オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
第四章 1 夢でも現でも幻でもいい
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世界が終わる瞬間、俺は瞼を閉じ、愛しい妹のアバターに触れていたはずの指先に神経を集中させていた。
強制ログアウトの無機質な感覚が訪れるのを待ち、そして現実世界で再び仲間たちと、妹の思い出を語り合うために。
1、2、3……。
数秒が過ぎても、世界が断絶する感覚は訪れない。
それどころか、閉じた瞼の裏に感じる光の加減や、肌を撫でる空気の質感があまりにも鮮明に、あまりにも生々しく変化していることに気付いた。
「……サーバーの、終了時刻が延びたのか?」
俺は恐る恐る目を開けた。
そこに広がっていたのは、見慣れたユグドラシルのシステムコンソールではなく、圧倒的な実在感を持ったナザリックの玉座の間の光景だった。
煌びやかなシャンデリアが揺れ、巨大な旗が微かになびき、そして隣には困惑した表情のペロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんが立っていた。
「おい、モモンガさん! どうなってんだこれ! コンソールが開かねえぞ!」
「GMコールも繋がらない! チャットも……なにこれ、声が変わってる!? これ、茶釜の声だよね!?」
二人の声は、音声加工された電子音声ではなく、喉と肉体を通して響く生身の音として聞こえてきた。
ペロロンチーノさんの嘴が動くたびに硬質な音がし、茶釜さんのスライムの体がぷるぷると震えている。
これは異常だ、ただのエラーやバグで説明がつく状況ではない。
けれど、そんな事態よりも遥かに恐ろしく、そして俺の魂を凍りつかせる事実が、足元に口を開けていた。
「――ない」
俺は玉座の周囲、先ほどまで俺たちが囲んでいたはずの場所を見下ろし、喉から空気の漏れるような音を出した。
ないのだ。
そこにあるはずの、銀色の髪をした美しい少女の姿が。
彼らから託され、俺たちが守り抜くと誓った『Voiceless Garden』のギルド武器も、妹の魂の依り代であったはずのアバターも、どこにもない。
「亜理紗……? おい、嘘だろ……どこに行った!?」
俺は玉座から転がり落ちるようにして立ち上がり、周囲を見回した。
広い広間には誰もいない、妹の姿はおろか、彼女の胸元で輝いていたワールドアイテム『ブリーシンガメン』の痕跡すら残っていない。
「嘘よ……さっきまで、ここにいたじゃない! 私たちが触れてたじゃない!」
「亜理紗ちゃん! おい、隠れんぼはナシだぞ! 出てきてくれよ!」
茶釜さんがスライムの触手を伸ばして床を探り、ペロロンチーノさんが翼を広げて広間の隅々まで目を走らせる。
だが、返事はない。
あるのは、王者の不在を告げる冷ややかな静寂だけだ。
「う、うおおおおおおおおっ!! 亜理紗ぁぁぁぁぁッ!!」
胸の奥から、焼け付くような焦燥と絶望が噴き上がり、俺は獣のような咆哮を上げた。
妹がいなくなった。
守ると誓ったのに、最後の最後まで一緒だと約束したのに、気がついたら腕の中から消え失せていた。
その事実は、異世界への転移などという異常事態など消し飛ぶほどの恐怖となって、俺の精神を蹂躙した。
その瞬間、視界の端が緑色の光に包まれた。
嵐のように荒れ狂っていた感情が、冷水を浴びせられたように強制的に鎮火され、波一つない静寂へと引き戻される。
アンデッド特有の精神安定化作用――『感情の抑制』だ。
「……ハッ、ハァ……落ち着け、落ち着くんだ鈴木悟……いや、モモンガ」
だが、抑制されたのは「パニック」という現象だけであり、「妹を失った」という事実に対する根源的な欠落感は、どんな魔法でも埋めることはできなかった。
システムが心を冷やそうとも、魂が悲鳴を上げ続けている。
どこだ、どこに行った、誰が奪った。
もし何者かが連れ去ったのだとしたら、この世界の全てを焼き尽くしてでも取り戻さなければならない。
「モモンガ様、如何なされましたか!?」
重厚な扉が開き、慌てた様子で駆け込んできたのは、純白のドレスを纏った美女――守護者統括のアルベドだった。
彼女の背後には、執事のセバス・チャンと、数名のメイドたちが控えている。
彼らの瞳には、主である俺たちへの絶対的な忠誠と、そして俺たちの動揺に対する深い憂慮の色が浮かんでいた。
「アルベド! お前たち、見ていないか! ここにいたはずの……亜理紗の姿を!」
「そ、それは『歌姫』のことでございましょうか!? いいえ、私たちが参りました時には、既に玉座の間には御身ら三名のお姿しか……」
アルベドが驚愕に目を見開き、悲痛な表情で首を振る。
NPCである彼女たちにとっても、亜理紗――『歌姫』のアバターは、創造主たちの愛する妹君であり、守るべき至宝として認識されているはずだ。
その彼女が消失したということは、ナザリックにとって最大の緊急事態に他ならない。
「なんてことだ……! 私の不手際です、守護者統括として、あのような大切な御方をみすみす……!」
「謝っている場合じゃない! 今すぐ探せ! ナザリック全土を、いや、この建物の外まで含めて、草の根分けても探し出すんだ!」
ペロロンチーノさんが、普段の飄々とした態度をかなぐり捨て、鬼気迫る形相で叫んだ。
彼の黄金のアーマーがガチャガチャと音を立て、その背中の翼が怒りと焦りで大きく震えている。
茶釜さんもまた、不定形の体を激しく波打たせながら、アルベドたちに詰め寄った。
「誰かが連れ去ったのかもしれない! もしそうなら……タダじゃおかないわよ! 私の可愛い妹になんてことを!」
「わ、分かりました! 直ちに全階層守護者に通達、ナザリックの総力を挙げて『姫様』の捜索を行います!」
アルベドが深く頭を垂れ、セバスに向かって指示を飛ばす。
メイドたちが慌ただしく動き出し、静寂に包まれていたはずのナザリックが、蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていく。
俺は玉座に手をつき、緑色の光に何度も精神を抑制されながら、ギリギリのところで理性を保っていた。
思考しろ、モモンガ。
ここがどこで、何が起きているのかは分からない。
だが、亜理紗が自力で動くはずがない。
あのアバターはただのデータ、魂の抜け殻だったはずだ。
それが消えたということは、何らかの外的な力が働いたか、あるいは――。
「……生きて、いるのか?」
ふと漏れたその言葉は、あまりにも希望的観測に過ぎる妄想だった。
死んだ人間が生き返るはずがない。
だが、ここはゲームではない、現実となった異世界だ。
ならば、あの「遺体」が、何らかの奇跡によって「蘇生」した可能性も、ゼロではないのではないか。
「モモンガさん……?」
「ありえるかもしれない……いや、あってくれ! もし、この世界が『現実』になったのなら、亜理紗だって……!」
俺の呟きに、ペロロンチーノさんと茶釜さんがハッとしたように顔を見合わせた。
不安と、それ以上の期待。
もし、もしも会えるのなら。
たとえそれがどんな形であれ、もう一度亜理紗に会えるのなら、俺は悪魔にだって魂を売るだろう。
「セバス! 周囲の警戒と探索を急げ! 特に『人間』の気配、あるいは『歌』の手がかりを探すんだ!」
「ハッ! 直ちに!」
セバスが残像を残して駆け出していく。
俺たちは玉座の間に立ち尽くし、祈るような気持ちでその報告を待つことしかできなかった。
秒針が刻まれるたびに、心臓が早鐘を打つ。
緑色の抑制光が明滅し続ける視界の中で、俺はただひたすらに、妹の名を呼び続けていた。
◇
それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
体感にして数時間、あるいは数日にも感じられるほどの永遠のような焦燥の果てに、通信魔法のウィンドウが開いた。
表示されたのは、先ほど偵察に出たセバスの、普段よりも僅かに高揚した顔だった。
『モモンガ様、ご報告いたします! ナザリックより北東の地点、森林地帯にて、所属不明の反応を捕捉!』
「敵か!?」
『いえ……それが、敵対行動は見られません。ですが、その姿が……』
セバスが言葉を濁し、困惑したように視線を泳がせる。
その様子に、俺の直感が警鐘ではなく、歓喜の鐘を打ち鳴らした。
「姿が、どうしたと言うんだ! はっきり言え!」
『はッ……金色の髪に、紅眼の少女が。外見年齢は19、20歳ほどなのですが、その首には……』
「首には!?」
『我々が見慣れたあの輝き――ワールドアイテム『ブリーシンガメン』と思われる首飾りを着用しております!』
その報告を聞いた瞬間、俺の思考回路は完全にショートした。
緑色の抑制など追いつかないほどの衝撃が脳髄を突き抜け、気がつけば転移魔法の詠唱を始めていた。
「モモンガさん!」
「行くぞ二人とも! 亜理紗だ! 間違いなく、あの子だ!」
「当たり前だろ! 待ってろ亜理紗ちゃん、今行くからな!」
「もう、置いていかないでよ! 全速力で行くわよ!」
俺たちは側近たちの静止の声など耳に入らなかった。
威厳も、慎重さも、支配者としての振る舞いも、全てかなぐり捨てて。
ただの「兄」と「姉」と「友人」に戻って、俺たちはナザリックの出口へと向かって全力で駆け出した。
◇
地上に出ると、そこは満点の星空の下だった。
かつてのユグドラシルの空とは違う、本物の星々が瞬く夜空。
新鮮な草の匂いと、土の香り。
そして、その先に広がる草原の一角に、一人の少女が立っていた。
夜風に揺れる冒険者の外套。
月明かりを浴びて輝く金色の髪――髪の色が違う。
けれども、こちらに背を向けて空を見上げ歌っているその華奢な背中は、記憶の中にある妹の姿そのものだった。
何よりその歌。
ずっと探し求め続けていたその声、間違えるはずがない。
「――亜理紗!」
俺の叫び声に、少女がゆっくりと振り返る。
その顔立ちを見た瞬間、俺の足は止まり、呼吸すら忘れて見入ってしまった。
美しい。
かつてのアバターよりも、生前の姿よりも、今の彼女は圧倒的な生命力と輝きに満ちていた。
紅眼が、潤んだ光を湛えてこちらを見つめている。
彼女は、骸骨の俺を見ても、異形の姿をしたペロロンチーノさんや茶釜さんを見ても、悲鳴を上げることはなかった。
代わりに、花が綻ぶような、世界で一番優しい笑顔を浮かべて、静かに口を開いた。
「……いらっしゃい、そして、ただいま兄さん。みんな」
それは、夢にまで見た妹の声だった。
幻聴でも、データでもない。
温かい血の通った、本物の肉声。
「あ、亜理紗……なのか? 本当に、お前なのか……?」
震える手で、彼女へと歩み寄る。
骨だけの指が彼女の頬に触れると、そこには確かな体温があった。
温かい。
柔らかい。
生きている。
「うん。ずっと待ってたよ……長かったね、兄さん」
彼女が俺の骨の手を両手で包み込み、頬ずりをする。
その瞬間、私の精神を覆っていた緑色の光など無意味なほどに、目頭が熱くなり、存在しないはずの涙が溢れ出しそうになった。
「う、うわあああああああん! 亜理紗ちゃぁぁぁぁん!!」
「よかった……本当によかったぁ……ッ!」
後ろでペロロンチーノさんが地面に突っ伏して号泣し、茶釜さんがその背中を叩きながら泣き崩れているのが気配で分かった。
俺もまた、彼女を強く抱きしめたい衝動に駆られたが、骨の体で彼女を傷つけてしまうことを恐れ、躊躇った。
けれど、亜理紗はそんな私の躊躇いなどお構いなしに、自ら俺の胸へと飛び込んできた。
硬い肋骨に彼女の柔らかい体が押し付けられる感触。
それは、俺がこの世界に来て初めて感じた、絶対的な「幸福」の重みだった。
「おかえり、亜理紗……もう離さないからな」
「うん……これからはまた一緒だよ、悟兄さん」
星空の下での異形の魔王と美しき歌姫の再会。
周囲には遅れて到着したアルベドや守護者たちが、感動と困惑の入り混じった表情で私たちを取り囲んでいる。
だが今は、この温もりだけで十分だった。
世界がどうなろうと構わない。
妹がここにいる。
それだけで、この異世界は俺たちにとっての楽園に変わったのだから。
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース