オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
酒場を揺るがすほどの喝采がようやく収まりを見せ始めると、熱気で火照った頬を撫でる夜風が心地よく感じられた。
わたしはリュートをインベントリにしまい込み、興奮冷めやらぬ『フォーサイト』の面々が待つテーブルへと腰を下ろす。
「いやぁ、たまげた。まさかこれほどのものとはな……正直、金を取れるレベルなんてもんじゃねぇぞ」
「本当ね。あんたの歌、なんだか身体の奥底から力が湧いてくるような感じがしたわ」
ヘッケランが心底感服したように首を振り、イミーナもまた呆れたような、けれど尊敬の眼差しを向けてくる。
わたしは彼らの純粋な称賛に対し、営業用のスマイルを崩さずに肩をすくめてみせた。
「お褒めに預かり光栄です。旅先での一期一会、皆さんの記憶に残れたのなら歌い手冥利に尽きます」
「謙遜もそこまでいくと嫌味だぜ……なぁ、アルシェもそう思うだろ?」
ヘッケランに話を振られたアルシェは、まだ少し夢見心地な瞳でわたしを見つめていたが、ハッとしたように表情を引き締めた。
彼女の鋭い視線は、歌の感動とは別に、魔法詠唱者としての探究心でわたしの「正体」を探ろうとしているようだった。
「……ええ、素晴らしい歌声だったわ。それに、やっぱり貴女の魔法、少し変わってる。歌に乗せて魔力を拡散させるなんて、普通の吟遊詩人のスキルとは体系が違うみたい」
(さすが目の付け所が鋭いわね。ユグドラシルの固有職(ワールド・アイドル)のスキルだもの、この世界の魔法体系とは異なるわ)
けれど、彼女の「魔力を見る目」をもってしても、わたしの実力が第10位階に達していることまでは見抜けていないようだ。
わたしが指にはめた隠蔽の指輪と、ツアーの隠蔽魔法が二重に作用しているおかげだろう。
「世界は広いですから、アルシェさんの知らない流派もあるんですよ……さて、そろそろお酒のお代わりはいかがですか?」
「おっと、そいつはいい提案だ! おい、こっちに――」
ヘッケランが店員を呼ぼうと手を挙げた、その時だった。
ざわめき立つ酒場の空気を裂くように、入り口の扉が乱暴に開かれたのは。
「――ようよう、随分と盛り上がってるじゃねぇか。帝都の夜はこれからだってのに、俺を仲間外れにするなんて水臭いぜ?」
その特徴的な声に、店内の客たちが一斉に入り口へと視線を向け、そして息を呑んだ。
そこに立っていたのは、豪奢だが着崩した軽装鎧に身を包み、腰に二振りの剣を下げた男――帝国四騎士の一角、『雷光』のバジウッド・ペシュメルだった。
「げっ……バジウッド様!?」
「なんで四騎士がこんな市井の酒場に……」
冒険者やワーカーが恐縮して道を空ける中、バジウッドはニヤニヤとした笑みを浮かべて店内を見渡し、迷うことなく私たちのテーブルへと歩み寄ってくる。
その目は獲物を見つけた肉食獣のように鋭く、それでいてどこか楽しげに細められていた。
(……来たわね。やっぱり、検問の時点で情報は漏れていたか)
わたしは舌打ちしたい衝動を抑え、あくまで「ただの冒険者」としての仮面を被り続ける。
隣に座るツアーも、兜の下でわずかに警戒の色を強めた気配がした。
「よう、ヘッケラン。カッツェ平野から生きて帰ったって聞いてたが、相変わらず美味そうな酒を飲んでやがる」
「こりゃあ……バジウッド様。まさか閣下直々に俺たちの生存祝いに来てくれたわけじゃないでしょう?」
ヘッケランが引きつった笑顔で応対するが、その額には冷や汗が滲んでいる。
裏稼業のワーカーにとって、国家権力の最高峰である四騎士は天敵にも等しい存在だ。
「つれねぇこと言うなよ。俺も今日は非番でね、美味い酒と『いい女』の噂を聞きつけて寄ってみただけだ」
バジウッドは強引に椅子を引き寄せると、わたしの真向かい、ヘッケランの隣にドカッと腰を下ろした。
その視線が、値踏みするようにわたしの全身を舐め回す。
「へぇ……近くで見ると尚更すげぇな。そりゃあウチの皇帝陛下も血眼になって探すわけだ」
「……何のお話でしょう? 私はしがない冒険者のサリアと申しますが」
わたしは小首を傾げてとぼけて見せるが、バジウッドは鼻で笑い飛ばした。
彼はテーブルに肘をつき、顔をぐいと近づけてくると、周囲の喧騒に紛れるような低い声で囁いた。
「白々しい芝居はよそうぜ、王女様……いや、今は『サリア』って呼んだ方がいいか?」
(……完全にバレてる。まあ、隠し通せるとは思っていなかったけれど)
わたしの容姿は、カッツェ平野の戦いで彼に見られている。
髪の色を変えようが、冒険者の格好をしていようが、あの時の「銀の姫騎士」の面影をごまかすのは無理があったらしい。
「人違いではありませんか? 王国の王女様なら、今頃王城で公務に励んでいらっしゃるはずですけれど」
「ハッ、王国の城にいるのが『影武者』だってことは、こちとら掴んでるんだよ。本物がこんな所でお忍び旅行とは、随分と余裕じゃねぇか」
バジウッドの言葉に、わたしは眉をひそめないように注意する。
どうやら帝国の情報網は、わたしが「分身(アバター)」を使っているという事実までは掴めていないらしい。
彼らは「王国にいるのが偽物」で、「ここにいるのが本物」だと勘違いしている。
つまり、わたしが本体を安全圏に置いたまま、分身で活動しているという超常のスキルなど想定外なのだ。
(好都合ね。向こうがそう思い込んでくれているなら、切り札を隠したまま交渉できる)
わたしが無言で微笑み返すと、バジウッドはそれを「肯定」と受け取ったようだ。
彼はニヤリと笑い、ジョッキに残っていたエールをあおると、さらに声を潜めて核心を突きつけてきた。
「ここじゃなんだ。……陛下がお待ちだ。城までご足労願えるかよ、姫様?」
「お断りしたら?」
「そいつは困る。俺だってこんな賑やかな店で荒事はしたくねぇ。……そこの連中も、巻き添えにしたくねぇだろ?」
バジウッドの視線が、楽しそうに談笑しているフォーサイトの面々へと向けられる。
それは明確な脅しだった。
ここで拒否すれば、彼は四騎士としての力を行使してでもわたしを連行するだろう。
そして巻き込まれれば、レベル差のあるヘッケランたちは無事では済まない。
それに、わたしとしてもここで「第10位階魔法」や「レベル80の力」を見せつけて、帝都を半壊させるような真似は避けたかった。
彼らはわたしを「レベル30そこそこの、ちょっと強い王女様」だと思っている。
その誤認は、今後の駆け引きにおいて大きなアドバンテージになるはずだ。
「……分かりました。お酒の席を汚すのは、私の本意ではありませんから」
「話が早くて助かるぜ。……おいヘッケラン! 悪いがこの美人さんは俺が借りてくぞ!」
バジウッドがパンと手を叩き、座を白けさせないような明るい声で宣言する。
ヘッケランたち男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤニヤとした笑みを浮かべて冷やかしの声を上げた。
「おっ、さすが『雷光』! 手が早いねぇ!」
「サリアさん、悪い男には気をつけるのよ? 何かあったらすぐに逃げてきなさい」
イミーナがウィンクを飛ばし、アルシェが心配そうに眉を下げる。
事情を知らない彼らにとっては、有名人の騎士が美人の冒険者をナンパして連れ出した、くらいにしか見えていないのだろう。
「ええ、大丈夫です。少し大人の話をしてくるだけですから」
「すぐ戻るよ……行こうか、サリア」
それまで沈黙を守っていたツアーが、重い腰を上げてわたしの背後に立つ。
バジウッドはツアーの全身鎧を一瞥し、「護衛もご一緒か、まあいいだろ」と軽く肩をすくめた。
「じゃあな、フォーサイトの連中! ツケは俺に回しておけ!」
「太っ腹! また頼むぜバジウッド様!」
歓声に見送られながら、わたしとツアーはバジウッドに先導されて酒場を後にする。
扉をくぐり、帝都の夜風に当たった瞬間、バジウッドの纏う空気がガラリと変わった。
先ほどまでのふざけた態度は消え、そこには帝国最強の一角を担う武人の鋭い気配だけがあった。
「……賢明な判断に感謝するぜ、アリサ王女。陛下は首を長くしてあんたを待ってる」
「デートの誘いにしては強引ね。……でも、勘違いしないでねバジウッド。私がここに来たのは、あなたに従ったからじゃなくて、友人たちの楽しい夜を壊したくなかったからよ」
わたしは毅然とした態度で告げ、夜闇に浮かぶ巨大な皇城を見上げる。
鮮血帝ジルクニフ。
原作よりも遥かに強大になった帝国の主が、どんな顔をしてわたしを待ち構えているのか。
(お手並み拝見といこうじゃない。……私の本当の強さを知らないまま、どこまで余裕でいられるかしら)
わたしはドレスの裾を翻し、敵地である皇城へと続く石畳を踏み出した。
隣を歩くツアーが、安心させるようにそっと鎧の手をわたしの肩に置くのを感じながら。
◇
帝城へと向かう馬車の中は、重苦しい沈黙に包まれていた。
向かいに座るバジウッドは、逃亡防止のためか、あるいは単なる興味か、油断なくこちらの様子を観察している。
「それにしても、よくこんな所まで来れたもんだ。王国の監視の目をかいくぐって、わざわざ敵国に観光旅行か?」
「観光ではないわよ……少し、探し物をしに来ただけ」
わたしは短く答え、窓の外を流れる帝都の街並みに視線を流す。
魔法の光で照らされた街路は美しく、王国のそれとは比べ物にならないほど整備されている。
「探し物ねぇ……ま、陛下にたっぷり話してくれや。あの人はあんたのことになると、目の色変えるからな」
「……光栄すぎて胃が痛くなるわ」
バジウッドの言葉に嘘はないだろう。
カッツェ平野での一件以来、ジルクニフからの執着は、山のようなプレゼントとラブレターという形で嫌というほど味わっている。
彼にとってわたしは「手に入れたい稀少な収集品(コレクターズアイテム)」であり、同時に「帝国の覇権に利用できる駒」なのだ。
(でも、今の私はただの駒じゃない。盤面をひっくり返すジョーカーよ)
やがて馬車は巨大な城門をくぐり、皇城の車寄せで停止した。
恭しく扉を開ける従僕たち、整列して出迎える近衛兵たち。
その物々しい歓迎ぶりは、一介の冒険者に対するものではなく、明らかに国賓――あるいは囚人に対する扱いだった。
「さあ、着いたぜ。こっちだ」
バジウッドに促され、わたしとツアーは長い回廊を進む。
大理石の床がカツカツと足音を反響させ、すれ違うメイドや兵士たちが驚いたように道を譲る。
「……趣味のいい城ね。どこかの国のお城とは大違い」
「王国の悪口か? 自虐にしては辛辣だな」
軽口を叩きながらも、わたしは周囲の魔力反応を探っていた。
城内には幾重にも探知魔法や防御結界が張り巡らされている。
(問題はフールーダね。彼に見つかれば、わたしの魔法位階がバレる可能性がある)
けれど、案内された先は謁見の間ではなく、奥まった場所にある私室のような部屋だった。
重厚な扉の前には、殺気を隠そうともしない鋭い目つきの騎士たちが控えている。
「陛下、お連れしました」
「入れ」
バジウッドの声に応えたのは、よく通る、しかし絶対的な支配力を秘めた声だった。
扉が開かれる。
部屋の中には、最高級の調度品に囲まれ、優雅にグラスを傾ける金髪の青年――鮮血帝ジルクニフが座っていた。
そしてその傍らには、長い白髭を蓄えた老人が一人。
帝国の魔法省主席、フールーダ・パラダイン。
わたしが最も警戒していた人物が、そこにいた。
(……いきなりラスボスと裏ボスがセットで登場とはね)
「ようこそ、我が愛しの姫君。……いや、今は冒険者サリアと呼ぶべきかな?」
ジルクニフが立ち上がり、芝居がかった仕草で両手を広げる。
その瞳は、獲物を前にした狩人のように妖しく輝いていた。
わたしは腹を括り、ツアーと共に部屋の中へと足を踏み入れる。
「お久しぶりです、ジルクニフ陛下……こんな夜更けに女性を呼び出すなんて、帝国のマナーはいささか強引なようですね」
「ハハッ! 愛しい女に会うためなら、マナーなど犬に食わせてしまえ……よく来てくれた、アリサ」
ジルクニフはわたしの皮肉を笑い飛ばし、ズカズカと歩み寄ってくる。
そして、わたしの目の前で立ち止まると、不躾なほど間近で顔を覗き込んできた。
「カッツェ平野以来か……近くで見てもやはり美しい、偽物とは違うな」
「……偽物、ですか?」
「とぼけるな。王国の諜報から報告は上がっている。最近の王女は部屋に籠りがちで、公務も控えめだとな……本物がこうして帝都で遊んでいるなら、辻褄が合う」
ジルクニフは確信に満ちた顔で断言する。
やはり、彼らは「王国にいるのが影武者」で「わたしが本物」だと思い込んでいる。
その時、控えていたフールーダが興味深そうに身を乗り出した。
彼の瞳には、異様な光が宿っている。タレント『魔力視』だ。
「ほう……興味深い。実に興味深いですな、陛下」
「どうした、爺」
「この娘……魔力の光が見えませぬ。完全に隠蔽されております」
フールーダの言葉に、ジルクニフが片眉を上げる。
「隠蔽? 爺の目を持ってしてもか?」
「ええ。指輪による隠蔽だけではありません。何か、高位の……おそらくは第6位階にも匹敵する隠蔽魔法が施されているようですな」
フールーダの視線が、わたしの背後に立つツアーへと向けられる。
彼はツアーの正体に気づいているわけではないが、その鎧から漏れ出る異質な気配を感じ取っているようだ。
「……そちらの鎧の方も、ただの護衛ではなさそうですな」
「……」
ツアーは無言のまま、威圧するように立っている。
フールーダの推測は鋭いが、それでも「第6位階」止まりだ。
彼らの常識では、それ以上の魔法など神の領域であり、人間が行使できるとは夢にも思っていないのだろう。
(第10位階の隠蔽だと言ったら、このお爺ちゃん、腰を抜かして発狂するかもしれないわね)
わたしは内心の可笑しさを噛み殺し、フールーダの視線を遮るように一歩前に出た。
「私の護衛をあまりジロジロ見ないでいただけますか? 彼は恥ずかしがり屋なんです」
「ククッ、威勢がいいな……だが、その隠蔽も無駄だ。貴様がどれほど隠そうと、カッツェ平野で見せたあの力は英雄級に及ばぬ程度であることは分かっている」
ジルクニフは余裕の笑みを崩さない。
彼にとって、英雄級の戦士など、四騎士やフールーダを使えばどうとでもなる「手頃な強さ」でしかないのだ。
「単刀直入に言おう、アリサ。……余のモノになれ」
ジルクニフが手を差し出す。
それは求婚であり、同時に絶対的な服従の要求だった。
「王国などという泥舟は捨てろ。貴様の才覚、そして美貌……それを最も輝かせられるのは、この帝国だ。余の妃となれば、富も権力も、そして貴様が望む『自由』も与えてやる」
「……魅力的な提案ですね。でも、もしお断りしたら?」
わたしが問い返すと、ジルクニフの瞳から笑みが消え、氷のような冷酷さが顔を覗かせた。
背後でバジウッドが剣の柄に手をかけ、フールーダが静かに杖を構える気配がする。
「断る権利などないことは、賢い貴様なら理解しているはずだ。……ここは聖王国とは違う。ブレインのような友人も助けには来ないぞ?」
脅し。
力による強制。
それが鮮血帝のやり方だ。
けれど、今のわたしにはその脅しすらも、子供の駄々のように可愛らしく思えてしまう。
わたしは小さくため息をつき、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「……一つだけ、訂正させていただいてもよろしいですか、陛下」
「なんだ?」
「私は、捕まったわけではありません……自分から、ここに来たんです」
その瞬間、わたしの全身から、隠蔽していたはずの「気配」がわずかに漏れ出した。
それは魔力ではない。
歴戦の強者だけが持つ、圧倒的な「格」の差を示すプレッシャー。
「なっ……!?」
バジウッドが反射的に身構え、フールーダが目を見開く。
ジルクニフですら、本能的な危機感に肌を粟立たせたのか、わずかに後ずさった。
「勘違いしないでくださいね。私がここに来たのは、貴方のプロポーズを受けるためでも、捕虜になるためでもありません」
「な、何だと……?」
「交渉をしに来たんです……対等な、国同士の代表として」
わたしは不敵に微笑み、レベル80の片鱗を纏いながら、帝国の支配者に対峙した。
さあ、始めましょうか、皇帝陛下。
「……交渉、だと?」
ジルクニフが低く唸るように問い返す。
彼が反射的に後ずさったのはほんの一瞬。
すぐに帝王としての仮面を被り直し、その端整な顔に不敵な笑みを貼り付けた。
だが、その額に浮かんだ一筋の汗までは隠せていない。
「面白い。四方を帝国の精鋭に囲まれ、魔法省の長であるフールーダの目前にありながら、あくまで『対等』だと宣うか」
「ええ。囲まれているからこそ、無用な血を流さないための提案です……この部屋で私が暴れれば、陛下とてタダでは済まない。貴方の自慢の近衛兵たちが全滅する間に、私の首を取れる自信がおありですか?」
わたしはあえて挑発的な言葉を投げかけ、許可を待たずに近くのソファへと優雅に腰を下ろした。
完全に主客転倒だ。
バジウッドが怒って剣を抜きかけるが、ジルクニフが片手でそれを制する。
「……よそう、バジウッド。彼女の目は本気だ。それに、その護衛……ただ立っているだけで、私の肌がピリピリと痛む」
ジルクニフの視線が、わたしの背後に控えるツアーに向けられる。
ツアーは何もしていない。
ただ、そこにあるだけで「格」の違いを無言で主張しているのだ。
ドラゴンロードの気配を完全に隠蔽していても、生物としての絶対的な強度は隠しきれないらしい。
「フールーダ。勝算は?」
ジルクニフが視線を外さずに問う。
老魔法使いは、興奮と警戒が入り混じった奇妙な表情で髭を撫でた。
「ふむ……今の『気配』を見るに、彼女の実力はカッツェ平野の時点よりも数段跳ね上がっておりますな。おそらくはアダマンタイト級……いや、英雄の領域に足を踏み入れているやもしれませぬ」
(……やっぱり評価はその程度ね)
英雄級。
この世界の人間基準なら到達難解な領域だが、わたしの実数からすれば過小評価もいいところだ。
だが、それでいい。
彼らが「ギリギリ制御できるかもしれない強者」と思ってくれる方が、交渉の余地が生まれる。
「加えて、その鎧の護衛……底が見えませぬ。不用意に戦端を開けば、城の半壊は覚悟せねばなりますまい」
「……チッ。『雷光』と『主席宮廷魔術師』が揃って弱気とはな」
ジルクニフは不快げに舌打ちをし、わたしの対面のソファへとドカッと座り込んだ。
それは、わたしを「排除すべき侵入者」から「交渉のテーブルに着くべき相手」へと再認識した合図だった。
「いいだろう、アリサ。……いや、今はサリアだったか。貴様の言い分を聞いてやる。わざわざ危険を冒してまで帝都に来た目的は何だ?」
「目的は一つ……帝都で噂になっている『歌う幽霊』の調査と、その解決への協力を要請します」
「……は?」
ジルクニフが呆気にとられたような顔をする。
国家間の密約や、亡命の取引などを予想していたのだろう。
拍子抜けしたように、彼はこめかみを揉みほぐした。
「幽霊……だと? 貴様、そんなお伽話のために余の前に現れたのか?」
「お伽話ではありません。それは私が探している『あるもの』が引き起こしている現象である可能性が高いのです」
わたしは真剣な眼差しで告げる。
『歌う幽霊』。
廃墟となった歌劇場から夜な夜な聞こえる歌声。
それを聞いた者は精神を病み、廃人になってしまうという噂。
情報屋の話では、その歌声には強力な精神干渉効果があるという。
(間違いなく、わたしの『欠片』が関わっている)
2年前、聖王国での『ミューズの涙』事件。
わたしから剥がれ落ちた負の感情とデータの残骸が、ワールドアイテムを核に実体化した。
あれと同じような現象が、この帝都でも起きているのだ。
「その『あるもの』が何なのかは言えませんが……放置すれば、帝都に甚大な被害をもたらす危険性があります。カリンシャの二の舞になりたくなければ、私に任せるのが得策かと」
「……カリンシャでの一件か」
ジルクニフの目がすっと細められる。
聖王国での事件の情報は、当然彼も掴んでいるはずだ。
公式発表では「聖王女と冒険者サリアの活躍で解決」となっているが、その裏に得体の知れない何かが関わっていたことも察しているだろう。
「なるほど。貴様が『英雄』と呼ばれる所以である不可思議な力……それに関わるトラブルというわけか」
ジルクニフは顎に手を当て、計算高い瞳でわたしを見つめる。
彼は今、天秤にかけているのだ。
わたしをここで拘束するリスクと、わたしを利用して帝都の不安要素を取り除くメリットを。
「陛下……あの幽霊騒ぎ、魔法省としても手を焼いております」
助け舟を出したのは、意外にもフールーダだった。
彼は探究心に輝く瞳でわたしを見据えながら、主に進言する。
「何度か弟子を派遣しましたが、全員が正気を失って戻ってきました。極めて異質な『歌』……あれの解明には、同じ『歌』の力を持つ彼女の協力が不可欠かと」
「……爺がそこまで言うなら、厄介な代物なのだろうな」
ジルクニフはため息をつき、グラスのワインを一口あおる。
そして、再び鋭い視線をわたしに向けた。
「いいだろう、サリア。貴様に『歌う幽霊』の調査を許可する……ただし、条件がある」
「条件?」
「調査には、余の監視役を同行させる。貴様が帝都で勝手な真似をしないよう、首輪をつけさせてもらうぞ」
「……監視役、ですか」
想定内の条件だ。
彼らが手放しでわたしを自由にさせるはずがない。
問題は、誰が来るかだ。
「誰をつけるおつもりで? バジウッドさんはお忙しいでしょうし」
「俺は御免だぜ。あんたの護衛なんて胃に穴が開く」
バジウッドが大げさに手を振って拒否する。
すると、フールーダが一歩前に出た。
「陛下、僭越ながらこの老骨が立候補いたしましょう」
「爺がか? ……まあ、適任ではあるな」
フールーダがニタリと笑う。
その笑顔は、純粋な知的好奇心と、マッドサイエンティスト特有の狂気を孕んでいた。
「彼女の『歌』と『魔法』……間近で観察させていただきたい。あわよくば、その深淵を覗くことができれば……」
(うわぁ……一番来てほしくない人が来ちゃった)
わたしは内心で顔を引きつらせる。
このお爺ちゃん、隙あらば解剖とかしてきそうで怖いのだ。
それに、彼の『魔力視』の前では、うかつに高位魔法を使えない。
けれど、ここで拒否すれば交渉決裂だ。
わたしは覚悟を決め、ニッコリと微笑んだ。
「分かりました。帝国最高の魔法詠唱者様が同行してくださるなら、百人力です」
「ふふふ……楽しみですな、サリア殿。いや、アリサ殿下」
「それともう一つ」
ジルクニフが意地悪な笑みを浮かべて指を立てる。
「事件が解決した後、貴様には再びこの城に来てもらう……今度は『外交』ではなく、個人的な『茶会』の相手としてな」
「……お断りしたら?」
「その時は、全力で追いかけっこをすることになるな。帝国の総力を挙げて」
あくまで、わたしを手に入れることを諦めていないらしい。
その執着心には呆れると同時に、敵ながら天晴れと言いたくなるほどの覇気を感じる。
「……善処しますわ」
わたしは曖昧に答え、席を立った。 交渉成立だ。
「詳しい場所と情報は後ほど……今夜はこれにて失礼します」
「ああ。良い夜を、歌姫……逃げられると思うなよ?」
ジルクニフの熱っぽい視線を背中に受けながら、わたしとツアーは退室した。
重厚な扉が閉まった瞬間、わたしは大きく息を吐き出す。
「……ふぅ。寿命が縮んだわ」
「よくやったよ、サリア。堂々とした交渉だった」
ツアーが小声で称賛してくれる。
わたしは冷や汗を拭いながら、回廊を歩き出した。
「とりあえず第一関門は突破ね。でも、ここからが本番よ」
フールーダという最高の監視カメラ付きで、未知の『欠片』と対峙しなければならない。
バレずに、かつ迅速に回収する。
難易度は最高クラスだ。
「ツアー、お願いがあるの」
「なんだい?」
「もし、あのお爺ちゃんが『見てはいけないもの』を見そうになったら……その時は、物理的に視界を遮って」
「……善処するよ」
わたしたちは顔を見合わせ、苦笑しながら夜の帝都へと戻っていった。
そりゃあバレバレよね、という話です
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース