オーバーロードにTS転生者を叩き込んでみた   作:連載として再構築

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序章 8 ギルド創設

モモンガ――悟兄さんが森の中へ歩き出すのを、わたしは現実側のモニターで見ていた。

ヘッドマウントを被った兄さんの指先が、無意識に空を掴むみたいに動く。

その仕草だけで分かる。もう彼は「覗くだけ」で終われない。

 

わたしは小さく息を吐き、配信用の端末に視線を落とした。

今日の昼には、事務所が組んだ『ユグドラシル初日配信』が待っている。

世界を回す歯車は、もう回り始めている。

けれど、この世界のスタッフにとっては『未知の配信』だ。

わたしの指示が、そのまま業界標準になる危うさがある。

 

「音声は二系統にして、ゲーム内のボイスと現実マイクを分けたい」

「コメント表示は視界の右下。視線追跡でスクロールできると助かる」

「切り抜き前提で、見どころのタイムスタンプを自動で打てる?」

 

スタッフが目を白黒させるのを見て、わたしは内心で苦笑した。

でも、ユグドラシルは『もうそこ』にある。なら、配信も追いつける。

 

「……亜理紗さん、本当に初日でそこまでやるんですか」

「やるよ。初動を取れないと、あとから取り返すのが一番大変だから」

「了解です。胃が痛いですが、やります」

 

マネージャーが胃を押さえる仕草をして、スタッフが苦笑いする。

この空気、嫌いじゃない。

わたしが持ち込んだ異物を、みんなが必死に『現実』へ馴染ませようとしている。

 

 

配信開始のカウントが流れた。

わたしはヘッドマウントを手に取り、ほんの一瞬だけ迷う。

兄さんの「戻ってこられるんだよな?」が、胸の奥で反響したからだ。

 

「じゃ、行きます。ユグドラシル、初ログイン」

「コメント、すでに流れてます。開始三秒で最高速です」

「うん、いつも通り。『いつも通り』に見せるのが仕事」

 

目を閉じて、被る。

起動音。白。ロゴ。

そして――自分の身体が、現実からほどける感覚。

 

《Welcome to YGGDRASIL》

 

配信の画面には、わたしのアバターが映っているはずだ。

鏡のような光沢のあるウィンドウに映る姿は、現実のわたしを「少しだけ盛った」ものだった。

事前に開発から渡されたアバターはこれでもかと分かりやすい、『看板』だった。

髪色も銀色、目の色も現実のわたしに近い、自分で言うのもなんだけど笑ってしまうくらい美少女だ。

装備も初心者用なのに、妙に映える意匠が入っている。

 

「これ、私そっくりだよねー。いや、そっくりっていうか、広告用の私だね」

「『可愛い』?、うん、ありがとう。……でも可愛いのは仕様だよ」

「キャラメイクの自由度? あるよ。あるんだけど、今日はこのまま行く」

 

視聴者の求めるものと、わたしのやりたいことは一致しないことがある。

初日は「分かりやすさ」が正義だ。

そして――分かりやすい看板ほど、後で自分の自由を守ってくれる。

 

チュートリアルの案内役が現れ、わたしは半歩遅れて付いていく。

歩くたびに草がしなり、靴底に柔らかい抵抗が返ってくる。

 

「酔う? ううん、これは大丈夫。むしろ現実より自然」

「ねえ待って、遠くの山、あれ本当に行けるの?」

 

わたしが喋るたび、コメントが暴れる。

『リアクション芸』として消費されるのが分かっていても、止められない。

これは、消費される価値のある驚きだ。

そうしていると、ログイン通知が視界の端で弾けた。

フレンド登録のウィンドウ――《モモンガ》、大丈夫これは配信には映っていない。

悟兄さんが、もうこの世界の住人になっている証拠だ。

 

「あ、兄さん、いる。……えっと、今は合流しないかな」

「理由? 簡単。わたしは配信で動くから、行動が読まれすぎちゃう」

「せっかくの兄さんの遊び方まで巻き込みたくない。だから、これは線引き」

 

配信の都合で、兄さんの自由を奪うのは本末転倒だ。

モモンガが歩き出したのなら、その歩幅は彼のものだ。

わたしはわたしで、この世界に足場を作る。

 

 

初日の配信は、事前に依頼を受けた通り『儀式』になった。

操作説明、戦闘の基礎、街への移動、初期クエスト。

全部を丁寧に、でもテンポを落とさずに見せる。

 

「敵、来た。……え、倒したときの感触、軽い衝撃が返る」

「いまの魔法、エフェクト綺麗。音も、耳の奥に響く感じ」

「コメントの『回復して』は無理だよー。まだ回復手段ないもの」

 

ゲームの面白さと、配信の見栄えは一致する。

だからユグドラシルは、配信者にとって危険なほど相性がいい。

わたしは笑いながら、同時に背筋を冷やしていた。

配信が終わって現実へ戻ると、空気が薄く感じた。

酸素が足りないわけじゃない。情報が足りないのだ。

五感に詰め込まれた世界から引き剥がされると、現実が少し平面になる。

 

「……数字、出てる?」

「同接の最大が、過去最高です。しかも離脱が少ない」

「でしょうね。だって、見てる側も『入ってる』感覚なんだもん」

 

スタッフが興奮しているのを横目に、わたしは水を飲む。

喉を潤すことで、自分がまだ『現実の身体』を持っていると確認する。

この確認を怠ると、たぶん危ない。

 

 

二日目、三日目。

配信は『攻略』から『生活』へ移っていった。

街の雑踏、露店、プレイヤー同士の会話、経済の匂い。

 

「武器の相場、初日と全然違う。これ、転売できるね」

「やらないよ? やらないけど、仕組みは見る」

「コメント、『商人向き』って言うな。兄さんの方が向いてる」

 

わたしが笑っても、視界の片隅には常に『危機管理』が張り付いている。

配信者は情報を出す。情報は武器になる。

なら、わたしは武器の扱い方まで含めて配信しないといけない。

 

その日、茶奈から短いメッセージが来た。

《ほんとに入ったよ……ちょっと怖いけど、すごい》

そして、続けて《悟さん、どこ?》と。

 

「……ごめん。あとで土下座する。でも、茶奈が入ったのは正しい。ぶくぶく茶釜が生まれないと困るから。ただし、わたしのギルドには入れない。これは、別の話」

 

わたしはスマホを伏せ、深呼吸する。

原作の歯車を回すことと、自分の足場を作ることは両立しないことがある。

だからこそ、線を引く。ここは、わたしの領分だ。

 

ユグドラシルの「ギルド」を解禁する条件は、想像以上に重かった。

規定人数、ギルドマスターの責任、拠点の確保。

そして、最初の一歩を誤ると取り返しがつかない種類の仕組み。

 

「ギルドって、作れば終わりじゃない。作った瞬間から『政治』が始まっちゃうからね」

「揉め事、起きちゃう。無軌道だと絶対起きる。配信者のギルドならなおさら」

「だから、最初にルールを作るよ。空気じゃなくて、文字で」

 

コメント欄が「真面目だ」と騒ぐ。

でも、わたしは真面目にやるしかない。

この世界は遊びで、遊びじゃないから。

 

そうしてわたしは配信内で、初めて『募集』を口にした。

ただし、無差別に誘う気はない。

いまのわたしは、影響力が強すぎる。

 

「ギルド作ります。でも、いきなり入れて、はい仲間、はしないよ」

「応募フォーム出します。条件は、規約を守れる人。あと、配信に理解ある人」

「戦闘職だけじゃなくて、生産職も欲しい。生活が回らないと詰んじゃうから」

 

スタッフが裏で呻く気配がした。

そりゃそうだ。ギルド運営は、現実のコミュニティ運営と同じくらい面倒だ。

でも――わたしは、配信で『個』が暴れる怖さをもう知っている。

 

応募は、数分で崩壊した。

サーバが悲鳴を上げ、フォームが落ち、スタッフが青くなる。

わたしは笑って、でも笑えないまま指示を飛ばした。

 

「ミラー用意、急いで。あと、一次抽選で弾く」

「志望動機と、過去のトラブル歴。嘘でもいい、書けるかどうかを見る」

「ルール読めない人は、うちのギルドに向かない」

 

冷たいと思われても構わない。

甘さは、後から必ず刃になる。

わたしは既に前世で、炎上という刃を嫌になるくらい見てきたのだから。

一次、二次。

ゲーム内で面談をして、声ではなく文章で意思疎通をさせる。

わざと不便を課すことで、残る人間がいる。

 

「配信で名前呼ばれるの、嫌です。……でも活動は応援したい」

「戦闘は苦手だけど、生産職で支えたい。帳簿つけるの得意」

「揉め事が起きたら、ルール通り裁けるようにしたい」

 

わたしは頷く。

こういう人たちなら、ギルドを『燃やさずに』育てられる。

強さより、続けられる人格が欲しい。

 

 

そんな一次審査の集計を終えたある深夜、視界の端で「個別メッセージ」の通知が瞬いた。

送り主は《ペロロンチーノ》。現実のクラスメイト、風野龍也だ。

嫌な予感はしたけれど、放置して炎上の火種にする方がもっと嫌だった。

 

「ねえ、ちょっと来て。今すぐ。落ちたんだけど」

「一次で落ちるって何? 俺だよ? 俺!」

「納得できないから説明して」

 

文面だけで、彼が眉間に皺を寄せている顔が浮かぶ。

わたしは配信を切っていることを確認してから、待ち合わせ指定の座標に跳んだ。

街の外れ、見晴らしだけがいい塔の上――いかにも愚痴会場だ。

 

塔の縁に腰掛けたアバターが、こちらを見て大きく手を振った。

現実での彼なら、周囲の視線を気にせず距離を詰めてくるタイプだ。

ゲームの中でもそれが変わらないらしいのが、少しだけ怖い。

 

「どういうこと? 応募フォーム、ちゃんと書いたのに落選って。『馴れ馴れしすぎて公平感を損なう』って、何それ。俺、馴れ馴れしいの?」

「馴れ馴れしいよ。というか、常にそれだよ」

 

わたしが即答すると、彼は「ひどくない?」という顔をした。

その顔が妙に本気だから、笑って流すのはやめた。

ここは慰める場で、煽る場じゃない。

 

「だってさ、欄に『亜理紗ちゃんのためなら何でもする! いつものノリで任せて!』って書いたんだよ? 『元クラスメイトだから身元保証できるし、特別枠で!』とも書いたんだ。これ、好印象でしょ? 身内は安心じゃん」

 

わたしは額に手を当てた。

彼の言う「好印象」は、運営視点だと爆弾でしかない。

一次審査を『公正』に見せるために、わたしが一番避けたやつだ。

 

「龍也くん、その文面は『特別扱いしてください』って宣言してるのと同じだよ。一次は匿名性が命なの。身内が混ざると、落とす側も残す側も疑われる。疑われた時点で、ギルドが終わってしまう」

 

彼は口を開けたまま固まって、それから不満そうに唇を尖らせた。

納得できないというより、傷ついたという顔に近い。

そこが、わたしにとって一番やりにくい。

 

「でも、俺は本当に手伝えるよ? 配信だって守るし、荒らしも追い払うし。それに、俺が入ったら話題になるじゃん、盛り上がるじゃん。なのに落とすって、俺のこと嫌いなの?」

 

嫌い、という言葉が出た瞬間、わたしの胸が少しだけ痛んだ。

彼の好意は、軽薄に見えて案外重い。

そして、その重さを受け止めると、わたしはどこかで線を踏み外す。

 

「嫌いじゃないよ。だからこそ落とさざるを得なかったの。龍也が入った瞬間、わたしは『身内贔屓』って言われるし、ギルド全員も背負うことになる。龍也も『特別枠』として見られて、居場所がなくなる」

 

彼は視線を逸らし、塔の下の街明かりを眺めた。

自分が拒絶されたのではなく、『仕組み』として弾かれたのだと理解しかけている顔だ。

それでも、感情は理解より遅い。

 

「……じゃあ、俺はどうすればいいのさー。近くにいるのに入れないの、応援してるの。俺、ただの視聴者に戻れってこと?」

 

わたしは塔の縁に並んで腰を下ろし、同じ景色を見るふりをした。

真正面から『戻れ』と言えば、たぶん彼は拗ねる。

彼に必要なのは、拒絶じゃなくて“役割”だ。

 

「視聴者に戻れなんて言わないし言えない。公式に『外側の味方』になってよ、龍也。わたしのギルドは、配信と運営が最優先。身内を入れると、境界が溶けてしまう。だから龍也は境界の外で守って。イベントの時だけ協力、そういう形なら作れる」

 

彼の肩がわずかに上がった。

提案の中に『居場所』が含まれていたからだ。

彼は単に入りたいのではなく、繋がっていたいのだと、わたしは改めて思う。

 

「……じゃあ、次の募集なら、また応募してもいい? そのときはちゃんと匿名で、ちゃんとした距離感で?」

「……うん。俺、空気読む努力、する」

 

わたしは少し笑って頷いた。

努力する、と言えるだけで彼は十分に見込みがある。

問題は、その努力が三日で蒸発しがちなところだけど。

 

「いいよ。ただし、次も『特別扱い希望』が滲んだら落とすからね。あ、それと配信中にわたしにだけ分かる呼び方をするのも禁止。ギルドも配信も、誰かが嫉妬した瞬間に燃える。お願いだから燃やさないでよ」

「了解……でもさ落選通知の文、ちょっと冷たくない? 『馴れ馴れしすぎ』ってさ、もうちょいオブラートに包めたでしょ。あれじゃあ心、折れるって」

 

そこは正直、スタッフの文面チェックが甘かった。

わたしは内心で反省しつつ、表ではため息を一つだけ落とした。

運営の正しさは、優しさと同義じゃないけど、優しさがないと続かない。

 

「それはごめんね。文面のところは改善する。でも『公平感』の部分は譲れないよ。わたしが守るべき一線だから」

 

彼はしばらく黙って、それから塔の縁で足をぶらぶらさせた。

不満は残っているけれど、怒りは引いている。

彼の中で、愚痴がちゃんと消化されていく音がした。

 

「……分かった。じゃあ俺は、亜理紗の外側の味方をやるよ。でも覚えてて。俺、いつか堂々と受かるから。そのとき、落としたこと後悔させてやる」

「堂々と受かってみせて。そうしたら、誰も文句言えないから。でもその代わり――今夜はもう寝なさいよね。明日も仕事あるでしょ」

 

最後の一言で、彼は現実を思い出したみたいに「うっ」と呻いた。

ゲームの世界で愚痴を言っても、現実は消えてくれない。

わたしは立ち上がり、彼の肩に軽く手を置く動作だけをしてから、転移準備に入った。

 

「……ありがと。慰めに来るの、ずるい」

「ずるくない。炎上の芽を摘みに来ただけ」

「ひどっ!」

 

笑い声が二つ重なった。

線は引いたまま、距離は保ったまま、それでも繋がれる形がある。

その形を選べたなら、今日の落選も、きっと無駄にはならない。

 

 

そして、規定人数が揃った夜。

わたしは配信を切り、ギルド創設の機能を解放した。

 

「ここから先は、配信しないよ。ごめんね、これは『内側』の話だから」

「理由? 初期メンバーの安全は守りたいし。あと、ギルド名を荒らされたくない」

「切り抜き? ダメ。今日は、ダメ」

 

画面の向こうで不満の声が上がるのは分かる。

でも、全部見せることが誠実じゃない。

守るべきものを守るのも、配信者の責任だ。

そうして配信を止めると、窓口となるNPCが淡々と条件を読み上げる。

 

確認ボタンを押す。

 

文字が光り、ギルドが成立する音がした。

この瞬間だけは、現実の契約書と同じくらいの重さがあった。

ギルド名を入力する欄が現れた。

候補は山ほど考えた。格好いい名前も、原作に寄せた名前も、いくらでも。

でも、最後に残ったのは一つだけだった。

 

「わたしの名前は、看板としてすでに使われてる。だから、ギルド名には入れない。それにこの場所は『私物化』しない。わたしが中心でも、わたしだけのものじゃない」

「……でも、声が軸になるのは変えない」

 

入力する。

《Voiceless Garden》――声を持たない庭。

配信で声を売るわたしが、あえて『声がない』と名付ける矛盾に、少しだけ笑った。

 

《Guild established》

 

システムメッセージが流れ、視界の端に小さな紋章が灯る。

それはまだ仮の拠点で、仮の器で、ただの始まりにすぎない。

 

「……できた。ここからが本番だね。ルール作り、役割分担、資金管理、外交」

 

初期メンバーが集まり、街角の目立たない場所で輪になった。

誰も大声を出さない。むしろ、少し緊張している。

わたしも同じだ。ギルドマスターなんて、現実でもゲームでも背負うには重い。

 

「まず、ギルドチャットの使い方から確認しようかな。情報は流れると消えちゃう、だから要点は掲示板に書くことにしようね」

「次に、配信に映っていい範囲も。名前、装備、言動。嫌な人は『映らない』を優先する」

「最後に、目標。強くなるのも大事だけど、最初は『崩れない』を最優先」

 

頷きが返ってくる。

わたしはその頷きを見て、ようやく胸の奥の力が少し抜けた。

これなら、育てられるかもしれない。

燃やさずに、積み上げられるかもしれない。

 

 

そして――わたしは思い出す。

この世界のどこかで、モモンガとペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜が、別のギルドを築いていくことを。

わたしの庭とは交わらない、原作へ続く巨大な墓標の始まりを。

 

「……大丈夫。あっちは、あっちの物語」

「こっちは、わたしの物語。わたしが選んだ、わたしのギルド」

「ユグドラシルの中で、わたしはもう一つの人生を始める」

 

小さな紋章が、視界の隅で静かに光っていた。

それはまだ、芽だ。

でも芽は、踏み潰されない限り、いつか形になる。

読者皆様のアリサの相手候補の意向確認

  • モモンガ
  • ペロロンチーノ
  • ジルクニフ
  • ガゼフ
  • ラナー
  • クレマンティーヌ
  • イビルアイ
  • ラキュース
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