オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第二章 閑話2 御前試合 後編

予選が順調に進む中、わたしは一度貴賓席を離れラナーを伴って選手たちの控室へと足を運んでいた。

熱気が渦巻く闘技場の喧騒も、石造りの厚い壁に隔てられたこの通路までは届かず、ひんやりとした静寂が支配している。

 

「……お姉様。わざわざあの子のところへ行く必要があるのですか?」

 

背後をついてくるラナーが、不満を隠そうともせずに唇を尖らせている。

その瞳には「お姉様の時間は全て私のものなのに」という独占欲が透けて見えたけれど、わたしは苦笑しながら彼女の手を握りしめた。

 

「あるわよ。彼女はこれから私の……ううん、私たちの『騎士』になってくれるかもしれない大事な友人だもの。激励くらいしてあげないと」

「友人、ですか……まあ、お姉様がそう仰るなら。あの娘が少しでも役に立つなら、私も優しくしてあげますわ」

 

ラナーは握られた手を嬉しそうに握り返し、一瞬で機嫌を直す。

この極端な二面性が『黄金の姫』の本質であり、同時にわたしだけに見せる可愛げでもあった。

 

目的の部屋の前に着き、わたしは軽くノックをしてから扉を開ける。

そこには、愛剣を膝に乗せて瞑想に耽る少女――ラキュースの姿があった。

 

「――来られましたわね。待っていました」

 

ラキュースはゆっくりと目を開け、重々しい口調で告げた。

部屋の照明をあえて落としているのか、薄暗い室内で彼女の金髪が微かに輝いて見える演出付きだ。

まだ十代半ばのあどけなさが残る顔立ちだが、その瞳には強烈な自意識と、これから始まる戦いへの高揚感が宿っている。

 

「調子はどう? ラキュース」

「……フッ、悪くないです。右手が疼いて仕方がないんです。私の中に眠る黒き衝動が、血を求めて暴れたがっていますの」

 

ラキュースは自分の右手を左手で押さえつけ、苦悶の表情を作ってみせる。

原作よりまだ幼く魔剣もない彼女だが、その中二病精神は既に完成の域に達しているようだ。

わたしは彼女の世界観に合わせて、真剣な表情で頷いた。

 

「そう、暴れているのね……でも気をつけて。その力を解放するのは、本当に必要な時だけになさい。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだから」

「ッ……! さすがはアリサ様、私の『闇』の本質を一瞬で見抜くとは……! ええ、約束します、制御してみせますわ」

 

ラキュースが感激したように身を乗り出し、背負っていた大剣の柄を撫でる。

 

「ええ、期待しているわ。あなたの『紫の瞳』が開眼する瞬間を」

「はいっ! 見ていてください、私の舞踏(ダンス)を!」

 

ラキュースの表情が、演技がかったものから年相応の少女の笑顔に戻る。

わたしは彼女の肩をポンと叩き、部屋を後にしようとした。

その時、それまで無言で微笑んでいたラナーがすれ違いざまに鈴を転がすような声で囁いた。

 

「……頑張ってくださいね、ラキュースさん。お姉様が期待していらっしゃるのですから、無様な真似を晒したら……分かりますわよね?」

「ひゃぃっ!?」

 

ラキュースの肩がビクリと跳ね上がり、顔色が青ざめる。

わたしが振り返ると、ラナーは既に何事もなかったかのように天使の微笑みを浮かべていた。

飴と鞭。

今のラナーにとって、ラキュースは「姉の関心を引く生意気な虫」でありながら、同時に「姉が育てようとしている駒」でもある。

その微妙な距離感が、ラキュースをより一層引き締めているようだった。

 

「……ラナー、あまりいじめないであげてね」

「あら、私はただのエールを送っただけですわ。さあ、戻りましょうお姉様。そろそろ『大一番』が始まります」

 

わたし達は再び光溢れる貴賓席への道を急ぐ。

これから始まるのは、この大会における事実上の決勝戦とも言えるカード。

未来の英雄ガゼフ・ストロノーフと、既に傭兵界隈で名を馳せている「女傑」との激突だ。

 

 

貴賓席に戻ると、ちょうど闘技場にアナウンスが響き渡るところだった。

父上や兄様たちも、身を乗り出してフィールドを見つめている。

 

「さあ、予選ブロック屈指の好カードだ! 西の門から現れるは、流浪の傭兵! その剣速は風よりも速く、その一撃は岩をも砕く! ガゼフ・ストロノーフ!!」

 

大歓声と共に、ガゼフが姿を現す。

予選を一撃で勝ち抜いてきた彼の表情は引き締まっており、慢心の色は一切ない。

その目は真っ直ぐに対戦相手を見据えている。

 

「対する東の門からは……この女だ! その筋肉は鋼鉄! その戦鎚は破壊の化身! 数々の戦場を渡り歩き、生き残ってきた不沈の女戦士! 『筋肉の壁』こと、ガガーラン!!」

 

地響きのような足音と共に現れたのは、筋肉の鎧を纏ったような巨躯の女性だった。

後のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の前衛を務めることになるガガーラン。

今の彼女はまだ冒険者として名を上げる前か、あるいは傭兵として活動している時期なのだろう。

刈り上げた赤髪が陽光に燃えるように輝き、その口元には不敵な笑みが張り付いている。

 

「へぇ、いい男じゃないか。あたし好みのツラ構えだねぇ」

「……光栄だな。だが、俺はまだ死ぬわけにはいかないんでね」

 

闘技場の中央で対峙した二人が、火花が散るような視線を交わす。

ガガーランが担いだ巨大な戦鎚は、普通の人間なら持ち上げることすら困難な重量に見える。

対するガゼフはバスタードソードを正眼に構え、自然体でその圧力を受け流していた。

 

「さあ、楽しませておくれよ!」

「始め!!」

 

開始の合図と同時に、空気が破裂した。

ガガーランが巨体に似合わぬ爆発的な脚力で距離を詰め、戦鎚を横薙ぎに振るう。

ブォンッ! という重低音が響き、風圧だけで砂煙が舞い上がる。

 

「っ……!」

 

ガゼフはそれを剣で受ける愚を犯さず、低い姿勢で回避した。

頭上を死の質量が通過し、数本の髪の毛が千切れ飛ぶ。

 

「逃げ足は速いみたいだねぇ! なら、これはどうだいッ!!」

 

ガガーランは振り抜いた遠心力を殺さず、そのまま体を回転させて二撃目を叩き込む。

その動きは洗練されており、単なる力任せの暴力ではない。

歴戦の戦士だけが持つ、実戦で磨き上げられた殺人術だ。

 

(……強いわね、やっぱり)

 

わたしは息を呑んで戦況を見守る。

今のガゼフは装備的にもまだ発展途上、対してガガーランは既に完成されている。

 

「ふッ!」

 

ガゼフが短く呼気を吐き、踏み込んだ。

回避から反撃への転換。

ガガーランの戦鎚が戻る一瞬の隙を突き、鋭い刺突が放たれる。

 

「甘いよッ!」

 

ガガーランは戦鎚の柄でそれを器用にかち上げ、軌道を逸らす。

金属と金属が噛み合う甲高い音が響き、火花が散った。

そのまま二人は至近距離での打ち合いに突入する。

 

人間離れした膂力と剣技の応酬に、観客たちは声援を送るのも忘れて見入っていた。

一撃必殺の戦鎚を紙一重でかわし、その隙間に鋭い斬撃を差し込むガゼフ。

その斬撃を直感で防ぎ、さらに重い一撃を返すガガーラン。

 

「ははッ! やるじゃないか! あたしの連撃をここまで凌いだ男は久しぶりだよ!」

「重いな……! 岩山と戦っている気分だ!」

 

剣を受けるたびに腕が痺れ、剣身が悲鳴を上げているのがここからでも分かった。

装備の質に差がありすぎるのだ。

ガゼフの剣は一般的な良品だが、ガガーランの戦鎚はおそらく魔法の武器。

まともに打ち合えば、先に壊れるのはガゼフの剣だ。

 

(気づきなさい、ガゼフ。あなたの武器は剣だけじゃない)

 

「らぁッ!!」

 

ガガーランが勝負を決めにかかろうとした。

上段からの渾身の振り下ろし、回避すれば地面が砕け、その破片と衝撃波で体勢を崩される。

受ければ剣ごと体を粉砕される、絶体絶命の詰みに見えた。

 

だけどその瞬間、ガゼフの瞳が鋭く細められた。

 

「――『流水加速』」

 

彼が口にしたのは『武技』。

体内の身体能力を一時的にブーストさせる戦士の奥義。

瞬間、ガゼフの体が陽炎のようにブレた。

 

「なっ!?」

 

ガガーランの戦鎚が地面を叩き、爆音と共にクレーターを作る。

だが、そこには既にガゼフの姿はなかった。

彼は落下の衝撃が伝わるよりも速く、戦鎚の柄を駆け上がっていたのだ。

 

相手の武器を足場にするという、常識外れの曲芸。

ガガーランが目を見開いて驚愕する目の前に、ガゼフの切っ先が迫る。

 

「終わりだ」

 

首筋に冷たい感触が押し当てられる。 ガガーランはピタリと動きを止め、頭上の青年を見上げた。

ほんの数センチ深く踏み込んでいれば、彼女の喉は貫かれていただろう。

一瞬の静寂。

そして、ガガーランは豪快に笑い飛ばした。

 

「がはははは! まいった! あたしの負けだ! まさか武器の上を走られるとはねぇ!」

 

彼女は戦鎚から手を離し、両手を上げて降参の意を示す。

会場が爆発した。

割れんばかりの拍手と、「ストロノーフ」コールが王都の空に響き渡る。

 

「見事だったわ……」

 

わたしは息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。

隣ではラナーが冷静に分析を口にする。

 

「装備の劣勢を武技と機転で覆しましたね……あの一瞬の判断力、やはり彼は『本物』ですわ」

「ええ。これで彼が優勝するのは確定ね」

 

ブレインがいない現在、ガガーランという壁を超えたガゼフを止められる者は大会にはいない。

彼はこの勝利で覚醒した。

王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフが、ここに誕生したのだ。

 

その後の展開は、まさに予想通り――いや、それ以上だった。

準決勝、決勝と進むにつれて、ガゼフの動きはさらに研ぎ澄まされていった。

対戦相手の剣筋を見切り、最小限の動きで躱し、一撃で沈める。

その姿はわたしが見せたエキシビションの再現のようであり、しかしそれ以上に泥臭く、実戦的な凄みに満ちていた。

 

そして決勝戦。 相手は地方の騎士団長を務める実力者だったが、ガゼフは開始数秒でその剣を弾き飛ばし、勝負を決めた。

 

「勝者! ガゼフ・ストロノーフ!!」

 

審判の声が響いた瞬間、会場のボルテージは最高潮に達した。

ガゼフは荒い息を吐きながらも、しっかりと剣を掲げ、観客の歓声に応えている。

その視線が、貴賓席にいる父上――ランポッサ三世と交差した。

 

「素晴らしい……! 彼こそ、彼こそ余が求めていた『剣』だ!」

 

父上は興奮のあまり立ち上がり、震える声で叫んだ。

バルブロ兄様は純粋にその剣技に感動しており、ザナック兄様も笑みを浮かべて頷いている。

 

「ああ。あれなら文句なしだ。貴族どもも黙るだろうさ」

「よし、すぐに彼をこちらへ! 余が直接、褒美を授ける!」

 

父上の命令を受け、近衛兵たちが動き出す。

わたしはそれを見届けながら、心の中で深く安堵していた。

 

(よかった……これで歴史は守られた。ううん、より良い形に修正された)

 

原作よりも早い段階で、ガゼフは王家への忠誠を誓うことになるだろう。

しかも、わたしやラナー、そして兄様たちとの繋がりを持った状態で。

これで八本指の脅威に対抗できる「武力」が手に入った。

 

「……おめでとう、ガゼフ」

 

わたしは眼下の英雄に向けて、小さく拍手を送る。

彼がこれから歩む道は、決して平坦ではない。

貴族派との対立、周辺諸国との争い。

けれど今の彼なら、きっと違う未来を切り拓けるはずだ。

 

「さあ、お姉様。私たちも行きましょう。新しい戦士長殿のお披露目ですわ」

 

ラナーがわたしを促す。

わたしは頷き、玉座の間へと続く通路を歩き出した。

 

こうして、王国の歴史に残る『御前試合』は、最強の戦士ガゼフ・ストロノーフの誕生という最高の結果で幕を閉じた。

 

 

興奮の坩堝と化した闘技場から場所を移し、私たちは王城の奥まった場所にある謁見の間へと集まっていた。

窓の外には黄昏が広がり、長く伸びた影が室内の重厚な空気をより一層際立たせている。

 

「――ガゼフ・ストロノーフよ。此度の剣技、実に見事であった」

 

玉座に座る父上の声は、いつになく張りがあり、その表情も晴れやかだ。

長年、派閥争いと人材不足に頭を悩ませてきた父上にとって、何ものにも染まっていない「最強の剣」の出現は、まさに干天の慈雨だったのだろう。

 

「はっ。身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」

 

玉座の階段の下、片膝をついて頭を垂れるガゼフの姿は、戦いの激しさを物語るように土埃にまみれていた。

だが、その汚れさえも勲章のように見え、彼から発せられる実直な気配が、この場にいる全員の背筋を正させていた。

 

「単刀直入に言おう。ストロノーフよ、余の直轄となる『戦士長』の地位に就き、この国と民を守る剣となってはくれぬか?」

 

父上の言葉に、周囲に控えていた貴族たち――特に王家派の面々から、期待のこもった視線が注がれる。

一方で、派閥に属さない彼を警戒するような視線も少なからずあったけれど、今の父上の威光と、ガゼフの実力がそれを黙らせていた。

 

「……陛下。私のような素性の知れぬ傭兵に、そのような過分な地位を……」

「身分など関係ない。余が見たのは其方の武勇と、戦いの中に見せた潔さだ。……それに、娘たちも其方を強く推しておってな」

 

父上が苦笑交じりに視線をこちらに向ける。

わたしは一歩前に進み出ると、緊張した面持ちのガゼフに向かって微笑みかけた。

 

「初めまして、ストロノーフ殿。第三王女のアリサ・セレスティン・ニーベ・ライル・ヴァイセルフです。あなたの戦い、とても胸が熱くなりました」

「アリサ様……! いえ、殿下とお呼びすべきでしょうか。先ほどのエキシビション、舞台袖より拝見しておりました」

 

ガゼフが顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめ返してくる。

その瞳には王族に対する畏敬の念だけでなく、同じ「武」の道を歩む者としての敬意と探究心が宿っていた。

 

「あの剣技……迷いがなく、それでいて美しい。正直に申し上げれば、私の勝利の半分は、殿下の動きを参考にさせていただいたおかげです」

「ふふ、買いかぶりすぎよ。あれはあくまで見世物、あなたの実戦の重みには敵わないわ」

「いいえ。あの踏み込みの鋭さは、修羅場を潜り抜けた者だけが持つ『胆力』を感じさせました。……失礼ながら、殿下はどこであのような力を?」

 

純粋な戦士としての疑問なのだろう。

深窓の令嬢であるはずの王女が、なぜ達人級の動きができるのか。

それは誰もが抱く違和感であり、同時にわたしが「演じなければならない」部分でもあった。

 

「……守りたいものがあったからよ。大切な家族と、未来を脅かす『理不尽』と戦うために、ね」

 

わたしは少しだけ芝居がかった口調で告げ、腰の剣に手を添える。

『姫騎士』という役割を全うするため、そして彼の忠誠心をより強固なものにするための演出だ。

ガゼフはハッとしたように目を見開き、そして深く頷いた。

 

「守りたいもの、ですか……そのお言葉、私の胸に深く刻まれました」

「ならば、力を貸してくれるかしら? この国には今、あなたの剣が必要なの」

「……御意。この命尽きるまで、王家と王国の剣となりましょう」

 

ガゼフは再び深く頭を垂れ、その誓いは石床に染み渡るように響いた。

これで、原作における最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフが、正規のルートよりも早く、そしてより強い絆で私たちの陣営に加わったことになる。

 

「素晴らしい! これにて一件落着だな!」

 

沈黙を破ったのは、豪快な笑い声を上げたバルブロ兄様だった。

彼はガゼフの肩をバシバシと叩き、親しげに話しかける。

 

「俺も剣を嗜む身として、お前の強さには惚れ込んだぞ! 今度、俺の稽古にも付き合えよ?」

「は、はい。第一王子殿下の相手となれば、手加減が難しいですが……」

「なんだと? 生意気な奴だな、気に入った!」

「兄上、ほどほどにしておいてください。彼はこれから忙しくなるんだ。……僕たちの『掃除』の手伝いでね」

 

ザナック兄様が呆れたようにバルブロ兄様を諌めつつ、その目は鋭く光っていた。

 

謁見が終わり、ガゼフが近衛兵たちに案内されて退出した後。

執務室に戻った私たち兄妹は、早速、今後の作戦会議を開いていた。

机の上にはラナーが集めた膨大な資料と、八本指の拠点を示した地図が広げられている。

 

「さて、最強の『駒』は手に入りました。これで多少強引な手も打てるようになりますね」

 

ラナーが楽しそうに地図の上に赤いピンを刺していく。

その場所は、麻薬取引の拠点とされる倉庫街や奴隷売買が疑われる貴族の別邸など、王都の暗部そのものだ。

 

「ガゼフ殿には、まず新設する部隊の隊長になってもらいます。既存の騎士団のしがらみに囚われない、王家直属の精鋭部隊です」

「なるほどな。衛兵や騎士団の中には、八本指と繋がっている裏切り者も多い。ガゼフなら買収される心配もないし、実力で黙らせることもできる」

 

ザナック兄様がコーヒーを啜りながら頷く。

彼の胃痛の種だった「武力不足」は解消されたが、これからは「政治的な反発」という新たな頭痛の種が待っている。

 

「問題は、どこから手を付けるかだ。下手に末端を潰しても、トカゲの尻尾切りで終わるぞ」

「ええ。ですので、まずは『見せしめ』が必要です。八本指の幹部、あるいはそれと癒着している大物貴族……そのどちらかを、公の場で断罪する」

 

ラナーの指が、地図上の一点をトントンと叩く。

そこは、六腕亡き後に勢力を伸ばしている、八本指の「警備部門」を統括する男の隠れ家だった。

 

「六腕が壊滅した今、彼らの武力は低下していますが、それでも用心棒レベルの荒くれ者は多数抱えています。ガゼフ殿の初陣には、ちょうどいい相手かと」

「……ゼロに等しいリスクで、最大限の効果を上げる。ラナーの策は相変わらずエグいわね」

「お褒めいただき光栄です、お姉様……それに、これはガゼフ殿のためでもありますのよ?」

 

ラナーが小首を傾げ、無邪気な笑顔で恐ろしいことを口にする。

彼女の思考回路を読み取り、わたしは背筋が寒くなるのを感じた。

 

「彼のような清廉潔白な人物は権力闘争の道具にされるのを嫌がりますから。『悪を討つ』という分かりやすい舞台を用意してあげるのがコツですわ」

「……ラナー。お前、本当に俺の妹か? 末恐ろしいな……」

 

バルブロ兄様が引きつった顔で呟く。

けれど、その策が合理的であることは誰も否定できない。

ガゼフの正義感を満たしつつ、王家の敵を排除する。

まさに一石二鳥の策だ。

 

「分かったわ。その作戦で行きましょう。……ただし、ガゼフ一人に負担をかけすぎないようにね。彼も人間なんだから」

「もちろんです。サポートには御前試合で見込んだ者たちも巻き込むつもりですわ。ラキュースさん、やる気満々でしたし」

「あの子たちまで……? ふふ、本当に総力戦ね」

 

わたしは苦笑しつつも、頼もしい仲間たちの顔を思い浮かべる。

ガゼフ、ラキュース、ガガーラン。

原作では個々に戦い、そして敗れていった英雄たちが、今は一つの旗の下に集いつつある。

これなら、あるいは――。

 

「よし、決まりだ。作戦決行は三日後。……アリサ、お前も準備しておけよ。広告塔としての『姫騎士』の出番もあるかもしれんからな」

 

ザナック兄様の言葉に、わたしはげんなりとした顔で頷いた。

どうやらあの恥ずかしい二つ名とは、まだまだ付き合っていかなければならないらしい。

 

 

夜風に揺れる髪を押さえながら、わたしは空に浮かぶ月に向かって語りかける。

前世の記憶にある、優しかった兄である悟。

彼がもう既にこの世界に来ていたら、今の私を見て何と言うだろうか。

 

『亜理紗にしては頑張ってるじゃないか。でも、その姫騎士ってのは……ぶはっ!』

 

きっと少し気まずそうに目を逸らしてから、吹き出すのを我慢できずに肩を震わせるに違いない。

そして最後には、あの大きくて温かい手で、わたしの頭をくしゃくしゃに撫でてくれるはずだ。

そんな想像をして、わたしは小さく笑い、それから夜空の月を指でなぞるように見上げた。

 

「……龍也。あなたなら、もっと大騒ぎして笑うんでしょうね」

 

風野龍也――ペロロンチーノ。

私のことを『完璧なアイドル』と崇めつつ、その裏で変な知識ばかり吹き込んできた、騒がしくて愛すべき元クラスメイト。

彼が今の私の姿を見たら、きっとあの鳥人のアバターみたいに羽をバタつかせて、目一杯のドヤ顔で捲し立てるはずだ。

 

『素晴らしいよ亜理紗ちゃん! 言っただろ、姫騎士は至高の芸術だって! 高潔であればあるほど輝くんだよ! でも少しダメだよ、オークと戦う時はもっとこう、慎重にいいフラグを建設しないと……』

 

なんて、誰も聞いていない講釈を垂れ流して。

 

わたしが刺された時、冷静に、でも犯人に対して本気で怒ってくれた彼。

「俺は大人だ」なんてエロゲ-をしながら、いつだって少年のように純粋だった彼の騒がしさが、今の静かすぎる王都の夜には恋しかった。

彼の創造した『シャルティア』という吸血鬼も、もしこの世界にいるのなら……わたしは、あの子のことも愛せるだろうか。

 

「茶奈さんも……きっと、呆れながら心配してくれるかな」

 

ぶくぶく茶釜こと、風野茶奈さん。

龍也のお姉さんで、プロ意識の塊みたいな人。

無理をしがちな私と、篭りがちな兄さんを、いつだって姉御肌な態度で引っ張ってくれた。

彼女なら、今の私を見て、腰に手を当ててため息をつくかもしれない。

 

『あなたねぇ、キャラ作りは大事だけど、根っこまで演じすぎて潰れたら元も子もないわよ? ちゃんと休んでる? 美味しいもの食べてる? ……困ったらいつでも頼りなさいよ、バカ弟と一緒に飛んでいくから』

 

冷たくなっていく私の手を、最後まで温めようとしてくれた彼女の優しさ。

彼女が遺した『アウラ』と『マーレ』という双子たちにも、その優しさは受け継がれているのだろうか。

もし会えたなら、彼女がそうしてくれたように、わたしもあの子たちを抱きしめてあげたい。

 

「……会いたいな」

 

言葉にすると、胸の奥が締め付けられるように痛む。

アインズ・ウール・ゴウン、兄さんの大切な居場所。

彼らが築き上げたナザリックが、もし原作通りに『人類の敵』として現れるのだとしても――わたしは、たぶん彼らを憎むことなんてできない。

 

だって、あそこには彼らの愛した子供たちが、彼らの生きた証が詰まっているのだから。

 

だからこそ、わたしは諦めない。

兄さんが魔王として世界を蹂躙する未来なんて、絶対に来させない。

 

「見ててね、兄さん。そして、みんな」

 

わたしはバルコニーの手すりを強く握りしめ、月に向かって誓う。

 

「わたし、最高の『姫騎士』になってみせるから……いや、龍也の言うような意味じゃなくて、本当の意味で、みんなが胸を張れるような結末を、この手で手繰り寄せてみせる」

 

八本指を潰し、王国を立て直し、『アリサ』の欠片を回収し、ナザリックが到来した時――胸を張って「いらっしゃい」と。

「ようこそ」と言える舞台を整えるのだ。




あらかじめ言っておきますが、次章を挟んだ後にナザリックを到来させます
モモンガ様降臨をお待ちの方はもう少しだけお待ちください

流石に、同じようなメンバーで同じような欠片集めをしても皆さん飽きると思いますので

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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