オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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第四章 2 会談に向けて

腕の中に温もりがある。

硬い肋骨越しに伝わる体温は、確かに生きている命のものだった。

 

兄さんのマントの下で嗅ぐ匂いは、ユグドラシルの仮想空間とは全く違う。

古い石と魔法の残滓が混じった、この世界の、本物の匂い。

私の頬を押し当てた骸骨の胸郭は冷たくて硬いけれど、それでも心の奥底がじんわりと溶けていくのが分かった。

 

「兄さん……」

「ああ……ああ、亜理紗……」

 

兄さんの声が震えている。

あの落ち着いたギルドマスターの声ではなく、どこまでも素の、鈴木悟の声だった。

骸骨のアンデッドには涙腺がないはずなのに、眼窩の奥で赤い灯火がゆらゆらと揺れていて、それが泣いているように見えた。

 

「亜理紗ちゃぁぁん! よかった、生きてて本当によかったよぉぉ!」

 

ペロロンチーノ――龍也が鳥人の巨体で地面にうずくまりながら、嗚咽を漏らしている。

黄金のアーマーがガチャガチャ鳴って、その度に草が揺れた。

泣き顔を隠そうともしない、子供みたいな泣き方。

ああ、変わらないな、この人。

 

「ペロロンチーノさ――ううん、龍也……うん、ただいま。ちゃんと生きてるよ」

「亜理紗ちゃん!」

 

ぶくぶく茶釜――茶奈さんがスライムの体をぷるんと震わせながら近づいてくる。

不定形の触手が恐る恐る私の手に触れて、その表面がひやりとした。

 

「ちょっと冷たいわ、茶奈さん」

「ごめんね。でも触らないと信じられなくて……あなた本当に亜理紗ちゃんなの? 夢じゃないの?」

「夢じゃないよ。ほら、つねってあげようか」

「スライムってつねれるの!?」

「知らないわよそんなこと!」

 

泣きながら笑って、笑いながら泣いて。

私たちは星空の下で四人、滅茶苦茶だった。

冒険者マントの裾が夜露に濡れるのも構わず、地べたに座り込んで、互いの存在を確かめ合うように何度も何度も声を交わした。

 

やがて、兄さんが少し落ち着いたのか、私の肩をそっと掴んで顔を覗き込んできた。

眼窩の赤い光が、探るように私を見つめている。

 

「亜理紗……いや、その前に聞かせてくれ。お前はどうしてここに? 生きているのか……いや、生きているのは分かった、だが、どうやって?」

「長い話になるよ、兄さん」

「構わない。全部聞きたい」

 

兄さんの声には、もう震えはなかった。

代わりに、ギルドマスターとしての鋼のような意志が戻りつつある。

それでも私の肩を掴む指先だけは名残惜しそうに力がこもっていて、手を離すのが怖いのだと伝わってきた。

 

「うん、分かった。でも……ここじゃちょっと場所が悪いかも」

 

そう言って周囲を見回す。

私たちの背後、ナザリック地下大墳墓の地上出口のあたりに、複数の気配が寄り集まっている。

アルベド、デミウルゴス、コキュートス、アウラとマーレ、セバス。

階層守護者たちが揃い踏みで、こちらを遠巻きに見守っていた。

 

彼らの視線には複雑なものが混じっている。

至高の御方々が涙する相手への畏敬、そしてそれと同じくらいの……警戒。

当然だろう。

私はナザリックの「外」の存在だ。

いくら『歌姫』と呼ばれた存在でも、得体の知れない人間が至高の御方と抱き合っている光景は、彼らにとって不安材料でしかないはずだ。

 

それに、私の後ろにはもう一つの気配がある。

 

「サリア」

 

低い、落ち着いた声が草原の闇から響いた。

夜風に靡く白い外套。

月光を受けて仄かに光る全身鎧の巨躯が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 

「ツアー」

 

私は兄さんから身を離し、振り返った。

ツアーの鎧――正確にはツアーの遠隔操作する分身体が、草を踏みしめながら近づいてくる。

その歩調はいつもより慎重で、こちらの反応を窺っているのが分かった。

 

「状況は把握した。君の言う『特別な存在』……あのアンデッドの王がそうか」

「うん、私の兄さん。それと、兄さんの仲間たち、と言うか私の幼なじみ」

 

ツアーの兜の隙間から覗く光が、ちらりとモモンガの方を見た。

その視線に含まれるものを、私は読み取れなかった。

好奇心か、警戒か、あるいはその両方か。

 

そして、もう一人。

ツアーの背後から、長い刀を背負った影がひょいと姿を現した。

 

「よぉ、姫様。なんか凄い騒ぎだな」

 

ブレインだ。

旅装のまま、汗ひとつかいていない涼しい顔で立っている。

その目だけが真剣に、ナザリックの守護者たちの気配を読み取ろうとしていた。

 

「ブレイン、よく来てくれたわ……でも、手は出さないでね」

「分かってるって……つーか、姫様がああいう顔するの初めて見たぜ」

 

ブレインが私の顔を指差す。

どういう顔をしているのか自分では分からないけれど、たぶん、泣き腫らしたような、それでいて嬉しさが隠しきれないような、相当ひどい顔をしているのだろう。

 

「うるさいわよ」

「へへっ、いいじゃねえか。人間らしくてさ」

 

兄さんが私の背後に集まった人影に気づいて、骸骨の顔が強張った。

当然だ、見知らぬ武装した人間が複数いるのだから。

 

「亜理紗、そいつらは……?」

「大丈夫、私の仲間よ。紹介するわ」

 

私は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。

もう隠し事をしている場合じゃない。

兄さんにも、守護者たちにも、ツアーにも、すべてを明かす時が来たのだ。

 

「場所を変えましょう。ここで立ち話というわけにもいかないし……説明しなきゃいけないことが、たくさんあるの」

「ああ……それは確かにそうだな。ナザリックに入ってくれるか?」

 

兄さんがそう言った途端、背後の守護者たちの空気が変わった。

特にアルベドとデミウルゴスの気配が鋭くなったのを、私の肌は見逃さなかった。

 

「モモンガ様」

 

凛とした声がアルベドのものだった。

純白のドレスの裾を翻し、彼女は優雅に、しかし断固とした足取りで前に出る。

 

「畏れながら申し上げます。至高の御方々のご帰還と『歌姫』様の御無事、心よりお慶び申し上げます。ですが――」

 

彼女はちらりと私の背後を見た。

ツアーの鎧の巨躯、ブレインの鋭い気配。

そのどちらもが、守護者統括としての警戒心を刺激しているのだろう。

 

「『歌姫』様が外部の者を伴ってナザリック深層にお入りになることは……守護者統括として、容認いたしかねます」

「アルベド!」

 

兄さんの声に怒気がにじむ。

けれど、デミウルゴスが穏やかに、しかし揺るぎない口調で割って入った。

 

「モモンガ様、アルベドの進言は至極もっともかと存じます。『歌姫』様が至高の御方々にとって大切な御方であることは、我々守護者一同、重々承知しております。ですが、現状では『歌姫』様のお立場も、同行者の方々の素性も、我々は正確には存じ上げません」

 

デミウルゴスの尻尾がゆっくりと揺れている。

その瞳は理知的な光を湛えながら、冷静に状況を分析していた。

 

「万が一にも至高の御方々の安全が脅かされるようなことがあれば、それは守護者の存在意義そのものに関わります。どうかご理解いただけますでしょうか」

 

沈黙が落ちた。

夜風が草原を撫で、私の金髪を揺らす。

 

兄さんの眼窩の光が揺れた。

感情の抑制が発動したのか、一瞬緑色に明滅して、それから元の赤に戻る。

怒りを抑えたのだろう。

 

ペロロンチーノさんが口を開きかけたが、茶釜さんがスライムの触手でその嘴を押さえた。

ここは任せろ、とでも言うように。

 

「……デミウルゴス、アルベド。お前たちの懸念はもっともだ」

 

兄さんの声は、先ほどまでの『兄』のものではなくなっていた。

ナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガとしての威厳が、その骨の体から滲み出ている。

 

「けれども、この者は俺の妹だ。それだけは揺るがない事実だ」

「はい、それは承知しております」

「しかし、お前たちの懸念も理解できる……亜理紗、何か良い案はないか」

 

兄さんが私に視線を向ける。

その問いかけに、守護者たちの目が一斉に私を捉えた。

値踏みするような視線もあれば、純粋な好奇心の視線もある。

 

私は一歩前に出た。

冒険者サリアとしてではなく、王女アリサとしてでもなく、今は鈴木亜理紗として。

 

「守護者の皆さんの懸念はもっとも。私もそう思う」

 

まず、認める。

相手の立場を否定したところで何も生まれない。

それはこの世界で学んだことだ。

 

「だから先に私の今の状況をすべて話させて。それで判断して」

 

アルベドがわずかに眉を動かした。

予想外の対応だったのか、それとも至高の存在の妹にしては殊勝だと思ったのか。

 

「まず、ここにいる私は『本体』じゃない」

「本体ではない……と?」

 

デミウルゴスの眼鏡の奥で、興味深そうに瞳が光った。

 

「私のスキル『アバター・プロジェクション』で生み出した分身体。冒険者サリアとして旅をしている、いわば出先の私。本体のアリサは、今この瞬間もリ・エスティーゼ王国の王城にいるわ」

 

「王国の……王城ですと?」

 

アルベドの声が上ずった。

 

「ええ。私の本体――アリサ・セレスティン・ニーベ・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第三王女。それが、この世界での私の身分」

 

沈黙が広がった。

守護者たちの間に、明らかな動揺が走る。

至高の御方の妹が、この世界の王族。

その情報の重みを、彼ら彼女らは正確に理解しているはずだ。

 

「つ、つまり……『歌姫』様は、この世界で人間の王族として生きておられると?」

 

コキュートスの冷気を帯びた声が響いた。

四本の腕がそれぞれ微かに震えている。

 

「そう。ユグドラシルが終わるよりずっと前に、私はこの世界に来ていた。いろいろあって……まあ、長い話は後にするとして」

 

私はツアーの方に手を向けた。

 

「この鎧は、私の冒険者としての仲間。白金の竜王ツアーの遠隔操作体。本体は別の場所にいるわ」

「竜王……ですと?」

 

デミウルゴスの尻尾がぴたりと止まった。

その瞳に、一瞬だけ鋭い警戒の色が走る。

 

ツアーは一歩前に出て、守護者たちに向けて軽く頭を下げた。

 

「初めまして。ツアーだ。サリアの旅の同行者として彼女の助力をしている。敵意はないよ」

 

簡潔で、しかし嘘のない言葉。

ツアーらしい物言いだった。

 

「そしてこちらは」

 

私はブレインを示した。

 

「ブレイン・アングラウス。王女としての私の剣であり、配下よ」

 

ブレインは無言で頭を下げた。

武人としての礼儀を弁えた、静かな所作だった。

だが、その目は油断なく守護者たちの実力を推し量っているようだった。

 

アルベドが視線をデミウルゴスと交わし、それから私に向き直った。

 

「……『歌姫』様のお話は理解いたしました。ですが、やはりナザリックの深層へお通しすることは――」

「分かってる」

 

私はアルベドの言葉を遮り、柔らかく微笑んだ。

 

「だから提案があるの。ナザリックの浅い階層――第一から第三階層あたりで会談の場を設けてもらえないかしら。深層には入らない。それなら守護者の皆さんも、防衛態勢を維持したまま私たちを迎え入れられるでしょう?」

 

アルベドの目がわずかに見開かれた。

デミウルゴスの唇が、ほんの少しだけ上がる。

この提案が、彼らの面子と職責を損なわないものであることを、悪魔の頭脳は即座に理解したのだろう。

 

「兄さん、それでいいかな」

「ああ……そうだな。それが良い」

 

兄さんは頷きながら、少し誇らしげな声で言った。

 

「亜理紗、お前……強くなったな」

「兄さんこそ。ギルドマスターの貫禄、板についてるじゃない」

「……中身はぼろぼろだよ」

 

小さく呟いた声は、守護者たちには聞こえなかっただろう。

私だけが聞き取れる、兄さんの本音。

胸がぎゅっと締まる感覚を飲み込んで、私は笑った。

 

「アルベド」

 

兄さんが改まった声で守護者統括に命じる。

 

「第二階層に会談の場を用意せよ。俺たちと、亜理紗……いや、『歌姫』とその同行者を迎えるための場をだ」

「畏まりました、モモンガ様。直ちに準備いたします」

 

アルベドが深く一礼し、セバスに目配せを送った。

セバスが無言で頷き、メイドたちが蜘蛛の子を散らすように動き出す。

 

デミウルゴスが私の方を見て、眼鏡を押し上げた。

 

「『歌姫』様。浅い階層とはいえ、ナザリックの内部です。何卒、同行者の方々にも相応の礼節をお守りいただけますよう」

「もちろん」

 

私はブレインとツアーに目配せを送った。

二人とも静かに頷く。

ペロロンチーノがようやく立ち上がり、目元を腕でぐしぐしと拭った。

 

「あー、もう、なんかすげえ話になってるな……。亜理紗ちゃんが王女様って……マジ?」

「マジよ、ペロロンチーノさん」

「亜理紗ちゃんって前世で徳でも積んでたの? 転生して王女とか、なろうの主人公かよ!」

「……否定できないのが辛い」

 

茶奈さんがぷるぷる震えながら近づいてきた。

 

「あの、亜理紗ちゃん……後でちゃんと、全部聞かせてね。どうやって生きてたのか、何があったのか……」

「うん。全部話す。約束するわ、茶奈さん」

「……ちゃんと食べてた? 無理してない?」

「食べてたよ。この世界のご飯、美味しいんだから」

 

茶釜さんのスライムの表面が微かに波立って、それがまた泣いているように見えた。

私は彼女の体にそっと手を触れた。

ひんやりとした感触。

だけど、そこには確かに茶釜さんの――風野茶奈さんの魂がある。

 

夜空には、相変わらず満天の星が瞬いている。

ナザリックの入り口では、メイドたちが慌ただしく会談の準備を進めている。

兄さんが私の隣を歩きながら、何度もこちらを確認するように見てくる。

まるで、目を離したらまた消えてしまうとでも思っているかのように。

 

私はそっと兄さんの骨の手を握った。

冷たくて、硬くて、人間のそれとはまるで違う。

でも、この手が私を抱きしめてくれた温もりは本物だった。

 

「行こう、兄さん。積もる話は、座ってゆっくりね」

「ああ……ああ」

 

兄さんが、二度頷いた。

その二度目は、声が少し詰まっていた。

 

私たちは連れ立って、ナザリックの入り口へと足を向けた。

ブレインが左に、ツアーが右に。

守護者たちが前方で道を開け、厳かに頭を垂れる。

 

一歩、ナザリックの階段を降りると、外の草と土の匂いが消え、石と魔力の匂いに変わった。

壁面の松明が揺れ、長い影を落とす。

この匂いを、私は知っている。

ユグドラシルの頃に画面越しに想像するしかなかった、ナザリックの空気。

 

今は、それを自分の肺で吸い込んでいる。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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