オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第二章 冒険者サリアの日々
第二章 1 カリンシャの歌姫サリア


聖王国の城塞都市カリンシャ、その一角にある冒険者ギルド「白き翼」に併設された酒場は、今宵も建物の梁がきしむほどの熱狂と喧騒に包まれていた。

かつては仕事にあぶれた荒くれ者が安酒をあおるだけの場所だったここが、今では貴族のお忍びや他国の商人までもが足を運ぶ、都市一番の夜の社交場へと変貌を遂げている。

その全ての中心にいるのは、舞台袖でリュートを抱え、困ったような、それでいて満更でもない笑みを浮かべているわたし――冒険者サリアであった。

 

「サリアちゃん! こっち向いてくれー!」

「おい、押すなよ! 俺はサリアちゃんの歌を聴きに、わざわざホバンスから来たんだぞ!」

「サリアさーん! 今日の衣装も最高に可愛いよー!」

 

四方八方から飛んでくる黄色い声援にわたしは愛想よく手を振りながら、内心で「どうしてこうなった」と頭を抱えずにはいられない。

本来の目的である「自由な冒険者活動」はどこへ、わたしの正体は聖王国中に「謎の歌姫」として知れ渡りつつあり、これでは当初の計画が完全に破綻していると言わざるを得ないだろう。

 

事の発端は数週間前、わたしが意気揚々とこの聖王国に足を踏み入れ冒険者としての登録を済ませたあの日まで遡る。

 

あの時のわたしはカッツェ平野での激戦や六腕の殲滅を経てきたこともあり、自分の実力を少々過信していた節があったのかもしれない。

ギルドで提示されたのは当然ながら『銅』ランク。

つまり最低ランクからのスタートであり、受注できる依頼といえばドブネズミ退治や薬草採取といった、レベル73の能力を持て余すにも程があるものばかりだったのだ。

朝に受託した依頼はすぐに終わってしまい、退屈さに欠伸を噛み殺しながら酒場で時間を潰していた時、一人の吟遊詩人が奏で始めた曲がわたしの耳に飛び込んできたのである。

 

『――おお、麗しの蒼銀、気高き姫騎士よ』

 

「ぶふっ!?」

「お嬢ちゃん大丈夫かい? 派手に吹き出したな」

「け、けほっ。な、なんでもないわ、気にしないで!」

 

自分のことをそこまで美化された歌詞で歌われる事実に耐えられず、わたしは逃げ出したい衝動を必死に抑え込みながら、赤くなった顔をジョッキで隠すしかなかった。

でも詩人の歌声にはどこか魂がこもっておらず薄っぺらさが少し鼻につく。

 

『その剣は雷光の如く、その慈愛は女神の如し、リ・エスティーゼの至宝、アリサ王女の武勇伝――』

 

それがいけなかったのかもしれない。

けれども、わたしの「歌」に対する矜持が妙な方向に刺激されてしまった。

それに今まで王女として生きるために必死で、思い出してみれば歌っていたのは戦場でしかなかった。

だからこうして自由な時間を得た今、前世でいっぱい歌っていた私は自分も歌いたいと思ってしまったのだ。

どうせここは異国の地だからと、タレントである『永遠の歌姫』の効果さえ切っておけば歌が上手いだけの冒険者として流されるだろうと、少しストレス発散をするくらい許されるだろうと、わたしは安易に考えてしまったのだ。

 

「~♪」

 

それが全てのあやまちだったと気づいたのは、わたしが即興で歌い上げた一節が、酒場の空気を凍りつかせ、酔っ払いおじさんたちの瞳を熱狂の色に変えてしまった直後のことである。

わたしは失念していたのだ。

『ユグドラシルのアリサ』というアバターに、ユグドラシル運営から配信の報酬として付与された固有職『ワールド・アイドル』のパッシブが発動しているという事実を。

その効果はえげつないレベルの歌唱時の補正であり、タレントを切ったところで固有職の方も意識して切っておかなければ、わたしの存在そのものが歩く魔性となっていたのだ。

そのことに歌い終わってから気づくという失態を演じてしまった。

 

『……お姉様。冒険がしたいと言って飛び出した傍から、聖王国でアイドルデビューだなんて。わたしの胃に穴を空ける気ですか? アホなのですか?』

 

「うぅ……ごめんなさいラナー、違うの、これは事故なのよ……」

「サリアちゃん、誰と話してるんだい? それより頼む! 君がいなくなったら、うちは明日から閑古鳥だ! 俺に首を吊れっていうのかい!?」

「マスター、泣きつかないでよ! 服が鼻水で汚れちゃう!」

 

王都でのお茶会において本体であるアリサがラナーから冷ややかな呆れ声を聞かされ、慌てて街を出ようとしたわたしを待っていたのは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした酒場のマスターによる決死の引き止め工作だった。

人の良さそうな彼にそこまで懇願されては無下に断ることもできず、結局わたしは「冒険者稼業の傍ら、夜は酒場で歌う」という、どっちが本業か分からない生活を送ることになってしまったのだ。

そうして現在、ステージでの出番を終えてわたしは給仕の手伝いに戻っている。

 

「サリアちゃーん、こっちにエール二つ!」

「はーい!」

 

そんなわたしの視界に、入り口の扉を押し開けて入ってきた明らかに周囲とは雰囲気の違う二人の男の姿が飛び込んできた。

一人は背中に身の丈ほどもある巨大な弓のケースを背負った、目つきの鋭い壮年の男。

もう一人は鋼のような筋肉を無造作な軽装で包んだ、猛禽類を思わせる野性的な目をした男で、二人とも冒険者というよりは、軍属の手練れといった空気を纏っている。

彼らは店内の異様な熱気に一瞬だけ眉をひそめたものの、すぐに空いているテーブルを見つけてドカドカと歩み寄り、慣れた様子で椅子を引き出した。

 

「おいおい、噂には聞いていたがこりゃあ凄いな。冒険者の酒場ってよりは、劇場の最前列って感じだぜ」

「……オルランド、声が大きい。俺は娘に頼まれて『歌姫の似顔絵』を描きに来ただけだ。任務ではない」

「硬いこと言うなよパベルの旦那。ついでに美人の酌で一杯やる、それが男の甲斐性ってもんだろ?」

 

どうやらわたしの噂を聞きつけて来店したご新規さんのようだが、その会話の内容と佇まいから、彼らが聖王国においても指折りの実力者であることは理解できた。

わたしは前世のアイドル活動でいかんなく発揮した営業用のスマイルを顔に貼り付け、お盆を片手に彼らのテーブルへと近づいていく。

 

「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド『白き翼』へようこそ。お二人は初めて見る顔ですね?」

「おっと、噂の歌姫様ご自身の登場とは恐れ入る。俺はオルランド・カンパーノ。こっちのむっつりしたのがパベル・バラハだ。あんたがサリアちゃんだな?」

「……じろじろ見るな、失礼だぞ。すまない、嬢ちゃん。相棒が無遠慮でな」

「ふふ、構いません。わたしの歌を目当てに来てくれるお客様は歓迎ですよ。でも、似顔絵なんて描いて、一体誰に渡すんですか?」

「娘だ。ネイアというのだが、家で君の話ばかりしていてな……まだ幼いのに、君のような華やかな存在に憧れているらしい」

 

武骨な男がジョッキを両手で包み込むようにしながら、ぽつりぽつりと語るその姿には、戦場で数多の敵を射抜いてきたであろう鋭い眼光の面影はなく、ただ一人の不器用な父親としての顔があった。

そのギャップがあまりにも微笑ましくて、わたしは彼の持つ『聖王国の九色』としての威圧感を忘れ、思わず口元を緩めてしまうのを止められない。

隣で聞いていた相棒の男も、呆れたような、それでいてどこか温かい視線を彼に向けており、この二人が見た目とは裏腹に深い信頼関係で結ばれていることが察せられた。

 

「へぇ、ネイアちゃんっていうんですね。まだ小さいのに耳が肥えていますね」

「……ああ。だが、私に似て目つきが悪くてな、友達も少ないようなんだ。だから君の歌を聴くのが、あの子の数少ない楽しみになっているようで……」

「おいおいパベルの旦那、ここで娘の悩み相談かよ? せっかくの美人が困ってるだろうが」

「む……すまん。つい、な」

 

相棒の男にからかわれてパベルさんが居心地悪そうに肩をすくめる様子を見て、わたしの脳裏に『ネイア・バラハ』という少女の情報がかすかに明滅するが、それはあくまで予備知識として心の奥底にしまい込む。

今のわたしにとって重要なのは、目の前にいる彼が娘想いの父親であるという事実と、その娘さんがわたしの歌を楽しみにしてくれているという現実だけだ。

わたしはお盆を胸に抱え直すと、少しだけ身を乗り出して、彼らにとびきりの提案を持ちかけることにした。

 

「それなら、似顔絵なんて言わずに本物に会わせてあげたらどうですか? わたし、今度の休みにでもお家へ遊びに行きましょうか?」

「なっ……!? ほ、本当か? いや、しかし君のような人気者が、一兵卒の粗末な家に来るなど……」

「ははっ! そいつはすげぇ! 生歌姫のご訪問ときたか! おい聞いたか旦那、サリアちゃんは女神様みてぇに心が広いぜ!」

 

わたしの言葉にパベルさんは目を見開いて硬直し、隣のオルランドさんはテーブルを叩いて豪快に笑い声を上げるが、その反応の違いが何ともおかしくて、わたしもつられて笑ってしまった。

確かに今のわたしは聖王国でちょっとした有名人になってしまったけれど、中身はあくまでただの冒険者であり、ファンサービスの一環として家庭訪問するくらい訳はない。

何より、そんな風に自分の歌を愛してくれる女の子がいるなら、直接顔を見てお礼を言いたいと思うのは自然な感情だった。

 

「いいじゃないですか。私、こう見えても子供好きなんです。それに、パベルさんみたいな強くて優しそうなお父様の娘さんなら、きっと素敵な子に違いありません」

「……感謝する。娘も……いや、妻もきっと喜ぶだろう。だが、迷惑ではないか?」

「迷惑だなんてとんでもない。むしろ、美味しい家庭料理をご馳走になっちゃおうかな、なんて期待してますから」

 

わたしが悪戯っぽくウインクをして見せると、パベルさんは感極まったように何度も頷き、オルランドさんは「やるねぇ」と口笛を吹いて囃し立てた。

厨房の方からマスターが「サリアちゃーん、次の注文が溜まってるよー!」と悲鳴のような声を上げているのが聞こえ、わたしは名残惜しさを感じつつも仕事に戻る準備をする。

短い会話だったけれど、この国に来て初めて感じた「家族」という温かな響きに、わたしの心も少しだけ軽くなった気がした。

 

「じゃあ、約束ですね。詳しい場所は後で教えてください。……あ、オルランドさん?」

「ん? なんだい、歌姫様」

「わたしの歌、高いですよ? 今日のチップ、期待してますからね」

「はっ! 違いない! こいつは一本取られたな!」

 

豪快な笑い声を背に受けながら厨房へと戻るわたしの足取りは、先ほどまでよりもずっと軽快で、喧騒に満ちた酒場の空気さえも心地よく感じられた。

例えここが異国の地でサリアが分身なのだとしても、そこで紡ぐ縁や感情は決して偽物ではないのだと、彼らとの出会いが教えてくれたような気がする。

 

 

それから数日後、わたしは約束通りバラハ家を訪れることになったのだが、その日は朝から雲一つない快晴で、絶好のお出かけ日和となっていた。

手には市場で買った手土産の果物籠と、愛用のリュートを携え、パベルさんに教えてもらった地図を頼りに城塞都市の居住区を歩いていく。

すれ違う人々から「あれ、今の歌姫じゃないか?」という驚きの声が聞こえてくるが、今日のわたしはあくまでプライベートな訪問者として振る舞うつもりだ。

 

「ここね……質実剛健、って感じのお家だわ」

 

辿り着いたバラハ邸は、派手さはないものの手入れの行き届いた石造りの家で、玄関先には季節の花が植えられたプランターが並び、住人の几帳面さを物語っていた。

緊張しながら扉をノックすると、ドタドタという慌ただしい足音が聞こえ、やがてガチャリと鍵が開く音と共に、少し隙間を開けて中から様子を窺う視線が現れる。

そこには、パベルさんによく似た鋭い目つき、それでいて小動物のような怯えを含んだ瞳を持つ、十歳くらいの少女が立っていた。

 

「あ、あの……ど、どちら様でしょうか……?」

「こんにちは。パベルさんのお家はこちらで合ってるかな? わたしはサリア。あなたのお父さんに招待されて来たの」

「えっ……サ、サリア……? 嘘、本物の……歌姫様……!?」

 

少女――ネイアちゃんは、わたしの顔を見るなり息を呑み、扉を全開にしてその場で固まってしまったが、その反応があまりにも初々しくて可愛らしい。

奥から「ネイア、お客様か?」というパベルさんの声と、奥様らしき女性の声が聞こえてきて、ようやく彼女は我に返ったように慌てて頭を下げた。

その一生懸命な姿に、わたしは思わずしゃがみ込んで目線を合わせ、とびきりの笑顔を向ける。

 

「初めまして、ネイアちゃん。パベルさんから、あなたがわたしのファンだって聞いて、会いに来ちゃった」

「は、はひっ! ゆ、夢みたいです……! あ、あの、どうぞ、入ってください!」

「ふふ、お邪魔しますね」

 

案内された居間は日当たりが良く、使い込まれた家具が温かい雰囲気を醸し出しており、そこにはエプロン姿の優しそうな奥様と、私服姿のパベルさんが待っていた。

わたしが部屋に入ると、パベルさんは少し照れくさそうに頭を掻き、奥様は「まあまあ、本当によくいらしてくださいました」と手放しで歓迎してくれる。

そこにあるのは、どこにでもある幸せな家庭の風景であり、わたしが知る「過酷な運命」など微塵も感じさせない、平和そのものの光景だった。

 

「お父様、本当にサリア様を連れてきてくれたんですね……! すごい、すごいです!」

「ああ、約束しただろう。……それに、サリア殿は見た目通り気さくな方だからな」

「もう、パベルさんったら。サリアでいいですよ、堅苦しいのは無しにしましょう」

 

テーブルには奥様手作りの焼き菓子とお茶が並べられ、私たちはすぐに打ち解けて、和やかなお茶会の時間が流れ始めた。

ネイアちゃんは最初こそ緊張していたものの、わたしが冒険の話や歌のことを話すと目を輝かせて聞き入り、時折見せる年相応の無邪気な笑顔を見せてくれた。

わたしはリュートを取り出し、リクエストに応えて数曲披露したが、その時の彼女の、まるで宝石を見るような瞳の輝きを、わたしは一生忘れないだろう。

 

「サリアお姉ちゃん、わたしね、大きくなったらお父様みたいに強くて、お母様みたいに優しい人になりたいの。でも、目が怖いって言われるから……」

「そんなことないよ。ネイアちゃんの目は、真実を見極める素敵な目だもの。それに、強さと優しさは見た目じゃなくて、ここにあるんだから」

 

わたしは彼女の小さな胸に手を当ててそう告げると、ネイアちゃんは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに何度も頷いた。

その光景を見守るパベルさんと奥様の穏やかな表情を見ていると、わたしはこの幸せを未来で待ち受ける悲劇から守り抜きたいという決意を新たにする。

 

「そうだ、ネイアちゃん。今度、わたしが冒険で見つけた綺麗な石をプレゼントするね。守り石になるように、おまじないをかけておくから」

「本当ですか!? 嬉しい……! 一生大事にします!」

「あはは、一生だなんて大袈裟だなぁ。でも、約束ね」

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れ時になってわたしが帰る時間になると、ネイアちゃんは名残惜しそうに玄関先まで見送ってくれた。

パベルさんが「送っていこう」と申し出てくれたが、わたしは「冒険者ですから」と笑って断り、振り返って手を振る。

夕日に染まる街並みを歩きながら、わたしは今日の出来事を心の中で響かせる。

わたしは歌を口ずさみながら、カリンシャの夜の酒場へと戻っていく。

 

私の不覚から始まった『歌姫サリア』だけど、こんな出会いがあるなら悪くないかもしれない。

そう思えた。




ドジっ子サリアちゃん

まあ普通に冒険者として成り上がるのは、皆さん見た流れかなと意図的に変えていますが

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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