オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
スレイン法国、神都。
六大神の威光が降り注ぐとされるこの聖域の地下深くに、一般の神官ですら立ち入りを禁じられた領域が存在する。
人類最強の守護者たる特殊部隊『漆黒聖典』、その専用演習場である。
冷ややかな石壁に囲まれた空間に、鋭い剣戟の音が反響していた。
神速の踏み込みと、それを受け流す重厚な金属音。
目にも止まらぬ攻防の果てに、青白い斬撃の軌跡が宙を裂き、静寂が舞い戻る。
「……そこまで」
審判役の神官が声を上げると同時に、二つの影が距離を取った。
片や、巨大な盾を構えた巨漢、『巨盾万壁』。
対するは、装飾の少ない実戦的な鎧に身を包み、刀をだらりと下げた男――ブレイン・アングラウスである。
彼は荒い息を整えながら、汗で濡れた前髪を無造作にかき上げた。
その瞳には、かつてのような焦燥や、己の弱さへの怯えはない。
あるのは、ただ純粋に高みを見据える求道者の光と、確かな自信であった。
「……見事だ、ブレイン。今の『神閃』、わずかだが私の反応速度を上回っていたぞ」
巨盾万壁が盾を下ろし、感心したように息を吐く。
漆黒聖典の席次持ち、すなわち英雄の領域にある彼をして、その一撃は脅威と映ったようだ。
「へっ、あんたのその鉄壁を崩すには、まだ一歩足りなかったみたいだがな」
ブレインは刀を鞘に納め、皮肉っぽく笑った。
だが、その表情は晴れやかだ。
この二年間、彼は地獄を見た。
人類の限界を超えた化物たちとの連日の模擬戦、致死レベルの魔法が飛び交う実戦任務への同行、そして己の肉体を極限まで苛め抜く修練の日々。
普通の人間なら三日で逃げ出すか、あるいは精神が崩壊していただろう。
だが彼は耐え抜いた。
脳裏に焼き付いた『黄金の歌姫』の輝きと、その背中を追うという誓いだけを支えにして。
「謙遜するな。ここに来た当初のお前とは練度も剣速も桁が違う……今の貴様なら、あるいは隊長とも数合は打ち合えるかもしれん」
観覧席から降りてきたのは、漆黒聖典の隊長であった。
彼はブレインの前に立つと、その精悍になった面構えを満足げに見つめる。
「強くなったな、ブレイン・アングラウス」
「ああ……あんたたちのおかげだ」
ブレインは短く礼を言い、そして意を決したように隊長の瞳を見据えた。
その視線の意味を、隊長も察したのだろう。
彼はわずかに眉を動かし、先を促すように沈黙した。
「隊長、そして法国の皆さんに感謝する。だが……俺はそろそろ、行かなくちゃならない」
「帰国か」
「ああ。約束の時は来た。今の俺がどれだけ通用するか、あいつに……サリアに見てもらいたいんだ」
ブレインの言葉に迷いはない。
彼はこの法国での日々で、確かに英雄の領域へと足を踏み入れた。
レベルにして40台半、あるいは50に迫る勢いだろうか。
それは周辺諸国の戦士長クラスを凌駕し、文字通り「人類最強」の一角に名を連ねる実力である。
だが、彼の目指す頂はそこではない。
レベル70を超える規格外、あのアリサ王女の分身に追いつくことだ。
「……引き止めても無駄か」
「悪いな。居心地は悪くなかったが、俺の主君はあくまであのお姫様なんでね」
ブレインがニカっと笑う。
隊長はふっと息を漏らし、肩をすくめた。
「分かった。上層部には私から報告しておこう。貴様は『客将』として十分な働きをした、誰も文句は言わんさ」
「恩に着るぜ」
ブレインは背を向け、出口へと歩き出す。
その足取りは軽く、王国の空の下へと思いを馳せているようだった。
◇
スレイン法国、最高意思決定機関が集う『真実の間』。
六人の枢機卿が円卓を囲み、重苦しい議題について話し合っていた。
議題の中心は、ブレイン・アングラウスの帰国申請と、それに伴う「ある懸案事項」の処理についてである。
「……ブレイン殿の帰国、承認する他あるまい。無理に引き止めれば、アリサ王女の心証を損ねる」
土の神官長が、報告書を指で叩きながら発言した。
彼らにとって、アリサ王女は人類の至宝であり、最優先保護対象だ。
彼女が送り込んだ「友人」であるブレインを拘束することは、外交的にも、そして何よりあのような「規格外の存在」を敵に回すリスクを考えても得策ではない。
「うむ。彼もまた英雄の領域を越えるに至った。彼ほどの武力を手放すのは面白くないが、それがアリサ王女の盾となるならば容認できる」
「問題は、王女とのパイプラインだ。ブレイン殿はあくまで王女の『個人的な』配下。我々法国の意向を汲んでくれるとは限らん」
火の神官長が懸念を示す。
確かにブレインは法国に恩義を感じてはいるだろうが、その忠誠心は完全にアリサに向いている。
法国としては、王国の内情、特にアリサの周辺情報を常に把握しておきたいのが本音だ。
漆黒聖典による監視も続けてはいるが、あまり露骨な真似は王女の「探知」に引っかかる恐れがある。
「そこでだ。彼に『同行者』をつけるというのはどうだろうか」
レイモンドが眼鏡の位置を直し、苦々しい表情で、しかし妙案だと言わんばかりに提案した。
「同行者? 監視役ということか? だが、中途半端な実力の者を送っても足手まといになるだけだぞ」
「いや、実力は申し分ない。むしろ……強すぎて持て余している」
その言葉に、枢機卿たちの顔色が一斉に変わる。
彼らの脳裏に浮かんだのは、ある一人の問題児の顔だった。
「まさか……第九席次か?」
「『疾風走破』クレマンティーヌ……彼女をか!?」
会議室がどよめく。
クレマンティーヌ。
漆黒聖典第九席次にして、英雄級の実力を持つ暗殺者。
しかしその性格は破綻しており、残虐かつ嗜虐的。
最近は任務での殺戮衝動が抑えきれず、かといって国内で暴れさせるわけにもいかず、上層部の頭痛の種となっていた。
「正気か? あのような狂犬を王女の元へ送るなど、何をしでかすか分からんぞ!」
「だからこそだ」
レイモンドは声を強め、周囲の動揺を制した。
「彼女は最近、退屈を持て余している。このままでは国内で『遊び』を始めかねん。……だが、彼女はアリサ王女には一定の執着と、歪んではいるが敬意を持っている」
「ふむ……確かに、かつて王女の教官を務めた時は、比較的従順だったと聞くが」
「それに、彼女なら王女の『異質さ』を知っている。ブレイン殿と共に王女の側近として配置すれば、最強の護衛となると同時に、我々への連絡役としても機能するだろう」
要するに、厄介払いに近い出向命令だ。
国内に置いておけば爆発しかねない爆弾を、唯一その起爆スイッチを制御できそうなアリサの元へ送り込む。
王国にとっては迷惑極まりない話だが、法国としては「最強の援軍」という名目で恩も売れるし、ガス抜きもできる。
一石二鳥ならぬ、一石三鳥の妙案であった。
「……王女ならば、彼女の手綱を握れると?」
「『永遠の歌姫』の精神安定効果もある。それに王女は、あの手の曲者を手懐けるのが妙に上手い」
「……よかろう。彼女を『親善大使』ならぬ『駐在武官』として派遣する。名目は……そうだな、王女への剣術指南役の再開、とでもしておこう」
こうして、恐るべき人事が決定された。
狂気の英雄クレマンティーヌの、リ・エスティーゼ王国への「出向」。
それは平和になりつつある王国に投下される、劇薬のような人事であった。
◇
「あはっ! マジで? 行っていいの?」
薄暗い執務室で、クレマンティーヌは猫のように目を細め、ケラケラと笑った。
彼女の前には、眉間に皺を寄せたレイモンドがいる。
「ああ。正式な命令だ。ブレイン・アングラウスと共に王国へ赴き、アリサ王女の警護、ならびに周辺の不穏分子の排除にあたれ」
「やったぁ! ここ最近、退屈で死にそうだったんだよねぇ。弱い雑魚ばっかで飽きてたしぃ」
彼女はくるくると短剣を回し、舌なめずりをする。
その脳裏に浮かぶのは、かつて泥だらけになりながら自分に向かってきた少女の瞳だ。
あれから数年。
風の噂、そして報告書によれば、あの少女はとんでもない化け物に成長しているという。
「あの子……アリサちゃん、どれくらい強くなってるかなぁ。壊れないおもちゃ、育ってるかなぁ」
「釘を刺しておくが、王女に危害を加えることは許さん。あくまで護衛だ」
「分かってるってぇ。大事な『お気に入り』だもん、簡単には壊さないよぉ」
クレマンティーヌの笑顔は、純粋な悪意と、子供のような無邪気さが混ざり合った異様なものだった。
だが、少なくとも法国にいる時よりはずっと楽しそうだ。
「それに、あの堅物のブレイン君と一緒なんでしょ? 道中も退屈しなさそうでいいじゃん」
「……彼を殺すなよ?」
「善処するぅ☆」
こうして、最凶の二人組が結成された。
求道者ブレインと、狂人クレマンティーヌ。
彼らは旅装を整え、王女の待つリ・エスティーゼ王国へと向かう馬車に乗り込んだのである。
◇
カルネ村での一件を無事に終え、サリアたちはエ・ランテルに帰還していた。
「薬草採取の護衛」という名目での小旅行だったけれど、終わってみればンフィーレア君とエンリちゃんの仲を取り持ち、ついでに私の『欠片』の影響がないことも確認できた。
まさに満点の結果だ。
王城の自室で、わたし――アリサはふかふかのソファに身を沈めていた。
窓の外には平和な王都の風景が広がっている。
隣ではラナーが紅茶を淹れてくれており、その香りに包まれながら私は大きく伸びをした。
「……ふぅ、やっぱり我が家が一番ね」
「お疲れ様でした、お姉様。カルネ村での『サリア』の活躍、冒険者ギルドを通じても噂になっていますわよ」
「えっ、もう? 情報の伝播速度が速すぎない?」
「『漆黒の剣』の方々が、酒場で嬉しそうに語り広めているみたいです。『黄金の歌姫は俺たちの女神だ』なんて」
ラナーがクスクスと笑う。
まあ、悪い噂じゃないならいいか。
セリーシア(ニニャ)ちゃんも、女の子としての自信をつけてくれたみたいだし。
そんな穏やかな午後。
部屋の扉がノックされ、侍女のツアレが恭しく入室してきた。
「アリサ様、ラナー様……お客様がお見えです」
「客? 誰かしら、予定は入っていないはずだけど」
「はっ。それが……スレイン法国からの使者だという方が、お忍びで」
「法国?」
私はラナーと顔を見合わせた。
公式の外交ルートを通さず、お忍びで来る使者。
嫌な予感と、期待が半々で胸がざわつく。
「通して」
しばらくして、扉が開かれた。
そこに入ってきた人物を見て、私は思わず立ち上がりそうになった。
使い込まれた外套に、背負った刀。
そして何より、その精悍になった面構え。
「……よう、姫様。ただいま戻ったぜ」
ブレイン・アングラウス。
かつて私が送り出し、法国で修行を積んでいた彼が、そこに立っていた。
その全身から放たれる気配は、以前とは比べ物にならないほど鋭く、研ぎ澄まされている。
「ブレイン! 帰ってきたのね!」
「ああ。約束通り、強くなってな」
彼はニッと笑い、以前よりもずっと自信に満ちた足取りで歩み寄ってくる。
レベル……鑑定スキルを使わなくても分かる。
彼は『壁』を超えた。
今の彼は完全に英雄級以上の領域に至っている。
「おかえりなさい、ブレイン。見違えたわ……本当に、すごいわ」
「へっ、あんたに褒められると悪い気はしねえな。だが、土産話はまだ早いぜ」
ブレインは意味ありげに視線を入り口の方へと向け、苦笑いを浮かべた。
「俺一人で帰ってきたかったんだがな……どうも法国の連中は、過保護すぎるらしい」
「え?」
彼の背後から、もう一つの影が現れる。
その姿を見た瞬間、私の思考は一瞬停止し、それから全力で「なんで!?」と叫び声を上げたくなった。
「やっほ〜☆ 久しぶりだねぇ、アリサちゃん!」
豹柄のような奇抜な衣装、左右非対称の髪型。
そして人を小馬鹿にしたような、ネチャリとした笑顔。
スレイン法国最強の漆黒聖典、その第九席次。
「ク、クレマンティーヌ……!?」
「あはっ! 覚えててくれたんだぁ? 嬉しいなぁ、お姉さん感激ぃ」
彼女はブレインの横からひょっこりと顔を出し、まるで遊びに来た親戚のような気軽さで手を振った。
「ど、どうしてあなたがここに? 法国の任務は?」
「ん〜? これがお仕事なんだよねぇ。上のお偉いさんたちがさぁ、『ブレイン君一人じゃ寂しいだろうから、お守りしてあげなさい』って」
クレマンティーヌはケラケラと笑いながら、私の目の前まで歩み寄ってくる。
その瞳の奥には、獲物を見定めるような危険な光が宿っていた。
「要はアレよ、厄介払い兼、監視役ってとこ? ま、あたしとしてはアリサちゃんと遊べるなら何でもいいんだけどぉ」
「……監視役って、あなたみたいな爆弾を送ってくる法国の神経を疑うわ」
私は思わず額を押さえた。
ブレインが強くなって帰ってきたのは嬉しい誤算だが、まさかのおまけ付き。
しかもよりによって、原作でカジットと組んでエ・ランテルを恐怖に陥れた張本人だ。
いや、今の彼女はこの世界線では私との交流を経て、多少マイルドに……なってないな、この笑顔を見る限り。
「ラナー様、これはどういうことでしょう?」
「……想定外ですわね。ですが、戦力としては申し分ありませんわ」
ラナーも少し驚いているようだが、すぐに計算高い瞳に戻っている。
彼女にとってクレマンティーヌは「使える駒」として認識されたようだ。
「……はぁ。まあいいわ」
私はため息をつきつつも、改めて二人に向き直った。
最強の剣士へと成長したブレイン。
そして、制御不能だが最強の暗殺者クレマンティーヌ。
この二人が揃えば、王国の武力は一気に跳ね上がる。
八本指の残党狩りどころか、周辺諸国への抑止力としても十分すぎる戦力だ。
「よく帰ってきてくれたわ、二人とも。……歓迎するわ」
「おう。俺の剣は、今日からまたあんたのものだ」
「あたしはぁ、飽きるまで居座らせてもらうよぉ? ねえねえ、後で手合わせしようよぉ。どれくらい強くなったか、体で教えてあげるからさぁ」
クレマンティーヌが舌なめずりをする。
私はやれやれと首を振りつつも、心のどこかで安堵していた。
役者は揃った。
私の、そして王国の頼もしい「剣」と「牙」が。
「ええ、お手柔らかに頼むわね……二人とも、これからの王国は少し騒がしくなるわよ?」
私の言葉に、ブレインは不敵に、クレマンティーヌは愉悦に満ちた笑みで応えた。
窓の外から吹き込む風が、新しい時代の到来を告げるように、私たちの髪を揺らした。
(さて、これでガゼフ、ブレイン、クレマンティーヌ……『最強チーム』の結成ね)
私は心の中でガッツポーズを決め、これからの展開に思いを馳せた。
ナザリックが来る前に、やるべきことはまだ山積みだ。
でも、このメンバーならきっと大丈夫。
「まずは……歓迎の宴でもしましょうか。積もる話もあることだし」
「賛成ですわ! お姉様、とびきりのケーキを用意させます!」
こうして、王城の一室で奇妙な再会劇は幕を閉じた。
そして二年後、その時は訪れる。
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
-
クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース