オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

38 / 57
第二章 7 人間の司書と亜人の探索者

アベリオン丘陵の夜風が、頬を撫でるように、けれど冷たく吹き抜けていく。

岩肌がむき出しになった荒涼とした大地を、わたしは独り、疾走していた。

『ワールド・アイドル』のバフによって底上げされた敏捷値は、わたしを風そのものへと変える。

でこぼことした不安定な足場も、わたしにとってはダンスフロアのステップと何ら変わりはない。

 

(見つけた……!)

 

視界の先、月明かりに照らされた峡谷の影を縫うように走る、小さな影を捉えた。

あのローブ姿、間違いない。カリンシャの戦場でわたしを「アリサ」と呼んだ謎の亜人だ。

相手の逃げ足は速い。

おそらく盗賊系か、斥候系のスキルを持っているのだろう。

だが、純粋なステータス勝負において、今のわたしに追いつける者はそうそういない。

 

(地形を利用して撒こうとしているみたいだけど、甘いよ)

 

わたしは地図データなど存在しないこの未開の地を、索敵スキルで読み解いていく。

このまま彼が進めば、切り立った崖に突き当たるはずだ。

 

わたしは進路を修正し、直線的に崖の上へと駆け上がった。

重力を無視するかのような跳躍で岩壁を蹴り、一気に高台へと躍り出る。

そして、眼下を走る影の進路上へと先回りし、音もなく舞い降りた。

着地の衝撃を膝のクッションで殺し、わたしはゆっくりと立ち上がる。

 

「――そこまでよ。アンコールはまだ始まってないんだから、勝手に帰らないでくれる?」

 

逃走者の足がピタリと止まる。

フードの奥で息を呑む気配が、風に乗って伝わってきた。

月光がわたしの姿を浮き彫りにし、相手の退路を断つように影を落とす。

距離は十メートルほど、いつでも間合いを詰められる距離だ。

 

「な、なぜ……ここに……」

「アイドルは神出鬼没なの。ファンサービスのためなら、地の果てまで追いかけるわよ」

 

おどけて見せながらも、わたしは剣の柄に手を掛け、油断なく相手を観察する。

鑑定スキルと肌で感じるプレッシャーから推測するに、相手のレベルは40前後。

この世界基準で見れば英雄級、あるいは逸脱者と呼ばれる領域の強者だ。

単なる亜人の雑兵でないことは確かだが、レベル73のわたしにとって脅威ではない。

 

(でも、妙だわ……)

 

違和感が胸をざわつかせる。

戦場であれだけの判断力を見せた相手が、ただ逃げるだけで何の罠も張っていないなんてことがあるだろうか。

わたしが一歩踏み出そうとした、その時だった。

背後の岩陰から、突如として別の気配が膨れ上がった。

 

「下がるのです、シーカー。その方に刃を向けてはなりません」

 

しわがれた、けれど理知的で落ち着き払った老人の声。

わたしは反射的にバックステップで距離を取り、新たな乱入者へと視線を向ける。

そこに立っていたのは、亜人ひしめくこの荒野にはあまりにも不釣り合いな存在だった。

古びた司書のローブを纏い、片眼鏡をかけた白髪の老人。

人間種だ。

それも、ただの人間ではない。

 

(気配遮断……? 今の今まで、わたしが気づかないほどの隠密性を持っていたの?)

 

わたしの知覚能力を欺くほどの隠密スキル。

そして、亜人と行動を共にする人間という異常な組み合わせ。

老人の手には武器はないが、代わりに分厚い魔導書のようなものを抱えている。

マジック・キャスターか、あるいは支援職か。

わたしは脳内で素早く、ユグドラシルのシステムを照合する。

この世界において、レベル40クラスの個体が複数で行動していることの意味を。

 

(NPCの創造条件……カスタムNPCのレベル配分……)

 

ギルド拠点におけるNPC作成には、総レベル数という制限がある。

もし彼らがプレイヤーによって作られた存在だとしたら、その強さは創造主の配分次第だ。

亜人の方がレベル40程度だとすれば、この老人はレベル60、あるいはそれ以上かもしれない。 二人がかりで連携攻撃を仕掛けてくれば、わたしでも無傷では済まない可能性がある。

 

「あなたたちは何者? 聖王国に仇なすつもりなら、ここでお引き取り願うことになるけれど」

 

わたしは威嚇を込めて、魔力を周囲に展開させる。

『ワールド・アイドル』の輝きが、夜の闇を払うように煌めいた。

 

臨戦態勢。

相手が少しでも不審な動きを見せれば、即座に叩く。

 

だが、わたしの予想は大きく裏切られることになった。

老人はわたしを見るなり、その場に崩れ落ちるように膝をついたのだ。

 

「ああ。その魔力は……間違いない、なんということだ!」

「えっ?」

 

老人の肩が小刻みに震えている。

攻撃の予備動作かと思ったが、殺気は微塵も感じられない。

月明かりの下、老人がゆっくりと顔を上げる。

その目から、大粒の涙がとめどなく溢れ出していた。

 

「夢にまで見た我らが創造主の長、いえ……『永遠の歌姫』……」

「……はい?」

「間違いありません。そのお姿、その御声、そして何よりその魂の輝き……! ああ、神よ、我らにこのような奇跡をお与えくださるとは!」

 

老人は地面に額を擦り付ける勢いで平伏し、慟哭に近い声を上げた。

後ろにいた盗賊――シーカーと呼ばれた者も、フードを脱ぎ捨てて同様に跪く。

 

幻影魔法が解除されたのか、現れたのは幼い顔立ちの小人だった。

彼もまた、怯えではなく、感極まったような表情でわたしを見つめている。

 

「お待ちしておりました……ずっと、ずっとお待ちしておりました、アリサ様……!」

 

その呼び名。

そして、わたしに向けられる、狂信的とも言えるほどの崇拝と親愛の情。

わたしの記憶の奥底で、何かがカチリと噛み合った。

ユグドラシルの記憶。

《Voiceless Garden》で過ごした日々。

 

(人間種のペア……学者風の老人と、探索者風の小人……)

 

かつて、ギルドの運営について語った仲間の顔が浮かぶ。

わたしが配信での募集で副ギルド長に指名し、共にギルドを支えてくれたあの温厚な男。

彼は種族間の融和という設定を好み、種族にとらわれず人々が手を取り合う未来を夢見ていた。

「調和こそが世界を救う」というのがユグドラシルにおける彼の口癖だったはずだ。

 

「……まさか、あなたたちを作ったのは」

 

わたしは警戒を解き、剣をインベントリへと戻す。

そして、恐る恐る、けれど確信を持ってその名を口にした。

 

「『ハーモニー』……副ギルド長の、あの人が作った子たちなの?」

 

わたしの言葉に、老人は雷に打たれたように身を震わせ、そして顔をくしゃくしゃにして泣き笑いを浮かべた。

 

「左様にございます……! 我が主、偉大なる調停者『融和者ハーモニー』が創造せし知識の管理者、ライブラリと申します!」

「同じく、探索者の、シーカーです!」

 

ライブラリと、シーカー。

その名を聞いた瞬間、わたしの中で張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。

ライブラリは、ハーモニーさんが「ギルドの知識を蓄積する存在」として作ったNPCだ。

そしてシーカーは、「未知の世界を探索し、新たな知識を持ち帰る存在」として作られた。

 

彼らは戦闘用NPCではない。

それでもハーモニーさんの理想と遊び心がたっぷり詰まった存在たち。

 

「うそ……本当に? こんなところで、みんなに会えるなんて……」

 

原作知識として理解はしていた。

でも、こうやってみんなが作った存在が物言わぬNPCではなく生きてこの場にいる事実に目頭が熱くなる、視界が滲む。

わたしは駆け寄りたい衝動を抑えきれず、二人の前へと歩み寄った。

そして、跪いたままのライブラリの手を取り、立たせる。

 

「……それで、二人はどうしてここに? ギルドのみんなは? ハーモニーさんは一緒じゃないの?」

 

ひとしきり再会を喜んだ後、わたしは一番気になっていたことを問いかけた。

もしも彼らがここにいるなら、創造主であるハーモニーさんも近くにいるかもしれない。

あるいは、ギルド拠点ごと転移してきている可能性だってある。

 

わたしの問いに、ライブラリは居住まいを正し、遠いあの日を懐かしむような、慈愛に満ちた瞳で語り始めた。

 

「……あの日。ユグドラシル最後の日、ハーモニー様は確かにいらっしゃいました」

「! 来てくれたのね!」

「はい。ハーモニー様だけではございません。あの日、ナザリックだけではなく我らがギルドホーム《Voiceless Garden》には、数え切れないほどのプレイヤー様が訪れました。かつてギルドに所属していた方々、取引のあった商人の方々、そして何より――アリサ様の歌を愛したファンの方々が」

 

ライブラリの声が、熱を帯びる。

 

「彼らは皆、口々に感謝の言葉を述べ、そしてまるで手向けのようにアイテムを置いていかれました。希少な素材、高ランクの装備、そして……いくつかの『ワールドアイテム』までもが、祭壇に供えられた花のように山積みになっていたのです」

「ワールドアイテムまで……? みんな、そんな大事なものを……」

「『アリサちゃんへの引退祝いだ』『向こうでも歌ってくれ』と。……あの光景は、我々NPCにとっても生涯忘れ得ぬ美しいものでした」

 

胸が詰まる。

わたしは自分の死後、そこまで愛されていたことを知らなかった。

アイテムの価値以上に、そこに込められた想いの重さが今のわたしの胸を温かく満たしていく。

 

「そして最期の時、ハーモニー様は我々一人一人に声をかけ、抱きしめ、別れを告げてくださいました。『幸せになれ』と、『我々が愛したこの場所を忘れないでくれ』と」

「……そう。ハーモニーさんらしいわ」

「はい。あの方の最期の命令は『この図書館を守れ』でした。我々はその言葉を胸に、終わりの時を迎えたのです」

 

ライブラリが一度言葉を切り、少しだけ表情を曇らせる。

 

「……ですが、次に我々が目覚めた時、そこはこのアベリオン丘陵の山岳地帯でした。それも、ギルドホーム全体ではなく、我々が管理していた『大図書館』の区画だけが、この荒野に投げ出されていたのです」

「図書館だけが転移したの?」

「左様にございます。あれから14年……我々はずっと、主の言いつけを守り、周囲の亜人から図書館を隠し、守り続けてまいりました」

「14年……」

 

この世界で、わたしがラナーの姉として生を受けてから経過した年数とほぼ同じだ。

わたしと言うイレギュラーに伴う転移なのだろうか。

彼らはこの世界に来て、ずっと孤独に耐えていたのだ。

 

「そんなに長い間、ずっと待っていてくれたのね……でも、それならどうして外に出てきたの? 隠れ続けていた方が安全だったはずじゃ」

 

わたしの問いに、今まで黙って話を聞いていたシーカーが、悔しげに唸り声を上げた。

 

「盗まれた……」

「え?」

「図書館の収蔵品……その中でも特に強力な『ワールドアイテム』が一つだけ消失した。確認不能になった」

 

シーカーが鋭い犬歯を覗かせ、北の空を睨みつける。

 

「誰かが侵入した形跡はなかったけれども、確かに無くなった。だから俺は探すために外に出て……そして、あの戦場の向こうに懐かしい匂いを感じた」

「それが、わたしの匂いだったってことか」

 

事態は思ったよりも複雑そうだ。

14年前に転移してきたギルドの遺産。

そこに眠るワールドアイテムの消失。

そして、今まさに起きている亜人の大侵攻。

 

これらが全部無関係だとは、流石に思えない。

 

「……わかったわ。その『消えたアイテム』の捜索、わたしも手伝うわ」

「アリサ様が!?」

「当たり前でしょ。わたしはギルドマスターだったのよ? 部下の不始末……じゃないわね、ギルドの財産を守るのは私の責任だもの」

 

それに、とわたしは言葉を続ける。 これは、今のわたしの立場も明確にしておく必要がある。

 

「それにね、わたしは今この世界で人間として生きているの。リ・エスティーゼ王国の第三王女としてね」

「なんと……一国の王女として転生を!?」

「だから、あなたたちに会えて本当に嬉しい。あの頃の思い出を分かち合えるのはあなたたちだから」

「アリサ様……!」

 

ライブラリが感極まったように再び涙ぐみ、シーカーも嬉しそうに尻尾を振る。

 

「我々もでございます! ハーモニー様より託された図書館、そして行方不明のアイテム……これらを再び『永遠の歌姫』と共に追える日が来るとは!」

「任せて下さい! 俺の鼻とライブラリの魔術なら、必ず見つけ出せる!」

「頼もしいわね。……それじゃあ、まずはその『図書館』に案内してもらえる? 今後の作戦会議もそこでしましょう」

「ハッ! こちらでございます、我が主!」

 

二人が先導し、わたしはその後を追う。

14年間、彼らが守り抜いてきた約束の場所へ。

そして、かつてのみんなが残してくれた、愛の結晶が眠る場所へ。

 

アベリオン丘陵の冷たい風も、今は心地よい追い風のように感じられた。

 

(待っててね、みんな。あなたたちが残してくれた想い、絶対に無駄にはしないから)

 

夜闇の向こう、切り立った崖のさらに奥深く。 そこには、かつての栄光を今に伝える『秘密基地』が待っていた。




話が大きくなってきました
でも、オリキャラはあまり作る予定はないです

あくまでバタフライエフェクト(無理がある

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。