オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第三章 3 今は亡き栄光への『未練』

翌日の朝、約束通りわたしたちの滞在する宿に現れたフールーダ・パラダインは、まるで遠足前の子供のような、あるいは新しい実験動物を手に入れたマッドサイエンティストのような、ギラギラとした目を隠そうともしていなかった。

帝国最高位の魔法詠唱者という肩書きが泣くほど落ち着きのない彼は、わたしの顔を見るなり長い白髭を揺らして詰め寄ってくる。

 

「おお、お待ちしておりましたぞ、サリア殿! いやはや、昨晩は興奮して一睡もできませんでな。貴殿の『歌』という未知の魔法体系、この老骨の知識欲をこれほど刺激するものは数十年ぶりです!」

「……おはようございます、フールーダ様。お元気そうで何よりですが、あまり顔を近づけないでいただけますか? 加齢臭……いえ、威厳に当てられてしまいますので」

 

わたしは半歩下がり、引きつりそうになる頬を必死に抑えて愛想笑いを浮かべた。

このお爺さん、本当に魔法のことしか頭にない。

背後に控えるツアーが、呆れたように、しかし警戒を解かずに無言の圧力を放っているのがせめてもの救いだ。

 

「して、本日の予定は? 例の『歌う幽霊』が出るという廃劇場へ向かわれるのですな? 無論、私も同行いたしますぞ!」

「ええ、そのつもりです。……ですがフールーダ様、一つ約束してください。あくまで調査の主体は私です。貴方の魔法で現場を吹き飛ばしたりしないでくださいね?」

「カッカッカ! 承知しておりますとも、私はあくまで『監視役』。貴殿のお手並み拝見といこうじゃありませんか」

 

フールーダは楽しげに笑うが、その瞳の奥には冷徹な観察者の色が宿っている。

彼は今日一日を通して、わたしの底を見極めるつもりだ。

英雄級と言えど、帝国の脅威になり得るか、あるいは利用価値があるか。

その値踏みをする視線を感じながら、わたしは小さくため息をつき、目的の場所へと足を踏み出した。

 

 

帝都の片隅、かつては貴族たちの社交場として栄えたであろうその歌劇場は、今は蔦と埃にまみれ、昼間だというのに薄暗い静寂に包まれていた。

入り口の扉は朽ちかけており、わたしたちが足を踏み入れると、ギィッという錆びついた悲鳴のような音を立てて開く。

 

「ふむ……微弱ですが、確かに魔力の残滓を感じますな。精神系……幻術の類でしょうか?」

 

フールーダが杖を掲げ、興味深そうに宙を嗅ぐような仕草をする。

さすがは『三重魔法詠唱者』、腐っても人類最強クラスの魔法使いだ。

わたしがわざとらしく《探知》スキルを使わずとも、彼はこの場の異変を肌で感じ取っている。

 

「ええ、空気が重いですね……普通のアンデッドとは違う、もっと純粋な『感情』の塊のような気配がします」

 

わたしは慎重に歩を進めながら、インベントリから愛用のリュートを取り出した。

戦闘用の剣ではなく楽器を選んだのは、あくまで「吟遊詩人のサリア」として振る舞うためと、相手がわたしの「欠片」であると確信しているからだ。

物理的な攻撃よりも、歌による干渉の方が効果的であり、何よりフールーダに過剰な戦闘力を見せずに済む。

 

「ほう、ここで楽器ですか……魔力を練り上げている気配もない。詠唱の触媒というわけでもなさそうですな」

「私の魔法は、心に響かせるものですから。……来ますよ、フールーダ様」

 

広々としたホール、観客席の残骸が散らばる空間の中央に差し掛かった時、唐突にそれは始まった。

天井の崩れた隙間から差し込む光の筋の中に、ゆらりと半透明な影が浮かび上がる。

ドレスを纏った女性の姿をしているが、その顔はぼやけて判然としない。

 

『――聴いて……私の歌を……』

 

鼓膜ではなく、脳髄に直接響くような濡れた声。

次の瞬間、空間そのものが軋むような高音が、ホール全体に炸裂した。

 

『アアアアアアアアアアッ――!!』

 

「ぬうっ!?」

 

フールーダが顔をしかめ、即座に《精神防御》の魔法障壁を展開する。

普通の冒険者ならこの一撃で発狂していただろう強力な精神波。

だが、わたしにとっては「懐かしい」と感じるほど馴染みのある波動だった。

 

(やっぱり、わたしの『欠片』ね。この感覚……『哀愁』か、それとも『未練』か)

 

聖王国での『ミューズの涙』のような攻撃的な支配欲ではない。

もっと内向きで、自己完結した悲痛な叫び。

ストーカー刺され死に瀕するときの、わたしの孤独が具現化したものかもしれない。

 

「フンッ! 《火球》!」

 

フールーダが牽制のためか、第3位階の攻撃魔法を放つ。

燃え盛る炎の塊が影に向かって飛翔するが影はそれを避ける素振りも見せない、炎は影をすり抜けてしまった。

 

「なっ……魔法が効かない!?」

「手出し無用と言ったはずですよ、フールーダ様。あれは魔法でどうにかできる相手ではありません」

 

驚愕するフールーダを制し、わたしは一歩前へと進み出る。

ツアーが心配そうに身構える気配がしたが、わたしは視線だけで「大丈夫」と合図を送った。

これは魔法合戦ではない。

歌姫同士の、魂の共鳴(セッション)だ。

 

「……悲しい歌ね。でも、独りよがりな歌は誰も救わないわ」

 

わたしはリュートを構え、影に向かって静かに語りかける。

影――『未練のプリマドンナ』とでも名付けようか――は、わたしの言葉に反応して、その虚ろな顔をこちらに向けた。

 

『ワタシヲ……ミテ……ワタシノコエヲ……』

 

「ええ、聴いてあげる。だから貴女も聴きなさい。……本物の歌というものを」

 

わたしは弦を爪弾く。

激しい戦闘曲ではない。

傷ついた獣を宥めるような、優しく、けれど芯のある鎮魂のバラード。

スキル《鎮静の歌》に、タレントによる増幅効果を極限まで絞って乗せる。

 

『――涙は夜に溶け星になる。貴女の孤独は私が引き受けよう――』

 

わたしの歌声が響き渡ると、ホールに充満していた『哀愁』の波動が、さざ波のように揺らぎ始めた。

影が金切り声を上げて抵抗する。

 

『イヤッ! キエタクナイ! ワタシハココニイルノ!』

 

黒い音波の刃がわたしに向かって飛来する。

物理的な破壊力を伴ったその攻撃を、わたしは避ける。

彼の『魔力視』にはわたしの歌が特殊な魔力場を形成しているように見えているはずだ。

だがその出力までは、わたしの指輪とツアーの隠蔽のおかげでバレていない……筈。

あくまで「未知の体系の魔法」として誤魔化せている。

 

「貴女の痛みは分かっているわ。ずっと一人で、誰かに届くことを願っていたんでしょう?」

 

わたしは歌い続けながら、徐々に影との距離を詰めていく。

音波の嵐の中を、まるでダンスのパートナーに歩み寄るように。

やがて、影の攻撃が止んだ。

わたしの歌が、彼女の『哀愁』を包み込み、同調したからだ。

 

『……トドイタ……? ワタシノウタ……』

 

「ええ、届いたわ。とても綺麗な声だった」

 

わたしは影の目の前まで辿り着き、リュートを背に回すと、両手を広げて彼女を抱きしめた。

聖王国の時と同じだ。

彼女は敵ではない。

わたし自身の一部、切り離してしまった迷子なのだから。

 

影の輪郭が崩れ、光の粒子となってわたしの胸へと吸い込まれていく。

冷たい悲しみの感情が流れ込んでくるが、今のわたしにはそれを受け止めるだけの強さがある。

 

「おかえり……もう、寂しくないわよ」

 

最後の光が消えると、ホールには再び静寂が戻った。

わたしは小さく息を吐き、額に滲んだ汗を拭う。

レベル的には大した相手ではなかったが、フールーダの監視下で力の調整をするのが一番骨が折れた。

 

「おおお……! 見事! 実に天晴れです、サリア殿!」

 

フールーダが拍手をしながら駆け寄ってくる。

その目は感動で潤んでいるが、同時に獲物を解剖したくてたまらないような狂気も孕んでいる。

 

「歌による干渉、そして魔力の相殺……既存の魔法体系とはまるで異なる理論ですな。ぜひ、後で詳しく――」

「考察は後回しにしてください、フールーダ様。それよりも……」

 

わたしはフールーダの言葉を遮り、影が消滅した場所――ホールの床を厳しい目で見つめた。

そこには、何もなかった。

ただの朽ちた床板があるだけで、あの影の核となっていたはずの「アイテム」が見当たらない。

 

「……ない」

「ふむ? 何がですかな?」

「あの幽霊……を生み出していた『核』となる媒体です。通常、あのような強力な現象が自然発生することはありません。何かしらのマジックアイテムが触媒になっているはずなのですが」

 

わたしは眉をひそめ、演技ではない焦りを滲ませる。

『ミューズの涙』の時は、アイテム自体が欠片を取り込んでいた。

今回も、わたしのデータが何かのアイテムに憑依していたはずなのだ。

それが回収できないということは、非常にマズい。

 

「ふむ、確かに。私の目で見てもここには魔力の残滓しか残っておりませぬな……となると、誰かが持ち去った後か、あるいは」

 

フールーダが長い髭を撫でながら推測を巡らせる。

わたしは舌打ちをしたくなった。

 

(持ち去られた? わたしの『欠片』だけがここに残って、アイテムだけが移動した? そんなことあり得るの?)

 

もしそうだとしたら、事態は深刻だ。

強力なマジックアイテムが、帝都のどこか、あるいは別の場所に流出している可能性がある。

今すぐにでも広域探知魔法を使って帝都中をスキャンしたい。

だが、それはできない。

 

チラリと横目で見ると、フールーダが興味津々といった様子でわたしの挙動を見守っている。

ここで第7位階以上の探知魔法を使えば、即座にわたしの実力が「英雄級」どころではないことがバレる。

 

「……残念ですが、ここにはもう何もないようです。事件の元凶である幽霊は消滅させましたが、根本的な解決にはなっていないかもしれません」

 

わたしは悔しさを押し殺し、努めて冷静に報告する。

 

「左様ですな。しかし、あの幽霊が消えたことで、ひとまずの安全は確保されたと言えましょう。……それにしても、惜しいですな。あの『核』があれば、貴殿の歌の秘密をもっと解析できたかもしれないものを」

 

フールーダは心底残念そうに肩をすくめる。

こいつ、やっぱり研究材料としか見ていない。

 

「……今日のところは引き上げましょう。私も消耗しましたし、これ以上の探索は無意味です」

「そうですな。陛下への報告も必要ですし……いやはや、しかし良いものを見せていただきました。帝国への勧誘、陛下もますます熱が入るでしょうな」

 

フールーダの不気味な笑い声を聞きながら、わたしはリュートをインベントリにしまい込む。

背後でツアーが「厄介なことになったね」と、誰にも聞こえない声で呟いたのが聞こえた。

 

(本当に厄介だわ……アイテムはどこに行ったの?)

 

回収できたのは「欠片」というデータだけ。

力を与えたはずの「器」を見失ったまま、わたしたちは薄暗い歌劇場を後にした。

 

 

帝都の大通りから一本入った裏路地を、一人の少女が重い足取りで歩いていた。

アルシェ・イーブ・リイル・フルト。

かつての名門貴族の長女であり、今は没落した家を支えるために、裏稼業であるワーカーとして身を粉にする少女だ。

 

今日の彼女の肩には、物理的な装備の重さ以上に、精神的な疲労がのしかかっていた。

 

「……はぁ、足りないわ」

 

手の中にある僅かな硬貨を見つめ、アルシェは深い溜息をつく。

先日命がけで稼いだ報酬の大半は、借金の利息と両親が「貴族としての嗜み」と言って購入した高価な香油代へと消えてしまった。

妹たちの無邪気な笑顔だけが心の支えだが、その生活を守るための綱渡りは日を追うごとに過酷さを増している。

 

「もっと、稼がないと。……もっと強い力が、確実な実入りがあれば」

 

そんな独り言が漏れた、その時だった。

薄暗い路地の隅、ゴミと泥にまみれた石畳の上に不自然な輝きを放つものが落ちているのが目に入った。

 

「……何、これ?」

 

アルシェは足を止め、眉をひそめる。

それは掌に収まるほどの大きさの、ペンダントトップのような形をした装飾品だった。

古びた銀の台座に、涙の形をした深い青色の宝石が埋め込まれている。

そこから漏れ出る魔力はただの宝石ではない。

 

「魔力……?」

 

アルシェが生まれつき持つ『タレント』――魔力を見通す瞳が、その石から溢れ出る異質な輝きを捉えていた。

それは、帝都の街灯よりも遥かに強く、そしてどこか冷たく、寂しげな魔力の光。

 

(すごい……これ、等級は分からないけど、とんでもないマジックアイテムじゃない?)

 

ワーカーとしての直感が、危険信号と同時に、歓喜の声を上げる。

こんな路地裏に落ちているはずのない代物。

関われば厄介ごとに巻き込まれるかもしれない。

けれど、もしこれを売れば?

あるいは、この力を利用して、もっと効率よく稼ぐことができれば?

 

「……」

 

アルシェは周囲を見渡す。

路地には誰もいない。

遠くから大通りの喧騒が聞こえるだけで、ここには冷たい風が吹き抜けているだけだ。

 

彼女は恐る恐る手を伸ばし、そのアイテムを拾い上げた。

 

「……冷たい」

 

指先に伝わってきたのは氷のような冷たさと、それとは裏腹な心臓を鷲掴みにされるような切ない熱情だった。

その魔力は、アルシェの胸の奥にある不安や焦燥――かつての栄光への未練、今の境遇への嘆き――と共鳴するように、甘く囁きかけてくる。

 

『――寂しいでしょう? 辛いでしょう? ……戻りたいと、思うでしょう?』

 

「え……?」

 

頭の中に直接響くような声に、アルシェはビクリと肩を震わせる。

けれど、その声は不思議と不快ではなかった。

むしろ誰にも言えずに抱え込んでいた孤独を、優しく肯定してくれるような心地よさがあった。

 

『私なら、叶えてあげられる。……貴女の望む、輝かしい日々を』

 

「輝かしい……日々……」

 

アルシェの脳裏に、かつての生活がフラッシュバックする。

父も母もまともで妹たちと何の憂いもなく笑い合っていた、あの日々。

このアイテムがあれば、あるいは。

 

「……持って帰ろう」

 

彼女は誰にも見られないように、その青い宝石を懐深くにしまい込んだ。

心臓が早鐘を打つ。

これは拾得物の横領だ。

けれど、この輝きを手放すことは、生きる希望を捨てることと同義のように思えた。

 

アルシェは逃げるようにその場を立ち去り、家路を急いだ。

その懐の中の宝石が、新たな「器」を見つけた喜びに明滅していることに、彼女はまだ気づいていなかった。




今回の欠片は前座(同じパターンをクライマックスにしても面白くないので)
アルシェって二次創作では基本的に救われる側で、騒動の核になる側にはあまりならないと思うんです
だから意図的に捻って騒動を深くする側にしました>ひどい

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