オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
第三章 1 帝国への入国(行きたくない)
聖王国での『ミューズの涙』事件から、早二年という月日が流れていた。
季節は巡り、わたしは今なだらかな丘陵地帯を抜けてバハルス帝国の国境へと足を踏み入れているところだった。
「……ふぅ。やっぱり帝国の街道は整備されてるわね。馬車の揺れが全然違うわ」
わたしは深くフードを目深に被り直し、隣を歩く相棒――白銀の全身鎧に身を包んだツアーに視線を送った。
この二年間、わたしは王女アリサとして王国の立て直しに奔走する傍ら、冒険者サリアとしても精力的に活動を続けてきた。
各地に散らばったわたしの『欠片』を回収するため、時には極寒の雪山へ、時には灼熱の砂漠へと足を運び、数々のトラブル(主に欠片が引き起こした災害)を解決してきたのだ。
その甲斐あって、わたしのレベルはカッツェ平野時点での70代から大きく跳ね上がり、今や80の大台を突破している。
(レベル80……ユグドラシル基準でも高位プレイヤーの領域ね。第10位階魔法も解禁されたし、単純な戦闘力ならプレアデスとも単独で渡り合えるレベルになったわ)
自分の掌を見つめ、そこに宿る膨大な魔力の奔流を感じる。
今のわたしなら、戦略級魔法すら個人で運用可能だ。
まあ、そんなものを使えば一発で正体がバレるので、普段は厳重に封印しているけれど。
「それにしても……入りたくないわ帝都。あの皇帝陛下がいると思うだけで胃が痛くなる」
わたしは大きなため息をつき、街道の先に見える検問所を睨みつけた。
鮮血帝ジルクニフ。
カッツェ平野での戦争以降、彼とは一度も直接会っていない。
部下の暴走による毒殺未遂事件については、後日、山のような謝罪の品と親書が届いただけで済ませている。
『我が愛しの姫騎士へ。此度の不始末、深く詫びる。だが、余が貴様を諦めたわけではないことを忘れるな』
……なんていう、寒気のするラブレター付きで。
今の帝国が豊かなのは、彼が対外戦争のリソースを全て内政と国力増強に振り向けた結果だというのだから皮肉なものだ。
王国との戦争をやめた帝国は、原作よりも遥かに強大で、豊かな国へと変貌を遂げていた。
「君の正体を疑ってはいるだろうけど、確証はないはずだ。それに、今の君の姿なら誰も王女だとは思うまい。……もっとも、『歌姫』としての知名度は隠しきれないかもしれないが」
ツアーが可笑しそうに笑い、わたしの姿をまじまじと見つめる。
17歳になったわたしは、成長期を経てさらに磨きがかかり、傾国の美女と呼んでも差し支えないほどの輝きを放っていた。
「うっ……それは言わないでよ」
この二年の『欠片集め』の副産物として、冒険者サリア――通称『歌姫』の名は、諸国でかなりの有名人になってしまっていた。
行く先々で歌の力で事件を解決したせいで、「黄金の歌姫」なんて二つ名までついている始末だ。
「問題は見た目じゃなくて『力』の方よ。この国にはあのフールーダ・パラダインがいるし……他にも、厄介な『目』を持つ子が」
わたしは右手の中指にはめた、魔力隠蔽の指輪を無意識に撫でる。
第10位階の魔力を垂れ流して歩くわけにはいかない。
帝国の魔法省主席フールーダや、生まれつき魔力の本質を見抜く少女アルシェの前では、わたしの正体は格好の的になってしまう。
「おっと、検問所が混んでるみたいだね。……ん? あれは」
ツアーが足を止め、検問待ちの列の最後尾を指差した。
そこには、一台の馬車を取り囲むようにして待機している、武装した四人組の姿があった。
装備には激しい戦闘の痕跡が残り、砂埃と硝煙の匂いを纏っている。
彼らは帝国から出るのではなく、カッツェ平野方面から戻ってきたところのようだ。
(嘘……あれって、まさか『フォーサイト』!?)
心臓がドクンと跳ねる。
原作においてナザリックに挑み、悲劇的な末路を辿ることになるワーカーチーム。
彼らは激戦をくぐり抜けてきたのか、仲間同士の結束の強さを感じさせる空気を纏っていた。
リーダーのヘッケランが退屈そうに欠伸をしながら周囲を見渡し、そして――わたしと目が合った。
その瞬間、彼が目を見開き、口笛を吹きそうな勢いで身を乗り出してくるのが分かった。
「うおっ、マジかよ。すげぇ美人が来たぞ」
「おいヘッケラン、どこ見てんだよ。鼻の下伸びてるぞ」
隣にいたハーフエルフの狩人、イミーナが呆れたようにヘッケランの脇腹を肘でつつく。
「痛ぇな! いや見ろよイミーナ、あの子だよ! 帝都の貴族令嬢だってあそこまでの玉はそうそういねぇぞ」
「はいはい。どうせまた声をかけて玉砕するんでしょ。カッツェ平野でのアンデッド狩りで疲れてるんじゃなかったの?」
「疲れも吹っ飛ぶ美しさってやつだよ」
「……神官として忠告するが、見ず知らずの女性を品定めするのは感心しないな」
大柄な神官戦士、ロバーデイクが真面目腐った顔で嗜めるが、ヘッケランは聞く耳を持たないようだ。
そして、その集団の後ろで静かに杖を抱えている少女――アルシェ。
彼女だけは、興味本位の視線ではなく、探るような鋭い眼差しをこちらに向けていた。
(やばっ、アルシェに見られてる……! レベル80オーバーの魔力なんて見られたら吐かれちゃう! 隠蔽、ちゃんと機能してるわよね!?)
わたしは平静を装いながら、ツアーの影に隠れるようにして歩を進める。
けれど運命のいたずらか、ヘッケランが愛想のいい笑顔を浮かべて近づいてきた。
「よう、旅の御仁。あんたたちも帝都へ? よかったら検問の待ち時間、話し相手にならないか?」
下心丸出し、けれどどこか憎めない明るい声。
カッツェ平野での仕事を終え、生還した高揚感もあるのだろう。
わたしは観念してフードを少しだけ上げ、営業用のスマイルを浮かべた。
「ええ、帝都へ向かうところです……ナンパならお断りですけど?」
「手厳しいねぇ! いやいや、俺たちは『フォーサイト』っていうチームでね。カッツェ平野での依頼を終えて戻ってきたところなんだ」
ヘッケランが頭を掻きながら、大げさに肩をすくめた。
そして、私の顔を改めてまじまじと見つめ、ハッとしたように目を見開く。
「……って、あれ? あんた、どこかで見たことあるような……その金髪に、特徴的な紅の瞳……」
「まさか……『黄金の歌姫』サリアか?」
後ろからロバーデイクが驚きの声を上げた。
「えっ、あの有名な? 聖王国とかで亜人倒しまくったっていう?」
イミーナも驚愕の表情でこちらを見てくる。
どうやらわたしの知名度は、裏稼業のワーカーたちにもしっかり浸透しているらしい。
「……あら、バレちゃいました?」
わたしは人差し指を口元に当てて、悪戯っぽくウィンクしてみせた。
「正解です。冒険者のサリアよ。こっちは相棒のツアー」
「うっわ、本物かよ! こいつはついてるぜ……! 俺はヘッケラン。こっちは腐れ縁の仲間たちだ」
ヘッケランが興奮気味に仲間を紹介する。
その間、アルシェはずっとわたしの指輪を見つめていたが、やがて不思議そうに首を傾げた。
「……魔力の反応が、変。凄く微弱なのに、何かが……」
「アルシェ? どうした?」
「……ううん、なんでもない。ただの装飾品……みたいね」
どうやら、指輪の隠蔽効果は辛うじて彼女の天賦の才を欺けたようだ。
わたしは内心で冷や汗を拭いながら、胸をなでおろす。
第10位階の魔法使いだとバレたら、間違いなくフールーダが飛んでくる。
「綺麗な指輪でしょう? 旅のお守りなんです」
「ええ、とても……よく似合っているわ」
アルシェが控えめに微笑む。
その笑顔を守るためにも、わたしはこの帝国で何としても『欠片』を見つけ出し、ナザリックの到来に備えなければならない。
「さて、検問の列が動いたみたいだね。行こうか、サリア」
ツアーが絶妙なタイミングで助け舟を出してくれる。
「あ、本当ですね。……それじゃあヘッケランさん、また縁があったら帝都の酒場で」
「おう! その時は奢らせてくれよ、歌姫さん!」
ヘッケランの手を振る姿を背に、私たちは帝国の関所をくぐる。
◇
帝都アーウィンタルの夜は、王都リ・エスティーゼのそれとは比べ物にならないほど煌びやかで、活気に満ち溢れていた。
魔法技術によって灯された街灯が整然と並ぶ大通りは、夜更けだというのに人通りが絶えず、行き交う人々の表情にも明日への不安よりも今日を楽しむ余裕が感じられる。
鮮血帝ジルクニフによる徹底した中央集権化と、王国との戦争を取りやめたことによる国力の充実ぶりは、一介の冒険者の目から見ても明らかだった。
わたしはフードの下で小さく溜息をつき、隣を歩く白銀の全身鎧――相棒のツアーに聞こえるか聞こえないかの声で囁く。
「……悔しいけど、完敗ね。インフラ整備と治安維持に関しては、王都より数段上だわ」
王女として国政の泥沼を知っているからこそ、たった一代でここまでの繁栄を築き上げた若き皇帝の手腕には、敵ながら舌を巻かざるを得ない。
彼がもし原作通りの敵として立ち塞がっていたらと思うと、背筋が寒くなるような光景だった。
「彼が戦争をやめて内政に集中した結果がこれ、か。君の影響力は、君が思っている以上のようだね」
ツアーもまた、兜の中で苦笑交じりの声を漏らしながら、平和そのものの街並みを眩しそうに見上げている。
私たちは検問での出会いを経て、帝都でも評判の良い宿『歌う林檎亭』に荷物を下ろした後、情報収集と夕食を兼ねて併設された酒場へと足を運んでいた。
目的は、ラナーの諜報網が拾った『夜な夜な廃墟の歌劇場から聞こえる幽霊の歌声』という、いかにもわたしの『欠片』が関わっていそうな怪談の調査だ。
重厚な木の扉を押し開けると、ムッとするような熱気と、肉の焼ける香ばしい匂い、そして冒険者たちの喧騒が一度に押し寄せてくる。
「うわ、満席? こりゃ出直した方が……」
「おーい! こっちだこっち! 歌姫さんたちもここだったのか!」
人混みの向こうから、よく通る声が私を呼んだ。
見れば、昼間に検問で会った『フォーサイト』のリーダー、ヘッケランがジョッキを高く掲げて手を振っている。
彼のテーブルには、すでに何本もの空き瓶が並び、カッツェ平野からの生還祝いとばかりに料理が所狭しと積み上げられていた。
偶然の再会ではあるけれど、情報収集のために彼らのような地元の事情通と接触しておきたかったわたしとしては助かる限りだ。
「奇遇ですね、ヘッケランさん。ご相席、よろしいですか?」
「おうよ! 美人の相席なら大歓迎だ! おい店員、こっちにエールと果実酒を追加だ!」
ヘッケランの好意的な誘いに、わたしとツアーは顔を見合わせ、苦笑しながら彼らのテーブルへと加わった。
席に着くと、隣に座っていた魔法詠唱者の少女――アルシェが、少し酔いが回っているのか、いつもよりほんのりと赤い頬で会釈をしてくる。
「……こんばんは、サリアさん。また会ったわね」
「ええ、こんばんはアルシェさん。帝都は広いようで狭いですね」
わたしは微笑み返しつつ、彼女の視線が時折わたしの指輪――魔力を隠蔽しているマジックアイテムに向かうのを感じて、内心で冷や汗をかく。
生まれつき魔力の本質を見抜く天賦の才を持つ彼女の前では、レベル80を超え第10位階魔法すら行使できるわたしのステータスは、隠しても隠しきれない違和感として映るらしい。
「……貴女のその指輪、やっぱり不思議。魔力を隠しているはずなのに、その奥から星空みたいな輝きが漏れている気がする」
「あはは、アルシェさんは目が良いんですね。これはただのお守りですよ」
「……そう、これ以上詮索はしないわ。誰だって秘密の一つや二つあるもの」
彼女はそれ以上追求せず、出された果実酒を一口含んだ。
その聡明さと、仲間を気遣う距離感の良さが、『フォーサイト』が優秀なチームである所以なのだろう。
「さあさあ、堅い話は抜きだ! 今日は俺たちの無事の帰還と、新しい出会いに乾杯だ!」
ヘッケランの音頭で、ジョッキとグラスが軽快な音を立ててぶつかり合う。
わたしも雰囲気に流されるまま、琥珀色のエールを喉に流し込んだ。
冷たくて程よい苦味が、旅の疲れと緊張を少しだけ解きほぐしてくれる。
アルコール分解能力も異常に高いけれど、この場の空気感だけで十分に酔えそうだった。
「ぷはっ! ……で、サリアさんたちは帝都でどんな依頼を? やっぱり、噂の『歌う幽霊』退治か?」
口元を袖で拭いながら、ヘッケランが身を乗り出して聞いてくる。
さすがは地元のワーカー、情報の感度が高い。
「ええ、そのつもりです。歌に関するトラブルなら、同業者として放っておけませんから」
「へぇ、度胸あるねぇ。あの幽霊、聞いた奴を廃人にしちまうって専らの噂だぜ? 魔法省のフールーダ爺さんまで乗り出してくるって話だ」
「フールーダ……!」
その名前に、わたしとツアーの間に一瞬緊張が走る。
帝国の最高戦力にして、未知の魔法に異常な執着を見せる狂人。
もし彼に正体がバレれば、実験材料としてホルマリン漬けにされかねない。
フールーダに先を越される前に、『欠片』を回収しなければならないと改めて心に誓う。
「まあ、私たちはあくまで調査だけですよ。危なくなったらすぐに逃げます」
「賢明だな。神官としても、無謀な特攻はお勧めしない」
ロバーデイクが真面目な顔で頷き、焼き鳥のようなものを頬張る。
酒が進むにつれ、場の空気は和んでいき、話題は自然とお互いの冒険譚へと移っていった。
「へぇ、じゃあサリアさんは聖王国で亜人たちを?」
「ええ、まあ。トドメを刺したのは聖騎士団の人たちですけどね。わたしは後ろで歌って応援していただけです」
「謙遜するなって! 『歌姫』のバフは一騎当千だって、もっぱらの評判だぜ?」
イミーナが楽しそうに笑い、わたしの肩をバンと叩く。
その時だった。
近くの席で飲んでいた商人風の男が、会話を耳にして勢いよく振り返った。
赤ら顔の男は、目を丸くしてわたしを指差している。
「おい、今『歌姫』って言ったか!? その金髪に、美しい声……まさか、あんた『黄金の歌姫』サリアか!?」
男の大声に、酒場中の視線が一斉にこちらのテーブルへと集中する。
ざわめきが波紋のように広がり、好奇と期待に満ちた視線が突き刺さる。
「え、あ、いや……」
「間違いない! 俺、聖王国で見たんだ! あの戦場に響く奇跡の歌声を!」
「マジかよ!? あのサリアがこの店に!?」
どよめきは一瞬で熱狂へと変わり、店中の客たちが期待に満ちた目でわたしを見つめ始めた。
噂というのは恐ろしいもので、わたしの名はいつの間にか伝承レベルに誇張されているらしい。
「歌ってくれ! 歌姫!」
「一曲頼むぜ! 英雄の歌を!」
「チップなら弾むぞ!」
手拍子と歓声が波のように押し寄せ、わたしは逃げ場を失ってしまった。
隣ではヘッケランが「すげぇ人気だな」とニヤニヤしており、ツアーは「どうするんだい?」と心配そうに首を傾げている。
(……はぁ。お忍びのつもりが、これじゃ台無しね)
けれど、ここで断って場を白けさせるのは『アイドル』としてのプライドが許さない。
ここで歌って名を売っておけば、幽霊騒ぎの情報も集まりやすくなるかもしれない。
わたしは覚悟を決め、最後の一口を飲み干すと、グラスを置いてスクッと立ち上がった。
かつての前世で、そしてこの世界で培ってきた『ステージ度胸』が、わたしの背筋をピンと伸ばさせる。
「……分かりました! 皆さんの熱意に負けました。一曲だけ、リクエストにお応えしましょう!」
わたしの宣言に、酒場が割れんばかりの歓声に包まれる。
わたしはテーブルの上の空きスペースに軽やかに飛び乗ると、インベントリから愛用のリュートを取り出し、弦を爪弾いた。
「今夜の帝都に捧げるのは、遠い異国のバラード……『星旅人』」
静寂が戻った店内に、わたしの透き通るようなソプラノが響き渡る。
それはタレント『永遠の歌姫』の力を使わずとも、聴く者の魂を震わせる『ワールド・アイドル』としてのスキルの、そして前世のたゆまぬ努力の結晶だ。
歌詞は前世の歌をアレンジしたものだが、この世界の言葉に乗せると、不思議と冒険者たちの心に染み入る哀愁を帯びる。
騒がしかった荒くれ者たちが、酒を飲む手をとめ、ただ静かにわたしの歌声に聞き入っている。
視線の端で、アルシェが瞳を潤ませて聴き入っているのが見えた。
彼女が背負っている重荷を、少しでも軽くしてあげられたら。
そんな願いを込めて、わたしはサビの部分で少しだけ『癒やし』の魔力を声に乗せた。
曲が終わり、最後の弦の音が消えていく。
数秒の静寂の後、爆発するような拍手と喝采が店全体を揺らした。
口笛と歓声、そして涙ぐむ者たちの姿。
「すげぇ……魂が洗われるようだ……」
「ブラボー! 最高だぜ歌姫!」
「明日も頑張れる気がしてきたぞ!」
歓声のシャワーを浴びながら、わたしは優雅に一礼を披露する。
テーブルに戻ると、ヘッケランが呆然とした顔で口を開けていた。
「……参った。噂以上だ。あんた、ただの美人な冒険者じゃなかったんだな」
「ふふ、だから言ったでしょう? 私は『歌姫』だって」
こうして、帝都での最初の夜は、予想外の熱狂と共に更けていった。
というわけでナザリック到来前の最終章(10話前後を予定)、帝国編です。
次の章からはモモンガさんたちも話に加わりますのでもうちょっとお待ちを
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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ジルクニフ
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ラナー
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