オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
東門へと続く大通りは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
石畳は逃げ惑う人々の足音と悲鳴で埋め尽くされ、その背後からは獣のような咆哮と肉が裂ける生々しい音が迫ってくる。
「ど、どいてくれぇ! 俺はまだ死にたくない!」
「ママ! ママぁ、どこぉ!?」
誰かが転べば、その上に別の誰かが覆いかぶさるように倒れ込む。
パニックは伝染し、恐怖は理性というタガを容易く外して、人々をただ生存本能に従うだけの群衆へと変えてしまっていた。
(酷い……! 予想以上に入り込まれてる!)
わたしは屋根の上を飛び移りながら、眼下の光景に唇を噛み締める。
東門の一部が突破されたのか、あるいは城壁を乗り越えられたのか、すでに数十体の亜人が市街地に侵入し、無差別に破壊活動を行っていた。
衛兵たちも必死に応戦しているが、多勢に無勢な上に、守るべき市民が邪魔になって思うように動けていない。
このままでは、ネイアちゃんのいる演習場に辿り着く前に、この街の一画が壊滅してしまう。
(あの子を助けたい。でも、目の前のこれを見捨てて行くなんて、そんなことできるわけない!)
わたしの中に眠る「アリサ」としての正義感が、そして「サリア」として受け取った人々の笑顔が、素通りすることを許さない。
わたしは足を止め、大きく息を吸い込んだ。
「ごめんね、ちょっと派手にいくよ……!」
《広域拡声》――起動。 タレント『永遠の歌姫』――出力全開。
わたしは屋根の上に立ち、戦場に似つかわしくない優雅な仕草で両手を広げた。
喉の奥から魔力を練り上げ、それを歌声という形に変換して世界へと解き放つ。
『――闇を裂き、光を紡げ。怯える心に、勇気の灯火を――』
それは、かつて元の世界でプレイしていたゲームの主題歌である、闇の中で希望を謳う歌。
透き通るようなソプラノが、喧騒を塗りつぶすように朗々と響き渡った。
歌声は光の波紋となって広がり、パニックに陥っていた人々の鼓膜を優しく震わせる。
その効果は劇的だった。
「あ……? 歌……?」
「なんだ、体が……温かい?」
恐怖で強張っていた人々の表情が緩み、錯乱していた思考が急速に冷静さを取り戻していく。
タレントの効果で《精神安定》と《士気高揚》、そして《継続回復》のバフが歌声の届く範囲全てに付与されたのだ。
「落ち着いて! 子供と年寄りを中央へ! 広場の方へ逃げるんだ!」
「衛兵さんたちが戦ってる! 邪魔にならないように端を走れ!」
誰からともなく声が上がり、無秩序だった逃走が統率の取れた避難へと変わっていく。
それだけではない。
わたしの歌の力は、絶望的な戦いを強いられていた兵士たちにも劇的な変化をもたらしていた。
「力が……湧いてくるぞ!?」
「傷が塞がっていく……これなら、まだ戦える!」
疲労困憊だった兵士たちの背筋が伸び、振るう剣の速度が目に見えて向上する。
わたしが付与したバフは、彼らの身体能力を底上げし、恐怖心を勇気へと変換させていた。
「怯むな! 我らには聖王女殿下がついている! そして、この歌声が我らを祝福しているぞ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
勢いを盛り返した聖王国軍が、亜人の波を押し返し始める。
わたしはその光景を視界の端で確認しつつ、歌うことを止めずに再び走り出した。
「この歌声……サリアさんなの?」
「いえ、これはまさか……」
遠くの後方、公園の方角から、信じられないものを見るような視線を感じる。
おそらくカルカ様たちだろう。
(説明は後! 今はとにかく、ネイアちゃんのところへ!)
歌を維持したまま、わたしは風となって街を駆ける。
《探知》スキルが、東の演習場付近に複数の生体反応を捉え、その中に小さく、けれど芯の強い魂の輝きがあった。
しかし、その輝きは今、風前の灯火のように揺らめいている。
周囲を取り囲む、どす黒い殺意の反応。
(急げ、急げ、急げ!!)
東門近くの演習場は、すでに半ば瓦礫の山と化していた。
土煙が舞う中、わたしは地面に転がる一本の剣を目にして、咄嗟にそれを拾い上げる。
聖王国の兵士が使う、数打ち品のブロードソードだ。
本来、冒険者「サリア」は素手で戦うモンクスタイルを装っている。
剣を使えば、キャラ設定が崩れるかもしれない。
だが、今の状況でそんな悠長なことは言っていられなかった。
(素手じゃリーチが足りない。複数の敵を瞬時に無力化するには――!)
わたしは「アリサ」としての感覚を呼び覚ます。
『姫騎士』と呼ばれ、剣で戦場を駆け抜けた記憶。
手になじむ柄の感触が、わたしの意識を切り替えた。
「――見つけた!」
演習場の隅、崩れた壁を背にして、数人の子供たちが身を寄せ合っていた。
その一番前で震える手で訓練用の剣を構え、必死に仲間を守ろうとしている少女がいる。
間違いない、ネイアちゃんだ。
「ガアアァァッ! 新鮮ナ肉ダァ!」
彼女たちの目前には、巨大な鉈を持った豚面の亜人――オークが三体。
そのうちの一体が、今まさに凶刃を振り下ろそうとしていた。
「や、やめ……!」
ネイアちゃんの悲痛な叫びが響く。
間に合わない――なんてことは、させない。
「《蒼銀一閃》」
わたしは踏み込みと同時に武技を発動させた。
音速を超えた一足が距離をゼロにし、オークの懐へと滑り込む。
拾ったばかりのブロードソードが、銀色の閃光となって走った。
それは力任せの斬撃ではない。
流水のように滑らかで、針の穴を通すような精密無比な剣技。
「ガ、ギ……?」
振り上げられた鉈ごと、オークの両腕が宙を舞う。
遅れて噴き出す鮮血の華。
わたしは返す刀で、背後にいた二体のオークの首を、一筆書きを描くような軌道で斬り飛ばした。
三つの巨体が、ほぼ同時に地面に崩れ落ちる。
「え……?」
死を覚悟していたネイアちゃんが、ぽかんと口を開けてその光景を見ていた。
飛び散る血飛沫一つ浴びることなく、わたしは剣についた血糊を振り払う。
量産品の剣は、わたしの膂力と速度に耐えきれず、刀身にヒビが入ってしまっていた。 それでも、役目は十分に果たしてくれた。
「……遅くなってごめんね、ネイアちゃん。怪我はない?」
わたしは剣を捨て、いつもの優しい声色で話しかける。
彼女は信じられないものを見る目でわたしを見上げ、それから視線を転がるオークの死体へと彷徨わせた。
モンクであるはずの「歌姫サリア」が、達人級の剣技で敵を瞬殺したのだ。
幼い彼女でも、その異常さと凄凄まじさは理解できただろう。
「サ、サリア……さん……?」
「うん、サリアお姉ちゃんだよ。約束通り、会いに来たよ」
けど、わたしが屈み込み安心させるように微笑みかけると、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
彼女の大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「う、うわぁぁぁぁん!! 怖かったぁ、怖かったよぉぉ!!」
「よしよし、もう大丈夫。私が来たからには、指一本触れさせないから」
わたしは泣きじゃくるネイアちゃんを抱きしめ、その震える背中を優しく撫でる。
彼女が握りしめていた訓練用の剣が、カランと音を立てて地面に落ちた。
とりあえず、最悪の事態だけは回避できた。 けれど、周囲の気配はまだ不穏そのものだ。
(さて、ここからどうやって脱出するか……それとカルカ様たちにどう言い訳しようかなぁ)
腕の中で泣く少女のぬくもりを感じながら、わたしは迫りくる次の敵の気配に、鋭い視線を向けた。
「ネイアちゃん、走れる!? 他の子たちの手を離さないで!」
わたしは拾ったブロードソードを構え直し、瓦礫の陰から子供たちを誘導する。
《探知》スキルのレーダーは真っ赤だ。
さっきの戦闘の音を聞きつけて、周辺の亜人たちが一斉にこちらへ集まってきている。
「は、はいっ! みんな、こっちだよ! サリアお姉ちゃんについてきて!」
ネイアちゃんが涙を拭い、必死に年下の子たちを励ましている。
その健気な姿に胸を打たれると同時に、わたしは自身の置かれた状況のシビアさを再確認する。
(やっばいなぁ、護衛クエストが一番難易度高いってば……!)
単身ならどうとでもなる。
レベル73のスペックがあれば、この程度の亜人の群れなど、鼻歌交じりで殲滅できる。
だが、今のわたしには「絶対に守らなければならない子供たち」がいるのだ。
「ギシャアアアッ!」
「殺セ! 人間ノガキダ!」
崩れた壁の向こうから、半人半蛇の亜人が槍を投擲してくる。
一本ではない。十、二十という数の穂先が、雨のように降り注ぐ。
「くっ……させない!」
わたしは子供たちの前に立ち塞がり、子供たちに飛んできたものは全て弾き落とす。
でもわたしに当たるものはこの際仕方がないので、その身を盾にした。
回避すれば背後の子供たちに刺さるならば、受けるしかない。
鈍い音が響き、鋭利な槍先がわたしの身体を打ち据える。
「きゃああっ!? サ、サリアさん!?」
ネイアちゃんの悲鳴が上がる。
だが、槍はわたしの肌を貫くことはできない。
圧倒的なレベル差による防御力が、亜人の攻撃を完全に無力化しているからだ。
(ダメージはゼロ。痛くもない。……でも!)
「あーもう! これ気に入ってたのに!」
わたしは槍を素手で払いながら、ビリビリに裂けた服を見て嘆いた。
肌は無傷でも、今の装備であるドレスはそうはいかない。
お気に入りのコーデは、見るも無残なボロ布と化し白い肌があちこちから覗いてしまっている。
「サ、サリアさんが……私たちのために……血が……!」
「違うよネイアちゃん、これ返り血! 私の血じゃないから!」
子供たちの目には、わたしが身を挺して傷ついているように見えているらしい。
誤解を解いている暇もなく、次は側面からワーウルフの群れが襲いかかってくる。
「次から次へと……湧きすぎでしょ!」
わたしは右手の剣でワーウルフを斬り、左手で子供を二人抱え上げて火球を回避する。
泥にまみれ、服は裂け、髪も乱れる。
「歌姫」としての優雅さは欠片もないが、なりふり構ってはいられない。
(こっちのルートは袋小路か。なら、壁をぶち抜いて……!)
わたしが強硬手段に出ようと魔力を練り上げた、その時だった。
「――そこまでだ、薄汚い亜人ども!!」
雷鳴のような怒号が、戦場の空気を震わせた。
次の瞬間、白い閃光が走り、子供たちに群がろうとしていた亜人たちが一瞬で薙ぎ払われる。
「ガアッ!?」
「ナ、ナンダ!?」
光の粒子が舞う中、一人の騎士が颯爽と降り立った。
燃え上がるような正義感を瞳に宿し、聖剣を掲げるその姿。
「聖騎士団長、レメディオス・カストディオ、推して参る! 弱き民に手を出す外道ども、この聖剣が裁きをくれるわ!」
「レメディオス団長!」
遅れて到着した聖騎士隊が、残りの亜人たちをあっという間に制圧していく。
わたしは大きく息を吐き、へたり込みそうになる子供たちを支えた。
「大丈夫か、貴様ら! 怪我は……む?」
亜人を一掃したレメディオスが、大股でこちらに歩み寄ってくる。
彼女はわたしのボロボロになった服と、その足元に転がる大量の亜人の死体、そして手に持った刃こぼれしたブロードソードを交互に見た。
「……貴様、その剣筋」
レメディオスは野生の勘とでも言うべき鋭さで、わたしの目を覗き込む。
まずい、と心臓が跳ねた。
ガチガチの王国剣術で戦っていたところを見られたかもしれない。
「モンクの体術を主とした動きではないな。重心の移動、踏み込み、そしてその太刀筋……まるで『姫騎士』の剣技そのままだ」
(うわ、脳筋のくせにこういう時だけ目ざとい!)
「い、いえ、これは見様見真似というか、火事場の馬鹿力でして……」
わたしがしどろもどろに言い訳をしようとすると、レメディオスはさらに一歩詰め寄ってきた。
その圧に押されそうになった時、穏やかだが有無を言わせぬ声が割って入る。
「そこまでになさい、レメディオス」
「え? しかしカルカ様、こやつタダモノでは……」
瓦礫の山を越えて現れたのは、カルカさんとケラルトさんだった。
護衛の騎士たちに囲まれながらも、その視線は真っ直ぐにわたしに向けられている。
「無事でしたか、サリアさん……いいえ、この際名前など些末なことですね」
カルカさんはわたしのボロボロになった姿を見て、痛ましげに、けれど確信に満ちた瞳で微笑んだ。
その視線は、わたしの正体をほぼ完全に見抜いている。
「あの歌声、そしてこの剣技。貴女が誰であるか、今は問いません。ただ……感謝を」
「カルカ様……」
「貴女が時間を稼いでくれたおかげで、私たちも立て直すことができました。そして何より……未来ある子供たちを守ってくれたこと、聖王として礼を言います」
カルカ様は深々と頭を下げた。
一国の王が、正体不明の冒険者に対して取る態度ではない。
隣にいるケラルトさんも、眼鏡の奥の瞳を細めて頷いている。
「姉さん、今は尋問より戦況の好転が優先よ。彼女の力は、今の聖王国にとって喉から手が出るほど欲しい切り札だわ」
「む……ケラルトがそう言うなら」
レメディオスは不満げに鼻を鳴らしたが、すぐに剣を収めて引き下がった。
カルカ様は再び顔を上げ、真剣な眼差しでわたしに手を差し伸べる。
「サリアさん。厚かましいお願いだと分かっています。ですが、どうか……もう一度だけ、貴女の力を貸していただけませんか?」
「……」
「亜人の軍勢は一時的に怯みましたが、まだ数は彼らの方が多い。完全に押し返すには、貴女のあの『歌』と……その剣の力が必要なのです」
断る理由はなかった。
そもそも、もうわたし自身がこの状況を放っておくつもりはなかったのだから。
それに、ここまで正体がバレかけているなら、もう猫を被る必要もないだろう。
わたしは子供たちを聖騎士隊に引き渡し、ボロボロの身なりを少しだけ整えてから、不敵な笑みを浮かべた。
「……特別サービスですよ、カルカ様」
わたしは差し出されたカルカさんのその手を握る。
「友人からの頼みですから――行きましょう、レメディオス団長。露払いは任せてもらっていいですか?」
「ふん、生意気な口を! だが、背中は預けてやる!」
レメディオスがニヤリと笑い、再び聖剣を構える。
カルカさんとケラルトさんもわたしという頼もしい味方を得たことで表情を引き締めた。
「全軍、反撃開始! 聖王国の誇りを、亜人どもに見せつけなさい!」
カルカさんの号令と共に、わたしたちは再び戦場へと躍り出た。
ここからは、防戦一方ではない。
「歌姫」兼「姫騎士」の本領発揮だ。
皆さんのおおかたの予想通りバレました
ここでバラさなければ何時バラすな話ではありますがw
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
-
ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース