オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第二章 4 冷や汗交じりの女子会

翌日の午後、約束の時間は刻一刻と迫り、わたしは胃の痛みを抱えながらも鏡の前で最終確認を行っていた。

服装は冒険者としての動きやすさを重視しつつも、相手が相手だけに決して失礼のないよう清潔感を最優先にしたコーディネートだ。

 

「よし、メイク完璧。装備のメンテよし。逃走ルートのシミュレーション……よし」

 

鏡に映る自分――輝く金髪と神秘的な紅い瞳を持つ美少女――に向かって、わたしは小さく気合を入れる。

二度の転生をしたため元々の自分の振る舞いなどもう忘れてしまったけれども、少なくとも今はこの世界でもトップクラスの美貌を持つ「歌姫サリア」だ。

その気になれば相手が王族だろうと魔王様だろうと大統領だって、笑顔一つで渡り歩いてみせる。

 

「……はあ。それにしても、まさかお忍びの聖王女と女子会することになるなんてね」

 

重いため息をつき、わたしは宿を出て、待ち合わせ場所である公園の東屋へと足を向けた。

カリンシャの街を見下ろす高台にあるその公園は、平日の昼下がりということもあって人影はまばらだ。

木漏れ日が降り注ぐ穏やかな風景の中、ひときわ異彩を放つ一画があった。

東屋の周囲だけ、なんというか空気が澄んでいるというか、結界でも張られているかのような聖域感が漂っているのだ。

 

(うわぁ、護衛の人たちが隠れきれてない……気配を消してるつもりだろうけど、殺気が漏れてるってば)

 

わたしは《探知》スキルに引っかかる複数の反応に気付かないフリをして、努めて軽やかな足取りで東屋へと近づいていく。

そこには、昨日と同じように変装した――といっても、隠しきれない気品が溢れ出ている三人の女性が待っていた。

 

「お待たせしました、カーラさん。それにレミさん、ケラさんも」

「サリアさん! 来てくれたのね、待っていたわ」

 

わたしが声をかけると、ベンチに腰掛けていたカーラさんが花が咲くような笑顔で立ち上がり、駆け寄ってきた。

昨日の酒場での出会いよりも、今日の彼女はどこか晴れやかで、同時に少しだけ緊張しているようにも見える。

 

「ふん、遅いのよ……ま、約束の時間ぴったりだけど」

「レミ、その言い方は失礼よ。サリアさん、来てくれてありがとう。カーラも、朝からずっと楽しみにしていたのよ」

 

レミことレメディオスは相変わらずのツンデレぶりだが、昨日ほどの敵意はない。

ケラことケラルトは、穏やかな微笑みの裏で周囲への警戒を怠っていないが、わたしに対しては好意的な視線を向けてくれている。

 

「こちらこそ、お招きいただき光栄です。とても景色の良い場所ですね」

「ええ、カリンシャの街が一望できて、とても素敵な場所だわ……さあ、座って。簡単なものだけど、お茶とお菓子を用意したの」

 

カーラさんに促され、わたしは彼女の隣という胃に穴が空きそうな特等席に腰を下ろした。

テーブルには湯気を立てる紅茶と、見た目にも美しい焼き菓子が並べられている。

どう見ても市販品ではなく、王室専属のパティシエが作ったような逸品だ。

 

(これ、毒見とか大丈夫なのかな……いや、むしろ私が毒を盛るのを警戒されてるのか)

 

わたしことサリアはアリサのアバターなので、本体であるアリサ同様に『ブリーシンガメン』の効能であらゆる状態異常に対する絶対耐性を所持している。

内心で冷や汗をかきつつも最悪王都の時のように毒を盛られても弾けばいいかと、わたしは出された紅茶を一口いただき、その芳醇な香りに素直な感嘆の声を漏らした。

 

「美味しい……! こんなに香り高い紅茶、すごくひ……初めて飲みました」

「ふふ、気に入ってもらえてよかった。王都から持ってきた茶葉なの。……ねえ、サリアさん」

「はい?」

 

一通りの世間話を終え場が和んだ頃合いを見計らって、カーラさんが改まった様子で切り出した。

その瞳は真剣そのもので、わたしは思わず背筋を伸ばす。

 

「昨日、貴女の歌を聴いて、そしてこうして話してみて、私は確信したわ。貴女は、ただの歌姫でも、しがない冒険者でもない」

「えっと……それは、どういう……?」

 

ヤバいバレた? と思うわたしだったがどうやら違うらしく、カーラさんはさらに続ける。

 

「貴女には人の心を動かす力がある。それは魔法やスキルだけじゃない、貴女自身の魂の輝きよ」

 

カーラさんはわたしの手を両手で包み込み、真っ直ぐに見つめてくる。

そこには、計算も駆け引きもない、純粋な好意と信頼が宿っていた。

 

「単刀直入に言うわ。サリアさん、私と……友達になってくれないかしら?」

「え……と、友達、ですか? もう既に、こうして仲良くさせていただいているつもりでしたが」

「ううん、そうじゃないの。上辺だけの付き合いじゃなくて、もっと深いところで繋がり合えるような……対等な友人として」

 

その言葉に、後ろに控えていたレメディオスさんが「なっ!?」と声を上げかけ、ケラルトさんに制止される気配がした。

わたしは困惑の笑みを浮かべる。

一国の王女が、素性も知れない冒険者に「対等な友人」を求めるなど、常識では考えられないことだ。

だが、彼女の瞳は本気だった。

 

「私はね、立場上、本当の意味で対等に話せる友人が少ないの。周りは皆、私を敬うか、利用しようとするか、あるいは過剰に守ろうとする人ばかりで」

「……カーラさん」

「でも、貴女は違う。昨日の歌、そして今の振る舞い……貴女は私を『一人の人間』として見てくれている気がするの。私の勘違いかしら?」

 

勘違いではない。

わたしは原作の知識があるからこそ、彼女を、「聖王女カルカ」を、理想と現実に苛まれた「悲劇のヒロイン」として認識している。

だからこそ、過剰に崇拝もしなければ、畏縮もしない。

それが彼女にとっては、得難い「対等さ」として映ったのだろう。

 

「買い被りですよ。わたしは、ただの生意気な冒険者です。でも……」

 

わたしは彼女の手を握り返し、微笑み返す。

 

「カーラさんがそう望んでくれるなら、わたしにとっても光栄なことです……友達、でいいんですよね?」

「ええ! もちろんよ!」

 

カーラさんは少女のように破顔し、嬉しそうに私の手をぶんぶんと振った。

その無邪気な様子に、わたしの中にある罪悪感がチクリと胸を刺す。

わたしは彼女を騙している。

正体を知っているのに知らないフリをしている。

 

「ああ、嬉しいわ……」

 

そんなわたしの内心など知る由もなく、カーラさんはひとしきり喜んだ後、スッと表情を引き締めた。

場の空気が変わる。

周囲の木々がざわめき、隠れていた護衛たちが一斉に緊張を高めたのが肌で感じられた。

 

「サリアさん。友人として受け入れてくれた貴女に、嘘をつき続けることはできないわ」

「カーラ、さん?」

「私の本当の名前は、カーラではないの。……驚かないで聞いてちょうだい」

 

彼女はゆっくりと立ち上がり、かつてない威厳を纏って、その名を告げた。

 

「私は、カルカ・ベサーレス。ローブル聖王国の聖王女、それが私の正体よ」

「――ッ!」

 

わたしは目を見開き、息を呑む演技をする。

演技だが、彼女が放つ圧倒的なカリスマ性には、素で圧倒されるものがあった。

これが、聖王国の頂点。

誰からも愛され、清廉潔白を体現する「聖王女」の輝き。

 

「そして、こちらは聖騎士団長のレメディオス・カストディオ。あちらは神官団長のケラルト・カストディオ……黙っていてごめんなさい」

「そ、そんな……まさか、聖王女様ご一行だったなんて……!」

「いいの、頭を上げないで。今は公務ではなく、友人としての会話なのだから」

 

わたしが慌てて跪こうとするのを、カルカ様――もうカーラさんと呼ぶのは不自然だ――は優しく制止した。

そして、彼女は再びわたしの手を取り、切実な眼差しを向けてくる。

 

「サリアさん。いえ、我が友サリア。貴女に折り入って頼みがあるの」

「頼み、ですか……?」

「ええ。貴女のその力、その歌声を……聖王国のために貸してはもらえないかしら?」

 

(やっぱり来ちゃったー!)

 

予想通りの展開に、わたしは心の中で舌打ちをしつつも、表面上は動揺を装う。

 

「わたしの歌を、国のために……?」

「そうよ。貴女の歌には、人々の心を癒やし、勇気づける力がある。それは、今の聖王国に最も必要なものなの」

 

カルカ様は熱っぽく語る。

亜人との終わりの見えない戦い、疲弊する国民、傷つく兵士たち。

彼らに必要なのは、剣や魔法による力だけでなく、心の支えとなる「光」なのだと。

 

「貴女が王都に来てくれるなら、王属の宮廷楽師……いいえ、それ以上の待遇を約束するわ。私の側近として、共に国を支えてほしいの」

 

それは、破格の待遇だった。

一般の冒険者が一生かかっても手に入れられない地位と名誉、そして安定が約束される。

 

だが、それは同時に「自由」との決別を意味していた。

王宮という鳥籠に入れば、当然空を飛ぶことはできない。

「自由」を求め分身を駆使してまで冒険者になったのに再び飛び込むなんて、ただの間抜けだ。

 

「……カルカ様。そのお言葉、身に余る光栄です。一介の冒険者であるわたしにとって、これ以上の名誉はありません」

 

わたしは慎重に言葉を選びながら、静かに首を横に振った。

 

「ですが……申し訳ありません。そのお誘い、お受けすることはできません」

「なっ! 貴様、カルカ様の慈悲深い提案を断るというのか!?」

 

即座に反応したのは、やはりレメディオス団長だった。

彼女は憤激の形相で一歩踏み出し、腰の聖剣に手をかけんばかりの勢いだ。

 

「レメディオス、下がりなさい! ……驚かせてごめんなさい、サリアさん」

 

カルカが鋭い声で制し、レメディオスは「ぐぬぬ」と唸りながら引き下がる。

カルカは悲しげに眉を寄せ、それでも私の目を真っ直ぐに見つめ続けた。

 

「……理由を、聞かせてもらえるかしら?」

「はい……わたしは歌が好きです。誰かのために歌うことも、誰かの背中を押すことも好きです」

 

わたしはリュートを抱きしめるような仕草をして、遠くの空を見上げた。

 

「ですが、それ以上に……わたしはこの広い世界を見て回りたいんです。名もなき街で、名もなき人々と出会い、その日その日の風を感じて生きていたい」

「それは、王都では叶えられないこと?」

「籠の中の鳥は、美しい声で鳴くかもしれませんが……空を飛ぶ喜びを知っている鳥は、籠の中では歌えないんです。わたしの歌は、自由な空の下でこそ響くものですから」

 

キザなセリフだが、これくらいロマンチックに言わないと彼女たちには伝わらない。

わたしはあくまで「自由を愛する吟遊詩人」としてのスタンスを崩さず、しかし敬意を持って拒絶の意思を示した。

カルカ様はしばらくの間、沈黙していた。

その瞳の中で、聖王女としての立場と、友人としての理解がせめぎ合っているように見えた。

やがて、彼女はふっと力を抜き、寂しげだが納得したような笑みを浮かべた。

 

「……そうね。貴女の言う通りかもしれないわ。昨日の貴女は、誰よりも自由に、そして楽しそうに歌っていたもの」

「わがままを言って、申し訳ありません」

「いいえ、謝らないで。無理強いをして、友人の翼を折るような真似はしたくないわ……残念だけれど、諦めるわね」

「カルカ様! よろしいのですか!? これほどの逸材、みすみす野放しにするなど……!」

「良いのよ、レメディオス。彼女の心は、誰にも縛れない。それが彼女の魅力なのだから」

 

カルカの言葉に、レメディオスは不満げながらも口を噤んだ。

ケラルトは、眼鏡の奥で「ふむ、計算通りにはいかないわね」といった様子で苦笑している。

わたしは深く頭を下げ、最大の感謝と謝罪を捧げた。

 

「ご理解いただき、ありがとうございます……旅の途中で王都に立ち寄った際は、一番にカルカ様に歌を届けに参ります」

「ええ、約束よ? その時は、最高のお茶会を開きましょう」

 

穏やかな空気が戻り、わたしは内心で最大の危機を脱したことに安堵した、その時だった。

 

カラン、カラン、カラン、カラン――!!!

 

突如として、街中に設置された警鐘がけたたましく鳴り響いた。

その音は一つや二つではない。

非常事態を告げる連打が、平和な昼下がりの空気を切り裂いていく。

 

「なっ、何事だ!?」

 

レメディオス団長が即座に反応し、冒険者としての本能でわたしも立ち上がる。

公園の入り口から、一人の兵士が転がるようにして駆け込んできた。

息を切らし、顔面を蒼白にさせたその兵士は、変装しているはずのカルカ様たちの元へ迷わず直行する。

 

「ほ、報告しますッ!! 緊急事態発生!!」

「落ち着きなさい! 何があったの!?」

 

カルカ様が凛とした声で問いただすと、兵士は絶望を滲ませた声で叫んだ。

 

「あ、亜人の大軍です!! 東の森林地帯より、数千規模の亜人連合軍が急接近!! すでに外壁防衛隊と交戦を開始しています!!」

「なんですって……!?」

 

その場にいた全員の顔色が変わる。

数千規模。それは、通常の散発的な襲撃とは次元が違う。

本格的な「侵略」だ。

 

「バカな! 監視塔は何をしていた!? 接近に気づかなかったというのか!?」

 

レメディオス団長が怒鳴りつけるが、兵士は首を振るばかりだ。

 

「わ、わかりません! 気づいた時には、もう目と鼻の先に……まるで、森そのものが亜人に変わったかのように湧き出てきて……!」

 

(転移魔法? 隠蔽スキル? どちらにせよ、ただ事じゃない……!)

 

わたしの脳内で、警報がガンガンと鳴り響く。

「ヤルダバオトの来襲」はもっと先のはずだ。

だが、ここは現実、わたしの知らないイレギュラーが、何かが起きている。

 

「レメディオス、ケラルト! 直ちに指揮を執りなさい! 私も現場へ向かいます!」

「なりませぬ! カルカ様は直ちに避難を! 護衛班、何をしている、カルカ様をお守りしろ!」

「民が襲われているのに、私だけ逃げるなどできません! 聖王女として、前線に立ちます!」

 

怒号と指示が飛び交う中、わたしは血の気が引く思いで立ち尽くしていた。

 

東の森林地帯。

 

外壁。

 

その単語が、ある一つの記憶を呼び覚ましたからだ。

 

『私、もっと練習して……パパみたいに強くなりたいんです!』

『だから明日は、東門の近くの演習場で特訓してきます!』

 

昨日の夜、別れ際に目を輝かせてそう言っていた少女の顔。

 

「……嘘、でしょ」

 

わたしの口から、乾いた声が漏れる。

ネイアちゃん。

彼女は今、まさに敵が押し寄せているその場所にいる。

 

「サリアさん! 貴女も早く避難して! ここは戦場になるわ!」

 

カルカ様がわたしに向かって叫んだ。

その声は遠く聞こえる。

思考が真っ白になりかけたが、次の瞬間、わたしは踵を返して走り出していた。

 

「サリアさん!?」

「ごめんなさい、カルカ様! わたし、行かなきゃいけないところが……助けなきゃいけない子が、いるんです!!」

 

背後からの制止の声も聞かず、わたしは全速力で公園を飛び出した。

 

《身体能力強化》《疾風》《加速》――!

 

持てる身体強化を全て叩き込み、わたしは爆風のような速度で街を駆け抜ける。

 

(間に合ってよ、ネイアちゃん……!!)

 

東の城壁からは既に黒々とした煙が立ち上っていた。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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