のための代替案なし……承認を求めます。イエスか、ハイか』
選択肢がないじゃない、と心の中でツッコミを入れる余裕すら、今のわたしにはなかった。
ただ、生きたい。
その渇望だけが、唯一の答えだった。
(……助けて!)
声にならない叫びに応えるように、首飾りが眩い閃光を放つ。
『承認(Accepted)。『永遠の歌姫:アリサ』のアバターデータを展開。素体への適合(インストール)を開始します。多少の苦痛を伴いますが、耐えてください』
多少、というレベルではなかった。
先ほどまでの毒の苦しみが「溶かされる」痛みだとしたら、今度の痛みは「作り変えられる」激痛だ。
骨が軋み、筋肉が繊維の一本一本まで分解され、そして再構築されていくような感覚。
「あ、ああああああああああッ!!」
「お姉様!? 何、これ……光が、お姉様の中に入って……!?」
ラナーの悲鳴が遠くなる。
わたしの体の中で、何かが弾けた。
それは、前世のユグドラシルというゲームの中でわたしが配信に用いていた、いわば『究極の私』。
その膨大な情報量が、情報の濁流となって、瀕死の肉体へと雪崩れ込んでくる。
『同期率、上昇中。レベルデータ、スキルツリー、物理耐性を更新。毒素無効化スキル、自動発動――状態異常の無効化を完了』
全身を駆け巡る奔流の中で、わたしは見た。
ステータス画面のようなウィンドウが視界いっぱいに展開され、真っ赤に染まっていたHPバーが、ものすごい勢いで回復していく様を。
それと同時に、欠落したデータを示す「ERROR」の文字がいくつか点滅しているのを。
『インストール完了。おはようございます、マスター『アリサ』。これより『ブリーシンガメン』は、あなたの盾となり、剣となります』
光が収束する。
激痛が引き、代わりに体中に満ち溢れるような力が宿っていく。
わたしは大きく息を吸い込み、そして目を見開いた。
そこにはもう、死にかけていた弱々しい王女はいなかった。
『パーソナル安定……システム、オールグリーン』
「嘘……でしょ……」
呆然として自分の口から紡がれた言葉は、以前の声よりも遥かに澄んで、そして力強く響いた。
それはまさに、『永遠の歌姫』と呼ぶに相応しい響きを持っていた。
体の中を駆け巡っていたあの焼けるような痛みは、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せている。
指先を軽く握りしめてみると、そこには以前とは比べ物にならないほどの力が満ちているのが分かった。
「お姉様……? 本当にお姉様、なの?」
ラナーが恐る恐る、壊れ物を扱うような手つきで私の頬に触れる。
その瞳には大粒の涙が溜まったままで、信じられないという色と縋るような安堵が入り混じっていた。
「ええ、ラナー。心配をかけたわね」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
それはインストールされた『永遠の歌姫』というアバターの影響なのかもしれない。
「よかった……ああっ、本当によかった……!」
ラナーが勢いよく私に抱きつき、子供のように声を上げて泣きじゃくる。
その温もりを感じながら、私は首元にある『ブリーシンガメン』にそっと指を這わせた。
『システム・スタンバイ。脅威レベル低下を確認。通常モードへ移行します』
脳裏で再びあの無機質な声が響く。
どうやらこの首飾り――ワールドアイテムは私を守護してくれているようだ。
バタンッ! と勢いよく扉が開かれ、父上と兄様たち、それに近衛兵たちが雪崩れ込んでくる。
先ほどの閃光と、毒気の消失を確認して戻ってきたのだろう。
「アリサ! 無事か!?」
「父上、兄様……申し訳ありません、ご心配をおかけしました」
私がベッドの上に座り、微笑みかけると、二人は一瞬呆気にとられたように立ち尽くした。
死に瀕していたはずの娘が、以前よりも血色良く、どこか神々しい雰囲気さえ纏って座っているのだから無理もない。
「おお……おおお、神よ! 感謝します、私の愛娘を救ってくださったことに!」
父上は駆け寄るなり、ラナーごと私を抱きしめ、人目も憚らずに号泣し始めた。
国王としての威厳などかなぐり捨てたその姿に、胸が締め付けられるような愛おしさを感じる。
「馬鹿野郎が……! 本当に、死ぬかと思ったぞ……!」
バルブロ兄様もまた、目元を乱暴に拭いながら、震える声で悪態をついた。
その表情には、先ほどまでの激昂とは違う、心からの安堵が浮かんでいる。
「医師団! 何をしている、すぐにアリサの容態を確認しろ! 後遺症はないのか!」
ザナック兄様の怒鳴り声に、呆然としていた医師や神官たちが我に返り、慌てて私の周囲に集まってきた。
彼らは震える手で診断魔法や聴診を繰り返すが、そのたびに首を傾げ、困惑の表情を深めていく。
「……信じられません。毒素が、完全に消えています」
「それどころか、内臓の損傷も、衰弱していた体力さえも……完全に回復している」
「奇跡だ……これはまさしく、神の御業としか言いようがない」
医師たちの言葉に、父上と兄様は顔を見合わせ、再び私を強く抱きしめた。
私はその温かな輪の中で、生きていることの実感を噛み締めていた。
けれど、和やかな時間は長くは続かなかった。
私の無事が確認されると同時に、この事態を引き起こした者たちへの断罪の空気が場を支配し始めたからだ。
「……ザナック」
「はい、兄上」
ザナック兄様が、バルブロ兄様の呼びかけに低く応える。 彼は普段の飄々とした態度を消し去り、冷ややかな殺気を瞳に宿していた。
「警備の不備を洗い出せ。それから、裏で糸を引いていた貴族共を一人残らずリストアップしろ」
「既に手配しております。実行犯と思われるメイドは自害していましたが、背後関係は明らかです……『八本指』でしょう」
八本指。
王国の裏社会を牛耳る巨大犯罪組織の名が出た瞬間、父上の表情が険しいものへと変わった。
「奴らめ……王族の命まで狙うようになったか」
「父上! もはや看過できません! 王国全軍を持って、あの薄汚い組織を根絶やしにすべきです!」
バルブロ兄様が激昂し、腰の剣に手をかける。 ザナック兄様もまた、静かながらも同意を示すように頷いた。
「同感です。アリサだけでなく、ラナーまで危険に晒されたのです。このまま野放しにしておけば、王家の権威は地に落ちるでしょう」
「うむ……」
父上は深く頷き、私とラナーの頭を優しく撫でた。
その瞳には、父としての慈愛と、王としての冷徹な決意が宿っていた。
「許さん……余の可愛い娘たちを傷つけた報い、必ずや受けさせてやる」
「では、直ちに騎士団と兵士たちを招集し――」
「待て、バルブロ」
勢い込む兄様を、父上は手で制した。
その視線は、未だに私の服を握りしめて震えているラナーと、病み上がりの私に向けられている。
「今夜は動かん。アリサは回復したとはいえ、毒に晒されたばかりだ」
「しかし……!」
「敵は逃げ隠れすることに長けた鼠どもだ。焦って動けば尻尾を掴み損ねる。まずは二人を休ませ、万全の警護体制を敷くことが先決だ」
父上の言葉に、兄様たちは悔しげに拳を握りしめたが、やがて不承不承といった様子で頷いた。
彼らにとって、私たちの安全が何よりも優先すべき事項なのだということが痛いほど伝わってくる。
「分かりました……ですが、この落とし前は必ずつけさせます」
「ああ……誰一人、この部屋には近づけさせん」
こうして、王国の総力を挙げた『八本指』の討伐は決定事項となった。
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース