オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
ローブル聖王国の王都ホバンス、その中枢に位置する王城の一室では重苦しい空気が漂う会議が終わりを迎えようとしていた。
聖王女カルカ・ベサーレスを筆頭に聖王国の最高戦力である『聖王国の九色』や神殿勢力の長が集う円卓は、亜人種への対策や国防予算の配分といった重要議案の決裁を終えて張り詰めていた緊張の糸が一時的に緩められた休息の時間へと移行する。
給仕たちがしめやかに茶と菓子を配る中、口火を切ったのは聖王国の最強騎士にして聖騎士団長、レメディオス・カストディオであった。
「それにしても、最近はどいつもこいつも『カリンシャの歌姫』だなんだと、浮ついた噂ばかりで嫌になりますね」
彼女は不満げに茶菓子を口に放り込むと、主君であるカルカの方を向き大仰な身振り手振りを交えて憤慨してみせる。
「たかが酒場の歌い手如きに現を抜かすなど、平和ボケもいいところです。カルカ様という至高の美がこの国にはあるというのに、民衆の目は節穴なのでしょうか!」
「レメディオス姉様、声が大きいわよ。それに、その歌姫の評判は単なる美貌だけではないと聞いているわ」
たしなめるように口を挟んだのは、レメディオスの妹であり神官団団長を務めるケラルト・カストディオである。
彼女はその切れ長の瞳を細め、手元の資料――諜報部から上がってきた報告書に視線を落としながら、冷ややかな分析を口にした。
「数か月前に突如として現れ瞬く間にカリンシャの夜の顔となった謎の冒険者サリア。その歌声は聴く者を魅了し、魔法のような効果をもたらすとさえ言われている……出自が不明瞭すぎるわ」
「ふん、どうせ大袈裟な噂でしょう。魔法のような歌なんて、吟遊詩人の世迷い言に決まっています」
「いいえ、姉様。問題なのは、その影響力よ。他国の密偵か、あるいは人間社会を混乱させようとする亜人の工作員という可能性も捨てきれない。実際に会ってきたのでしょう? オルランド、パベル」
ケラルトの鋭い視線が、円卓の端でくつろいでいた二人の男――『九色』の一角であるオルランド・カンパーノとパベル・バラハに向けられる。
突然話を振られたオルランドは肩をすくめて苦笑し、隣で静かにお茶を啜っていたパベルはゆっくりと顔を上げた。
「おいおい、勘弁してくれよ神官団長様。俺たちはただ、任務の帰りに一杯やっただけだぜ?」
「その『一杯』の席で、彼女の人となりを見てきたのでしょう? 報告書には『底知れぬ実力者だが、極めて友好的』とあるけれど」
ケラルトの追及にオルランドは頭を掻きながら、会議中の厳格な表情とは違うどこか楽しげな顔つきで答える。
「まあ、確かに普通じゃねぇな。あの歌を聴いちまうと戦場の疲れなんざ一発で吹き飛ぶ。それに、なんていうか……裏表がないんだよ。俺みたいな荒くれ者にも、パベルの旦那みたいなむっつりにも、等しく極上の笑顔を向けてくる」
「……あざといだけかもしれないわよ?」
「へっ、あざとくて結構。だがな、パベルの嬢ちゃん――ネイアのためにわざわざ家まで訪ねて歌をプレゼントするような奴が、国の転覆を狙う工作員には見えねぇな」
オルランドの言葉に、それまで沈黙を守っていたパベルが、深く頷いて同意を示した。
「……オルランドの言う通りだ。彼女は娘の不器用な憧れを真摯に受け止め守り石だと安価だが美しい石を贈ってくれた。その瞳に、邪な色はなかったと断言できる」
実直で知られるパベルの言葉には、レメディオスも無下に否定できない重みがあったのか、不満そうに鼻を鳴らすにとどまる。
パベルは、自身の娘であるネイアが、サリアとの出会いを経て以前よりも明るく、前向きになったことを思い出し、その口元にかすかな笑みを浮かべていた。
「へぇ……あのパベルがそこまで言うなんて、珍しいこともあるものね」
興味深そうに声を上げたのは、それまで静かに臣下たちの会話を聞いていた聖王女カルカであった。
彼女は優雅な所作でカップを置くと、悪戯っぽい光を宿した瞳で、困惑するケラルトと不満顔のレメディオス、そして二人の男たちを見渡す。
「カリンシャといえば、来月の視察予定に入っていたわよね? ケラルト」
「ええ、ですが……まさか、カルカ様?」
「決まり。その『歌姫』に私も会ってみたいわ。公務の合間のちょっとしたお忍びということで」
「カ、カルカ様!? なりません! どこの馬の骨とも知れぬ者に会うなど!」
レメディオスが即座に反対の声を上げるが、カルカは鈴を転がすような声で笑いその決定を覆す気配はない。
「良いじゃない、レメディオス。パベルとオルランドが保証する人物なのよ。それに、私もたまには『女神のような慈愛』ではなく、ただの歌好きの女性として振る舞いたい時もあるの」
「うぐっ……カルカ様がそう仰るなら……しかし、護衛は厳重にさせていただきますからね!」
「ええ、頼りにしているわ。……楽しみね、サリアという歌姫は私の心も癒してくれるのかしら」
聖王女の無邪気な期待を含んだ言葉によって、遠く離れたカリンシャにいる当人の知らぬ間に、国をも動かす面会計画が決定された瞬間であった。
ケラルトだけは、なおも疑り深い視線を報告書に落としていたが、やがて小さく溜息をつき、姉の暴走を止める算段を立て始めた。
◇
聖王国の城塞都市カリンシャにおいて、王都での不穏な(?)決定など露知らず、わたし――冒険者サリアは、今日も今日とて充実しすぎている日々を謳歌していた。
パベルさんやオルランドさんとの出会いから時は過ぎ、わたしは冒険者として、そして『歌姫』として、この都市に確固たる居場所を築き上げつつある。
当初の予定であった「目立たず自由気ままな冒険者ライフ」は、固有職(ワールド・アイドル)によって修正を余儀なくされたが、結果として得られた現状は決して悪いものではない。
「てやっ! 《発頸》!」
カリンシャ近郊の森の木漏れ日が差し込む獣道において、わたしは襲い掛かってきたオーガの巨体を掌底の一撃で粉砕する。
レベル73という、現在のこの世界においては規格外の身体能力を持つわたしにとって、銅ランクや鉄ランクの依頼は準備運動にもならない。
ギルドへの貢献と圧倒的な依頼達成率、そして吟遊詩人としての知名度が後押しし、わたしの冒険者ランクは異例の速さで『銀』を飛び越え『金』ランクへと昇格していた。
「よし、これで今日のノルマである『オーガの討伐証明部位』は確保完了ね。……ちょっと張り切りすぎて、原形をかなりとどめてないのが心配だけど」
わたしは足元に転がるオーガの残骸(だったもの)をアイテムボックスに収納し、日差しを浴びて額に浮かんだ汗を拭う。
金ランクになったことで、より高難易度の依頼や未開拓領域への調査依頼も受けられるようになったが、わたしは今のところあくまでソロ活動を貫いている。
パーティを組めば、どうしてもわたしの異常な強さをごまかしきれなくなるからだ。
その辺を上手いことごまかしてるイビルアイはやはりすごいなぁと思ったりする。
それに今のわたし、サリアには帰るべき場所がある。
「さて、今日は早めに上がって夜のステージの準備をしなきゃ。今日はあの子が来る日だし」
わたしはリュートの感触を確かめながら、カリンシャの街へと続く道を軽やかな足取りで駆け出した。
夕暮れ時、冒険者ギルド「白き翼」に併設された酒場は、まだ本格的な夜の喧騒を迎える前であり、穏やかな空気が流れていた。
わたしは冒険者としての報告を済ませ、衣装――といっても動きやすさを重視した冒険者服に少しアレンジを加えたものだが――に着替えて、酒場のホールへと顔を出す。
すると、入り口近くのテーブル席に上品な大人の女性とその隣でそわそわと落ち着きなく扉を見つめる少女の姿を見つけた。
「あ! サリアお姉ちゃん!」
「いらっしゃい、ネイアちゃん! それにバラハ夫人も、ようこそお越しくださいました」
わたしの姿を認めるなり、パッと花が咲いたような笑顔を見せたのは、パベルさんの愛娘ネイア・バラハであった。
以前、お宅訪問をして以来、彼女は時折こうして母親に連れられて、早い時間の酒場に顔を出してくれるようになったのだ。
「サリアさん、こんにちは。この子がどうしても、また貴女の歌を聴きたいと言うものですから」
「ふふ、嬉しいです。ネイアちゃんのような可愛いファンがいるなんて、わたしは幸せ者ですね」
わたしは屈みこんでネイアと視線を合わせると、彼女は恥ずかしそうに、けれどもしっかりとした眼差しでわたしを見つめ返してくる。
その瞳にある鋭さは相変わらずだが、以前のような怯えの色は薄れ、代わりに好奇心と憧れが強く宿っているように見えた。
「サリアお姉ちゃん、今日も……歌ってくれる?」
「もちろん。今日はネイアちゃんのために、とっておきの新曲を用意してきたの」
「本当!? やったぁ!」
無邪気に喜ぶ彼女の頭を撫でてから、わたしは店の奥にある小さなステージへと上がる。
まだ客入りはまばらだが、常連の冒険者や店員たちが、温かい拍手でわたしを迎えてくれた。
リュートを構え弦を爪弾くと、澄んだ音色が店内の空気を一変させる。
わたしが選んだのは、前前世で好んで聞いていたアニソンをバラード調にアレンジした、勇気と希望を歌う曲だ。
『――君が望むなら、どんな壁も越えていける。その瞳に映る未来は、誰にも奪えない宝物――』
わたしの歌声が響き渡ると酒場のざわめきが波が引くように静まり返り、誰もがその旋律に耳を傾ける。
《ワールド・アイドル》の固有職の効果は今は切っている、スキルも使うつもりはない。
今のわたしが純粋に聴衆の心に届けと込めているのは、目の前で目を輝かせている少女へ、そしてこの世界で懸命に生きる人々への、純粋なエールだ。
歌いながら視線を向けると、ネイアちゃんは小さな手を胸の前で握りしめ、食い入るようにわたしを見つめている。
その姿を見ていると、かつてのアリサとしての記憶と、今のサリアとしての充実感が混ざり合い、胸が熱くなるのを感じた。
(ああ、悪くないな。王女としての責務も重圧もない。歌い、冒険し、誰かを笑顔にできる……こんな時間がずっと続けばいいのにな)
歌い終えた瞬間に酒場中から割れんばかりの拍手が巻き起こり、わたしは満面の笑みでそれに応えた。
この時のわたしは、まさか自分の存在が聖王国の国家元首を動かしており、近い将来に再びわたしの胃に穴が空きかねない事態になろうとは、微塵も想像していなかったのである。
「ありがとう! アンコールは、もう少し夜が更けてからね!」
わたしはステージを降り、ネイアの元へと駆け寄ると、彼女は興奮冷めやらぬ様子でわたしの手にしがみついた。
◇
それから時が過ぎてカリンシャの街路樹が鮮やかな緑から少しずつ色づき始めた頃、わたしとネイアちゃんの関係は「憧れの歌姫とファン」という垣根を越え、年の離れた姉妹のような親密さを帯びるようになっていた。
休日のたびにわたしはバラハ家に顔を出すか、あるいはこうしてネイアちゃんの鍛錬に付き合うのが恒例となっており、彼女がひたむきに弓を引く姿を見守る時間は、わたしにとっても得がたい癒しのひと時となっている。
「――はっ!」
鋭い呼気と共に放たれた矢が風を切り裂き、三十メートルほど先に設置された即席の的――藁束に描かれた印のど真ん中を射抜く乾いた音が、静寂に包まれた森の広場に響き渡った。
幼さの残る腕力で大人顔負けの弓を引き絞り、急所を射抜くその技量は、父親であるパベルさん譲りの天賦の才を感じさせるに十分なものであり、わたしは思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
「すごいじゃない、ネイアちゃん! 今のショット、前回よりもずっと弦の引きが安定していたし、狙いも完璧だったわよ」
「ほ、本当ですか? 自分ではまだ、お父様のように流れるような動作には程遠い気がして……」
ネイアちゃんは弓を下ろして額の汗を拭いながら、嬉しさと自信の無さが入り混じったような、彼女特有の少し困ったような笑みを浮かべてわたしを振り返る。
その目つきの鋭さが災いして他人からは誤解されがちだが、こうして間近で接していると、彼女が誰よりも純粋で、自身の力に対して謙虚すぎるほど誠実に向き合っていることが痛いほど伝わってくるのだ。
「焦ることはないわ。パベルさんは長年の実戦で培った経験があるもの。ネイアちゃんにはネイアちゃんの良さがあるし、その才能は間違いなく本物よ」
わたしは彼女の元へ歩み寄り、その硬く強張った肩を優しく叩いて緊張をほぐしてあげると、彼女は「はい……!」と力強く頷き、その瞳に宿る憧憬の光を一層輝かせた。
「ありがとうございます、サリアお姉ちゃん……私、もっと練習して、いつかお父様やお姉ちゃんみたいに、誰かを守れる強い人になります」
「うんうん、その意気よ。でも、根詰めすぎは禁物だからね。そろそろ日が暮れるし、街に戻って美味しいものでも食べに行きましょうか」
わたしが提案すると、ネイアちゃんはお腹が鳴るのを恥ずかしそうに押さえながらもパッと表情を明るくして弓を片付け始めた。
◇
練習場を後にしてカリンシャの城門をくぐると、普段から活気のある街並みが今日はどこか浮足立ったような、いつもとは違う異様な熱気に包まれているのを肌で感じた。
大通りを行き交う人々は皆一様に興奮した面持ちで、あちらこちらから「聖王女様が」「視察団が」といった単語が断片的に耳に飛び込んでくる。
どうやら兼ねてから噂されていた聖王女カルカ様によるカリンシャ視察が、いよいよ現実に――それも予想よりもずっと大規模に行われることが正式に発表されたらしい。
「へぇ、やっぱり王都から視察団が来るのね。聖王女様直々のお出ましなんて久々のビッグイベントじゃない?」
「そうですね……お父様も、警備の打ち合わせで最近すごく忙しそうでしたから。でも、私たちには雲の上のお話です」
ネイアちゃんは興味半分、恐縮半分といった様子で首をすくめ、わたしもまた「そうだよね」と苦笑して同意する。
わたし自身、本来の身分であれば王族の行事など日常茶飯事であったが、今のわたしはあくまで一介の冒険者で酒場の歌い手に過ぎない。
国の頂点に立つ方々が薄暗い酒場の喧騒に足を運ぶことなどあり得ないし、仮にパレードがあったとしても遠くから旗を振る群衆の一人に紛れるのが関の山だろう。
「有名人が来るってなると街全体がお祭り騒ぎになるのは、どこも一緒ね。ま、わたしたちはいつも通り美味しいご飯と歌を楽しみましょう」
「はい! 私、今日はお母様に許可をもらって、少し遅くまでいていいって言われてるんです」
「あら、それは素敵。じゃあ、今日は特別張り切って歌っちゃおうかな」
そんなのんきな会話を交わしながら、私たちは喧騒を抜け、馴染みの場所である冒険者ギルド「白き翼」へと続く路地へと足を踏み入れる。
酒場の重厚な扉に手をかけ、いつものように「こんばんはー!」と明るい声を上げて店内に足を踏み入れた瞬間、わたしは違和感に眉をひそめた。
普段なら酔客たちの笑い声とジョッキがぶつかり合う音が響いているはずの店内が、今日はどこか静まり返り、それでいて張り詰めたような緊張感が漂っていたからだ。
「あれ? なんか静かだね。もしかして、貸し切りだったかな?」
「マスター、どうかしたんですか?」
ネイアちゃんが不安そうにわたしの後ろに隠れる中、カウンターの奥で顔面蒼白になりながらグラスを磨いていたマスターが、わたしたちの姿を見て救世主を見るような目で助けを求めてくる。
その視線の先、店の中央付近にある一番良い席には、明らかに周囲の冒険者たちとは異質なオーラを放つ一団が陣取っていた。
冒険者を装っているつもりなのかもしれないが、その身に纏う衣服の上質さは隠しようもなく、何よりそこから漂う「高貴さ」と「圧倒的な強者」の気配が、酒場の空気を支配している。
「あら、噂の歌姫の登場ね。待っていましたわ」
その中心に座っていた人物が、優雅な所作で振り返り、わたしに向けて極上の微笑みを向けた。
金の髪をなびかせ、慈愛そのものといった柔らかな雰囲気を纏いつつも、その瞳の奥には王者としての理知的な光を宿した絶世の美女。
その隣には、不機嫌そうに腕を組んで猛獣のような殺気を隠そうともしない女騎士と、理知的だがどこか冷ややかな視線でわたしを品定めする神官服の女性。
そして、その向かいには申し訳なさそうに頭を抱えるオルランドさんと、胃が痛そうに遠い目をしているパベルさんの姿があった。
(嘘でしょ? あの特徴的な聖騎士に、腹黒そうな神官……そして、あの輝くような美人は……)
わたしの脳内で、前世の知識とこの世界の常識が激しくスパークし、目の前の光景という現実を弾き出す。
「よ、ようサリアちゃん……その、なんだ。紹介するぜ、俺の……『遠い親戚』の方々だ」
オルランドさんの苦し紛れすぎる紹介に、わたしは引きつった笑顔を貼り付けたまま、心の中で盛大に絶叫した。
(どこが親戚よ! どう見ても聖王女カルカと、カストディオ姉妹じゃないのよ!?)
お忍びにも限度があるだろうというツッコミを喉の奥で必死に噛み殺し、わたしはその場に崩れ落ちそうになる膝を何とか支えるので精一杯だった。
聖王女襲来しました
あと、今日は週末で焼肉という名の所用がありますのでw、
夜は多分更新できません、ご承知おきを
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
-
モモンガ
-
ペロロンチーノ
-
ジルクニフ
-
ガゼフ
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ラナー
-
クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース