オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第一章 12 告白とアバター・プロジェクション

騒動が一段落し、夜も更けた頃。

父上の命令によって厳重な警備が敷かれた王城の一室、わたしの寝室には静寂が戻っていた。

 

広大なベッドの上、わたしは横になりながら、天井の天蓋をぼんやりと見つめている。

毒のダメージは『ブリーシンガメン』とアバターデータのインストールによって完全に回復していたが、精神的な疲労までは拭い去れていなかったようだ。

 

「……えへへ」

 

そんなわたしの横で、甘い吐息と共に嬉しそうな声が漏れる。

視線を向ければ、そこには豪奢なネグリジェに身を包んだラナーが、わたしの腕にしがみつくようにして横たわっていた。

 

「どうしたの、ラナー。そんなに嬉しそうな顔をして」

「だって、お姉様とこうして一つのベッドで眠るなんて、いつぶりでしょうか。幼い頃はありましたけれど、最近はずっとなかったから」

 

ラナーは頬をわたしの肩に擦り寄せ、心底幸せそうに目を細める。

その表情は、先ほど毒に侵されたわたしを見て獣のように叫んでいた姿とは別人のように、天使そのものの愛らしさを湛えていた。

 

「怖かったでしょう。もう大丈夫よ」

「はい……お姉様が無事で、本当に良かった。もしお姉様がいなくなってしまったら、私、世界中のすべてを壊してしまうところでした」

 

さらり、と。

恐ろしいことを愛の囁きのように口にする妹の頭を、わたしは優しく撫でる。

温もりを感じながら、わたしの思考は不意にかつて過ごした『現実世界』の記憶へと飛んだ。

 

(……ああ、そういえば)

 

今のラナーのように、わたしを守ろうと必死になってくれた人が、前世にもいた。

かつての日本で、わたしの家には温かな団欒があった。

優しかった父さんと母さん。

そして何より、いつもわたしの隣にいてくれた兄である悟兄さん。

 

『亜理紗は表に立つ人間だ。俺はそれを支える』

 

声優になりアイドルになったわたしを、兄さんはいつも支えてくれた。

両親が亡くなるその直前まで、家族四人で食卓を囲み笑い合えたあの時間は救いだった。

今の父上や兄様たちと同じように、不器用で、優しくて、頼りになる家族。

 

ラナーの体温が、あの頃兄さんと一緒にゲームをして過ごした時の記憶を呼び覚ます。

今のわたしがこうして生きているのは家族と過ごした愛しい時間があったからだ。

 

(……隠し続けるのは、もう無理かもしれないわね)

 

わたしは覚悟を決めた。

ラナーは賢すぎる。

今日のわたしの回復劇、謎のアイテムの出現、そしてこれまでわたしが見せてきた年齢不相応な知識や振る舞い。

彼女の中で、それらのピースは既に組み合わされ、何らかの仮説が立てられているはずだ。

 

下手に誤魔化して疑念を抱かれるより、真実を明かしてしまった方がいい。

わたしたちの絆をより強固なものにするために。

 

「……ラナー。眠る前に少しだけ昔話をしてもいいかしら」

「昔話、ですか?」

 

ラナーがパチクリと目を瞬かせ、小首をかしげる。

 

「ええ。とても不思議で、そして今の『わたし』を形作っている、大切な秘密の話よ」

 

わたしは指先を軽く振り、防音の魔法(サイレント)を発動させた。

室外に控えている近衛兵たちに聞かれるわけにはいかない内容だ。

その意図を察したのか、ラナーの瞳から子供っぽい色が消え、理知的な光が宿る。

 

「……誰にも、言いません。お姉様の秘密は、私の秘密です」

「ありがとう……実はね、ラナー。わたしには、前世の記憶があるの」

 

一拍の静寂。

けれど、ラナーは驚かなかった。

予想していた答え合わせが始まったかのように、静かに続きを促す瞳でわたしを見つめ返してくる。

 

「前世……やはり、そうだったのですね。お姉様のその卓越した知性、魔法の才能、そして時折見せる遠い目……普通の子供ではないと思っていました」

「ふふ、やっぱりバレていたわね……そう、わたしはここではない別の世界から来たの」

 

わたしは言葉を選びながら語り始めた。

ただし、すべてを話すことはできない。

わたしがかつて『男』であったこと、そしてこれが二度目の転生であることは墓場まで持っていく覚悟で伏せる。

もしそんなことをラナーに知られたら、彼女の中の『理想の姉』像が崩壊するどころか、もっと深刻で、極めて情操教育に悪い何かが暴走する予感がしたからだ。

 

――というか、わたしの貞操がとてつもなく危険な気がする。

 

「そこは魔法なんてない世界だったわ。わたしはそこで、普通の人間として生きていたの」

「魔法がない世界……そんな場所で、お姉様は……」

「ええ。でも不幸ではなかったわ。わたしには優しい両親と、頼りになる兄さんがいたから」

 

わたしは『ブリーシンガメン』に触れながら続ける。

流石にVRやゲームという概念を説明するのは難しいので、精神世界のようなものとして語ることにした。

 

「わたしは兄と一緒に遊んだ『ユグドラシル』という箱庭の世界で多くの知識を得たわ。今日のこの力も、その世界から持ってきた魂の輝きなの……だからね、ラナー。わたしがあなたより賢く見えたり、先のことが分かるように振る舞えたりするのは、私が特別に優れているからじゃないの」

 

ただ、別の世界で家族に愛され、知識を与えてもらっただけの普通の人間だから。

そう告げると、ラナーは強く首を横に振った。

 

「いいえ、違います。……ああ、そうだったのですね」

 

ラナーは何かを噛み締めるように呟き、熱っぽい瞳でわたしを見つめた。

その瞳の奥にあるのは、軽蔑でも失望でもない。 もっと重い――崇拝の色だった。

 

「お姉様は、私と同じ『化け物』として生まれたわけではなかったのですね。普通の、愛を知る清らかな魂を持った人間として別の世界で生まれ、そしてこの世界に舞い降りた」

「……ええ、まあ、そうなるかしら」

「それなのに……お姉様は、私のことを受け入れてくださった」

 

ラナーの手が、わたしの頬を包み込む。

その指先が微かに震えていた。

 

「私は生まれつき、どこか壊れていました。誰もが私を異質だと感じ、あるいは私の仮面に騙されているだけ。でも、お姉様だけはずっと、私の本質に気づいていながら、それでも愛してくれた」

 

彼女の論理が、わたしの予想とは違う方向へ加速していく。

 

「もしお姉様が私と同じ種類の『化け物』なら、それは同族への共感に過ぎなかったかもしれません。でも、違う。お姉様は愛された記憶を持つ『まとも』な側の存在なのに、その知識と心を持って、あえてこの歪な私を選んでくださった」

 

ラナーの瞳孔が開き、恍惚とした表情が浮かぶ。

それは自らが信仰する神の正体が、想像以上に慈悲深い存在だったと知った信者の顔だった。

 

「ああ……なんて尊いのでしょう。清らかな愛を知りながら、この世界で私ごときを守ろうとしてくださるなんて」

「ら、ラナー? ちょっと顔が近……」

「お姉様。私、決めました」

 

ラナーはわたしの言葉を遮り、祈るように両手を組んで宣言する。

その瞳は、暗い部屋の中でも異様なほどの輝きを放っていた。

 

「私のすべては、お姉様のためにあります。この国の未来も、愚かな人間たちの運命も、すべてはお姉様が快適に過ごすための道具に過ぎません……クライムがお姉さまに心酔しているように、私もお姉様の犬になりましょう」

「えっと、それはちょっと重いというか、大袈裟なんじゃ……」

「いいえ、足りないくらいです。異界の魂を持ちながら、それでも私の姉であることを選んでくれた奇跡に報いるには、これでもまだ……」

 

どうやら、藪蛇だったかもしれない。

わたしが「普通の人」だと明かしたことで、ラナーの中のわたしは「理解者」から「無限の慈愛を持つ聖女」へとランクアップしてしまったようだ。

彼女の抱きしめる力が強くなり、逃げ場のないベッドの上で、わたしは苦笑するしかない。

 

(まあ、いいか……)

 

方向性はどうあれ、これで彼女がわたしから離れていくことはなくなった。

それに、この歪んだ愛情さえも、今のわたしには心地よく感じる。

かつて両親と悟兄さんが、わたしに愛を注いでくれたように。

今度はわたしが、この壊れた妹を全力で愛する番なのだ。

 

「……好きにしていいわ、ラナー。でも、今はもう少しだけ眠らせて」

「はい、お姉様。良い夢を……私の愛しい、永遠の歌姫さま」

 

ラナーの満足げな吐息が首筋にかかる。

私も心地よい眠気に身を委ねようとした、その時だった。

視界の端に、見慣れたアイコンが点滅していることに気づいたのは。

それは幻覚でもゴミでもない。

かつて『ユグドラシル』で、来る日も来る日も目にしていた、システムコンソールの呼び出しアイコンだった。

 

「……ん? これは?」

「どうなさいました? お姉様」

 

私の小さな呟きに、ラナーが敏感に反応して顔を上げる。

 

「ラナー、驚かないで聞いてね。私の目の前に、あの世界の魔法のようなものが浮かんでいるの」

「魔法、ですか? 私には何も見えませんが……」

「私にしか見えないようになっているみたい……ちょっと待って、開いてみるわ」

 

私はラナーに断りを入れてから、意識だけでそのアイコンをタップした。

すると、懐かしい電子音が脳内で鳴り響き、半透明のウィンドウが空中に展開される。

 

『Total Level: 72』

『Race: Human (Base) / Eternal Diva (Install)』

『Job: Eternal Diva5, World Idol5, ...』

 

「すごい……私の体の状態が、数値として表示されているわ」

「数値、ですか? お姉様の御身の状態が?」

「ええ。種族のところが『人間』と……『永遠の歌姫』になっている」

 

私は視界に映る文字を読み上げ、ラナーに伝える。

 

「永遠の歌姫……つまり、先ほどの光でお姉様が得た新しいお力のことですね?」

「そうみたい。普通の人間という『器』の中に、あちらの世界の『力』を詰め込んだ状態……と言えばいいかしら」

「なるほど。『万能の器』たる人の身に神の御業を宿した、ということですね。素晴らしいです、お姉様」

 

ラナーは私の説明を、独自の解釈で『神聖なもの』として肯定していく。

HPバーもMPバーも、スキル一覧も、すべてがゲーム時代のように表示され、私の思考に合わせて滑らかにスクロールしていく。

ただ、最大値は記憶にある全盛期の数値よりも三割ほど低い。

 

「欠落していたアバターを無理やりインストールしたせいかしら。完全な状態ではないみたい」

「完全ではない……つまり、お姉様の本来のお力が出せないということですか?」

「そうね。今の私はあの世界にいた頃よりも少し弱くなっているわ。それでもこの世界基準で考えれば十分に『規格外』だと思うけれど」

 

ラナーが心配そうに覗き込んでくるが、私は努めて明るく答える。

 

「それに、スキル。ああ、こちらで修行したから使える技は増えているわ……えっ?」

 

ツリーの一角に輝く、見慣れないスキルに目が止まる。

私はその詳細ウィンドウを開き、内容を確認して息を呑んだ。

 

「どうしました?」

「信じられないスキルがあるわ。『アバター・プロジェクション』……分身生成ですって」

「分身……ですか? それは、幻影魔法のような?」

 

ラナーが小首をかしげる。

私は表示されているスキルの詳細説明を読み解きながら、首を横に振った。

 

「いいえ、もっと高度なものよ。私の力を移した『もう一つの体』を作り出して、遠隔操作するスキルみたい」

「もう一つの体……」

「つまり、本体の私はここで安全に過ごしながら、分身を城の外に出して自由に行動させることができるってこと」

 

そこまで説明すると、ラナーの瞳が理知的な輝きを帯びた。

彼女の頭脳が、そのスキルの持つ意味を瞬時に計算したのだ。

 

「……それは、最高の手札(カード)ですね」

「ええ、そう思うわ……ねえ、ラナー。ちょっと試してみてもいいかしら?」

「はい、ぜひ。私も見てみたいです」

 

ラナーの承諾を得て、私はウィンドウ上のスキルアイコンを意識的に選択する。

 

『――アバター・プロジェクション、起動』

 

胸の『ブリーシンガメン』が輝き脳内にシステム音声が響くと、ベッドの足元付近の空間が歪む。

光の粒子が集束し、それはあっという間に人の形を成していった。

 

数秒後。

そこには、ベッドに横たわる私と瓜二つの『私』が立っていた。

 

「……成功、ね」

「すごい……! 本当にお姉様がもう一人……」

 

ラナーが感嘆の声を上げ、ベッドから降りて分身へと近づいていく。

私も分身の視覚と感覚をリンクさせた。

不思議な感覚だ。

自分がベッドに寝ている感覚と、床に立ってラナーを見下ろしている感覚が同時に存在する。

 

「触れても、大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ」

 

分身の私が口を開いて答えると、ラナーが恐る恐るその手に触れる。

温度があり、柔らかさがあり、確かにそこに実体が存在していた。

 

「温かい……。幻影ではありませんね。質量も、質感も、本物のお姉様と変わりません」 「ステータス画面を見る限り、この分身の能力は本体とまったく同じね」

 

分身の私が軽く手を握ったり開いたりして動作確認を行う。

遅延もなく、まるで自分の手足のようにスムーズに動く。

 

「お姉様は王族ですし、昨今のことを考えれば、もうおいそれと城の外には出られません。ですが、その力があれば……」

 

ラナーは私の手を取り、うっとりとした表情で言葉を続ける。

 

「誰にも知られずに情報を集めることも、冒険者として働くことも自由自在。何より、万が一その分身が傷ついても、本体のお姉様は無傷でいられる」

「そういうことね……多分、今の私は『ハードウェア』である肉体に、アバターという『ソフトウェア』を入れている状態だから、そのソフトだけを別枠で起動できるんだと思う」

 

私が前世の用語で補足すると、ラナーは「ハード……?」と一瞬きょとんとしたが、すぐに「魂を分けるようなものですね」と理解を示した。

さすが天才。

 

「安全と自由、その両方が手に入るなんて。やはりお姉様は選ばれた存在なのですね」

「ふふ、買いかぶりすぎよ。でも、これならラナーの役にももっと立てそうね」

 

私はスキルの解除を念じ、分身を光の粒子へと還した。

悪戯っぽく微笑むと、ラナーは嬉しそうに私の胸に顔を埋めた。

とんでもない切り札を手に入れてしまったが、この賢い妹と共有できているなら心強い。

 

「これからの生活は、退屈する暇もなさそうね」

「はい。お姉様となら、どんな未来でも楽しみです」

 

私はラナーの体温を感じつつ、今度こそ深い微睡みへと落ちていった。




ようやくこの辺のくだりを書けました。
ここからが本当の意味での本番です。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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