―――恋人(こいびと、旧仮名:こひびと)とは、恋しく想う相手。20世紀後半以降の日本語の用法では特に相思相愛の間柄にあり……すみません口調がW○kiになってしまいました……何故人間性を捨て去ってしまうほどに俺が動揺しているのか?その理由は今目の前でまるで何事も無かったかのように澄まし顔で席に座っている、我が芦ヶ谷高校の誇る黒髪クール美人こと琴紗月さんにある。
『ねぇ、加藤―――私と恋人になってくれないかしら?』
約1時間前に学校の廊下で壁まで追い詰められた末に琴さんから放たれた一言……そのあまりに唐突で衝撃的な発言に理解が追い付かず放心状態と化してしまった俺を前にして、彼女は一瞬顎に手を当てて何かを考えるような仕草を取った後。「やはりここでは誰かに見られる可能性があるわね」、そうポツりと呟き俺の手首をガシッと掴まれるとそのまま校舎の外へと引っ張り出され……少し前に服を買いに来たとき以来となるショッピングモール、そのフードコートへと勢いのまま連れてこられたのであった。前回は休日なのも相まって人混みに気力削られる俺だったが、今回は平日な事から比べると人の数は少なくよわよわ陰キャでもまだ居やすいと言える……まあ、例え空間が良くとも今置かれた状況でプラマイゼロどころかマイナスに振り切ってるんだけどね??
ここに連行されるまでも、そして席に着いてからもずっと無言を貫き通している琴さん。場を支配する沈黙に限界が訪れてしまった俺は勇気を振り絞り、こちら側から切り出す事に決めた。
「あ、あの、琴さん……さっきのアレって嘘ですよね?」
「アレって何かしら、具体的に言ってもらわないと分からないわ」
「えっ、えっと……その……私の恋人になってほしいって件、です……」
キリッとした鋭い目つきを真正面から向けられて、勇気はどこへやら俺は額から汗を流し、目を逸らしながらたどたどしく答えるのだった。情けなくて泣きそう。
「嘘なんかじゃないけれど、本当よ。私は加藤が好きなの、好き好き大好き。全世界83憶934万1346人の中で貴方を一番アイラブユーね」
「さ、流石に適当すぎますよ?」
顔色一つ変えぬまま、到底告白するときのものとは思えない一切の感情が籠っていない棒読み。後人口の数字が具体的すぎるんですけどリアルタイム人口だったりしますかその数、というか琴さんは何故そこまで詳細に把握しておられて……いやもしかして。
「加藤、人間ってちょっと増えすぎたと思わない?半分ぐらいに減らしてもいいわよね」
「……こ、琴さんって実はサノスだったんですか……?」
「それが何なのかは知らないけれど……ただの冗談よ」
「じょ、冗談だったんですね!良かったです本当に……!!」
「……ねぇ、貴方は私を一体何だと認識しているのかしら」
「ひええ……」
体を震わし怯える俺を見て心底呆れたようにため息をつく琴さん、そしてこれ以上くだらないネタで会話を繰り広げると思うと嫌気が指したのか。
「勘違いしないで頂戴、私は貴方に恋愛感情を抱いているわけではないわ」
そう、ド直球でアンサーをぶち込んできた。こんな面が良いだけで何の取り柄もない前世からの筋金入りコミュ障をあの琴さんが好きになるわけないと思っていたから納得である……何か自分で言ってて悲しくなってきちゃった……まあそこら辺は今は置いといて、琴さんの答えは納得と同時に俺に大きな疑問を抱かせた。それも当然だろう。
「わ、私の事が好きじゃないなら、琴さんはどうして恋人になってほしいと言ってこられたんですか?」
ハテナマークで埋まる俺の脳内……まさかからかい半分で告白してきた訳はあるまい、琴さんはそんな性格の悪い暇人じゃないし瀬名さんが言うには王塚さんがフランスに行ってる間に勉強して差をつけようと意気込んでいたぐらいだ……ただ、結局の所はそれを取り消して俺にこうやって絡んできているのだけど。とにかく彼女の動機が謎すぎる。
俺の問いに対し、琴さんはまるで魔女を想起させるかの如く不敵な笑みを浮かべた。えっ何怖い。
「……加藤、これは言わば私からあの女への復讐なのよ」
「……ち、ちなみにあの女というのは?」
……入学から早2ヶ月半という月日が経ち、王塚グループに所属しプライベートでの関わりはないものの学校での琴さんを見てきたから分かってしまう。一体誰を指しているのかが……それでも、俺の予想する人とは違う誰かだといいなという切なる希望を込めて聞いたが、返ってきた答えは無情にも。
「真唯―――王塚真唯に決まっているでしょう」
「…………」
やっぱりそうだよなぁ……
「先週、真唯は貴方を振り回して好き勝手していたでしょう? 昼食を食べさせたり、挙句の果てには二人きりで赤坂の会員制プールにまで行っていたそうじゃない」
「あ、あれは不慮の事故というか、私のお願いで……ってちょっと待ってください。どっ、どうして琴さんがその事を知ってるんですか?誰も知らないはずでは」
「加藤は知らないでしょうけれど、その日の夜に本人自ら私の家にまで乗り込んできて貴方と遊んでた事とか色々語ってきたのよ。ええ、それはそれは楽しげに翌日が月曜であるにも関わらずぶっ通しで朝5時までね」
あの後そんな出来事があったのか……にしても楽しげって事は……そっか、王塚さんは本当に俺との1日を満喫してくれてたんだな。迎えの車を待つ最中に彼女から直接伝えられはしたものの、やはりどこか自分なんかと一緒で楽しめただろうかという疑念は抜けなかった。王塚さんが嘘をつくとは思っていないが、それでもだ。
だから……
「私も友達としてとても嬉しいですウヘヘッ……!」
女の子としての第2の人生、大変だけど頑張ってこの調子で色んな人と良き友好関係を築いていくぞ!友達最高友達万歳!
喜びに浸る俺だったが、目の前の琴さんから放たれる禍々しい負のオーラに気が付き俺の感情は一転恐怖へと移り変わってしまった。
「こ、琴さん……?」
「……真唯といい加藤といい、朝まで聞かされて一睡も出来ぬまま一日中寝不足だった被害者がいるというのにニコニコと笑っているのを見せつけられるとムカつくわね……」
「あ、あの」
「まあ、とりあえず重要なのは真唯が加藤に対してあからさまに好意を見せているという点ね。アイツは昔からそうよ、デリカシーの欠片も無くまるで王のように振舞う。隙がありそうで無い所に腹が立っていたけれど、遂に弱点が生まれたわ」
「えっと……」
「そう、アイツが今一番気にし欲している存在である加藤が留守中に私と恋人関係になったと知ったら一体どんな顔をするかしら……想像するだけでたまらないわね。あの余裕ぶった面構えが崩れ、きっと悔しそうに地団駄を踏むに違いないわ。ふふふ……」
……甘織さぁん、もう俺今すぐこの場から逃げて貴方とFPSで遊びたいよぉ。
「―――というわけで、加藤。貴方には真唯への復讐の為に私と偽りの恋人になってもらうわ、期限はそうね……2週間と言った所かしら」
「けっ、結局何も事情が把握出来なかったんですけど……」
「分かる必要なんてないわ、貴方はただ黙って私の言う通りに従ってればいいのよ」
「…………も、もうそれでいいです、琴さ……いいえ琴様……」
「物分かりがいい子は嫌いじゃないわ」
「……ち、ちなみに悪い子は?」
琴さんはその端正な顔立ちを歪め、ふかいふかーい笑みを浮かべながら。
「言うまでもなく……分かるでしょう?」
ふええ……
俺はとんでもない事に巻き込まれてしまったと内心涙目になりながら、席を立ちもうヤケだと言わんばかりにフードコート内のハンバーガーショップでコーラLにポテトLにナゲットに極めつけはビッグサイズのチーズバーガーを注文し、トレーを受け取り戻ってきた。
「……加藤、貴方そんな量食べ切れるの」
琴さんも思わず素で困惑しているご様子、いやこれ貴方のせいですからね!?
「だ、大丈夫です、私これでも結構食べれる方ですので……!」
「それは普段を見て知っているけれど……はぁ、どうなっても自業自得よ」
呆れたようにため息を吐く琴さん、前世が男子な俺は食に関してはしっかり取りたいと考えこの小柄ボディにしてはだいぶ食べる方なのだが、流石にこれはキツいような……いやもうヤケだヤケ。うすほそでも大食い出来るって事を俺が身を持って証明して―――
「……で?食事を残すなんて行為は何事にも勝る無礼に値するのよ、加藤もそれぐらい分かっているでしょう?」
「……ポテトが、バーガーやナゲットよりは楽だと思ってたポテトが意外とお腹に来てしんどいんです……」
「責任はちゃんと取りなさい」
「うぅ……分かっています」
ハンバーガーとナゲットを食し、残りはポテト半分といった所で流石に己の限界許容量を超えてしまった俺は撃沈と言わんばかりにテーブルに伏していた。うすほそ大食い可能論を学会に証明出来ずに悔しい……琴さんの言う通り食べ物を残すだなんて言語道断なので、何とか動かぬ体に力を入れて起き上がり手を震わしながらポテトへ伸ばそうとしたそのとき。
「―――加藤、ちょっとこっち見なさい」
「え……むッ」
琴さんの湖のように透き通った声色が聞こえ、彼女の方へ向いた瞬間……ハンカチがそっと俺の左頬に優しく触れた。何事かと脳の理解が追い付かない俺だったが、琴さんは呆れ混じりの瞳で。
「顔にソースが付いていたわ、さっきからずっといつ気づくかと思っていたけれどそのまま放置しているものだから取ってあげたのよ」
「あ、えっと……ありがとうございます……」
「行儀が悪いなんて論外よ、子供じゃないんだからそれぐらい気を付けなさい」
「はっ、はい」
勢いで食べたからな……我ながら恥ずかしい。
そう心の中で反省しつつ返事をし、改めてポテトへ手を伸ばす俺。完食頑張るぞい!
……え?いきなりネタぶち込むなオタク?うるさいな怒りますよ……
……ポテトに目を向ける加藤文歌は気づかなかったが、琴紗月は彼女の頬を拭いたハンカチをまるで穴が空くかと言わんばかりにジッと強い眼力で見つめていた。
(―――加藤の頬、柔らかかったわね)
加藤文歌、彼女の肌は日ごろ美容のケアの類を一切行っていないにも関わらずまるで突き立てのお餅のようにモチモチであった。流石あの王塚真唯と肩を並べるほどの天然の美貌を持つ者である……そんな彼女に意図してないとはいえ琴紗月は触れてしまったのだ、自覚していないが琴紗月の顔は赤く染まっており……
(……って、何を考えているのかしら私は……!)
果たしてこれからどうなっていく事やら、それは神のみぞ知る。
次回は1週間以内の更新予定です!