オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第三章 4 フォーサイトの絆

廃墟となった歌劇場に、フールーダ・パラダインの興奮した声だけが木霊していた。

深淵を覗き込んだ老魔法使いは、まるで新しい玩具を与えられた子供のように頬を紅潮させ、杖を握る手を震わせている。

わたしはその狂気じみた情熱に引いてしまいそうになるのを堪え、努めて冷静な表情を取り繕う。

ここでボロを出しては、これまでの苦労が水の泡になってしまう。

 

「素晴らしい……! 実に素晴らしいですぞ、サリア殿! 先ほどの歌、あれは単なる精神魔法ではない! 音階そのものに魔力を乗せる……まさか、これほど特殊な術式が存在しようとは!」

「過分なお褒めの言葉、光栄ですフールーダ様。ですが、あまり興奮なさると血圧が上がってしまいますよ?」

 

わたしは愛想笑いを浮かべながら、内心では冷や汗を拭っていた。

彼の眼力・洞察は確かに鋭い。

わたしのタレント『永遠の歌姫』の特性を、至近距離とはいえ一度見ただけで理解している。

けれど、幸いなことに彼が推測しているのはあくまで魔法理論の範疇だ。

これがユグドラシルのシステムによるスキルであり、わたしのレベルが彼の想像を遥かに超えていることまでは見抜けていない。

 

「しかし、残念ですな……肝心の『核』となるマジックアイテムが見当たらないとは」

「ええ、本当に。あれだけの現象を引き起こした元凶です、回収できればと思ったのですが」

 

わたしは残念そうに眉を下げてみせ、ちらりと足元の床板に視線を落とす。

そこには確かに『欠片』の気配があったはずだが、今はきれいさっぱり消え失せている。

 

わたしの『歌』でデータとしての『欠片』は回収したが、それが憑依していた『器』――何らかのアイテムが、ここにはない。

誰かが持ち去ったのか、それとも自ら移動したのか。

 

「ふむ……先ほど貴殿が歌いかけた際、魔力の残滓が急速に霧散していくのは感じました。あるいは、貴殿の歌の浄化力が強すぎて、依り代となっていたアイテムごと消滅させてしまったのかもしれませんな」

「そう……かもしれませんね。私の未熟さゆえに、貴重な研究材料を失ってしまったのなら申し訳ありません」

 

しめしめ、とわたしは心の中で舌を出す。

勝手に都合の良い解釈をしてくれるなら、それに乗っからない手はない。

 

「いやいや、謝罪など不要! むしろあの強力な精神汚染を単独で鎮めた手腕、見事と言うほかありません。陛下もさぞお喜びになるでしょう」

「そう言っていただけると助かります。……それで、この後は?」

「私は一度城に戻り、陛下へ事の顛末を報告せねばなりません。サリア殿は?」

「私たちは宿に戻って休息を取ります。歌の消費は激しいので、今日はもうクタクタなんです」

 

わたしが大げさに肩をすくめてみせると、フールーダは満足げに頷いた。

彼にとってわたしは興味深い研究対象ではあるが、同時に帝国の管理下に置くべき駒でもある。

 

逃げ出さないよう釘を刺す視線を向けつつも、彼は魔法への探究心を満たす報告を皇帝にするために踵を返した。

 

「では、また後日。改めて『茶会』の招待状を送らせていただきますぞ、美しき歌姫殿」

「ええ、楽しみにしていますわ」

 

フールーダの姿が廃劇場の扉の向こうに消えるのを見届け、わたしは深く、長く息を吐き出した。

張り詰めていた緊張の糸が切れ、ドッと疲れが押し寄せてくる。

 

「……行ったわね。食えない爺さんだこと」

「よく誤魔化したね、サリア。彼が君の本当の強さに気づいていないようで安心したよ」

 

背後で気配を消していたツアーが、呆れたような声を漏らしながら歩み寄ってくる。

彼はフールーダの前では徹底して無口な護衛を演じてくれていたが、その内心では気が気じゃなかっただろう。

 

「第10位階魔法なんて見せたら、今頃解剖台の上よ……でも、問題は解決していないわ」

「アイテムのことかい? 確かに妙だね。あの規模の怪異を引き起こす核が、跡形もなく消えているなんて」

「ええ。誰かが持ち去った可能性が高いわ……この帝都に、まだ爆弾が残っているかもしれない」

 

わたしは空っぽになった廃劇場のホールを見渡す。

『ミューズの涙』のような騒動を繰り返さないためにも、その行方不明のアイテムを見つけ出さなければならない。

 

「とりあえず、今日は引き上げましょう。フールーダへの言い訳通り、情報収集はまた後日ね」

「賛成だ。君の歌を聞いて、僕も少し疲れたよ……良い意味でね」

 

わたしたちは薄暗い廃墟を後にし、帝都の雑踏へと戻っていった。

華やかな街の裏側で、見えない歯車が静かに、しかし確実に狂い始めていることを予感しながら。

 

 

それから数日後。

わたしとツアーは再び、酒場『歌う林檎亭』の暖簾をくぐっていた。

夜の酒場は相変わらずの活気に満ちており、エールの匂いと焼き料理の香ばしい煙、そして冒険者たちの笑い声が充満している。

ただ、以前と少し違うのは、わたしが店に入った瞬間に湧き上がった熱狂的な歓声だった。

 

「おい見ろ! 歌姫だ! 『黄金の歌姫』が来たぞ!」

「マジかよ! 今日も歌ってくれるのか!?」

「店主! こっちの席を空けてやれ! 一番上等のワインを持ってこい!」

 

わたしは苦笑しながら、殺到する視線に手を振って応える。

廃劇場での一件は極秘扱いだが、この店での初日のパフォーマンスと、その後の『四騎士とデートした』という噂が尾ひれをつけて広がり、わたしの知名度は爆上がりしていた。

 

「……人気者は辛いね、サリア」

「茶化さないでよツアー。これも仕事のうちなんだから」

 

わたしはリュートを取り出し、挨拶代わりに軽い一曲を披露する。

アップテンポな民謡のアレンジに、酒場のボルテージは一気に最高潮に達した。

歌いながら、わたしはさりげなく店内を見渡す。

目的は単なるファンサービスではない、帝都の情報収集、特に奇妙なマジックアイテムに関する噂や、行方不明になった『器』の手がかりを探るためだ。

 

(……ん?)

 

視線が、店内の奥まったテーブル席で止まる。

そこには見知った顔ぶれ――ワーカーチーム『フォーサイト』の面々が陣取っていた。

 

けれど、彼らのテーブルに漂う空気は、周囲の喧騒から切り離されたように重く沈んでいる。

リーダーのヘッケランはジョッキを握りしめたまま眉間に深い皺を刻み、隣のイミーナも心配そうに俯いている。

僧侶のロバーデイクに至っては、何かを懺悔するかのように深刻な顔で天を仰いでいた。

そして何より気がかりなのは、そこにいるべき四人目の姿がないことだ。

 

(アルシェが……いない?)

 

わたしは演奏を終え、盛大な拍手を背に受けながらステージを降りる。

群がる客たちを笑顔でかわし、一直線に彼らのテーブルへと向かった。

 

「こんばんは、皆さん。……なんだか、お通夜みたいな雰囲気ですね」

「……! サリア、さん」

 

ヘッケランが弾かれたように顔を上げる。

その目は充血しており、心労の色が濃くにじみ出ていた。

 

「相席、よろしいですか? せっかくの再会ですし、奢らせてください」

「……ああ、悪いな。気を使わせちまって」

 

わたしが椅子を引いて座ると、ツアーも無言で隣に腰を下ろす。

注文したエールが運ばれてきても、彼らの口は重いままだった。

 

「それで……アルシェさんはどうしたんですか? 今日は非番?」

 

わたしが核心を突くと、イミーナが唇を噛み締め、バンとテーブルを叩いた。

 

「あの子……最近おかしいのよ。私たちからの連絡も無視するし、仕事の誘いも『忙しい』の一点張りで断ってきて……」

「アルシェが?」

 

意外だった。

原作のアルシェは、妹思いで、そして何よりチームの仲間を大切にする責任感の強い少女だ。

借金返済のために無茶な仕事を受けることはあっても、仲間との連絡を絶つような真似をするとは思えない。

 

「それに、金遣いが荒くなってるんだ……実家の借金を返すためじゃねぇ。自分のために、高価な香油やら宝石やらを買い漁ってるって噂だ」

 

ヘッケランが絞り出すように言う。

その言葉に、わたしの中で警鐘が鳴り響いた。

 

(借金返済に追われている彼女が、散財? あり得ない……性格が変わった?)

 

「先日、彼女の屋敷へ様子を見に行ったのだが……門前払いを食らったよ。『今の私には、あなたたちのような底辺とお付き合いしている時間はないの』とな」

 

ロバーデイクが悔しげに拳を握る。

その言葉は貴族としてのアルシェが心の奥底に封印していたはずの、選民意識そのものだ。

 

「あの子はそんなこと言う子じゃない! 何かに……そう、何かに取り憑かれたみたいに目が虚ろで……!」

 

イミーナの声が震える。 その証言で、わたしの疑惑は確信へと変わった。

 

(間違いない。精神干渉……それも、欲望を増幅させ、性格を変質させる類の)

 

廃劇場から消えたマジックアイテム。

そして同時期に始まったアルシェの異変。

パズルのピースが、最悪の形で噛み合っていく。

 

「……ワーカーって、個人の事情には深入りしないのがルールなんでしょう?」

 

わたしが静かに問うと、ヘッケランは苦笑してエールを呷った。

 

「ああ、そうだ。俺たちはただの仕事仲間、契約だけの関係だ。……だがな」

「放っておけるわけないでしょ! あの子は私たちの妹みたいなものなんだから!」

 

イミーナが叫び、ヘッケランも力強く頷く。

 

「ルールなんざ知ったことか。仲間が道を踏み外そうとしてるなら、ぶん殴ってでも連れ戻す。……それが『フォーサイト』だ」

 

その熱い言葉に、わたしは思わず口元を綻ばせた。

彼らはやはり、原作通りの――いいえ、それ以上に素敵なチームだ。

だからこそ、彼らを救いたいと思う。

 

「……いいチームですね。感動しました」

「へっ、笑いたきゃ笑えよ。お節介な連中だってな」

「いいえ、笑いません。……むしろ、私もそのお節介に一枚噛ませてください」

 

わたしの申し出に、三人が驚いた顔をする。

 

「サリアさんが? いや、これは俺たちの身内の問題だ。あんたを巻き込むわけには……」

「巻き込んでください。実は私も、探しているものがあるんです」

 

わたしは声を潜め、真剣な眼差しで彼らを見据えた。

 

「アルシェさんの異変……もしかしたら、私が追っている『悪いアイテム』が関わっているかもしれません。だとしたら、これはもう私にとっても他人事じゃないんです」

「悪いアイテム……だと?」

「はい。人を狂わせ、破滅させる呪いの宝石……もしアルシェさんがそれを拾ってしまったのだとしたら、一刻も早く引き剥がさないと手遅れになります」

 

わたしの言葉に、場に緊張が走る。

手遅れ、その言葉の重みを理解したヘッケランは、迷いを振り払うように顔を上げた。

 

「……分かった。背に腹は代えられねぇ。力を貸してくれ、歌姫!」

「勿論です。具体的に、彼女の何が変わってしまったんですか? ただの反抗期、というわけではなさそうですけど」

 

ジョッキに残ったエールを煽り、ヘッケランが苦々しい顔で口を開く。

 

「反抗期で済めば可愛いもんだがな……まず、あいつの『目』だ。アルシェのタレントについては知ってるか?」

「ええ、魔力の本質を見抜く力ですよね。前回の検問でお会いした時に、私の指輪を見抜かれそうになりましたし」

「ああ、それだ。あいつ、最近その目を常に発動させてるみてぇなんだ。会話してても、俺たちの顔じゃなくて、俺たちの装備とか財布の中身を透かして見てるような……そんな嫌な視線を感じるんだよ」

 

わたしは背筋が寒くなるのを感じた。

常に魔力視を発動?

それは精神的にも魔力的にも相当な負担がかかるはずだ。

それこそ、何かに強制させられていない限りは。

 

「それに、言葉遣いもだ。元々貴族のお嬢様だから丁寧な言葉遣いだったが、最近はなんというか……見下すような、冷たい響きが混じるようになった」

 

ロバーデイクが沈痛な面持ちで補足する。

 

「先週、仕事の打ち合わせに行こうとしたら玄関先で追い返された。あのアルシェがだぞ? 借金返済のために、誰よりも泥臭い仕事を進んで引き受けていたあの子が……」

「あのバカ親の影響が出たのかと思ったけど、それにしては急すぎるのよ。それに……あの子の部屋から、夜な夜な『歌声』が聞こえるって使用人が怯えてたわ」

「歌声?」

 

イミーナの言葉に、わたしとツアーは顔を見合わせた。

ビンゴだ。

間違いなく、廃劇場から消えた『歌う幽霊』の核が関わっている。

 

「……どんな歌か、分かりますか?」

「使用人の話じゃ、悲しいような、でも聴いていると頭がぼんやりしてくるような……奇妙な歌だって。それを聴いてると、あの子の両親まで大人しくなるらしいわ」

「……両親まで?」

「ああ。あの浪費家のクソ親どもが、最近ピタリと買い物を止めたらしい。代わりに、アルシェが買ってきた宝石やドレスを前に、家族全員でうっとりと眺めているそうだ……まるで、人形みたいにな」

 

異常だ。

借金地獄だった家庭が、突然の静寂と奇妙な陶酔に包まれている。

それは解決などではない。 精神支配による偽りの平穏だ。

 

「……分かりました。状況は想像以上に深刻ですね」

 

わたしは腕組みをして、厳しい現実を彼らに突きつける覚悟を決めた。

 

「恐らくアルシェさんは、強力な精神支配効果を持つマジックアイテム――『呪いの宝石』のようなものを拾ってしまったんです。そのアイテムは持ち主の欲望を増幅させ、精神を侵食して操り人形に変えてしまう」

「なっ……操り人形だと!?」

 

ヘッケランがバンとテーブルを叩いて立ち上がる。

 

「落ち着いて。まだ手遅れじゃないと思います……でも、放っておけば彼女の人格は完全に塗り潰され、二度と戻らなくなるかもしれません」

 

わたしの言葉は脅しではない、『核』は宿主の負の感情を糧に成長する。

アルシェの抱えるであろう「現状への不満」「過去の栄光への未練」「家族への愛憎」……それらはおそらく最高の肥料だ。

 

「……上等だ。そんなふざけた石ころに、俺たちの仲間を奪わせてたまるかよ」

 

ヘッケランがギリと奥歯を噛み締め、燃えるような瞳でわたしを見た。

 

「サリアさん、あんた『歌姫』って呼ばれてるくらいだ。その歌で、あいつの目を覚まさせることはできるか?」

「やります。そのためにここに来たんですから」

 

わたしは力強く頷く。

物理的な戦闘力なら彼らで十分かもしれないが、精神干渉系のトラブルにはわたしの『永遠の歌姫』が特効薬になるはずだ。

 

「よし、決まりだ! 行くぞ野郎ども! アルシェの目を覚まして、ついでにあのクソ親父にも一発説教くれてやる!」

「賛成ね。あの子を連れ戻して、またみんなで酒を飲むわよ!」

「神官としても、呪われた魂を見過ごすわけにはいきませんな」

 

三人が席を立ち、武器を点検する。

その背中には、迷いなど微塵もなかった。

ワーカーという、金で動くドライな稼業を選びながら、彼らが持つ絆は本物の冒険者以上だ。

彼らが辿った悲劇的な末路を知っているからこそ、この光景が眩しく、そして愛おしく思える。

 

「店主! 釣りはいらねぇ! ツケにしといてくれ!」

「いや払ってないじゃないですか、ヘッケランさん」

 

わたしがツッコミを入れる間もなく、彼らは風のように店を飛び出していった。

わたしとツアーも、苦笑しながらその後を追う。

 

 

「それにしても、サリアさんは何者なんだ? ただの冒険者にしては、呪いのアイテムに詳しすぎるし……何より、その護衛の旦那も只者じゃなさそうだ」

 

ヘッケランが、探るような視線をツアーに向ける。

ツアーは兜の中で沈黙を守っているが、その全身から滲み出る格の違いは隠しきれていない。

 

「……同業者、というわけではないですよね?」

「ふふ、詮索はなしですよ。私たちもあなた達の『掟破り』には目を瞑るんですから」

 

わたしが悪戯っぽくウインクではぐらかすと、イミーナが呆れたように肩をすくめた。

 

「ったく、食えない歌姫様だこと……でも、感謝してるわ。あんたがいなかったら、私たちはどうすればいいか分からずウジウジ悩んでたかもしれない」

「そうですね。精神系の呪いとなれば、我々だけでは対処しきれなかった可能性が高い……貴女の協力は、神の導きかもしれません」

 

ロバーデイクが真面目な顔で感謝を口にする。

 

「神様かどうかは分かりませんが……私も、あなた達みたいなチームは好きですよ。損得勘定抜きで仲間のために動ける人たちって、この街じゃ貴重でしょう?」

「違いねぇ。帝都のワーカーなんて、金のためなら親でも売るような連中ばっかだからな」

 

ヘッケランが自嘲気味に笑う。

けれど、その表情には自分たちのチームへの誇りが滲んでいた。

 

「……着きましたよ。あれがフルト家の屋敷です」

 

名門の威光を残しながらも、薄汚れて荒廃した雰囲気を漂わせる屋敷が闇の中に佇んでいた。

だが、今のわたしには、その外見以上に異様なものが視えていた。

 

「……うわぁ」

「どうした、サリア?」

「見えませんか? 屋敷全体が、ドス黒いモヤですっぽり覆われています。……相当、根が深いですよこれは」

 

わたしのタレントと強化された知覚が、屋敷から漏れ出す濃密な負のオーラを捉えていた。

それは単なる魔力ではない。

ドロドロとした感情が物理的な質量を持って渦巻いているのだ。

 

「俺には何も見えんが……肌がピリピリするな。嫌な予感がしやがる」

 

ヘッケランが剣の柄に手をかけ、油断なく周囲を警戒する。

ツアーも小声でわたしに囁いた。

 

「……気をつけて、サリア。中にいるのは、ただの人間じゃないかもしれない。あのオーラ、精神を取り込みすぎて変質し始めている」

「ええ、分かっているわ」

 

わたしは深く息を吸い込み、覚悟を決める。

これは単なる説得では済まないだろう。

物理的な、あるいは精神的な荒療治が必要になる。

 

「作戦はどうする? 正面からカチ込むか?」

「いえ、まずは隠密で接近しましょう。アルシェさんがどこにいるか特定してからでないと、人質――じゃない、ご両親を盾にされる可能性があります」

「了解だ。イミーナ、先行して偵察を頼めるか?」

「任せて。庭師のふりをして侵入するのは得意よ」

 

イミーナがしなやかな動きで闇に溶け込むように屋敷の裏手へと回っていく。

わたしたちもその後を追うように、屋敷の正門ではなく、崩れかけた塀の隙間から敷地内へと足を踏み入れた。

 

枯れ果てた庭木、手入れのされていない雑草。

かつての栄華の残骸を踏みしめながら進むと、屋敷の中から漏れ出る明かりが見えてきた。

そして、そこから聞こえてくるのは――。

 

『――私を見て……もっと……もっと輝かせて……』

 

美しくも不気味な、ソプラノの歌声。

それは廃劇場で聞いたあの幽霊の声に酷似していたが、より生々しく、人間の欲望を帯びた響きへと変質していた。

 

「……アルシェの声か?」

 

ヘッケランが息を呑む。

その声には、彼の知る仲間の面影はほとんど残っていなかった。

 

「急ぎましょう……歌が、クライマックスに向かっています」

 

わたしはリュートを携え、走り出した。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

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