オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた 作:連載として再構築
……翌朝。
わたしはキッチンでコーヒーを淹れながら、リビングの方をちらりと見た。
兄さんはいつも通りノートパソコンを開き、スポンサーとのメールとにらめっこしている。
朝の光の中で見るその背中は、完全に『社会人』のそれだ。
原作で知っている、昼夜逆転の廃ゲーマーの面影はない。
――この人を、どうやってVRMMOに引きずり込めばいい?
昨日まで、わたしはずっとそれを考えていた。
理屈も、利益も、楽しさも、全部説明した。
それでも悟兄さんは動かなかった。
ならば、最後に残っている手段は一つ。
わたし自身を賭けるしかない。
「悟兄さん」
「ん?」
「……少し、ちゃんと話したい」
兄さんは一瞬だけ目を細めたが、ノートパソコンを閉じた。
「五分な」
「五分でいい」
わたしは兄さんの正面に座った。
この人は高校を卒業してからいつも、わたしの『裏方』をしている。
だからこそ、わたしの言葉の重さも、空気の変化も、誰より正確に読む。
「ユグドラシル、やらないって言ったよね」
「ああ」
「でも……お願いがある」
一瞬、兄さんの眉が動いた。
「『案件』の話ならもう――」
「仕事じゃない」
きっぱり言い切ると、兄さんは口をつぐんだ。
「これは……わたしのわがままだよ」
胸の奥が少し痛んだ。
わたしはこれまで、兄さんにどれだけ頼ってきたのだろう。
お金の管理。
スケジュール。
炎上対応。
契約書のチェック。
わたしは『表』に立ち、兄さんは『裏』に回る。
それが、いつの間にか固定化していた。
「悟兄さん」
兄さんと視線を合わせる。
「……わたし、怖いんだ」
兄さんの顔が、わずかに強張った。
「このまま進んでいくのが」
売れて、成功して、世界が変わっていく。
けれども、わたしは知っている。
原作や公式設定という形で、破滅の未来をたどる近未来世界を見てきた。
「配信も、ユニットも、全部うまくいってる。
でも……それが続く保証はどこにもない」
兄さんは何も言わない。
「悟兄さんは、わたしの現実を支えてくれてる。
でも……わたしは、その『現実』が崩れる瞬間を知ってる」
ここで、核心を突く。
「ユグドラシルは……ゲームでも、逃げ場所でもない」
「……」
「もう一つの『人生』なんだよ」
兄の視線が、わたしを射抜いた。
「わたしは、配信の仕事として入る。
でも、悟兄さんは違う」
一拍置いて。
「悟兄さんは、『わたしと同じ世界』に来てほしい」
沈黙が落ちる。
「……それは、どういう意味だ」
静かな声。
「今の悟兄さんは、わたしの人生を管理してる。
でも……それだけじゃないでしょ?」
わたしは、兄の目を見た。
「本当は、まだ……どこかで、ゲームが好きなんでしょ」
これは少しの賭け。
幼いころゲームに触れたときの兄の反応を見た記憶と、原作知識から来る。
でも、兄さんの表情に微かな動揺があった。
賭けには勝ったみたいだ
それを見逃す手はない。
「悟兄さんは、いま全部においてわたしのことを全てに優先している。
だから……自分の人生を後回しにしてる」
兄の拳が、膝の上で僅かに握られた。
「……それは」
「否定しなくていい」
わたしは静かに言った。
「だから、お願い」
テーブルに手をつく。
「わたしのためじゃなくて、悟兄さんのために――」
そして、決定打。
「ユグドラシルで、もう一つの人生を作って」
兄の視線が、揺れる。
「ギルドも、経済も、政治も、全部ある世界だよ。
悟兄さんの得意分野ばっかり」
わたしは微笑んだ。
「そこに、わたしもいる」
長い沈黙の後、兄はゆっくりと息を吐いた。
「……ずるいな」
「うん」
否定はしない、ずるい手段を使ったのは事実だから。
「だけれども……」
兄は、視線を天井に向けた。
「確かに……最近、俺は自分の時間を生きていないと思っていたんだ」
ノートパソコンに視線を落とした悟兄さんは一瞬、苦く笑った。
「全部、亜理紗のためだと思っていたけれども、それは逃げでもあったのかもしれないな」
そして。
「……本当に、少しでいいのか?」
わたしの胸が、跳ねた。
「うん。ログインして、キャラ作って、歩いてみるだけでいいよ」
「……」
兄さんはしばらく考えたあと、静かに言った。
「わかった……その『もう一つの人生』とやら」
こちらを見る。
「覗くだけなら、付き合ってやる」
――勝った。
「ありがとう、悟兄さん」
原作の歯車が、ようやく回り始めた。
この人がログインし、アバターを作り、世界に触れた瞬間。
悟兄さんは――モモンガになる。
そしてこの世界に、原作の萌芽が蒔かれる。
わたしは、その未来を知っている。
……だからこそ、少しだけ胸が痛んだ。
それでもこの未来を進ませるために、わたしは――
兄の現実を、もう一度、ひっくり返した。
◇
そうして悟兄さんは、しばらくヘッドマウントディスプレイを手の中で転がしていた。
新品のVRフルダイブ用デバイス。
事務所の倉庫から持ち出してきた、配信案件用の予備機だ。
「……ずいぶん軽いな」
「脳波同期型だからね。首に負担がかからないようになってる」
「物騒な言い方だぞ、亜理紗」
「でも、安心して。医療レベルの安全基準で――」
「わかってる」
悟兄さんは苦笑して、ソファに腰を下ろした。
「仕事で扱ってるからな。VR事故のリスクぐらい」
……この人、本当に裏方として万能すぎる。
「じゃあ……起動するよ」
「待て」
彼は一瞬だけ、わたしを見た。
「亜理紗」
「なに?」
「……戻ってこられるんだよな?」
その問いにわたしの胸が少しだけ痛んだ。
原作では、このゲームはサ終とともに『戻ってこられなくなる』。
だが、それはもっとずっと先の話だ。
「うん、ただのゲームだよ」
わたしは、そう答えるしかなかった。
「大丈夫。ログアウトできる」
悟兄さんは、ゆっくりとヘッドマウントを被った。
「……行くぞ」
◇
起動音。
視界に広がる白。
そして、ユグドラシルのロゴが浮かび上がる。
《Welcome to YGGDRASIL》
兄の体が、ぴくりと揺れた。
脳とシステムが同期し、感覚が切り替わる瞬間だ。
《Create your Avatar》
キャラクター作成画面。
無数の種族が、ホログラムのように並ぶ。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人、悪魔、天使、アンデッド――
「……すごいな」
悟兄さんの声が、少しだけ浮ついている。
「現実の体の制約が、ない……」
それが、このゲームの本質だ。
「種族で、ステータスとスキルが決まるよ」
「ふーむ……」
兄は、しばらく無言で画面を眺めていた。
戦士向け、魔法使い向け、生産職向け。
バランス型、初心者向け、上級者向け。
「……この『アンデッド』ってやつ」
わたしの背筋が、ぞくりとした。
「デメリットが多いな。回復魔法が効かない。NPCに嫌われる。街にも入りにくい」
「うん」
「だが……ステータス補正が極端だな。魔力と耐性が異常に高い」
悟兄さんの声が、徐々に熱を帯びていく。
「これは……ピーキーだけれども構築次第で化ける、楽しそうじゃないか」
――来た。
原作の悟兄さんの、ゲーム狂いの本能。
「しかも種族進化がある……スケルトン、ワイト、リッチ、オーバーロード……?」
指先が、無意識に震えている。
「……このゲーム、よくできてるな」
わたしは、黙って見守った。
彼はもう、裏方の兄ではない。
プレイヤーになりつつある。
「……よし」
カーソルが、アンデッド種族を選択する。
悟兄さんは、少しだけ笑った。
「……悪くない」
続けて兄さんは外見のキャラメイクを始める。
白骨の小柄なアンデッド。
大きな頭蓋骨と、黒いローブ。
配信案件として、もっと言えばアクティブユーザー稼ぎとして、現実の鈴木亜理紗と酷似したアバターを与えられたわたしとは違う。
「……弱そうだな」
「序盤はね」
兄さんは、ステータス配分をいじり始める。
STRを最低値に。
INTとMPに全振り。
耐久は種族補正でカバー。
「……なるほど、近接は切り捨てる」
その構築思想。
原作のモモンガと、同じだ。
わたしは知らず手に力が入る。
「名前は……」
少し考えてから、入力される。
《モモンガ》
胸の奥で、世界で、何かが『カチリ』と音を立てた。
――生まれた。
《Avatar creation complete》
光に包まれ、世界が切り替わる。
◇
悟兄さん――いや、モモンガは、ユグドラシルの森の中に立っていた。
「……」
数秒、無言。
「……すごい」
彼の声が、わずかに震えている。
指を動かし、ローブの裾を見る。
足元の草を踏みしめる。
「……これは……」
現実よりも、現実。
「……亜理紗」
彼が、小さく笑った。
「これは……少し覗くだけで、済む世界じゃないな」
わたしは、黙って頷いた。
モモンガは、もう歩き出している。
この世界の中で。
――ナザリックへと続く、第一歩を。
ようやく悟がモモンガになりました
読者皆様のアリサの相手候補の意向確認
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モモンガ
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ペロロンチーノ
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ジルクニフ
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ガゼフ
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ラナー
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クレマンティーヌ
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イビルアイ
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ラキュース