オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
――成功、という言葉は、後から振り返った人間がようやく使えるものなのだと思う。
ユニット結成から半年。
その半年は、わたしの体感では三年分くらいの密度があった。
初めてのレコーディングで喉を潰しかけ、ライブ前夜に緊張で一睡もできず、ネットの掲示板やSNSで飛び交う無責任な言葉に胸をえぐられ、それでも翌朝には笑顔でステージに立つ。
そんな日々の積み重ねが、いつの間にか「結果」と呼ばれるものに姿を変えていた。
デビューシングルは、想定以上に売れた。
アニメの主題歌に抜擢され、イベントは即日完売。
雑誌の表紙に名前が載り、インタビューでは「次世代の本命ユニット」などと持ち上げられる。
……正直、実感はなかった。
楽屋の片隅で台本を読み込み、発声練習をし、メイクを整える。
やっていること自体は、売れる前と何も変わっていない。
変わったのは、周囲の視線と、世界の反応だけだ。
「亜理紗、次はこっちのカメラ!」
「はい」
条件反射のように返事をして、わたしは指示された位置へ移動する。
フラッシュが焚かれ、歓声が上がる。
……ああ、これが成功した後の景色なんだ。
頭では理解しているのに、心が少し遅れてついてきている感覚があった。
「すごいよね、ほんと」
控室で隣に座った茶奈さん――風海久美が、ペットボトルの水を飲みながら言う。
「半年前は、こんな景色想像もしてなかった」
「……うん」
相槌を打ちながら、わたしは鏡越しに自分の顔を見る。
ステージ用のメイクが施された少女。
昔より少し大人びて見えるけれど、中身は何も変わっていない。
それなのに、世界だけが勝手に先へ進んでしまったような気がした。
「どうしたの? 元気ない?」
「元気はあるよ。ただ……」
言葉を探して、少し黙る。
「思ってた未来と、だいぶ違うなって」
その瞬間、茶奈さんは一瞬だけ目を見開き、すぐに苦笑した。
「あー……なるほどね」
「分かる?」
「分かる分かる。あたしもね、売れる前はさ」
彼女は指で空をなぞる。
「成功したら、全部が報われるって思ってた。苦労も、不安も、全部ね」
「そうだね、私も両親が楽になればとしか思ってなかったよ……でも、実際は?」
「成功した分、選択肢が減った」
その言葉は、思った以上に重かった。
「やれることが増える代わりにやめられることが減るの。期待って、そういうものだから」
まさに、その通りだった。
原作で知っていた未来。
少なくとも「失敗するはずだった風海久美の」未来。
それが、目の前では完全に書き換えられている。
風海久美はネタにされる存在ではなく、現在評価される人気声優になっている。
ユニットは解散どころか、次の全国ツアーの話まで出ている。
――未来が、激変している。
わたしが知っていた物語から、完全に逸脱してしまった。
「……怖いんだ」
ぽつりと、正直な気持ちが口をついた。
「この先、何が起きるか分からないのが」
原作知識という保険は、もうほとんど役に立たない。
これから先は、完全な未知だ。
「亜理紗」
茶奈さんが、真剣な声でわたしを呼ぶ。
「逃げたい?」
「……ううん」
自分でびっくりするくらい即答だった。
「怖いけど、後悔はしたくない」
そう。
原作通りに進めば安全、なんて保証はどこにもなかった。
だったら、自分で選んだ未来を生きるしかない。
その夜帰宅すると、リビングで両親と兄さんが待っていた。
両親は最近疲労が抜け始めて、栄養の取れた穏やかな顔をするようになっていた。
そう売れに売れた私の影響で、私たち一家は下層民から中層民へと変わったのだ。
もう両親が疲労や栄養失調で死ぬ未来は、なくなったといっても過言ではない。
「お疲れ」
「ただいま、兄さん」
テレビでは、わたしたちのユニットの特集が流れている。
いやだな、少し気恥ずかしい。
「遠い世界に行っちゃったな」
冗談めかして言う兄さんに、わたしは首を振った。
「そんなことないよ」
「でもさ」
兄さんは真剣な目をしている。
「無理はするな。お前が壊れたら意味がない」
「そうよ、亜理紗。無茶はしないでね」
両親が言葉を続ける。
その言葉に、胸の奥が少し締め付けられた。
「……うん」
この世界は、もうわたしが知っている未来とは違う。
でも。
両親は健在で、兄さんは笑っていて、仲間は隣にいる。
それだけは、間違いなく現実だ。
◇
成功したその『後』にこそ、想定していなかった問題が噴き出す。
それをわたしが実感したのは、事務所の会議室でホワイトボードを前にして立ち尽くしていた、あの日のことだった。
「……つまり」
マネージャーの佐倉さんが、ペンをくるりと回しながら言う。
「次のユニットの展開として、“映像コンテンツ”を強化したいんです」
「映像?」
もう失われることはないであろう芸名:風海久美――茶奈さんが首を傾げる。
「ライブ映像とか、メイキング?」
「それも含みますが、もっと継続的なものです。ファンが“日常的に触れられる”コンテンツ」
わたしの背中に、じわりと嫌な汗が滲んだ。
それってつまり――
「定期的な、動画……もしかして配信ですか?」
思わずそう口にしてしまう。
佐倉さんが、少し驚いた顔でわたしを見る。
「ええ、近いですね。もっと気軽なものを想定しています」
……やっぱり。
「動画を配信して、ファンと交流する、とか?」
わたしが続けると、今度は他のメンバーも一斉にこちらを向いた。
「配信?」
「交流?」
「……それって何?」
ああ、そうだ。
この世界には――『それ』がない。
YouTuberも、Vtuberも、配信文化そのものが存在していない。
「えっと……」
言葉を選びながら、わたしは説明を試みる。
「映像を撮って、それを……ネットみたいなもので、不特定多数の人に見せるの。リアルタイムで」
「リアルタイム?」
「じゃあ、テレビと何が違うの?」
他のメンバーが口々に疑問を投げる。
わたしは、軽く頭を抱えたくなった。
前世では当たり前だった“配信”という概念を、ゼロから説明しなければならない。
「テレビは、放送局があって、番組があって、編成があって……」
わたしはホワイトボードを借りて、簡単な図を描く。
「でも配信は、もっと個人に近い。カメラとマイクがあれば、自分たちで番組を始められる」
「……そんなこと、できるの?」
茶奈さんが半信半疑で言う。
「技術的には、もうできると思う。動画のアップロードとか、双方向通信の実験は、研究所レベルではあるし」
佐倉さんが頷く。
「実は、そのあたりのインフラは、提携企業が準備しています。問題は何をやるかです」
他のメンバーは、どこか不安そうに顔を見合わせている。
「それって……危なくないですか?」
「だって、前例がないですよね?」
そう、前例がない。
この世界には、配信者という“職業”がないのだから。
でも、わたしだけは知っている。
それが、どれほど強力な武器になるかを。
「……危ない、と思う」
正直に言った。
「でも、それ以上に……可能性がある」
全員の視線が、わたしに集まる。
「ファンと、直接つながれる。テレビや雑誌を通さずに。そうなったら、人気の作り方そのものが変わる」
それは、原作においては考慮されていない分野の話だった。
配信者という文化が生まれていないがゆえに見落とされた――本来なら、もっとずっと後に生まれるはずの文化。
「わたし、ちょっと……怖いんです」
別のメンバーが小さく言った。
「そんな未知のこと、やっていいのかなって」
わたしも、怖い。
知っているからこそ、怖い。
だって――
成功も、炎上も、依存も、搾取も。
配信文化が生む光と闇を、わたしは知っている。
「……でも」
わたしは、ゆっくりと言葉を続けた。
「もう、わたしたちは“安全な場所”にはいない」
売れた、ということは。
常に見られ、評価され、消費される側に回ったということだ。
「どうせ未知に踏み込むなら、自分たちで選んだ方がいい」
沈黙が落ちる。
佐倉さんが、深く息を吸った。
「……では、試験的にやってみましょう」
その一言で、決まってしまった。
こうして。
この世界には本来存在しないはずの“配信”が、わたしたちの手で生まれようとしていた。
スタジオの一角に、急ごしらえの撮影スペースが組まれる。
カメラ。
照明。
マイク。
「これ、向き合って話すと緊張するわね……」
茶奈さんが、カメラの前でぎこちなく笑う。
「テレビと違って、台本ないんでしょ?」
「一応、流れは決めるけど……基本フリートーク」
「無理!」
他のメンバーが悲鳴を上げる。
……ああ、分かる。
わたしは、いや、今は私だけが、配信の怖さを知っている。
編集がない。
失言は、そのまま残る。
「だからこそ……」
わたしは、カメラを見つめた。
「リアルなんだ」
誰にも、まだ分からない。
この選択が、ユニットをどこへ連れていくのか。
でも。
成功した『その先』の道は、誰も知らない。
だからこそ――
「行こう」
わたしは、メンバーのみんなに小さく笑った。
「わたしたちで、未来を作ろう」
その瞬間、佐倉さんが今から配信を始める合図を掲げた。
この世界で最初の『配信』が、始まった。
絶対やりたかった小ネタ
オーバーロードの世界には近未来とはいえ大規模にはなかったであろう『配信者』概念の持ち込みですw
ここまでは一気にやりたかったので連続投稿しました
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース