オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第一章 終 『サリア』の旅立ち

王都の夜が明け朝霧が立ち込める中、六腕壊滅の報せは密やかにしかし確実に王城の中枢へと届けられた。

父上と兄様たちが待つ執務室へ入ると、そこには安堵と、新たな火種に対する警戒がないまぜになった空気が漂っていた。

戦争でさらわれかけ、更に毒まで盛られた、親としての心労はいかばかりだろうか。

だからこそ、わたしは極力言葉を発さず、穏やかな態度を崩さない。

わたしはもう大丈夫、元気だから心配しないでと、その姿で伝えるために。

 

「……そうか、六腕は壊滅か」

 

父上が深く息を吐き出し、疲労と達成感が入り混じった表情で天井を仰いだ。

長年、王国の病巣として存在していた裏社会の最強戦力が、一夜にして消滅したのだ。

 

「はい、父上。協力者である『サリア』とブレイン・アングラウスの働きによるものです」

 

ラナーが完璧な淑女の笑みを浮かべて報告する。

サリア=アリサ、わたしだということは、ラナー以外は気づいていない。

 

「うむ……して、八本指そのものの解体はどうなっている?」

 

父上の問いに、ザナック兄様が難しい顔で資料を捲った。

彼の目の下には濃い隈が刻まれている。

 

「六腕という『暴力装置』を失ったことで、奴らの防衛力はガタ落ちです。ですが……」

 

ザナック兄様は言葉を切り、苦々しげに唇を歪めた。

その先にある言葉は、わたしにも容易に想像がついた。

 

「奴らの根は深く、貴族派の有力者たちと複雑に癒着しています。急激な摘発は、内乱に近い混乱を招きかねません」

「……やはり、そうなるか」

 

父上が痛ましげに眉を寄せる。

暴力で解決できるのは、あくまで暴力で対抗してくる相手だけだ。

政治と金、そして利権で結びついた腐敗の構造は、剣や魔法だけで切り裂くことはできない。

 

「ならばどうするというのだ、ザナック。指を咥えて見ていろというのか! アリサが殺されかけたのだぞ!」

 

食ってかかったのはバルブロ兄様だ。

今日のバルブロ兄様の剣幕は、純粋な怒りに根ざしているように見えた。

 

「落ち着いてください、兄上。私は何も手出しをするなと言っているわけではありません」

 

ザナック兄様は一歩前に進み出ると、強い意志を込めた瞳で父上を見据えた。

 

「父上、私に権限をください。既存の巡回使や衛兵隊とは異なる八本指専任の、新たな組織を立ち上げたいのです」

「新たな組織、だと?」

「はい。既存の衛兵や騎士団では、奴らの及ぼす腐敗の影響を受けすぎています。しがらみのない、私直属の部隊が必要です」

 

それは、泥をかぶる覚悟の進言だった。

王国の闇と直接対峙することは、恨みを買い、命を狙われる危険な道だ。

 

「……本気か、ザナック。今度はお前が矢面に立つことになるのだぞ」

「ですが、手をこまねいているわけにはいきません。奴らが弱体化した今こそが好機」

 

バルブロ兄様の声のトーンが落ちる。

怒鳴り声ではなく、そこには弟の身を案じる確かな優しさがあった。

 

「八本指は手段を選ばん。お前のような……武力を持たぬ者が相手にするには、あまりに危険だ」

「ご心配には及びません兄上。私とて死にたくはありませんから、護衛は厳重にしますよ」

 

ザナック兄様は軽口で返したが、バルブロ兄様はまだ渋い顔をしている。

不器用だけれど、それは間違いなく兄としての言葉だった。

 

「……死ぬなよ、ザナック」

「ええ。……父上、ご許可を」

「……よかろう。ザナック、お前に王都の浄化を任せる」

 

父上の決断に、ザナック兄様は深く頭を下げた。

その瞳は燃えている。

兄様はわたしやラナーのような異能は持っていないけれど、誰よりも人間らしく、そして王族としての矜持を持っている。

 

「よかろう。ザナックよ、『王国保安特別局』の設立を許可する」

「はっ! 必ずや、王国の膿を出し切ってみせましょう」

 

こうして、八本指との戦いは新たなフェーズへと移行することになった。

会議が終わり、わたしたちが歩いていると、角から一人の男が現れた。

ブレイン・アングラウスだ。

彼は昨夜の戦装束ではなく、旅支度を整えていた。

 

「……ブレイン?」

 

わたしが声をかけると彼は居住まいを正し、しかしすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。

けれど、その目には以前とは違う澄み切った光が宿っている。

 

「姫様……身体の具合はいいのか?」

「ええ、おかげさまで。あなたは……その荷物はどうしたの?」

「こいつか。ちょっとな、暇乞いをしに来たんだ」

「暇乞い……? 城を出るというの?」

 

わたしは驚いたふりをして尋ねる。

もちろんサリアとして共に戦ったわたしには、彼が何を考えているのかなんとなく察しがついていた。

 

「昨夜の戦いで、痛感しちまったんだよ。俺はまだ、井の中の蛙だったってな」

 

ブレインは遠い目をして、窓の外に広がる空を見上げた。

彼の脳裏には、きっと昨夜のサリア――わたしの動きが焼き付いているのだろう。

 

「六腕は強敵だった。だが、あんた……いや『サリア』という女に比べれば、もう児戯に等しい」

「ブレイン……」

「このまま城で剣を振るっていても俺はあいつの領域には届かない。もっと広い世界で死線をくぐり抜ける必要があるんだ」

 

彼は求道者だ。

一度「最強」という頂を目指した男は、自分より高い場所にいる存在を見て足を止めることなどできない。

六腕がいなくなりガゼフも不在な王国の警備任務では、彼の刃は研ぎ澄まされないだろう。

 

「止めても、無駄ね?」

「ああ。悪いな、姫様たち。せっかく拾ってもらった恩を返す前に、勝手な真似をして」

「いいえ、気にしないで。あなたの人生はあなたのものよ」

 

わたしは微笑み、ラナーに目配せをした。

ラナーもまた、笑みを浮かべて頷く。

わたしたちは、こうなることを予期してあるものを用意していたのだ。

 

「ブレイン、これを」

 

ラナーが懐から一通の封筒を取り出し、ブレインに差し出した。

蝋封には、王家の紋章が押されている。

 

「これは……?」

「スレイン法国への推薦状ですわ。あそこは人間至上主義の国ですが、同時に強さを何よりも尊ぶ国でもあります」

「法国、か」

「ええ。英雄の領域にある戦士たちが数多くいます。あなたなら、きっと歓迎されるはずです」

 

ブレインの目が輝いた。

強者を求める彼にとって、これ以上ない修行の場だろう。

 

「……ありがてえ。最高の餞別だ」

 

ブレインは推薦状を大切に懐にしまうと、深々と頭を下げた。

 

「必ず強くなって戻ってくる。その時こそ、改めてお姫様の盾になってやるよ」

「期待しているわ、ブレイン」

 

彼が去っていく背中を見送りながら、わたしの中で燻っていた火種が大きく燃え上がった。

わたしも、行きたい。

この狭い王城を飛び出して、未知なる世界へ。

 

 

自室に戻り、人払いをした瞬間、わたしはベッドにダイブした。

ふかふかの枕に顔を埋め、足をバタバタさせる。

 

「あーもう! 羨ましい! ズルい! 私も外の世界で冒険したいーッ!」

「ふふっ、お姉様ったら。まるで子供みたい」

 

ラナーが紅茶を淹れながら、クスクスと笑っている。

 

「だって、昨日の戦い凄く楽しかったのよ? 新しいスキルだって試したいのに!」

 

そう、昨夜の六腕戦で、わたしのレベルは『73』に上がっていた。

やはり同格に近い、あるいは数で押してくる強敵との実戦は、何よりも経験値になる。

 

「ずっとお城で『王女』を演じているだけじゃ、これ以上は強くならないわ」

「そうですね。それに、お姉様の『アバター・プロジェクション』は、距離の制限がほぼ無いのでしょう?」

「そうだったわ! 維持コストがかからないから、出しっぱなしにできる!」

 

ラナーがカップを差し出しながら、悪魔的な、けれどわたしにとっては甘美な提案を口にする。

 

「なら、本体はここでお休みになりながら……『サリア』として冒険者になればよろしいのでは?」

「……!」

「お姉様が休まれている間、あるいは読書をしているふりをしている間、サリアはこの空の下を自由に駆け回るのです。素敵だと思いませんか?」

「ラナー……あなたって本当に天才ね!」

 

わたしはガバッと起き上がり、妹に抱きついた。

 

「決まりよ! サリアは今日から冒険者になるわ!……で、どこに行く?」

 

早速、テーブルの上に地図を広げる。

王国の周辺にはいくつかの国があるが、活動拠点は慎重に選ばなければならない。

 

「まず、帝国は論外です」

 

ラナーが即座にバツ印をつける。

 

「え、どうして? 魔法学院とか楽しそうなのに」

「ジルクニフ……あの男は、お姉様に執着しています」

 

ラナーの声が少し低くなる。

 

「もしサリアの正体がバレたら、彼は手段を選ばずお姉様を手に入れようとするでしょう。危険すぎます」

「う……あいつ、そんなに私を?」

「ええ。お姉様を皇妃にと考えています。絶対に駄目です。それに彼自身はお姉さまを望んでいても、周りまでそうとは限りません」

 

妹の迫力に押され、わたしは頷くしかなかった。

 

「じゃあ、王国国内は?」

「それもおすすめしません。最近、ラキュースが冒険者を始めましたが……」

「あー、ラキュースか……」

「彼女はお姉様と接触する機会がありました。行動から正体が露見するリスクがあります」

 

ラキュースは将来『青の薔薇』を結成する逸材だ。

その行動力は侮れない。

 

「それに、王国内で派手に活動すれば、いずれ報告書が父上や兄様の目に留まります」

 

ラナーが地図の王都周辺を指差す。

 

「『金髪の美女剣士』の噂が広まればいつかお姉様との共通点に気づく、リスクが高すぎます」

「確かにサリア=アリサだとバレたら、連れ戻されちゃうわね。評議国は?」

「亜人が多くて、人間には住みにくいですわ」

「竜王国は?」

「ビーストマンとの戦争が激化していて、冒険者稼業どころではありませんね。巻き込まれては厄介です。法国は論外として……」

 

消去法で選択肢が絞られていく。

 

「となると……ここかしら」

 

わたしが指差したのは、大陸の北西に位置する半島国家。

 

「ローブル聖王国、ですね」

「ええ。ここなら王国からも適度に離れているし、聞いた話だと亜人の脅威に常に晒されているとか」

「はい。聖騎士団が有名ですが、慢性的に戦力不足とも聞きます。腕利きの冒険者なら、歓迎されるでしょう」

 

それに聖王国やアベリオン丘陵にはまだ見ぬ強敵や、未知のアイテムが眠っているかもしれない。

なにより、あそこなら誰にも気兼ねなく全力を振るえる気がする。

 

「よし、決まりね。サリアの新天地は聖王国よ!」

「準備はお手伝いしますわ。お姉様」

 

こうして、王女アリサの秘密の冒険計画は、翌朝実行に移されることになった。

意識を切り替えると光の粒子が集束し、バルコニーに金髪の少女『サリア』が具現化した。

 

 

王都の城門は、朝の光を浴びて白く輝いていた。

早朝の出発だというのに、門の周辺には行商人の馬車や、依頼へ向かう冒険者たちの姿がちらほらと見える。

 

わたし、いや『サリア』は、軽装の鎧に身を包み、小さな荷袋一つを肩にかけて歩いていた。

もちろん中身はカモフラージュで、必要なものはインベントリに入っている。

 

「……おや、あんたも今から出発か?」

 

門の手前で、見覚えのある男が声をかけてきた。

ブレインだ。

彼は少し驚いたように目を丸くし、それからニヤリと笑った。

 

「奇遇ね、ブレイン。あなたも?」

「ああ。俺は南へ向かって、そこから法国へ入るつもりだ……あんたは?」

「私は西へ。聖王国の方へ行ってみようかと思って」

「聖王国か……へっ、あそこには聖騎士団がいるが、あんたが暴れれば連中の面目丸つぶれだな」

「失礼ね。これでも淑女よ? 大人しく観光でもしてくるわ」

「どの口が言うんだか」

 

ブレインは呆れたように肩をすくめ、それから真剣な眼差しでわたしを見つめた。

 

「……サリア。あんたが何者で、本当は何を考えているのか、詳しくは聞かねえ」

「ええ」

「だが、あの夜あんたの背中を見て……俺は震えたよ。武者震いってやつだな」

 

彼は右手を差し出した。

ごつごつとした、剣だこができた無骨な手だ。

 

「また会おうぜ。次は、あんたに『凄い』と言わせるくらい強くなってな」

「ふふ、楽しみにしているわ」

 

わたしはその手をしっかりと握り返した。

 

「死なないでね、ブレイン。あなたはもっと輝ける原石なんだから」

「おう。あんたもな、規格外の歌姫さんよ」

 

握り合った手から、互いの熱が伝わってくる。

それは戦友としての、そして同じ高みを目指す者同士の誓いのようなものだった。

やがて手が離れる。

ブレインは一度だけ手を振り、南へと続く街道を大股で歩き出した。

その背中は、迷いなく真っ直ぐに伸びている。

 

「さて……私も行きますか」

 

わたしは踵を返し、西へと続く道を見据えた。

風が金色の髪を揺らす。

その風の匂いは、王城の閉塞した空気とは違う、自由と冒険の香りがした。

 

「待ってなさい、まだ見ぬ強敵たち」

 

小さな声で呟き、わたしは大地を蹴った。

王女アリサは王城でまどろみの中に、けれど冒険者サリアの物語は今ここから始まるのだ。

 

はるか遠く、聖王国で何が待ち受けているか今のわたしはまだ知らない。

確かなのは、この胸の高鳴りが、決して嘘ではないということだけだった。

 




次回以降は、第2章として冒険者サリア編をお送りします
王国などの状況については閑話で展開予定です

それまでにたまった感想返しもせねば

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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